HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第四話


1998年2月
ゾロは、相変わらず、運転手つきの車で送迎されているにもかかわらず、ヴァレンタインデーには抱えきれないほどの、チョコレートとプレゼントを持ち帰ってくる。
どこで調べてくるのか、郵送で、スイミングクラブで、家の前で・・・去年もシャンクスにからかわれていた。
シャンクスは、随分前に子守は辞めていたが、時々思い出したように遊びにきてはゾロを構っていくのだった。
「ゾロ、もてもてだなぁvv」
「そんなことない。」
「よりどりみどりだぞ〜〜〜」
「知らない奴ばっかりだし、関係ない。」
「えっ、お前もしかして彼女とかいんの?」
「いねぇよ。」
「寂しいやつだなぁ・・・じゃぁ、好きな女とかは?」
「それもいないし、必要ない。」
そんなところだけが、似ている親子だった。

「え〜〜じゃぁ、もしかして、お前童貞だろ!」
「なんだよ!悪ぃかよ!
 シャンクスこそいい年して、結婚もしないで、彼女とかいんのかよ!」
「お前、性格きつくなったよなぁ・・・昔は『シャンスク〜〜』とか呼んじゃって可愛かったのになぁvv」
「あら、ゾロ君はいまでも可愛いわよ。」
「あ〜ロビンちゃんvvvこんなとこで会えるなんて、俺って今日ラッキーだなvv」
そんなシャンクスを静かに無視して、「はいv」とゾロにチョコレートが渡される。
「ありがとう。」
「ロビンちゃ〜〜ん、俺には?俺には?」
「ごめんなさい。
 貴方がここにいるなんて知らなかったものだから、用意していないのよ。」
「じゃぁ、これから一緒に買いに行こう!」
「今日は、ゾロ君と先約なのよ。」
「なんだとぉ〜〜このクソ餓鬼!どういう訳だ!10年早いぞ!説明しやがれぇ〜〜」
「お祝いだってさ。」
「何の祝いだぁ??」
「ゾロ君、黙ってればいいのにv」
「だって、黙ってたら、こいついつまでも煩せぇだろ。」
ロビンがそうね。と微笑み、シャンクスがロビンの渡したチョコレートを奪いに行く。
ゾロにあっちのを好きなだけ持っていけと、チョコの山を指差され、
ロビンのチョコを子供のように取り合う。しばらく騒いだ後で、
結局、シャンクスもゾロとロビンについて来ることになった。

ロビンの予約した店の個室に入り、乾杯をする時になって、シャンクスが
「ところで何の祝いなんだ?」と問い掛ける。
「ゾロ君ね、シドニーオリンピックの指定強化選手に内定したのよ。」
「まだ、決まったわけじゃないよ。」
「それだけでもすごいことなのよ。」
「そぉかぁ〜〜目標に近づいたか?」
「何?目標なんてないよ。」
「お前が覚えてないだけだ。
 お前がまだ、こ〜〜んなちっちゃくて可愛い頃、俺とミホークと3人でオリンピック見てた んだよ。それで、あれ、誰だっけなぁ???」
「鈴樹大地でしょv」
「そうそう、鈴樹大地が金メダルとって、
 その時にお前は『泳げるようになって、金メダルを取りたい』って言ったんだ!」
「そうなのか?」
「そうなんだ!俺なんか、その後毎週、毎週、プールに付き合わされてよぉ・・
 まだ泳げもしないくせに、浮き輪もビート板も絶対に持たないし、
 いつ溺れるのかって、冷や冷やだったんだからなぁ!」
ゾロは、自分が何故泳ぎ始めたのかなど、とっくに忘れていた。
記憶にある年には、既にスイミングスクールに通っていて、それが当然の日常だった。
泳いでいる間は、何も考えずにいられるし、ベッドに入ればすぐに眠れる。
以前にスイミングクラブのプールのメンテナンスで、3日間休みになった時は、夜眠れずに困ったのだった。
眠れない夜には、色んな事を考えてしまう。父のこととか、母のこととか・・・
それ以来、ゾロはクラブが休みの日でも、公営のプールへ行って、
必ず泳ぐことにしているのだ。
幼い自分が、金メダルを目指していたなんて、全く憶えていなかった。

祝いだからと、シャンクスがゾロに酒を勧める。
「ゾロ君はまだ未成年よ。」
「4月から高校だろ?酒も飲めない高校生がいるか!」
「社長に怒られるわよ?」
「あいつだって、未成年から飲んでたくちだ。文句言えネェだろうv」
「俺、酒飲んだことないよ・・・」
「ゾロ、お前本当に酒飲んだことないのか?」
「ないよ。」
「まったく、童貞だわ、酒飲んだこともないわ・・・ファーストキスもまだだとか言うなよ?」
「あら、私とキスしたわよねぇ。」
「子供の時だろ!」
「何だとぉ!!!お前、ロビンちゃんといつキスしたんだよ!!」
「憶えてネェよ!」
「あら、私は覚えているのにvv」

その後、ゾロを肴に話は弾み、
「酒を飲むには、まず自分の限界を知れ!」などとシャンクスが言い出した。
諌めるロビンに「いや、俺たちがいる時に、限界を教えておいてやらないと、どっかで飲んで意識不明になって売り飛ばされちゃったら困るからな!」などと、訳のわからぬ理屈を並べて、ゾロが杯を開ける度に酌をする。
最初は少しくらいならと思っていたロビンが、心配しはじめる量を飲んだ後も、ゾロは顔色も変えずに「大丈夫だよ。」と飲み続ける。
いくらシャンクスも飲んでるとはいえ、尋常ではない量の酒を飲み、
流石にロビンがストップをかけようと思ったとき、前触れも無く座敷に寝転んだゾロは、そのまま眠ってしまった。

