麗しき紳士の葛藤


yutaka様



街につく度憂鬱になる。
なぜかって?そりゃあ決まってるさ。ナミさんとあいつだよ。あの緑頭のクソむかつくやつ。
なんだかんだ言って二人でどこかに消えやがる。俺だってそれに気付かない程鈍感でもない。


でも、ナミさんがそれでいいと言うなら黙っていようと心に誓った。
ああ、今日も街につく。あなたはまたあの男に抱かれるんですか?



「けっこういい街ね。」
隣で黒髪の美女がぽつりと呟く。
突然の来訪者。俺は女性がこの船に乗ってきた事を心から喜んだ。
あいつはビビちゃんを上手く丸め込んでナミさんと女部屋でいちゃついてたからな。
その点、あいつはこのお姉様は苦手なようだし、その心配はなさそうだ。
「今日はどちらへ?なんだったらお供しましょうか?」
いつものようににっこりと笑いかける。
お姉様もにこりと笑う。それは拒絶の意味だと分かるのに時間はいらなかった。
「どうする?誰が船に残る?」
「私が残るわ。」
意外にもお姉様が言った。
ゾロが不審そうな顔でお姉様を見るのが分かった。
「じゃあ、俺も残る。女性一人船に残すなんて俺の主義に反する。」
俺は言った。本音は仲むつまじく街を歩く二人の姿なんか見たくないと言う理由からだ。
「大丈夫?」
どちらに言ってるのかナミさんが声を発す。
「心配して下さるんですか?なんだったらナミさんと二人でも・・・。」
すかさず手を握ると、横でゾロがにらみを聞かせるのが分かる。
ナミさんは相変わらずにこにこと軽く俺をあしらう。
分かってるんですか?あなたは自分で思っているよりずっと魅力的で、その笑顔に俺がどんなに心を惑わされる事か。

これから横の男と幸せな時を過ごすんでしょう?これぐらいしたって罰は当たりませんよね。
 

結局、男どもが交代で船に残る事になった。

日にちから察するにゾロは数に入ってねえな。

船が港に入るころにはもう日が傾きはじめていた。
それぞれに宿を取りに街へと消える。

俺はそれを見送る事なくキッチンへこもった。
「なんだったら、行ってもいいわよ。」
お姉様が優しく声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。それよりお腹空きませんか?何かつくりましょうか?」
「そうね、お願いしようかしら?」
笑った顔が美しいと思った。ナミさんとは違う雰囲気を漂わせる女性。どんな過去があったか、そこから推し量る事は出来ない。

俺はある材料で料理をはじめた。
その間、お姉様はテーブルに座り、本を読んでいた。
そろそろ材料を仕入れないといけないので食材は限られているが、二人分だったらどうにでもなる。
できた料理を次々にテーブルに乗せる。
「こんなに食べれないわ。」
「いいんですよ。」
とっておいたワインを開け、赤い液体をうやうやしくグラスに注ぐ。
こういった扱いに慣れているのか、優雅に微笑み、グラスを手にとった。
それはとても自然な動きで何も気負っていない事が伺える。
「乾杯。料理上手な紳士に。」
「乾杯。」
少し照れるような言葉もこの人にとってはなんでもない事なのか、澄んだグラスの音がキッチンに響く。
いつもとは打って変わって静かな食卓。

「どうですか?慣れましたか?この船に?」
「ええ、大分。あのテンションについて行くには骨が折れるけど。」
「そうですね。俺も初めはびっくりしましたよ。」
船員の話、料理の話、他愛もない会話が延々と続く。二人とも過去には触れることはなかった。

「ごちそうさま。美味しかったわ。」
「それはどうも。そういっていただけると作ったかいがあったってものですよ。」
開いた皿を片付ける。ふとみると外はもう暗闇で、星と街の明かりが遠くに見える。
「片付けたら少し飲まない?あの子の部屋、いいお酒があるの。」
それに少し首元がぞくりとした。
いつもあいつと飲んでるナミさん。あいつ好みの酒を買い、部屋に招き入れる。・・・そして・・・。
喉の奥から苦いものが込み上げるような気がした。
「コックさん?」
「あ、ああ、いいですよ。ちょっと待ってて下さい。」
俺はなんとか笑顔をつくり、片付ける事に没頭した。
今頃ナミさんはあいつに抱かれているんだろうか?あの美しい眉をひそめ、切なげな吐息をあいつの胸の中で奏でているのか。
俺は深くにも皿を一枚取りこぼした。
それは耳触りな音を立てて粉々にくだけ散る。
 

女部屋は俺達の部屋とは空気がまるで違っていた。
あまり入る事のない部屋。女性特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「どんなお酒がいいかしら?」
「どうぞ、あなたが飲みたいもので。」
「そう?じゃあ・・・これかしら?」
辛口の強めの酒。この人らしい。
「グランドラインは長いんですか?」
俺はなるべく当たり障りなく、かつこの人の心を探る質問をする。
「そうねえ・・・・結構長いわ。」
「ここにきてから色んな事があり過ぎて頭パニックですよ。ナミさんなんか進路をきめるだけでもかなり神経を使って・・・。」
「そうね。あの子はよくやってるわ。いい航海士を見つけたわね。」
「いや・・・見つけたのは俺じゃなくて、ルフィと・・・。」
次の名前を出そうとした時、一瞬言葉につまった。そうだ、ナミさんを見つけたのは・・・。

