HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第二話


2日振りに出勤したミホークに、不在の間の報告と、今日の予定を秘書が報告する。
ミホークの会社は金融業。平たく言うと、サラ金というやつだ。
由緒正しい貴族の家柄だったミホークの祖父は、貴族院議員で、世俗には疎い人だっ
た。終戦を迎え、没落貴族になりかける頃、ミホークの父が、親族の反対を押し切っ
て、
残された別荘や美術品などを売り払った金を元に、金貸しを始めた。
それ以来、ミホークの父は数多かった親族と、すっぱり縁を切った。

右肩上がりに発展する経済と、消費が美徳の時代に、会社はどんどんと大きくなり、
バブル期を迎える頃には、たとえ高金利だろうと、金を借りに来る客が途切れること
はない。
全国展開を果たし、TVCMをどんどん流し、所詮サラ金と言われながらも、金に困るこ
とはなくなった。

金に困らなくなれば、次に欲するのは名誉。
もともと家柄は悪くない。ミホークの結婚相手に、
ミホークの父は皇族を縁戚に持つ財閥系銀行の会長の娘を選んだ。
周りに勧められるままに、結婚相手など、誰がなっても同じだと。
選ぶ面倒がなくて良い位に思っていたミホークの前に、
ゾロの母になる女が現れたのだった。
身分違いの恋だった。それでも、家を捨ててでも女と一緒に歩むつもりでいたのに、
女はミホークを想って姿を消したのだった。

それ以来、ミホークは持ち込まれる縁談を断り、女を捜し続けた。
ようやく見つけたその女性が・・・
それほど困窮していたというのに、連絡をよこさないほど、
自分という男は彼女にとって不甲斐ない人間だったのだろうかと。
それでも、忘れ形見のあることを、彼女に感謝すべきなのだろうかと。
唯一愛した女性が、自分のことをどう思っていたのかを確かめることができずに終
わってしまい、そして、突然現れた「自分の息子」。
ミホークは、未だ感情の整理がつかないままだった。

「社長?今日の予定は以上ですが、よろしいですか?」
美しい女性秘書が、上の空のミホークに確認を入れる。
「すまないが、当分は早く帰りたいのだが・・・」
「できるだけ、努力いたしますが、当分は・・・来週は国会答弁も控えていますの
で、今週のうちに、主だった与党の先生方にお会いしませんと・・・」

2年前にミホークの父は亡くなり、業界最年少の若さで、ミホークが社長を継いだ。
知名度はあるが、上場しているわけでもない。
社内での引継ぎはスムーズだったが、時代が悪かった。
バブル景気は翳りを見せ始め、借金苦による自殺が相次ぎ、マスコミが「サラ金地
獄」などと言い出した。
家に押しかけたり、子供の学校にまで向かうような、やくざまがいの取立てをするの
は、弱小というより、貸金業法違反を平気で犯すような会社だ。
それでも、矢面に立つのは、業界トップクラスにあるミホークの会社なのだ。

「私用ですまないのだが・・・」
「何でしょう?」
「昨日、息子を引き取った。」
プライベートのことなど、話したこともなかったが、優秀で冷静な秘書は驚かない。
「はい。」
「まだ4歳で、一応子守を頼んではあるのだが。」
「様子を見て参りましょうか?」
「頼んでもかまわないだろうか・・・」
「勿論ですわ。」
仕事が忙しかったこともあるが、必要以上に他人と関わることを好まないまま、
いや、むしろ孤独を好んできたミホークに、頼れる人間は数少なかった。


「なんだよ、坊主!泣き虫だなぁ。」
3日前と同様に、ゾロを膝に抱きながらシャンクスが明るく声をかける。
「泣き虫じゃない!坊主じゃなくて、ゾロだ!」
強気に言い返すその瞳に安堵する。
「そうか、ゾロだったなvゾロ、いっつも何して遊んでたんだ?」
「いつも?」
「そう。前のおうちにいるとき。」
「テレビみたり。お絵かき。あと、フラッシュマンごっこ。」
「そうかぁ〜〜今日、何して遊ぶ?」
「おじちゃんと?」
「おじちゃんじゃない。シャンクス!」
「シャンスク。」
「シャンスクじゃなくて、シャンクス。」
「シャンスクじゃなくて、シャンスク!」
「・・・・・」
とりあえず、手近にあったテレビをつけると、ゾロが教育テレビを選び、
昼近くまではテレビを見ていた。流れる歌にあわせて、歌ったり踊ったりしているゾ
ロは、母が亡くなったことなど、まるで理解していないようで、
その無邪気さにシャンクスは胸が痛んだ。
時折、話し掛けられる問いに相槌を打ち、のんびりとした午前中が終わった。

