とうこさま







『夢の続き』













ゆらゆら揺れる波の奏でる静かな旋律。
夜のしじまは深くたゆとう。
張り詰まった静寂のせいで、
ハンモックに寝転がった俺は外より中の音を聞く。

手のひらが熱かった。
体温より高い温度がそこを支配していた。
包帯でぐるぐる巻かれたそこは握り締めることもできそうになく、
かすかに動かすだけでびんと痛みが走った。

手のひらに熱を奪われて、
俺の頭は凍るほど透き通る。
同じ体に属しているのに、
まるで別の生き物のように
扱いづらい。


目を閉じたらめずらしくクソジジィの顔なんか浮かんできた。
脳裏に浮かぶ店の中はごった返す人で一杯なのに、
あのジジィだけはいつもかわらずふんぞり返ったりなんかしてて。
ゴトン、ゴトンという足を動かす音は
喧騒の中でも聞きとることができて。

閉じている瞼の裏に浮かぶ真っ青な海。

ジジィの足は店の窓辺で止っている。
両目はそこから果てなく続く世界を眺め続ける。

でも、






ヤツの足はもうそこから先に進む事はない。






ヤツの目だけは遠い所を見つめ続けている。









      *****









突然の襲撃。
なれ始めたこととはいえ、その突然さにはいつもため息が出る。
メシの準備に常に追われている俺にとってはそれは面倒くさくて仕方がない。

煮込み続けている鍋の中身が焦げやしないかと、
鬱屈とした思いでキッチンの扉を開けた。

ドタドタと大きな足音。
床を踏み抜いちまうんじゃないかっていうほど、ギシギシいいやがる。
いい加減この船はボロなんだよ。
ウソップがちまちま修理なんかしやがるけど、
まぁ有名になりつつあるこの髑髏のマークは
賞金稼ぎやら名を上げたい海賊どもの標的になっちまってて。
ウソップの苦労をちょっとばかりは気の毒に思う。

甲板の上にはすでに戦闘体勢が整っているゾロとルフィの姿。
一触即発な雰囲気が漂う。
そんな中エプロンで手を拭きながら登場した俺を、
相まみえた男が鼻で笑った。
「のんきな船だな、ここは。」

腕に自信があるからそういうことを言いやがるんだと思うけど、
悲しい事に大抵の場合、
そういう奴ほど先に地面に這い蹲る事になるんだよ。

ゾロの様子を見たら、
相対する奴らなんか眼中になくて、
峰打ちの具合を図るかのように自分の刀を眺めてた。
ルフィにいたっては・・、
いつ寝たっておかしくないような状況。

あっさり片付くものだと思ってた。
誰もが。

でもそこに潜んでいたのは過信。

どれほど強い精神を持った人間だったとしても、
所詮は人間。
隙がないわけはない。






乗り込んできた奴らが全部倒れたのが終わりだと
決め付けてしまった事が俺達のミスだった。



エプロンすら外さないで終わってしまった戦闘に、
少々がっかりなんかしたりする。
狭い船内でここぞとばかりに体を動かすのに
これくらいは適度な運動だとばかりに勇んでみたものの、あっけない幕切れ。
まぁ、俺達の船より強い乗組員なんてめったやたらにお目にはかかれない。
大口叩いてるんじゃなくって、
マジで。
やれやれとばかりに伸びをしたルフィの背中が見えて、
やはり運動は足りないよう。
刀を鞘にしまい込んだゾロが
隙あらばとヤツらの船のお宝を手にして戻ってきたナミさんのそばに歩み寄って、
なにか話をしていた。
ウソップについてはもうその武勇談を誇らしげに話し始めていた。

俺は鍋の中身が気になって、
そそくさとその場を後にしようとしていた。






そのとき、
日光に照らし出された一筋の光。
視界の端にきらりと輝いた。

はっとそこを見た。


折り重なって倒れた塊の中の一人の男の手に
番えられた一本の矢。





やべぇ



そう思ったのか、
どうなのか。




まるで染み付いた習慣を反芻するかのように。






男の手からひゅうと放たれたそれ。


その一直線上に位置してたのは、
誰だかそんなことしらねぇ。


思うより先に動く体に
ついていけない俺の思考。


倒れたままの姿勢で穿たれたそれは
奇妙な軌跡を辿った。


まったく予知できなかった。


「サンジ!!!」
視線が俺の背中に集まるのがわかった。
咄嗟に駆け出した俺を見る、
みなの目。


瞬間は紙をめくるようなモーションで。



軌跡は俺の手のひらを打ち抜いた。













     *****









「どうなることかと思ったぜ。」
ウソップが銜えていたストローを弄びながらつぶやいた。
椅子の上に立ち上がって俺の手に包帯を巻いているチョッパーが
ウソップの方をじろりと見る。
「とりあえず骨に異常はなかったけど、
 矢傷は治りが悪いんだ。
 安心するのはまだ早いぞ、ウソップ。」
船医の真剣な目をみて、ウソップは慌てて答える。
「なぁーに、この船の奴らはみんな化けモンみてぇなもんだし、
 ・・・・、大丈夫だろ?」
語尾が微妙に不安そうな感じに、
俺はウソップに笑って答えてやった。
「ああ、このくらいなんでもねぇよ。」

