HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第11話
平日は、毎晩10時7分にインターフォンが鳴る。
「お帰り〜〜v」と声をかけると、「こんばんわv」と答える。
“ただいま”とは言ってくれない。

最初の日、軽い食事を用意したけど、「学校の前に食べてるから。こんな時間に食べたら、太っちゃうし・・」と、夕飯を共にすることはない。

ナミさんはバスタオルまで持参してきた。着替えを持って歩くのは大変だから、うちで洗濯をすればいいと言っても、「そんなことできないわ。」と・・・ようやくタオルだけは俺んちのを使うようになって。

紅茶派のナミさんの顔を見て、ポットに湯を注ぐ。茶葉が開くまでの時間に、毎日「今日はどうだった?」と尋ねると、他愛ない一日の様子を話してくれる。
面白い患者さんが来たとか、すごく宿題をだされたとか。
俺には関係ない世界の話だけど、楽しそうに話すナミさんを見ているだけでいいと思う。
1杯の紅茶を飲み終わるまでが、とてつもなく短い時間に感じられて。あれも、これも話したいのに。

紅茶を飲んだナミさんは、「じゃぁ、お風呂借りるね。」そう言ってバスルームに向かう。シャワーを浴びて、髪を乾かす。
リビングにいる時間よりも、バスルームにいる時間の方が断然長い。

「ビール飲む?」と尋ねても、「明日も仕事だから。ありがとう。」と優しい拒絶。
缶ビール1本くらいで酔ったりしないのは、お互い判ってることなのに・・・

紅茶1杯と、羊荘までの片道20分の道のりが、俺に与えられたタイムリミット。
ぷーたろうの俺は、何もしていないから、何も話せることがない。
だから、毎日毎日、目覚めた時から今日は何を話そうかと。眠りにおちる瞬間まで、明日は何を話そうかと。

自転車を買おうかな・・と言い出したのはナミさんで。
「だって、サンジ君、大変でしょ?」
「全然大変じゃないですよ!俺、ナミさんと少しでも長く一緒にいたいし。」それは、言外の告白で。
「朝さ、サンジ君のビルに自転車おかせてもらって、帰りそれに乗ってかえればいいのよ。朝も楽だし、危なくないし、いいと思わない?」
「駄目ですよ。
 うちは駅前だから、放置自転車で持ってかれちゃうし、送るくらいさせてよ。」
持っていかれるなんて、嘘だけど。
「でも、悪いからさ・・・」

羊荘の前で「おやすみ」「ありがとう」と言って、別れる毎日。
それでも、毎日ナミさんに会えるのは、天にも昇れそうな位に楽しかった。

次の日曜に、デートをしようと誘ったら、「レポートとかあるし、掃除や洗濯もしたいから。」と断られ・・・性急すぎたかと・・・ナミさんとは、大事につきあって行きたいんだ。失いたくない。


サンジと会った翌日に、ロビンから電話が入る。携帯電話を携帯していないことを判っているのか、時刻はいつも11時過ぎ。
多分、ロビンは俺の不規則な休日を把握している。その上でいつも聞いてくるのだ。
「ゾロ、今度の日曜は予定がある?」
日曜は・・・・そうだ。サンジもナミも俺の相手はしないだろう。
「いや、別に・・・」
「じゃぁ、食事でもどう?」
「あぁ、いいぞ。」
「11時に迎えに行くわ。」


サンジ君に送られて、羊荘に近づくと、いつも101号室の明かりを確認する。たいてい電気がついていて。
門の前でサンジ君におやすみなさいと言ったあと、ドアをノックしたい衝動にかられる。
でも・・・サンジ君が見ているから。私が部屋に入るまでサンジ君は門の外で見ていてくれるから。それはとっても嬉しいけれど・・・
もう何日もゾロの顔を見ていない。

サンジ君にデートに誘われたけど・・・今週はゾロに会いたい。
この前も、日曜日がお休みみたいだったから。
お昼をたくさん作ったからと言って・・・そう、カレーにしよう。
ベルメールさん直伝の、スパイスを何種類もいれた本格カレー。
カレーなら、たくさんできても不自然じゃない。
土曜日に、スパイスの小瓶をいくつも買って。材料を揃えて。
可愛いお皿も買っておこう。

日曜は、朝から忙しい。部屋の掃除をして、カレーを煮込む。
灰汁を掬って、サラダはマリネにしよう。
今日はお休みだから、ゾロはまだ寝てるかしら・・・11時頃起こしに行けばいいかな?

