HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第三話
ゾロが広いダイニングで、一人きりの朝食を食べ終える頃に、
シャンクスが到着する。
日中はシャンクスと思い切り遊び、週に3〜4回はロビンが顔を出す。
時折、母を思い出し、寂しそうにするゾロを、
シャンクスと事情を知ったロビンがさりげなく慰める。
ゾロは随分と2人に懐いていたが、相変わらず、ミホークは多忙を極め、休みもとれ
ない有様だった。
毎日、自分と遊んでくれるシャンクスに、優しいロビン。
それなのに、大好きなおとうさんとは、話すことさえ侭ならない。
幼いゾロの思考では、「おとうさんは自分のことが好きじゃないのかもしれない・・
・」
という考えが浮かんでも、それを否定する理由はみつけられなかった。

春の声が聞こえてきた、その夜。夜半すぎから降り出した雨は、雷鳴へと変わり、
その音でゾロは目覚めた。
暗い自室を出て、シャンクスを呼ぶ。
階下に降りても、薄めに室内灯が灯されているだけで、シャンクスの姿はない。
家政婦の名前はわからなかったが、「おばさ〜ん、おばさ〜〜ん!!」と声を張り上
げ、
キッチンを覗いてみても、人の気配はない。
おとうさんがいるかと、滅多に近づかないミホークの部屋に入っても、おとうさんは
いなかった。

最初の頃、シャンクスはゾロが眠ってからも、ミホークが帰宅するまでは屋敷の中に
いたのだが、ゾロは1度眠ったら起きてきたことはないし、ミホークの帰宅も深夜が
続く。
セキュリティに問題はないだろうということで、
ここ数日はゾロが寝て1〜2時間すると帰宅するようになった矢先だった。
ゾロの知っている限り、家政婦は2人いて、
ゾロが起きた時にも、ゾロが寝るときにも必ずどちらか1人が屋敷にいるのだ。

しかしながら、家政婦についていうのなら、
彼女たちは早番と遅番の2交代勤務で、住み込みではなかった。
以前は住み込みの使用人が常に3〜4人はいたのだ。
そして、ゾロの母は、家政婦の1人であった。
ミホークとの仲を知ったとき、使用人の分際でと、激怒したミホークの父は、家政婦
は通いとし、年齢も中年以上の婦人に変えた。
そして、新しく雇われた家政婦たちには、
必要以上に家族に干渉しないよう、厳しく言いつけていた。
最後まで住み込みで残っていた、雑用をこなす男性が、高齢を理由に数年前に退職し
てからは、特に必要もないと、ミホークは後任を雇わないでいた。

雷鳴が轟く中で、稲妻の閃光に怯えながら、ゾロは泣きじゃくって、
それでも広い屋敷の中に誰かを探した。探して、探して、誰もいないと諦めた後、
自室に戻り、ベッドの布団に深く潜って、「おかあさん・・・・」と泣いて眠った。
この家で、自分はひとりなのだということを、身体で感じてしまったのだ。

そして・・・残念なことに、子供を育てた経験の無いミホークにとって、
ゾロが雷の音で目覚め、そのような思いをしたであろうことなど、想像し難く。
いつものように帰宅後にゾロの寝顔を見に来たものの、
寝相が悪いと身体を入替え(それも毎晩のことであった)薄暗い部屋の中で、ゾロの
涙の痕跡を見つけるのは困難だった。

桜が満開になる頃に、ゾロは幼稚園に入園した。
ロビンが何箇所も教育方針を確かめて、あちこちを見学に行き、
いわゆるエスカレーター式の大学まで続く私立のお坊ちゃま学校を選んだ。
入園式の時間は、万障繰り合わせて、ロビンがミホークのスケジュールを空けた。
ミホークが入園式に来ることを知ってからは、ゾロはそれはそれは楽しみにしてい
て、
紺の制服に着替えては、シャンクスやロビンはもとより、家政婦達にも、
「おとうさんと行くんだよ!」と何度も何度も、繰り返し言っていた。
そんなゾロの想いを、嘲笑うように運命は巡る。