今日に限って、遅くなるからと社用車は帰してしまっていた。
上背はシャンクスと並ぶほどに成長した。筋肉がある分、重くなったゾロを2人で両脇から支えながら、到着したハイヤーに乗り込む。
眠っていたはずなのに、家に着く直前で、ゾロは盛大に嘔吐し、再び眠った。
迷惑料だと、数枚の万札を運転手に渡して、長いエントランスを抜け、
玄関で靴を脱がせ、リビングの床に横たえるのがやっとだった。

「ベッドには運ぶのは無理のようね・・・」
「当ったり前だよ。でっかくなりやがって・・・」
「いい子に育ったわね。」
「こいつは、最初からずっといい子だよ。」
「そうだったわね・・・」

ゾロに洋服を駄目にされたシャンクスは、勝手にシャワーを浴び、
ゾロの洋服を拝借し、布団を運んで・・・
床に寝るゾロの横のソファーで眠った。

翌朝、床の上で目覚めたゾロは、自分だけソファーで寝ているシャンクスを起こす。
「シャンクス!シャンクス!俺、なんでここで寝てんの?」
「う〜〜頭を揺らすな!耳元で騒ぐな!」
「シャンクス、暖房強すぎだよ。俺、喉カラカラ。」
「喉カラカラって・・・」
ダイニング方向へ水を飲みにいったのであろうゾロの背中に、「俺にも持って来い!」とシャンクスは力なく叫んだ。

言われたとおりに水を持ってくるあたりは、まだ素直なままの可愛いゾロで。
「お前さぁ、頭とか痛くないの?」
「全然。」
「気持ち悪くない?」
「う〜〜ん・・・口の中がネバネバして気持ち悪いな。」
「それだけ?」
「うん。」
若いっていいよなぁ・・・と呟くシャンクスを尻目に、ゾロは何事もなかったように、シャワーを浴びて、学校へ行ってしまった。

強化選手に選ばれてから、ゾロの生活は多忙になった。
大会の前には強化合宿に召集される。地方で開催される大会も多い。
普段は、家と学校とプールを往復するだけのような生活で、移動はほとんど車だったし、家の中でゾロがすることは何も無かった。
掃除も洗濯も食事の用意も、全て家政婦の仕事だった。

最初は知らないところに行くことを物珍しがっていたゾロだったが、洋服等の荷物を準備することに始まり、現地についてからも細々とした雑用が多いことを学ぶ。
その上、どんなにホテルとプールが近くても、ゾロは必ず迷子になるのだ。ホテルに併設されているプールへ行くにも迷うのだ。これは、先天的なものなのか、それとも運転手付きの車で移動し続けた故の後天的なものなのか・・・とにかく、泳ぐことは嫌いではなかったが、家から出ることは、大変に面倒なことなのだということを理解した。

高校では、一応水泳部に所属していたものの、ゾロが高校の部活に参加することはほ
とんどなかった。高体連の主催する大会に参加するために、籍を置いているだけで、普段の練習は所属クラブで行っている。
もちろん、専属のコーチ・トレーナーがついての練習である。
ゾロまでもが忙しくなったことで、週に2〜3度の親子の短い会話は、月に2〜3度ほどの頻度になる。お互いに用件のみを伝え合うだけで、ゆっくりと話し合うことなど皆無に近かった。

高校1年の夏、高校選手権で、ゾロはバタフライ100mの、世界新記録をマークし、一躍マスコミに取り上げられ、スイミングクラブにはファンらしき女の子の姿が目立ち始める。
ミホークに引き取られてからは、・・・・当時、ミホークは独身であり、肝心の母は亡くなっていて、ゾロを認知して、籍に入れるまでには問題が多かったのだが・・・
ゾロは、ミホークの姓を名乗っていた。

ミホークの父が起こした会社は、そのまんま名字を会社名としたという、安易な会社名だったので、それでなくても珍しい「ジュラキュール」という名字は、全国展開するサラ金の関係者であることを一般人にも簡単に想像された。
もちろん、マスコミもそのような取り上げ方をしていた。
世界新記録を出したことで、ゾロのシドニーオリンピック出場はほぼ確定的なものとなり、外野が煩くなっていく中で、ゾロは淡々と泳ぎ続けていた。





1999年大晦日
久しぶりにゾロとミホークは向き合って夕食をとった。沈黙の中でも、時々どちらかが、相手に質問をし、訊かれた方がそれに答える。というようなことを繰り返し、「2月から、またシドニーか」とミホークが言った。
「いや、2月はいかないことにしたんだ。」
「なんでだ?」
「10月にも行ってるし、期末試験にも重なるし、今回は希望者のみだから。」
本当は面倒くさい・・・というのも理由の1つであったが、それは黙っていた。

「行ってきなさい。」
「えっ?なんで?」
「1回でも多く、向こうの空気に触れて、慣れておいたほうがいい。」
「そうかなぁ・・・」
「日本とは食事も言葉も、全く違う環境になるんだ。
 本番までに、何回でも行って慣れておいたほうがいいと思わないか?」
「そうだね。」
ミホークがこのようなことをゾロに言ったのは、初めてに等しかった。

話す機会がないと言えばそれまでであったが、ミホークが口を出すまでも無く、ゾロはやるべきことを、いや、それ以上のことをきちんとしていたし、学校等で問題を起こすことも皆無だったので、「ああしろ」とか、「こうしろ」などと言う必要がなかったのだ。
ゾロはゾロで、格別ミホークに言われたことを気にしたわけではなかったが、行っても行かなくてもどちらでもよかったのだ。行ったほうがいいと言われればそうなのだろうと、素直に従った。
運命の輪はここでも巡る・・・・

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