霧の中で

-hotel-

「たまには好いでしょ?」
「たまにで好いのか?」

微かな息切れが続く中ゆっくりと時計を見上げるともう既に真夜中近くだった。
汗で張り付いた前髪がうっとおしい。
同じように息継ぎをしている、自分の上に俯せている男を揺すった。

「重い。」

引き剥がすようにすると悪りィ、と言いながら目測でも誤ったのか、はずみでうわぁとそのまま床に転げ落ちた。
なにしてんのよと笑いながら、ナミはひらりとベットから抜け出る。
落ちた男を跨いで、脱ぎ散らかした服を一つ一つ探しながらようやく見つけ当てた自分のシャツを羽織った。
前開きの木綿のシャツに袖だけ通して、冷蔵庫からビールを二つ取り出す。
その一つを投げて寄越した。

「アタシお風呂行くけどどうする?」

床に倒れ込んだままの男は貰ったビールの栓を慎重に開けながら、それを一口。
視線は白いシャツの下から伸びた二本の脚。
あぁと肯定なのか否定なのか相槌なのかも判らぬ曖昧な返事を。
おれは後で好い、と毛布を一緒に抱き込んでベットに戻る。

じゃぁねと何の余韻も残さずそういい棄てた。

風呂までたった数歩の距離なのに、わざわざシャツを羽織らなくてもよかろうに。
流石にそれは女心か。
天井で回るファンを見ながらバスルームから聞こえる水音に耳を澄ませた。
ドアから頭だけ出してこっちを呼ぶ。



「それとも一緒に入る?」



思わず飛び起きた。
何焦ってンのよ今更と言いながらこっちを見て笑った。

「馬鹿、風呂くれぇ孤りで入れ。」

ケチ、何がケチなんだとひとりごちて再び寝ころび背を向けた。
何度も身体だけは重ねてきたが流石に風呂までは入ったことがない。
そう言うことをしようと言ってきたのも初めて。
いやなんだか照れくさい。あぁはいったものの、逡巡する暇もなく毛布が跳ねた。








「到着?」

ナミはバスタブに腰掛けて、臑までお湯に使っている。
その表面には泡が立っていて、隣に座りながらその理由を聞いた。
これ、と差し出したのはきらきらしいボトル。その中に花びらのようなものが入っている。
「フラワーペタルって言うのよ。」
泡風呂のもと、と脚で水面を掻いた。

船じゃできないんだもん、と悪戯でもするように笑った。
そうでスか、と気の無く返事をした。
風呂の中は湯気が一杯でまるで霧の中。
プルメリアの香りが噎せ返る。
臆面もなくシャツをぱっと脱いで、湯船に入る。
アンタもはいんないと肩までお湯が来ないからと態と蛇口を止めた。
ハイハイと彼女の対面に座る。

「広いお風呂だと好いね、気持ちがいい。」

‘そういう’仕様に作られたホテルの風呂はまぁ居心地が悪いというのは嘘になる。
そうだなと飲みかけのビールを一口。
ナミは手に付いた泡を払って、それを奪い取って空にした後立ち上がり、シンクの縁に置いた。
身体についた泡が見たいところを上手く隠してくれるのが忌々しい。


「見てみて、泡ビキニ」



湯船に浮いた泡をわざわざすくい取って乳房の回りに形作る。
しかもご丁寧にポ−ズまで。


「馬鹿か・・・・・・・」


言い捨てながらも思わず児戯に笑ってしまったのは不覚。
もうとむくれてその身体は泡の中へ沈みこっち側へ背を預けて脚の間に入った。
「肘掛け付きのお風呂の椅子なんて贅沢」
立てた膝に腕を載っけてどこかの御大尽にでもなったようにおどけて見せた。
浮かれてるのは同じらしい。
汗と湯気ですっかり化粧も剥がれ落ちて、上気する頬が子供のよう。


いきなり神妙な顔でこっちを振り返る。

「なんかさ、おしりに当たるんだけど。」
わざわざ報告しなくても、これかとちょっと腰を揺らす。
コンコンとノックする様にしやると「バカ、えっち」とこれまた初々しく反撃。

「おい触るなよ。」

水面下で蠢く手がよっぽど「えっち」だ。
「ほっときゃ治まるから。」
そういうものなの??そういうもんだと男の生理を説明。
それを笑い飛ばしながら、納得しているのが可愛らしい。



「なんか風呂入ると一気に眠気が来るな。」
あんなにするからよ、体力バカ、お前だってと罵り合う。
肩に頭を預けてバスタブ深く身を沈め、再び浮上したときには鼻先に泡がくっついていた。
それを拭ってやると、交代交代と離れて俺をその身体の正面に誘う。




「うっわ、こりゃ好いわ。」


「背中が気持ちよすぎる。」

正直者は馬鹿を見るって言うのは本当だな。
切れの好い幻の左が飛んできた。しかしナミの胸に背中を預けると、
何の遠慮もなく当たってしまうその二つの柔らかなそれが水の浮力で弾む。
しかも肌はすべらかで石鹸入りのお湯が相乗効果。
女は手で水面をかき分け泡を退けながら俺の首に腕を廻し、耳を噛む。。

「ホントにスケベね。」

何の興味もネェ男ってのは病気だよ、仰け反りながらその顔を見た。
それもそうねぇと俺の胴に脚を巻き付ける。

「捕獲完了。」

ナミの身体に雁字搦めにされながらも悪くはないと眼を閉じる。


「おーい、どさくさに紛れて触るなよ・・・・・・・・・・・」
爪先が時々切っ先を掠めて、それ故一向に治まる気配がない。
「腐って落ちる??」


落ちて困るのはお前だぞ

バーカ




暫くそうしていると本当に眠ってしまいそうだ。
勿体ないなという気持ちとこのままでも好いかという気持ちが半々。



洗いっこでもしようか??

何だよ、またそんな初々しいこといいやがって。
その最中に串刺しにしちまうぞ。


「もうちょっと」


蛇口から一滴額に滑り落ちた。
覚醒するのが勿体ないような。


「たまには好いわね。こういうのも。」


風呂場に妙に響くナミの声。


「たまにでいいのか?」

イヤに優しく笑いながら濡れた髪の毛をかきあげて、額に口づける。




浮遊感が気持ちがいい。
霧の中で迷子になったよう。
お前に手を引かれ、囚われて、もう少しこのまま彷徨いたい。


霧の中。
二人きり。

end


検閲していただいた結果、表に載っけることにしました。
これは「プリティウーマン」で風呂に入るシーンを見て
いつかこれやりたいと心密かに考えていた話。
ハハハ、ベタベタでスマン。しかしこれが祭の醍醐味よ!!
でこの前後話をぷーちゃんが茶場リクされたので
まぁ書くことになるのかなと。前後ねぇ(笑)
このゾロの余裕は何なんだと19才の自制心を疑われています。
なのでコレの前編を企画いたしました
どうぞ



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