HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第十二話


GWを間近にした早番の日、クラブの入り口でナミが待っていた。
「久しぶりv」
「おう!」
「同じアパートに住んでても、中々会わないものね。」
「そうだな。」
「たまには、ご飯食べに行かない?」
「お前、学校どうした?」
「今日は自主休講!」
「なんだそりゃ・・・」
「たまには、いいのよ。」

ナミに誘われた店は、いかにも若い女が好きそうな、今風の居酒屋だった。代わり映
えのしないお互いの近況などを聞き合った。

その後も、ナミは病院の話とか、大学の話とか。選択科目の商法や民法は楽しいけれ
ど、第二外国語を中国語にしたのは、失敗だったとか。大きな瞳をくるくるさせなが
ら、話していた。

「ねぇ、ゾロの泳ぎって見てみたいなぁ。」
「あぁ?なんだよ突然に。」
「すごく綺麗に泳ぐって、サンジ君が言ってた。」
「あぁ、あいつにはそう見えるみたいだな。」
「あたしも見てみたい。」
「期待はずれだって、文句言うなよ。」
「言わないから、約束ねv」

10時過ぎに店をでて、途中のコンビニでソフトクリームを買ってと強請られる。「そ
れくらい、てめぇの金で買え!」といいながらも小銭で払ったソフトクリームを、ナ
ミは「美味しいv」といって、食べていた。

ブラブラと羊荘へ戻り、階段の下で「風呂、どうすんだ?」と思わず尋ねた。
「ゾロ、もうクラブで入ってきたんでしょ?」
「お前が行くなら、つきあうぞ。」
「じゃぁ、ボディガードしてもらちゃおうかなv」
他愛のない会話を続けながら銭湯へ向かう。
案の定ゾロは約束の時間よりも早く入浴が済んでしまう。
出てきたナミの肩にはタオルがかかり、タオルの上に揚げられてない髪がちらばって
いて。あの白くて美しい項を見れないことが、ひどく残念に思えた。

あの角を曲がれば門が見えるという時に、
「ねぇ、サンジ君につきあってって言われちゃったの。」と、そう言った。ひどく遠
くから話し掛けられたような気がした。
「へぇ。それで?」
「それでって。ゾロ、どう思う?」
「俺は関係ないだろ。お前たちのことだ。」
冷たい口調で言ったあと、サンジの顔が脳裏に浮かぶ。
“俺さぁ、マジでナミさんに惚れちゃってるんだよなぁ”と幸せそうに笑った顔が・
・・

「あいつ、いい奴だぜ。俺が保証するよ。」
「そうよね。優しくて、いい人よね。」
階段の下で「おやすみ」と言って別れた。
今夜もまた、カンカンと足音がして、ゾロが洗面器を台所に置いたとき、ナミの部屋
のドアが閉まった。その夜は階上で遅くまで物音がして、ゾロはいつまでも寝付けな
かった。

翌日の夜、いつものようにナミとサンジの声が外で聞こえる。
カンカンと足音がして、帰って来たんだな・・・と、無意識の意識で思う。数分後、
閉まったはずのドアがまた開き、カンカン音にの続いてドアがノックされた。

「ゾロ?いるでしょ?」
「あぁ、なんだ?」
「私さ、明日からちょっと留守にするから。」
「そうか。どっか行くのか?」
「うん・・・実家へね。」
「なんだ、もうホームシックか?」俺は狭い玄関の中。ナミは廊下に立ったままで会
話を交わす。

「ちょっとさ、母の具合が悪いから。」
「そんなに悪いのか?」
「わかんない。母っていっても、正確には叔母なのよ。実の母のお姉さんなんだ。た
だ、母は私を産んですぐに亡くなって、ベルメールさんが、あっ、叔母さんね。あた
しと姉とを育ててくれたから、実質あたしのおかあさんってことなんだけど。」
明るく見えるナミにそんな事情があるとは、思ってもみなかった。

「たいしたことないといいな。」
「うん。泥棒入らないように、見張っててよ!」と明るい顔で言うから、「取られる
もんなんか、あんのかよ!」と言い返した。
「気をつけて帰れよ。」と言ったら、「ありがとう」と小さく答えた。

GWは、ナミがいないからなのだろうか、毎日のようにサンジに呼び出された。ナミに
告白したと白状したので、保証しといたと答えたら、「俺に黙って、いつの間にナミ
さんと話をしてんだ!!」と首を絞められて、いい友達をもって幸せだと、奢ってく
れた。

返事は保留になってるらしいが、サンジの中では、すでにナミとの明るい未来計画が
出来上がっていて、惚気とも言えない夢の話を散々聞かされた。

GWも半ばを過ぎる頃、「やっぱり、ナミさんの様子を見に行く。」とサンジが言っ
た。
「そんなに具合が悪いのか?」
「いや、ナミさんは『大丈夫よ』っていうんだけどさ・・・なんか心配だし。ナミさ
んの育った所も見てみたいし。帰り一緒に帰ってくるわ。」
「ベタ惚れだな・・」
「あぁ!惚れ抜いてるさ!ナミさんは俺の天使、いや、女神様だよv」
「じゃぁ、せいぜい拝んでこいよ!」