ノックの音がしたから。うちかと思った。ドアを開けても誰もいなくて。階段の下から、「ゾロ君、用意できてる?」と女の人の声がした。
慌ててドアを閉める。誰だろう・・・
ゾロの部屋のドアが開いて、くぐもった会話が聞こえる。
思わず窓に駆け寄って、道路を見たらスポーツカーが止まってて、長身でスタイル抜群の・・黒髪で目鼻立ちのはっきりとした・・
綺麗な女性とゾロが車に乗り込むところだった。

馬鹿みたい・・・・

たくさん作ったカレーは、一人では食べ切れなくて。全然美味しくなかった。


「どこ行くんだ?」
「しゃぶしゃぶの予定だけど?蟹とお肉とどっちがいい?それとも他のもの?」
「肉。」
車の中で、ロビンは何も言わなかった。いつもなら、最近はどうだとか、飯をちゃんと喰ってるのかとか、色々聞いてくるのに。なんだか居心地が悪ぃんだよなぁ・・・黒に近い紫のムスタングは、女の乗る車とは思えないが、もう慣れた。革張りのシートに背を預け、無言の車内に、低いエンジン音だけが煩く響いていた。

店に着いたら案の定、個室に案内されて、ビールを一口飲んだところで、「ゾロ君、家に戻る気はないの?」と切り出された。
「無い。」
「どうして?」
「どうしてって、家を出るって決めたから。」
「それは、自分のやりたいことを探したいってことだったんでしょ?」
「あぁ。」
「それで、見つかった?」
「・・・・・・」
「今の仕事、そんなに楽しいのかしら?」
「まぁ、普通だ。」
「やりたいこと探すなら、どこでもできるでしょ?」
「俺にどうさせたいんだよ。」

「お願いがあるの。」
「・・・・」
「会社に・・ジュラキュールに入社してくれない?」
「あぁ???」
「今、ちょっと会社が大変で。社長、すごくお疲れみたいで。
できることはして差し上げたいんだけど、私じゃ無理なこともあるのよ。」
「ロビンで無理なら、俺でも無理に決まってんだろうが。」
「違うの。信頼できて、それなりに任せられるという意味でよ。」
「なんだそりゃ?」

親父の会社を、M&A流行の昨今、外資系の会社が狙っているのだと。全国に支店があるから、外資が参入するには、もってこいで、親父はそれに対して、なんとか会社を独立存続させたいと奔走していて。ただ、重役連中の中には、いっそ外資に身売りしてしまった方がいいと思う奴もいて、各種水面下での交渉をしていくのに、どうしても身内が欲しいとかなんとか・・・小難しいロビンの話を聞いた。

「社長一人では、どうにもならない時があるのよ。」
「だからって、俺じゃぁ、意味ねぇだろうが・・・」
「ゾロ君は、何もしなくていいから。実務はもちろん教えるけど、最初は誰かが同伴するから・・・でも、単なる社員が行くのと、次期社長が行くのとでは、全然違うのよ。」
「次期社長って・・・俺はあの会社の社長にはなんねぇぞ。」
「それでもいいの。相手がそう思うことが重要なの。ゾロ君のやりたいことが見つかるまでの間でいいから。お願い。お父様を助けてあげて欲しいの。」

せっかくの肉の味は、よくわからなかった。
ここまで来たのだから、親父に会って行けと言われ、休日なのに会社にいるという親父のところへ向かった。

話すことなどなかったが・・・親父に会うのは正月以来だ。
「今日はゾロ君と食事に行ったので、ついでに寄ってみましたわ。」と、親父にロビンが説明をして。「いつも気を使ってもらってすまない。」などと答えている親父は・・・憔悴して、少し痩せただろうか。ロビンの言うとおり、大変なんだろうと思った。