昼前に家政婦が、昼食は何を召し上がりますかと言ってきた。
「おい、ゾロ!昼ごはん何が食べたい?」
「う〜〜んとねぇ・・・卵ごはん。」
「卵ごはん?」
「うん。僕、一人で作れるよ!ご飯に卵かけて、お醤油混ぜるんだよ。美味しいか
ら、シャンスクにも作ってあげようか?」
「そっかぁ・・・じゃぁゾロに作ってもらうか。」
家政婦は、本当にそれだけでよろしいんですか?と訊きながらも、
シャンクスがそれでいいと応えると、では、ご飯を炊いておきますね。と言って、
さがった。

ダイニングルームの椅子には、クッションが置かれてはいたが、
大理石のテーブルに丼は非常に不似合いで、シャンクスは「外で食べるか!」と言っ
て、銀のプレートに丼と生卵と醤油を載せて、庭に出た。
穏やかな冬の陽射しの下で、「公園みたいだねぇ。」と驚くゾロが、
不器用に卵を割り、シャンクスの分も、卵ごはんを作った。
出来上がった卵ごはんを前にして、箸をつけないゾロ。
「喰わないのか?」
「おかあさん、お腹すいてないかなぁ・・・」
「・・・・」
「おかあさんも、卵ごはん大好きなんだよ。」
「そうかぁ。ゾロも、卵ごはん好きなんだろ?」
「うん!」
「なら、喰え!」

行儀良く、「いただきます」と手を合わせて食べ始めるゾロに、母のことを
どうやって説明したらいいのだろうかと、シャンクスは考えていた。
食事が終わる頃、家政婦がシャンクスにお茶を。ゾロにリンゴジュースを運んでき
た。
「ジュースだ!」
「好きか?」
「うんv」
一気にジュースを飲み干したので、「おかわりするか?」とシャンクスが問い掛けた
ら、
「なくなっちゃうから、また後で。」とゾロが答えた。
「そうだな。」と返事をしながら、この子は全く環境の違う世界にいたのだと。
少なくとも、裕福になったことが少しでもこの子を幸せにしてくれればいいと、
シャンクスは思った。

午後は、そのまま庭で遊んだ。木に登ったり、鬼ごっこをしたり・・・
シャンクスがゾロの両手を持って、「飛行機だぁ〜〜」と言って、振り回したら、
「もっと、もっと!!」と、何回もせがまれた。

さすがに体力勝負の遊びにシャンクスが疲れを見せ始めた頃、庭にロビンが姿を見せ
た。
「おぉ〜〜!!ロビンちゃんじゃねぇかよ!!」
「こんにちは。子守りって、シャンクスさんだったのね。」
「そう!人探しが終わったら、今度は子守り。デートの相手も引き受けるよvv」
シャンクスをさっくり無視して、ロビンはゾロの前にしゃがんで、目線を合わせる。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「私、ロビンって言うの。」
「ロビン?」
「お父さんの会社で働いてるのよ。」
「おとうさんは?」
「お父さん、まだお仕事なのよ。」
「ふ〜〜ん。」
「僕、お名前はなんて言うの?」
「ゾロだよ。」
「そう。いいお名前ねv」
照れくさそうにゾロが笑う。
「ケーキを買ってきたのよ。お洋服が泥んこだから、手を洗って、着替えてから一緒
に食べましょう。」
ロビンがゾロの手を引いて、屋敷へと戻る。

ゾロの着替えは、紙袋の中に入っているきりだった。
清潔ではあったが、くたびれていることは否めない。
ロビンが手早く着替えをさせ、洗面台に背の届かないゾロを抱き上げて手を洗い、
ダイニングへと行った。

大皿には10種類ほどのケーキが並べられていた。
「ゾロ君、どんなケーキが好きかわからないから、色々買って来てみたんだけど?ど
れが好き?」
「今日、誰の誕生日なの?シャンスク?ロビン?」
「あ〜〜今日は誕生日じゃないんだけど、そうだな。ゾロが俺とロビンちゃんに会っ
たお祝いだ!」
「そうか!」
事情を把握できてないロビンは、不思議に思ったが、顔には出さずに
「さっvvゾロ君好きなの選んで。」とゾロにケーキを勧めた。

田舎のケーキ屋しか知らないゾロには、
そして、お誕生日とクリスマスにしかケーキを食べなかったゾロには、
一流洋菓子店のケーキは華やかすぎて、どれを選んでよいのかすらわからなかった。
「選べなかったら、何個食べてもいいのよ。」
「そうなの?」
「全部食べてもいいぞ!」
結局ゾロは、いちごの載っている最もショートケーキに近いと思われる、
ガトーフレーズを選び、美味しそうに食べ、
ロビンにこれも美味しいわよと言われたチョコレートケーキを平らげて満足した。