入園式の前日、閉店直前の名古屋支店に一人の男が社員を人質にして篭城した。
男の言い分は支離滅裂だったし、会社に落ち度は全くなかったのだが、ミホークは帰
宅することもできず、
勿論、社長が息子の入園式に参加できるような事態ではなかった。
当日の朝、シャンクスは、なるべくゾロに理解できるように、
ミホークの状況を説明したのだが、ゾロに理解できたのは、
「おとうさんは、自分との約束よりも、お仕事のほうが大切なんだ」ということだっ
た。そして・・・ゾロがもう少しわがままで、その気持ちをシャンクに伝えられたな
ら・・・・
「そういうわけで、お父さんも大変なんだ。ゾロ、残念だけどな・・・」
「うん。お仕事大変なんだね。」
「そうなんだよ。わかるよな?」
「うん。」
「ゾロは、いい子だなぁvv」
普段から、ゾロはものわかりのよい、いい子だった。
それは、迷惑をかけまいとするゾロの精一杯の遠慮だったのだが、いつもそうなの
で、
子供と接する機会の少なかった周囲の大人達はゾロを「いい子なのだ」と思ってい
た。

おとうさんは来れないとわかっていながら、
ゾロは式の間中、何度も何度も父兄席を振り返って、ミホークを探した。
その度に、シャンクスに、「前を向け!」と手で合図されたが、
ゾロは確かめるように父兄席を振り返った。
篭城事件自体は、無事に解決したものの、その後の記者会見やら、
再発防止についての緊急会議やら・・・
結局ミホークが帰宅できたのは、その日も深夜で、ミホークはゾロに謝ることすらで
きなかった。
眠っているゾロを起こしてでも・・・自分の気持ちを伝えればよかったのだが、
天使の寝顔を妨げることが戸惑われるのだ。
言葉の足りない親子の掛け違いは続いたままだった。

ゾロは幼稚園に運転手つきの車で通った。
その園で、運転手つきの車はそう珍しいことでもなかったが、
運転手に付き添われて門をくぐるのはゾロだけだった。
友達は、みんなおかあさんが、時々はおとうさんが一緒だった。

帰宅する頃に、シャンクスが家に来て、シャンクスと遊び、夕飯を食べ、眠る。
時々、ロビンが遊びに来て、おとうさんのことを話してくれる。
ゾロとあんまり会えないのは、お仕事が忙しいからなのだと、教えてくれる。
ゾロは、おとうさんは忙しくて大変なんだということを理解し、
自分がおとうさんの邪魔をしてはいけないと思うのだった。
週に2・3回、出勤前のミホークと、起きたばかりのゾロが出会える。
「幼稚園は楽しいか?」とか、「欲しいものはあるか?」とか、何かを尋ねられて
も、
ゾロの答えは、自然とおとうさんに心配をかけないようなものとなる。
「おとうさんと一緒にいたい。」と言えない、不器用なところが良く似た親子だっ
た。

稀な休日に、ゾロと過ごそうと思っても、ミホークにはゾロとの遊び方がわからな
かった。振り返れば、自分自身も父と遊んだ記憶はなかった。
結局は、ゾロとシャンクスが
「レッドマスク!」
「ブルーマスク!」
「駄目だよ、シャンスクはゼーバでしょ!」
「はっはっはっ!マスキングブレスはもらった!これで変身できないだろう!」
「くそぉ!ターボランナーミサイル!!」
などと、ミホークには、ほとんど意味不明な言語で遊んでいるのを、
静かに見ているだけだった。
ゾロはゾロで、おとうさんの前ではいい子にしてなくてはならないという緊張感で、
ミホークの前では、極端に口数が少なくなった。

秋・・・ゾロの幼稚園でも運動会が開かれた。当日は、シャンクスとロビンが駆けつ
け、そして、ほとんどの父兄は参観日や遠足・バザー等の園の行事に参加するこの2
人をゾロの両親だと思っている。

「あら、ゾロ君。今日はパパもママも一緒でいいわね?」
普段、運転手と登園するゾロに、顔見知りの父兄が声をかける。
ゾロは、違うよと言いたいが、では、シャンクスとロビンは自分にとっての何なの
か、
説明もできず、父も母もが来ていないという事実がゾロの胸を痛める。