ナミの実家の住所には広島県と書かれていた。関東、いや東京からほとんど外に出た
ことのないサンジにとって、それは、遥か遠い未知の世界だった。新幹線か飛行機か
・・・飛行機のが早いと判断して、羽田に向かう。一人で旅行をするのは、初めて
だった。

空港では、広島行きの便に乗るまでに、1時間ほど待たされた。
チケットの購入、手荷物検査、搭乗・・・どれもこれも、サンジには初めての経験
だったが、ナミのことを考えるだけで、それ以外は些細なことにしか思えなかった。

約1時間の搭乗を経て、広島空港に到着したのは、すでに昼近くで。案内カウンター
に行き、ナミの住所を見せる。どうやって行ったらいいのか訪ねると、受付にはやや
とうのたった女性が、まろやかな方言を交えながら、船に乗らないと行けないので、
とりあえず広島駅に行ってから、宇品港まで行くように教えてくれた。

リムジンバスに乗りながら見る外の景色は、東京とは全く違っていた。緑豊かな低い
山々が延々と続く。道の反対側には、水田に稲が植えられ、時折繁華街らしきものが
現れるものの、それは、ビルですらなく、商店街の延長のようなものばかりだ。
のどか・・・というのだろうか。
市内に入って、ようやく市街地らしくなってきた。それでも、高いビルはほとんど見
られず、サンジの予想していた中国地方最大の都市とは、趣が少し違っていた。

終点の広島駅前で下車して、駅前交番で宇品港へ行き方を尋ねる。
東京の忙しなさとは違い、年配の警官は懇切丁寧に、「初めて広島へ来た。」という
サンジに、宇品港への行き方を教えてくれた。

路面電車に乗って宇品港に着き、辺りを見渡せば、たしかに潮の香りがして、小島が
沢山点在している海が広がっている。
まるで湖のようだ。波は殆どない。
オレが知ってる海とはまるで違う・・・・・

再び案内所で島への行き方を尋ねる。直通で島へ行く便は夕方までないという。途中
の島までなら、行く船があるといわれるが、サンジは判断に迷う。
何度かけてもナミの携帯は「電源が切られているか、電波の届かないところにありま
す」というメッセージが流れるだけで・・・
仕方がないと、ナミの自宅へ電話を入れれば、軽やかなナミの声が聞こえた。

「もしもし?」
「あっ、ナミさん!」
「サンジ君、どうしたの?」
「あのさ、俺、今宇品港ってところにいるんだよ。」
「えぇー!」
「会いに来ちまったv」
「本当に?」
「あぁ、マジ。それで、夕方まで船がないとかでさぁ、途中の島までなら行く船があ
るっていうんだけど、どうやって行ったらいいか教えてくんない?」

丁度、買い物もあるからというナミと、途中の島の桟橋で待ち合わせる。サンジが到
着した時には、既にナミは潮風に掬われるオレンジ色の髪を左手で押さえながら、防
波堤に立っていた。

「急に来るから、びっくりしたわ。」
「ゴメン。でも、すっげぇナミさんに会いたくなっちまったんだ。」
「変なの。」
「ところで、おかあさん、どう?」
「今はね、落ち着いて家にいる。」
「大丈夫なの?」
「多分・・・きっと大丈夫よ。」
そう言って、空を見上げたナミの祈りにも似た表情が、美しいと思った。

ナミの島までは、ナミの操る船で行った。
モーターボートというよりも、5〜6人乗りの漁船というのだろうか・・・
「ナミさん、船の運転できるんだ。」
「この辺の人間なら、子供でもできるわよv」
ナミがくすっと笑い、顔にあたる潮風が心地いい。

小さめの山が海に浮かんでいる・・・そんな島だった。
平地がほとんど無くて、入り江付近の山を切り開くようにして作られた集落。浜に下
りると、行き交う人の全てが、「ナミちゃんお帰り。」とか、「お客さんかい?」と
か、言葉をかけてくる。
その度にサンジは相手と挨拶を交わして、入り江沿いに伸びている、アスファルトの
あちこちに大小の穴があく狭い道を歩いて行った。

小さな岬を超えた所で、目前の斜面の緑の中に橙色の実が見える。山に張り付くよう
に建てられた家を指差し、「あれ、私の家」とナミが言った。

「ただいま〜〜」ナミが玄関をくぐる。
奥から「おかえり〜〜」と、声がかかり、紫の髪をしたナミに勝るとも劣らない美貌
の女性が現われる。
「こんにちは」サンジが頭を下げる。
「なによ、ナミ!友達っていうから、女の子だと思ったら、いつの間に彼氏なんて
作ってんのよ!」
「違うよ、サンジ君はそんなんじゃなくて、東京でお世話になってるの!」
「美しいお姉さま、初めまして。ナミさんの彼氏に立候補中のサンジです。」
「やっぱり彼氏じゃない!」
玄関で美しい姉妹が賑やかに騒ぐ。

廊下の奥から、ゆっくりと現われた人影が、サンジの姿をみて立ち止まる。
「サンジ・・・・」
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