運がいいのか悪いのか、
傷は見た目ほどひどくはなかった。
刺さった瞬間は結構だだっと血がでちまったりしたんだけど、
こうやって手当してもらったら、指先にちゃんと感覚は残っていた。
「しばらくは動かすなよ、サンジ。」
治療となると人がかわったように厳しいトナカイの真摯な目を見て、
俺は苦笑いをするしかない。
「わかった、わかった。」
「しばらくは私達で食事の準備をするわ。」
椅子に腰掛けて治療の様子を眺めていたロビンちゃんの一言に、
のへーっと鼻の下がゆるむのを押さえて、
俺は椅子から立ち上がる。
「なぁ、鎮痛剤。
 吸ってきてもいい?」
まだ残っているあの衝撃の冷め遣らない熱のせいで
さほど痛みは感じてはいないのだけれど、
それでも口が猛烈にさみしくて。
「仕方ないなぁ。」
あきれ口調のチョッパーにえへへと笑いを返して、
俺はラウンジを後にした。

「痛い顔して。」
出て行く間際に聞こえたような気がするロビンちゃんの声。

ああ、核心つかないでよ




船の踊り場の手すりに凭れて、
俺は取り出したタバコに火をつけた。
慣れないほうの手でマッチをするのに、ちょっと苛立つ。
ようやくついたそのタバコの煙を思いきり吸い込んだ。
すこし酩酊。
体の中をかけまわっていくその充足感が
指先から熱を奪う。
傷をおった一点だけが、
際立って火照る。

動かすなよ、と言われていたその手にかすかに力を込めた。
びりびりと痛みが走るけれど、
きっと大丈夫。
これは治る。
なんとなくわかる。
いままで負った傷よりずっと軽い。
だから。

それでも俺は
とてつもなく不安定な気分に陥っている。

怪我した場所。

原因はそれ以外にない。

わかってる。





「おい。」
ふいにかけられた声。
振り向かなくても誰だかわかってた。
あんまりにも気分が悪いときに声をかけてくるもんだから、
俺はそっちを向くこともせずに、なんだよ、と返事を返した。
「具合はどうだ?」

めずらしく殊勝な事を。

嫌味で返してやろうかと思ったけれど、
声をかけてきたゾロの口調は耳にまとわりつくくらい真剣なもので。

「たいしたこたぁ、ねぇ。」

タバコをふかしたまま、それだけ答えた。

どんな顔して言ってんだ、お前。

頭をすこしだけ動かして、
肩越しにその表情を見やった。

まっすぐに投げかけられる視線。
痛いモノを見るような瞳。
自分なんて死にかけるくらい大層な怪我をこしらえるクセに
そんなときよりもっと、
苦しそうな眉間の皴。

何故ゾロの顔にそんなものが浮かぶのか。

知らない、と言ったけれど
俺は実は知っている。


放たれた矢の標的は


ナミさんだったから。


お前、わかってたんだろう?




何も言わず俺の背後に立ち尽くしているゾロ。

俺の中に漂う優越感。


夢を叶える手段を犠牲にする危険を犯して、
守ったのが他人のオンナ。
笑っちゃうよな。
いや、笑いたくなるのはお前の方か。
ゾロ。
自分じゃねぇ、他の野朗に一番大事なモノ守られたなんて。

「治るのか。」

それでも俺にこうやって声をかけるぶんだけ、
お前はたいしたヤツだと思うよ。

「ああ、ぼちぼちな。」

「ならいい。」


そうつぶやくようにしてその場から出て行こうとした奴に
一言だけ言った。


「てめぇ、貸しは皿洗いで返せよ。」


ふざけんな、と返される答えに、
俺は自分がどこまでもつまんねぇ見栄っ張りだってことに気付く。












     *****










なぁ、クソジジィ。
てめぇが見た深い海の色は
まだそこにあるんだろう?

きっとずっとジジィの目には見えてたんだろう?

俺を助けたとき、
俺を助けようとしたとき、

飢えて痩せ細っていく体を感じながらでも
お前の目にはオール・ブルーが浮かんでたんだろう?
うざってぇガキを助けようとして、
それでも夢は捨てなかっただろう?

時折アンタの引きずって歩く足音がひどく耳に付いて
離れねぇ時があったよ。
俺の中にのしかかるように、その負荷がひどくきしむように。

俺はひどくアンタに似ちまった。
育て方が悪いったらありゃしねぇ。
大事なモノがあるのに、
おなじように大事なモノを守ろうとしちまう。
例えそれが自分にとってかけ離れていたものだとしても。


なぁ、ジジィ。
俺は思うよ。

例えこの手が誰かのためになくなって、
コックなんてものができなくなったとしても、
それでも俺はきっと
あの奇跡の海を目指すよ。
夢見たあの場所を目指すよ。

アンタのかわりじゃねぇ。

俺の為に。


そこに辿り着かなければ、
アンタのいる場所にはきっと並ぶ事はできねぇんだ。
アンタがただその海を夢見ているだけの体であったとしても。

それでもアンタはとても高い所にいるんだ。








目を閉じて、
夢見る。

火照った手のひらは
強く美しい青を映し出す。



俺は俺であっていい。





必ず自分は辿り着いてみせる。








握ろうとした手が酷く痛い。

それでも
俺の顔には笑みが漏れる。












somethingさまの20000打で貰ってきましたv
・・・・・・サンジ最高
しかも微妙にニコサンだしサナゾだしゾロナミだし・・・・
とうこさんたらアタシをどうするおつもり!!とか一人で悦に入ってましたよ
ぁぁぁぁぁぁぁぁ改装してよかった。これで堂々と飾れるわv
とこうさんゴチでしたv
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