運ばれてきたコーヒーを1杯飲んだら、親父が出かける時間になり、「私もお前と食事がしたかったな。」と笑って部屋から出て行った。
親父は、俺に何も言わなかった。

しばらく部屋で待たされて、帰ろうかと思ったら、買い物に誘われた。欲しいものもないからと答えても、「私が買いたいのよ。」と強引に連れ出され、いらないと何度言っても、スニーカーやらGパンやら、挙句の果てにミネラルウォーターに缶ビールまで買って寄越した。それはいつものことだけど・・・結局、夕飯も奢ってもらい。大荷物を抱えて帰宅した。


週明け、ナミさんは浮かない表情で。「何かあったの?」と尋ねても、「なんにもないわよ。」と答えるくせに、ぼんやりと黙ったままでいる。あれやこれやと話し掛け。帰り際、羊荘の門の前で「サンジ君は優しいねv」と泣きそうな顔で笑った。その儚げな笑顔に誘われ、俺はナミさんを抱きしめて、頬に唇を寄せていた。少し驚いた表情のナミさんは、静かに俺の腕を押し下げて、「おやすみなさい。」と、背中を向けた。

次の日からのナミさんはいつも通りで。それでも時折、抱きしめたいという衝動を押さえられない位に切ない顔をするから、一刻も早く、俺が守ってやりたいと思った。
だから・・・翌日覚悟を決めて、俺はナミさんに告白した。

ナミさんは、「えっ・・」と言って、少し困った顔をして。
振られるのかと思ったけれど、
「わたし、サンジ君のことまだよく知らないし。考えられない。」と俯いた。それで十分だよ!これからお互いをもっともっと知っていけばいいんだし、今結論が出せなくたって。
俺がそういう気持でいることを、わかってもらえて、俺を男としてみてくれるなら・・・・それで十分だ。

「じゃぁ、そこから始めてもらえるかな?」そう言って右手を出したら、戸惑いがちに「それでいいなら・・・」と、初めての握手を交わした。

ガイドブックを買い込んで、週末のデートに備えて事前調査を開始する。今夜ナミさんは、学校の友達と約束したとかで、家には来れないと電話があった。それでも、俺はこの世の春とばかりにデートの計画を練りながら、HAPPYに過ごしていた。

金曜の夜、ナミさんは泣きそうな・・・いやほとんど半泣きの顔で帰ってきた。

「ナミさん、どうしたの?何かあった???」
「ベルメールさんが・・・さっきノジコから電話があって、ベルメールさんが倒れて、入院したって・・・」
「えっ??」
「どうしよう・・・」
リビングに向かう廊下の途中で、立ち尽くしたナミさんの瞳から涙がぽろぽろと頬を伝っていく。
思わず抱き寄せて、そっと背中に手を廻したら、俺の胸に額を押し当て、腕の中で肩を震わせ無言で泣いた。

やや落ち着いたナミさんに事情を聞いて、ベルメールさんとノジコさんが誰なのかはわかっても、入院の状況とか、詳しいことはナミさんもわからないらしくて。ただただ不安そうにしている。
勤め先には事情を話してきたから、明日帰省するというナミさんに、「俺も一緒に行くよ。」と告げた。

「いいよ・・・遠いから。」
「こんなナミさんを一人で行かせられないよ。」
「家に帰るんだもの。大丈夫よ・・・」
「でも・・・」
「心配してくれて、ありがとう。」
そう言って、少し微笑んだナミさんは聖母のような表情で。
連絡先だけは教えて欲しいと、実家の住所を聞き出した。

できれば、俺を頼って欲しい。俺にできることなら、なんでもしてあげたい。
「ほら、俺さ、無職だし丁度いいだろ?
 どうせ暇なんだから、手伝うこととかあったらさ、遠慮しないですぐに呼んでよな。」
「うん。困ったら連絡する。」
「困らなくてもさ、無事に着いたよvとか、今何してるvvとか、
 なんでもいいから、電話してよな。」
「うん。じゃぁ、そうするね。」

帰り道、「明日、やっぱり送っていこうか?」と俺は本気で言っているのに、「本当に、大丈夫だってvサンジ君、心配性だねvv」と
笑っていた。



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