HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第一話
1982年春


「短い間でしたが、大変お世話になりました。これ以上、ご迷惑はかけられません。
 本当に、ありがとうございました。」

あっけないほどに、短い書置きを残して、消えてしまった女性を・・・
探して、探して、探し続けた。
彼の肩にかかる責任は重く、自分が動くことは侭ならなかったが、それでもできうる限りの時間を使って、やがては、その女性を探す為だけに専属で男を雇った。



1983年春

「今月の報告だ。」
「それで?」
「相変わらずだな。実家にも連絡は無い。先月は広島を当ったが、いなかった。」
「それで?」
「来月は、どこにする?」
「どこでもいい。探し出せ。」

あれから1年、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡・・・大都市を探し、地方都市を探し、それでもその女性は見つからないままだった。



1986年春


「おかあさん、どうして僕にはおとうさんがいないの?」
「どうかしたの?」
「みっちゃんも、けんじくんも、はやとくんも、みんなおとうさんがいるんだよ?
 どうして僕にはいないの?」
「ゾロ、あなたのお父さんはちゃんといるわよ。ただ、一緒には暮らせないの。」
「どうして?」

「おかあさんが悪いのかな?ごめんなさいね・・・・
 でも、お父さんは本当に素晴らしい人なのよ。おかあさんが、大好きな人なの。」
「おかあさん、泣かないで!僕大丈夫だよ!おかあさんがいるから。
 おとうさんがいなくてもいいから!」



1986年秋


「おかあさん、卵ご飯食べる?」
「ゾロが食べなさい。」
「おかあさんも食べなよ。美味しいよv」
「美味しいよねv卵ご飯。おかあさんも大好き。
 でも、おかあさんお腹すいてないから、後で食べるね。
 だから、ゾロ、先に食べなさい。」
「うんvv」

未婚の女手ひとつで、幼児を抱えた生活は、困窮を極めて・・・やがて彼女は体調の不良を自覚するが、どうすることもできないままに無理を重ねるしかなかった。



1986年冬


「おかあさん、お腹痛いの?大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと眠いだけなのよ。」
「隣のおばちゃん呼んでくる?」
「ネェ、ゾロ・・・おかあさんが、眠っちゃって、
 もしも起こしても起きなかったら、隣のおばさんを呼んでね。」
「うんvvおかあさん・・・寒いから、僕も一緒に寝てもいい?」
「いいわよ。」







「ミホーク!見つかったぞ!生活保護受けてた!」
「どこだ!」
「いわき市だ。」
「すぐ行く!シャンクス・・・先に行けるか?」
「勿論だ。あと30分で着く!」


ノックをしても返事はなかった。
鍵はかかっていなかった。
冬の西日は翳りをみせていて、
4畳半の部屋の1枚の布団に、幼い子供と、美しい女性が眠っていた。
「こんにちは〜〜お邪魔しますぅ」
「あの〜〜すいません??」
薄暗い部屋の中に向かって、シャンクスが声をかける。
もそもそと、布団が動き、子供が目を覚ます。
意志の強そうな目元が、ミホークに似ていると、シャンクスは思った。
「う〜ん・・・おじちゃん、だぁれ?」
「おじちゃんは、シャンクスっていうんだけど・・・おかあさんに用事があるんだ。
 起こしてくれるかな?」
「うん。おかあさん、おかあさん、起きて!お客さんだよ!おかあさん?」

子供が母親を揺り動かすが、女性が目を覚ます気配は無い。
待ちきれずに上がりこんだシャンクスが、触れた女性は、既に冷たかった。

「おかあさん、眠いんだって。起きなかったら、隣のおばちゃんに言いなさいって。」
「そうか・・・坊主、なんて名前だ?」
「ゾロ。ロロノア・ゾロです。」
「何歳だ?」
「4歳だよ。」
「おじちゃん、おかあさんに何の用?僕、隣のおばちゃん呼んで来ようか?」
「そうだな・・・もうすぐ、お父さんも来るからな・・・」
「おとうさん?おとうさん来るんだ!じゃぁ、おかあさん起こさなきゃvvおかあさ
ん、おとうさんのこと大好きなんだって言ってたもん。」
「そうか。」
「うんv僕も、ずーっと、おとうさんに会いたかったんだvv」


不審死として、解剖に廻されることとなった女性と、母の死を未だ理解できない子供。
警官が部屋を検分する中、ゾロが怯えてシャンクスに抱かれているところに、ミホークがようやく到着する。
ミホークは、何故ここに子供がいるのかと、一瞬戸惑った。
ゾロは、初めて会った「おとうさん」に、
「おかあさんも僕も、おとうさんに会いたかったんだよ。」と嬉しそうに告げた後、
「おかあさんは、どこに連れてかれるの?」と聞いた。
「おかあさんは、遠いところへ行くんだよ・・・・」

ミホークはその子供が自分の息子であることを直感し、
ゾロは、おとうさんが来たから、もうおかあさんとは会えなくなるのだろうかと、
おかあさんが「一緒には暮らせないの」と言っていたことを思い出していた。