「ゾロ?」

お姉様から言われ、こくりとうなづく。
「そう。」
ついと俺から目を逸らし、グラスに目を落とす。

「ナミさんは・・・どうですか?」
「どうって?何が聞きたいのかしら?」
分かっているのにはぐらかす口調。
「あいつは・・・この部屋に来るんですか?」
「聞いてどうするの?」
グラスから目を動かさずお姉様が言う。
「・・・お願いします。」
俺の言葉にお姉様の視線が止まる。

「・・・来るわ。」

その言葉に心臓がわしづかみにされたような気がした。

「そう・・・ですか。」
かすかに声が震えているのが自分でも分かった。

この部屋で。ここで。

俺の頭の中にあいつに抱かれ、淫らに狂うナミさんの姿が浮かぶ。

どうして。どうして俺じゃない。


自然とグラスを持つ手が震える。


からんと氷とグラスの触れる音。俺ははっとした。そうだ今、俺はお姉様といたんだ。
ふと顔をあげるとお姉様と目が合った。
「飲みなさい。」
それ以上何も言わず、俺のグラスになみなみと酒を注ぐ。
「止めてください。あまり・・・飲みたくないんです。」
瓶を持つ手を制す。ふと顔をあげるお姉様と目線が絡む。

俺は手に伝わる暖かい感触を強く握った。

お姉様は表情を変えずじっと俺を見る。目の端にはソファで作ったベッド。

あそこで、ナミさんは・・・。


そう考えたら俺の中で何かが弾けた。


無理矢理にお姉様を抱き寄せ、キスをする。

微かに口紅の味。豊かな胸が俺の腕の中で形を変えるのを感じながらむさぼるように柔らかな唇を奪う。
苦しげな息を飲み込んで、細い身体を抱きかかえ、ソファへと向かった。








************








その時は無我夢中でほとんど覚えていない。

何度も何度もくちづけし、細い身体をきつく抱き締めた。
腕のなかからこぼれるようにしなる身体を何度も手繰り寄せ、噛み付くようにそこに赤い跡を残した。
頭の中をかすめる残像を振払うようにその行為に没頭していた。

一瞬、頭の中が真っ白になり、荒い息とともに汗ばむ身体が重なる。
 

そして俺は我に帰り、愕然とした。

慌てて身を起こすとそこには黒髪を汗ばむ額に張り付け、豊かな胸を上下させ、荒い息を吐くニコ・ロビンの姿。
 
「・・・すみません。」

ソファに浅く腰掛け、裸のお姉様に背を向け、呟いた。
 

最低だ。
 

俺は自己嫌悪に陥った。

抱いてる間も頭にあるのはナミさんの事ばかり。なんて失礼な、なんて最低な。



罵詈雑言をぶつけられてもしょうがない。俺はなんて事を。



後ろでシーツの擦れる音がして、お姉様がこちらを向いた。
「何を謝るの?私はかまわないわ。」
その言葉に非難の意味は一つもなく、それがかえって俺の心を突いた。
「すみません。・・・何回謝っても許してもらえないかもしれませんけど・・・。」
「あやまってばかり。ねえ、喉が乾いたわ。」
その言葉に慌てて立ち上がり、グラスに水を注いで持って行く。




それを差し出すとお姉様はついと手を伸ばし俺の唇をその細い指でなぞった。
「・・・飲ませて。」
その言葉に一瞬戸惑ったが、俺は水を口に含むとゆっくりお姉様の唇に触れた。
冷たい水がゆっくりと注ぎ込まれる。ごくりと喉が鳴り、俺の口内の水分を取ろうとするかのように冷たい感触が入ってくる。
お互いの舌が同じ熱さになるまでその感触に酔いしれた。
軽く濡れた音を立てて唇が離れる。




「・・・どうして・・・?」



逃げようと思えば逃げれたはず。あなた程の能力の持ち主なら俺を殺す事も容易いはず。


その問いにお姉様はいつものように笑みを浮かべる。
「あなたはどうして?」



言葉につまる。ナミさんを忘れたくて、なんて言ったらあまりにもこの人に失礼だ。




「忘れられた?」



頬をなぞる手の感触。俺は目頭が熱くなるのを感じ、お姉様の豊かな胸の中に顔を埋めた。
「すみません・・・もう少し・・・甘えさせて下さい。」
そういうとふっと胸が動いた。顔を見なくても分かる。彼女は微笑んでいる。



「・・・不器用な人・・・。」




そしてゆっくりと頭に腕が回されるのを感じた。




その行為に愛とか恋とかそうった感情は一つもなかった。



割り切った大人の付き合いとか身体だけとかなんとでも言えるけど、そこにあったのは渇望と慈愛。



ナミさんを一瞬でも忘れたくて、忘れさせてほしくて、俺は彼女に身を委ねる。
彼女もそんな俺に優しく手を差し伸べてくれた。



その優しさに俺は頬を熱いものが伝わるのを感じていた・・・。





次の日の夕方。ルフィがにこやかな顔で戻ってきた。
「聞いてくれよ!すっげーーんだぜ!あんな・・・。」
無邪気にはしゃぐルフィの話に俺たちは聞き惚れた。
しばらくしてナミさんたちも戻ってきた。


無邪気に笑うその姿も愛おしい。いつもの通りナミさんにありったけの愛情を込めて囁く。

そんな俺の様子をみてあの人が微笑む。
まるでそれに背中を押されるような感覚を感じながら俺はまた日常へと戻る。



俺は笑えているでしょう?あなたのおかげです。





そっと唇を撫で、小さく呟いた・・・。

end

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