園児が集合して、入場行進をしている最中に、ゾロは遠くにミホークの姿を見つけ
た。
行進の列から外れて、「おとうさ〜〜ん!!」と叫びながら、
一目散にミホークに向かって走り寄って行く姿に、場内からは笑いが漏れ、先生がゾ
ロの後を追いかける。
「おとうさん、運動会見に来たの?」
「あぁ。」
移動の合間に、一目だけでもと立ち寄った自分にゾロが気付くとは、思ってもいな
かった。だが、ゾロは、いつでもミホークのことを探していたのだ。
「僕ね、走るの速いんだよ!1等賞になるから、見ててねvv」
ミホークの返事を聞く前に、ゾロは先生に連れられて、列へと戻り、
午前中最後のプログラムの徒競走をミホークが見ることは叶わなかった。

そうしてゾロは、徐々にミホークになにかを期待することをあきらめ、物質的には何
不自由なく、もっとおとうさんに愛されたいという潜在的欲求を自覚しないまま、健
やかに育っていった。

ゾロが水泳を始めたきっかけは、ミホークだった。
珍しく、早い時間から家にいたミホークが、
これまた珍しくシャンクスと共にテレビを見ていた。
2人に挟まれるようにソファーに腰掛け、ゾロもまた、画面を見つめる。

野球でも、ゴルフでも、スポーツ番組を見ている時のシャンクスが騒々しいのはいつ
ものことだが、予選の時点から、2人の盛り上がりは尋常ではなかった。
決勝で、鈴樹大地がゴールした瞬間、「よぉぉし!!」とミホークが叫んで、ゾロを
抱き上げた。
ゾロがそんなミホークを見るのは初めてだった。
まだ興奮の冷めない2人の間で、ゾロはどちらかと言えば驚いていた。
「おとうさん、水泳好きなの?」
「あぁ、泳ぐのは好きだな。」
「見たことねぇぞ!」
「泳ぐ時間がないだけだ。」
「僕も泳げるようになりたい。」
「そうだ!ゾロ、お前も金メダルを目指すんだぁ!」
「泳ぎか・・・」
「俺が教えてやろうか?」
「お前じゃ駄目だ。金メダルを目指すなら、ちゃんとしたスクールに入れる。」
「金メダル取れるかなぁ?」
「あぁ、ゾロなら大丈夫だ。」
そう言って微笑んだミホークの顔が、ゾロの心に染み入っていった。

おとうさんが好きだと言ったから始めた。
無意識ながらも、愛されるための手段として選んだ水泳に、ゾロは夢中になっていっ
た。勿論、ロビンが探してきたスイミングスクールは、有数の選手を抱えるそれなり
のスポーツクラブで、講師の指導も熱心だった。
ゾロは運動神経が優れていたし、休日もシャンクスに強請って、屋内プールへ通う。
クロールが泳げるようになった。背泳ぎが、平泳ぎが、バタフライが・・・
報告するたびにミホークはゾロを褒めてくれたから、余計に水泳に集中する。
まるで、泳げなければ愛して貰えないとばかりに・・・・

幼稚園児のうちから、小学生に混じって、200Mメドレーを遜色なく泳いだ。
小学生になってからも、日々数kmを軽く泳ぎ、記録は順調に更新される。
大会にエントリーする時は、いつも実年齢よりも上のクラスに混ざった。8歳の時
は、10歳以下に、10歳では14歳以下に・・・
いつしか、親子の会話は水泳に関するものがほとんどとなり、
実際ゾロは出場するほとんどの大会で表彰される選手へと育っていった。

思春期を迎えたゾロは、益々寡黙になってはいたが、
ミホークに記録や調子を尋ねられれば、言葉少なに返事をした。
時折、卵ごはんを食べて、母を思い出そうとしてみても、
ぼやけてしまった記憶はあやふやで、仏壇に飾られている写真の顔しか浮かばない。
ただ、なんとなく、自分は毎日楽しくて、幸せだったのだろうと、
優しい空気を思い出すだけだった。

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