警官に呼ばれ、質問を受けるゾロ。
その無邪気さが、婦警達の涙を誘い・・・
遺体のないままに、葬儀の準備は行われる。
おうちに帰りたいという、ゾロの意を汲んで、
その夜は、狭い4畳半の、母が亡くなった布団で、
シャンクスとミホークに見守られながら、ゾロは眠った。

華やかな祭壇と、まばらな人影。入れ替わり立ち替わりする大人たち。
何が行われているのかを、理解できないままに、
それでも母の遺体が焼かれると聞いて、ゾロは狂ったように泣き叫んだ。
泣いて、泣いて、それでも抵抗敵わず、母の入った箱が台に載せられドアが閉まる。
再び開いたドアから出てきた母は、もう母ではなかった。

泣き疲れて、眠ったゾロが目を覚ましたのは、車の中で。
「どこに行くの?」
「ゾロ、これからはお父さんと暮らすんだよ。」
「おかあさんは?」
「おかあさんは、遠いところで、お前を見ているから。」
嫌だとは・・・おかあさんと一緒にいたいと言ってはいけないのだと、
幼い心が悟っていた。

おとうさんの家は、大きな階段があって、広い廊下があって、
家の中なのに、ゾロは迷子になりそうだった。
お布団よりも大きなテーブルで、座った椅子では、テーブルに背が届かなかった。
何もかもが、経験のしたことのないことの連続で、
出された食事にも、どうやって手をつけていいのかがわからなかった。

「ゾロ、お腹は空いてないのかい?」
「空いてる。」
「じゃぁ、食べなさい。」

スープがお椀ではなくて、お皿に入っていた。
パンがあったけど、ご飯はなかった。
平たいお皿に載っているのは、ハンバーグだとわかったけれど、
いつもはおかあさんが小さく切ってくれていたのに・・・・
どうしていいのか、判らないゾロと、ゾロをどう扱っていいのかわからないミホーク。
唇を噛み締めてうつむくゾロに、かける言葉が見つからなかった。
給仕にやってきた家政婦が、あらあらと、クッションをゾロの尻に差し入れ、
ハンバーグを細かく切り、「どうぞ。」と言って、フォークを持たせ、
「ありがとう。」とゾロが小さく呟いた。

食事を終えて、しばらくソファーに座っていたゾロは、いつの間にか眠ってしまい、
愛しい女性の面影を残すその寝顔を、長い間ミホークは見つめていた。
抱き上げた身体は、驚くほどに軽くて、
客間のベッドに寝かせた後で、シャンクスに電話を入れた。

「どうしたらいいのかがわからん。」
「わからんって、側にいてやれよ。」
「明日からは会社だ。」
「可哀想に。一人であの屋敷に置いとくのか?」
「家政婦がいる。」
「家政婦ねぇ・・・」
「なんか話したのか?」
「話すことがない。」
「なんか訊いてやれよ。」
「何をだ?」
「好きな食べ物とか、どんな遊びが好きかとか、
 毎日なにしてたんだとか、色々あんだろうが。」
「ふむ・・・」
「ふむって・・・」
「シャンクス、明日は何してる?」
「何してるって、人探しも終わったし、俺のが聞きたいよ。俺は首か?」
「明日から、ゾロを見てくれ。」
「はぁ???今度は子守りかよ・・・」
「しばらくの間・・・頼む。」


シャンクスは、いわゆる“便利屋”だ。
買い物から、襖修理に、夜逃げの手伝い、借金の取立てに、ボディガード・・・
どういう基準かわからないが、彼のポリシーに反しない範囲で引き受けた仕事は、
なんでもこなす。

ミホークとは、「人探し」の依頼をうけてから、間もなく5年のつきあいになる。

つきあいの長さもあったが、数日前に出会ったゾロの無邪気な様子と、
その後の展開を考えると、自分が「子守り」を引き受けたほうがいいのだろうと思った。

翌朝、目を覚ましたゾロは、誰もいない、知らない部屋で呆然とする。
おかあさんがいないと思い、涙が溢れ出てきたときに、
おとうさんが部屋に入ってきた。

「ゾロ、おはよう。」
「おはようございます。」
「私は、今日は会社に行かなくてはならない。」
「おとうさん、お仕事に行くの?」
「そうだ。」
「僕はどうするの?」
「今日からここがお前の家だよ。」
「・・・・・」
「今日は、シャンクスが来てくれるから、シャンクスと待っていなさい。」
「赤い髪の毛のおじちゃん?」
「そうだ。」
「うん。わかった。」

朝食の席におとうさんはいなかった。出された皿は、今日は小さく切り分けられては
いたが、ゾロには多すぎる分量だった。
残してはいけないんだと、無理矢理食べた。
ようやく到着したシャンクスを見たとき、見知らぬ環境で、緊張しつづけていたゾロが
その糸を切って、シャンクスに駆け寄って泣いた。
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