「じゃぁ、ゾロ君、お買い物いきましょうか?」
「お買い物?」
「おう!ゾロ、バットとボール買おうぜ!そしたら、明日は野球ができるぞ。あっ、
サッカーボールも買おうな!!」
「お洋服とか、靴も買わないとね。」
「・・・・・知らない人に何か買ってもらっちゃいけないって、おかあさんが言って
た。」
「知らなくないわよ。ロビンとシャンクスでしょvそれに、お父さんに頼まれてるか
らいいのよ。」
「そうなの?」
「そうだ!!ゾロ、何でも欲しいもの言えよ!」

ロビンの乗って来た社用車で、デパートに向かう。
途中、ゾロは高層ビルに歓声をあげ、電車を見て喜んだ。
最初におもちゃ売り場に向かったのはシャンクスだった。「どれでも欲しいの買って
いいからな!」と言われても、ゾロは戸惑うばかりで、中々決まらない。
その間にも、シャンクスは、ボールにバットにグローブに、ブロック、ミニカーと、
どちらが子供かわからない勢いで、次々と欲しいものを選ぶ。
「シャンスク、1個だけだよ。」と、ゾロが咎めるように言う。
「ゾロ君、今日は特別だから、何個買ってもいいわよ。」とロビンに言われ、
それでも、ゾロは迷いに迷って、フラッシュキングという合体ロボットと、
グリーンフラッシュの人形を選んだ。

会計を済ますロビンの横で「ロビン、ありがとう。」とゾロが頭を下げる。
「これは、お父さんのお金で買ってるから、お礼はお父さんに言ってね。」

子供服売り場でも、好きな服を買っていいとロビンに言われても、
ゾロにはどれを選んでいいいのかがわからず、結局ロビンの趣味で洋服は選ばれた。
ロビンが、下着やパジャマを選んでいると、ゾロが、
「フラッシュマンのがいい・・・」と、小声で告げた。
以前に、ゾロはけんじくんの着ている、フラッシュマン変身スーツを見て、ずっと欲
しいと思っていたのだ。
ロビンが店員に尋ねては見たが、キャラクター物は取り扱っていないと言われ、
ゾロは、わがままを言うこともなく、納得していた。

更にロビンは家具売り場で子供用の椅子と踏み台を買い、
スリッパだの、箸だの、細々としたものを揃え、シャンクスとゾロは疲れ果て・・・
荷物に埋もれるように車に乗って帰宅した。
夕飯は何が食べたいかと訊かれ、「ピザ・・食べてみたい。」というゾロに、
困った顔をした家政婦を制して、シャンクスが宅配ピザを頼んだ。
届けられたピザを見て、「すごく大きいんだねぇ」と、ゾロは目を丸くして、
取り分けられたピザの1切れを食べ終わらぬうちに、
真新しい子供椅子の上で船を漕ぎ出した。

「疲れちゃったのかしら?」
「随分遊んだからな。」
「お風呂、どうしたらいいのかしら・・・」
「まさか、ロビンちゃんが一緒に入るの!?」
「着替えも無いし・・・お願いできるかしら?」
「当たり前だ!ロビンちゃんと一緒に入るなんて、10年早いって!」
「10年後は多分一緒に入ってくれないわ。」

ほとんど眠っているゾロをシャンクスが風呂に入れ、ロビンが着替えさせた。
当分の間、ミホークがゾロの起きている時間に帰宅するのは難しいとロビンが告げ、
あどけない顔で眠るゾロを見て、シャンクスは複雑な思いを抱えていた。

深夜に帰宅したミホークが、ゾロの部屋に行く。その寝顔を見て、
妻にするはずだった女性を想い、自分の不甲斐なさを責めた。
翌朝も、出社前に部屋へ行くと、寝惚けながらもゾロが
「おとうさん、おもちゃとか洋服とか、いっぱい買ってくれてありがとう。」と起き
上がる。
その愛しい姿に、ミホークは心臓を掴まれた気がした。
「私は会社に行くけれど、まだ早いからお前は寝てなさい。」そう言って、
起き上がったゾロをベッドに戻す。戻されたベッドの中から、
「おとうさん、今日もお仕事たいへんなの?」
「大変じゃないよ。」
「帰ってきたら、遊べる?」
「それは・・・無理だ。」
「そう。」
言葉の足りない親子は、接する時間が短いからなのだろうか、
それとも必要以上に相手を思い遣ってしまうからなのだろうか・・・
ミホークは、愛した女性が命がけで育ててきた息子を、
せめて自分が幸せにしてやりたいと・・・
罪悪感を感じるほどに、彼女に渡せなかった愛情を、
息子に注いでいきたいと思っているのに、
ゾロは、おとうさんが自分と遊ぶことを拒絶したと感じていた。
釦の掛け違いの始まりだった・・・・

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