ラ  ヴ  ・  レ  タ  ー




−長崎との往復書簡−


<後 編>


    親愛なる陸奥嬢へ

もうすでに土佐に戻られましたでしょうか。
僕の手紙の方がひょっとしたら先に着いているかもしれませんね。

操船所での講義は役に立ちましたか。
教官たちが皆口を揃えて僕ではなく貴女が此方へ来たらいいと言っております。
酷いとは思いませんか。僕は傷つきました。
しかしながら貴女を褒められてとても気分が良いです。
僕も貴女が来てくれたらいいのにと思います。

それと。

最終日は本当にすみませんでした。
まさかあんなことになるとは思ってもいませんでした。
あれは本当に僕もしたたか酔っていたので、よく覚えていない所為もあるのですが、
本当にすみません。

貴女が此方へ来られて僕は本当にとても楽しくて、
貴女に会えたことが嬉しくて羽目を外してしまったようです。
本当にごめんなさい。

ところで僕は一体何をしたんでしょう。
いいえ、本当にうっすらとした記憶はあるのです。
あるのですが曖昧で夢と現の境目が分からないほどなのです。

取り急ぎお詫びの手紙を書きました。
また便りを致します。

                                         辰馬

PS怒ってないならお手紙ちょうだいネ★


















    親愛なる陸奥嬢へ


お元気ですか。僕は元気です。

もしかしてお返事がないのは怒っておられる所為でしょうか。
そうでないならいいと僕は思うのですが、怒っておられるなら謝ります。
許してください。せめて怒っていると言う手紙を下さい。

此方では友人達が盆に帰れなかったので時期をずらした一時帰郷ラッシュになっています。
と言うのも実習船が修理のためドック入りしてしまい、座学を纏めて行ったので休暇が出来た為でもあります。

僕はもう少し此方へ居ようと思います。
というのも教官から再提出 いえ、より深みのあるレポートを纏めている最中です。
更なる勉学に励みたいと帰郷せぬことを父上、姉上様にもくれぐれもお詫びください。

                                           辰馬


PS 怒っているなら手紙を下さい。













    親愛なる陸奥嬢

お元気でしょうか。貴女から手紙が空いており僕は今あまり元気が在りません。

岩崎君と長岡君が貴方の許へ訪ねたそうですね。
随分楽しく過ごされたようで僕はとても羨ましくかつ嬉しいです。
毎晩嬉しくて蒲団の端が涙に濡れて乾きません。

岩崎と長岡君から貴方の様子を聞きました。
夏ばてで少し痩せていたということ。
もともと痩せ気味な貴女なので僕は心配しています。
手紙を出せないのはまさか調子が優れぬ所為でしょうか。

どうかご自愛ください。                              辰馬

PS
元気が出るように砂糖菓子を贈ります。
金平糖です。まるで星屑みたいだとは思いませんか。

PSのPS
此の手紙が届く頃には間に合うと思いますが、葉月の末日、流星群が宙に出ます。
子の刻過ぎ頃、東の空を見てください。
僕も同じ星を見ます。






























    坂本辰馬様


拝啓

お元気そうで何よりです。
先だってこちらに長岡君と岩崎君が来られたので三人で食事をしました。
何故か二人が拝むように貴方に手紙を書けというので、
余りにその友人を心配する様子が滑稽だったのでお返事をすることにしました。

私は別に怒っているわけではありません。
呆れただけです。
呆れたときには返事の必要性も無いようであったし、
別段用事もなかったのでお手紙を差し上げなかっただけです。
怒ってなど居ません。

あの時貴方が仰られた名の人物を私は存じ上げません。
貴方の意中の方なのか私には知るべくもありませんが、
酒の上での失態と言えど私を目の前にしてその方の名を呼ぶなど、
その方にも失礼ではないでしょうか。

しかしこれ以上の議論は無駄です。
意味を成しません。
それ故此のお話は此の手紙限りで終わりにしたいと思います。

此の夏残暑が厳しかった所為もあって、確かに食欲が無く少し痩せたかもしれません。
しかしわざわざ此方まで来訪してくれた友人のおかげなのか、今では回復しております。
ご心配お掛けしました。

