「泣かない子供」
とうこさま






時折まだ、アイツの夢を見る。
降ってきそうな星空の下で、
地面に生えた短い草を片手で弄びながら、
白い喉を大きく反らせて夜空を一心に眺めている姿を。

笑ってもいない。
怒ってもいない。
オレに向かって、文句の一つも言わない、
ただその両目に取り込んだように光のかけら。
真っ黒な瞳に爛と輝く。

オレもアイツにならってそれを見る。
遠い遠いどこか。

同じモノを見ていても、
同じモノを映さない俺とアイツの瞳。

どこか、どこか遠く。


掴み取れそうな星の元、
俺達はどこまでも平行線なまま、そこにたたずんでいた。



アイツが死んだのは、
それからすぐのことだった。







****




一通りのトレーニングを終えて、
オレは三刀のうちから一振りを無造作に選んで、それを鞘から抜き放つ。
びゅんと振り切ると、海風がそこで絶たれる。
日光を受けたその刀身から光が分断されるようなしぶきが見えるのは、
これが名刀といわれる所以なのだと
たしか師匠から言われたと思うのだけれど、
かなり曖昧にその言葉だけがオレの耳にこびりついている。

もう一度。それを振った。
上段に構えた姿勢から、
一刀に、想定したものを切る。
鼓膜にまたぶんという大きな風の音が鳴る。

ただ、
風の音だけが。


幾度繰り返しても、
ただ風の音だけが

空虚にオレの体の中に反響する。



ため息をついた。

何度目かの。


わかってはいた。
今オレがしていることを。


このままでいいのか?
このままでいいのだ。
自問自答を繰り返しながら、
していることは毎日同じ。


そして、
なんとなく感じ続けているのは違和感。


らしくないと、片付けて、
オレはまた刀を振るう。





らしくねぇ。




らしくねぇんだ。




麻痺していくような感覚さえ持ちながら

重い両手だけが健気に刀を握り締める。











つまんない顔ね、とナミが言った。
生まれつきだと答えると、そう言うと思ったわ、と言って
また海図の続きを書き始めた。

かりかり、とペンが紙を引っかく音だけを聞きながら、
オレはそのかたわらで刀の手入れを続ける。
言葉は必要がない。
ただ、そこにいることだけを求めるかのように、
オレ達はいつのまにかそうするようになっていた。

窓辺から差し込む光は高い。
適度な温度の室内は暑くも寒くもない。
この部屋の空気がこれ以上ぬるくなればきっと眠気が襲ってくるのだろうし、
冷えればきっと体を温めに立ち上がる。

丁度がよすぎる。
居心地がよすぎる。

手を伸ばしたくなる衝動。
書きかけの海図をその手からさらって、
その首元に歯を立てたくなる。

なんでもない顔をしながら、
自分の分身とでも言うべき刀の手入れをしながら、
オレの中に渦巻いているのは、この程度のもの。

砂漠に広がった浅い水が、
その渇きに瞬時に飲み干されていくような、
干からびていくような
声を立てない恐怖がどこかに。

頭の中の、一番深い所だけがむやみに凍っている。



その場所でオレは何かを憎み続けている。





決断は早いうちがいいと思った。
でもためらった。

動くなら俊敏なほうがいい、と思った。
けれど動かなかった。

根が生えたような足と、
飛んで行く事だけを望む頭とがちぐはぐする。
蹂躙される。
己に。





「アンタのつまんなそうな顔、

 見飽きたわ。」


ナミがペンを持つ手を止めた。
引っかく音が止んだ。


「見ててつまんない男、
 一緒にいるのが悲しいわよ。」

かりかりというか細い音が止んだあとに、
その後の空気を震わせているのはナミの肩。


どんな顔してんだよ、ナミ。


オレは持っていた刀をがらんと放り投げた。
今だけはそれが許される気がした。

ナミの体を手繰り寄せて、
その顔を見ずに
抱きしめた。

そうとしか







できることがなかった。






「アタシがその人だったらよかったのに。」








「約束なんてこと、
 させなかったのに。」









「アンタだけをしばってやったのに。」








さようなら、と
小さな声がオレの耳をかすめる。





さようなら、と。










事はあっけなくすぎて、
波止場にたたずんだままのオレを残した船が遠ざかる。
また戻って来いよ、とルフィの大きな声が響いて
その後はしんとした静寂。
目線だけがいつまでも船の残像を追って。


今はこれでいい。



頭ではそう思いながら、
手のひらだけが何かを残してきたように、勝手に宙を掴もうと動く。
確かにそこに何かを残してきた。
例え戻ったとしても、
元には戻れないモノを。

二つに別れた路で、
オレはその一つを選んだ。

なにもなくなってしまうことを望んで、そうなった。


今はこれでいい。

後を振り向くことは決してしない。
きっとできない。
あのオンナの顔を
思いだすことなどできやしない。


さようなら、
愛しい人。


お前の告げたその言葉が、
きっとオレを明日に導いて行く。


さようなら
愛しい人。


お前との別れがこの刃をもっと血塗れたものにするのだろうけれど、


さようなら、
愛しい人。


それでもオレはこのままでいなくてはならないんだ。








星空は悲しくあの頃と変わらずに、
まだそこに居続ける。

お前と最初に約束をかわしていたなら、と
今でもそう思うよ。

本当に、そう思っているよ。




さようなら、



愛しかった人。

落ちる前のとうこさんの置き土産を強奪してきた。
「もしもゾロが船を降りたら」
私はナミ視点、とうこさんはゾロ視点〜v無理言ってというか寧ろ強奪。戴いてきやしたv
「お前と最初に約束を交わしていたなら」
もう此処が、好きで好きで。

ありがとうとうこさんv
ネタぱくってって(笑)イヤいいものはいいのよう〜v
復帰お待ちしてますね〜v
寄生も大歓迎ですv

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