また見舞いの金平糖は確かに甘くて美味でした。
お心遣いありがとうございます。
流星群は此方では少し曇っていたので余り見られなくて残念でした。        陸奥


追伸

貴方も元気がないとのことですが、馬鹿が引くのは夏風邪と相場が決まっております。
暑いといえど素っ裸等で寝ぬよう。
病は気からと申します。ご自愛ください。



















    親愛なる陸奥嬢

拝啓
お元気になられたようでよかったです。
僕も貴方から手紙が来たのでとても元気になりました。

どういうわけか貴女から手紙が来たその日、
長岡君と岩崎君が一緒に食事に行こうと誘うので何故か二人に奢る羽目になりました。
心当たりがあるんじゃないのかと言われたのですが、僕には何のことやら見当もつきません。
しかしながら財布を持たずに店へ入った二人なので仕様が無くおごる羽目になりました。
何だか腑に落ちないのですが、貴女が二人に託してくれた手紙のお礼だといっていたのですが、
僕には意味が分かりません。
おかしな奴らです。

夏風邪など引いていません。
素っ裸でも寝ていないし、とても品行方正な生活です。

皆がこちらに戻ってきたのでとうとう明日から本免の試験です。
実習はこれからも続きますが、とうとうこの日がやってきました。
とても緊張しています。
けれども此の緊張は受かるか落ちるかといった不安から来るものではなく、
確かに前進している我々の計画に対する高揚に似ている気がします。

試験が始まる前に貴女から手紙が来てとても嬉しいです。
これで心置きなく宙へ、本試に臨めます。

それでは行ってきます。                  辰馬

PS.流星群は残念でしたね。
しかし此方も曇っていたので余り見えませんでした。
来年こそは同じ場所で観たいものです。




















    坂本辰馬様

お元気ですか。
此の手紙を読まれる頃はもう本試験が終わっている頃だと思います。
合否は兎も角として無事で戻られると私は信じておりますが、
何事も無いようお祈りしております。

私も及ばずながら近隣の神社に航海の安全祈願に参りました。

宙はいかがでしたか。
戻られましたら是非ともお聞かせください。             陸奥

















    親愛なる陸奥嬢へ

拝啓
お元気ですか。
無事帰還できたことと、本免合格したことをお知らせします。

本試験は緊張もしましたが無事通過しました。
通常船は自動操縦で人間は目視で航路を見るのが仕事なのだそうですが、
実習船はマニュアルで舵を取ったり運行しなくてはならないのはご存知の通りです。
転送ゲートを使えば通常なら数十分の距離の火星までの道のりを、一週間掛けてマニュアルで航海しました。

太陽系の内側のみですが、やはり宙はいいです。
真っ暗で、静かで、その中に星々が浮かんでいます。

地球など今まで居た場所なのに遠く離れて見ればとてもちいさくて、
その中に貴女も、姉上様も、お父上も、
僕が知り得る人や、知る場所、住んでいる場所、行ったことのある場所、
その小さな惑星の中におさまっているということがとても不思議に思えました。
地球は遠くから見ると青い宝石、いいえ、一つの命のようです。
一つの命の中で争うことが如何に愚かなことなのか思い知らされました。

本物を見せたいので写真は送りません。




早く貴女にも此の景色を見て欲しいです。
息を呑むような闇と光がただ黙ってそこにあり続けるのです。


PS 実習途中に立ち寄れる場所がありましたので土産を送ります。
小さな瓶の中に入っている砂は流れ星の欠片だそうですよ。













    親愛なる陸奥嬢


前略



本試験も終わり、此方は次段階の実習前の休みに入ることになりました。
僕は此の休みを利用して一度帰ろうと思っています。
盆にも帰れなかったので、少し遅くなりましたが夏休みです。

そして、手土産代わりに貴女にいいお知らせです。

またこれはまだ非公式ですが、操船所の教官数名が貴女も此方で本格的に学ばないかと言っておられます。
お二人が推挙してくださり、各種費用免除で是非にとのこと。
貴女が先だって受けた集中講義の終わりに提出したレポートが非常に優秀であったのがその一因だと思います。

詳しいことは戻ってからお話します。




恐らく此の手紙が長崎から出す最後の手紙です。
此の遣り取りももうおわり。貴女と手紙などを送りあうのは初めてで、
当初は何を書こうかと思い悩んだりもしましたが、
貴女からの返事が楽しみでついつい手紙を書きつらねてしまいました。

此の遣り取りが無くなるのは少し寂しい気がします。


次に会うのは生身の僕です。

貴女に話したいことが山のように在ります。
友人のこと、宙のこと、これからのこと。
僕の心はもう既に土佐へと向かっています。

待っていてください。すぐに帰ります。



                                     坂本辰馬





PS.着日と船の名を別紙に書き添えておきました。
港に迎えに着てください。
すぐにでも貴女におあいしたいのです。




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WRITE / 2008 .11 15
あしながおじさん形式でお送りいたしました往復書簡いかがだったでしょうか。
ところで陸奥は何故怒ったか、気になりませんか?
と言うわけで「陸奥、お盆に長崎にゆく」編は次のおはなしで!

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