とうこ様
追憶の海







淡く咲いた黄色い花。
一面を埋め尽くす。

頬をなぞる風が吹きつけて、
しなって、揺れて。

花弁を支えるくっきりとしたグリーンが
感情を持たない植物であっても、
生きているということを感じさせて、

あの頃と似た景色が

どこまでもたたずむ。


差し込む瞬間は

永遠に消えることはない。



たとえ花びらは散ってしまっても。








小さな町の片隅。
何もすることもなくただぶらぶらと歩く剣士の姿があった。
常に携えている三本の愛刀の姿はない。
戦いに疲弊した刀身を打ち直すため、それを鍛冶屋に預け、
手持ち無沙汰な両手をポケットに詰めたまま、歩く。
その目的以外持っていなかった。

ただぽかんと空いた時間をどう消費すべきか、
色々と思案する。
小腹はすいているのだが、肝心の先立つものがない。
手持ちで満足するほど持ち合わせてはいない。

誰かいないだろうかと、辺りを見回していた。

そんなときだった。

目に付いたのは。



一軒の店の軒下。

古ぼけた錆にまみれた鉄の塊。


唐突にそれに



出会った。




なに呆けてんのよ。

振り向くと航海士の姿。

両手一杯に買い物袋をさげて、
見つけて良かったとでもいうようにニコリと微笑む。

別に、呆けてなんかねぇ。

長い間見とれていたわけではない。
たまたま運悪くその瞬間に遭遇しただけだと、
めずらしく言い訳がましいことをしゃべる。

そう?

剣士の視線の先が気になったのか、
航海士はその肩越しに向こうをのぞいた。

あれでしょう?

指差すものは目を向けていたもの。

あれ、なぁに?

隣を早い足取りですり抜けて、
くすんだ錆のもとへと駆ける。
所有者の見当たらないそれは、
長い間雨風にさらされていたものらしく、
離れた場所で見るよりもずっとみすぼらしかった。

ゴミ?

違う。

ポケットから手をだして、
フレームをなでる。

見たことねぇのか?

うん。

うなづきながらまじまじと見つめるその瞳には
好奇心が一杯にあふれている。

じゃぁ、のったこともねぇんだろう?

見たところ壊れているようでもなかった。
空気がへっているだけで、
まだ使えそうな代物。

へぇ、どうやってのるの?

こんなもの、動くのとでもいいそうな顔に
悪戯心が沸いた。

のるか?

え?

剣士は航海士の両手からずいぶんと重い荷物をさらうと
左右のハンドル部分にかけた。

何こんなに買ってんだよ。

がしゃんと頼りないスタンドを蹴飛ばして、
またがる。
ぎしぎしと不安な音をたてるのだが、
剣士は一向に意に介しない。

誰かのモノなんじゃないの?

一応辺りを気にしながら、
それでも瞳の輝きは強いまま、
航海士は言う。

お店の中に持ち主、いるわよ。

お前、泥棒じゃなかったっけ?
ここに座るんだよ。

本来ならこぐべき人間が座る場所を顎で指し示しながら、
早く、とせきたてる。

きょろきょろと周囲を伺った後、
航海士は決心したようにその背中に回った。

なによ、これ。
スカートじゃのれないわ。

丸見えじゃねぇの、お前。

はなった言葉に背中をつままれて、
いてぇよと声を上げる。

後でかえしゃいいんだよ。

横向きに乗った体を確認して、
ペダルを踏んだ。

きゃぁ!

乗ったのはあまりにも昔。
前輪がぐにゃりと蛇行する。
シャツの背中をつまんでいただけの指が
慌てふためいて胴に巻きついた。


そうそう、しっかりつかまってないと落ちるぞ。


剣士に湧いたのはただの悪戯心。
それだけのはずだったのに、

背中に触れる体の感触。

それは遠い昔を呼び起こす。




                                       *



『あんた、どこから持ってきたの?』
稽古の帰りにみつかった。
茂みに隠しておいたはずのものを、
よりによって一番見つかりたくなかった奴に。
『んなの関係ねぇだろ。』
虚勢をはった。
まさか喧嘩に勝ってとってきたのだと知られたら、
この気の強い道場の娘はきっと腕ずくでも取り返すに違いない。
『こんなめずらしいもの、あんたが持ってるのおかしい。』
『・・・・・・。』
言葉に詰まった。
腕ずくでこられたら、勝てない。
いや、勝ったことがない。
何度打ちかかっても、この細く白い娘に勝ったためしがない。

『借りてんだよ。』

うつむき加減な顔を、
ふーんとのぞきこむように見つめる。
『・・・・・あとで返すの?』

言葉は威嚇していても、
もう、その瞳はこちらに向いていなかった。
じぃぃとものめずらしいものを眺める。

『こんなの、走るんだ・・。』

裕福な仲間が、急な坂道をすごいスピードで駆け下りていくのを
二人で眺めたことがあった。
奇妙な乗り物だと思ったが、
湧く好奇心は強くそちらに向けられて、
一度、と思ったのは相違ない。

『あんた、のれるの?』

何を問われるのか内心おどおどしていたのだが、
思っていたよりその言葉は好意的で、
ああ、と小さく返事を返した。

『じゃ、のせてよ。』

のせなきゃ父さんにいいつけるよ、と
凄みのある脅しをそえて。

嫌だと返す勇気は、その頃の自分には持ち合わせていなかった。

『ここ、のーろうっと。』

勝手に自分の居場所を見つけて、
了解も得ずにどっかりとまたがる。

『そこ、俺がすわるとこ。』

これは一応一人乗り仕様なのに、
二人で乗ろうとすること自体が無理で、

それでも、
慣れない自分に気付かれるのが恥ずかしくて

『じゃあどこのったらいいの?』

『・・・・・そのまんまでいい。』

無理やり自分のスペースを確保して、
ペダルに足をのせた。

『そこのスタンド、蹴とばせ。』

『よぉーし!!』



ガタン



『うわぁぁぁ!!』

『きゃぁっ!!』


大きくカーブを描く車体に必死にしがみつき、
二人の体は揺れる。

『ちょっと!!ほんとにのれるの!?』

背中に抱きつく姿勢で、はりあげられる大声。

『うるせぇな!!だまってろよ!!』

ぐらぐらするハンドルを力いっぱい握り締め、
ゆるやかな下り坂を目指す。
漕ぐのは困難で、
できればただ、乗るだけだと。

短い距離を思い切り踏みしめた。

丘に位置する道場から、村までのびる急な下り坂。
稽古の後の重い体をまだこれでもかというほど動し続ける。

『かわったげようか?』

座っているだけの娘が、苦笑まじりでほのめかす。

『だから、うるせぇ!!』

お前になんか乗せられてたまるかよ、と
切れる息に答えは消されて。

がくん

『きゃ!』

下り坂にさしかかった。


勝手に降りて行くそのスピード。



顔を打つ風の勢いに目を閉じそうになりながら、
バランスをとることだけに集中する。

『いやっほぉーぅ!!』

『うわー!!気持ちいいー!!』

切り込むようにすべっていく影。

砂利にはねる感触にさえも歓喜の声を上げる。

周りの景色がちかちかと瞬くように変化して、
そこに広がる別世界に目を見張った。

飛び去る木々の木漏れ日。

雲より速くすぎゆく風。

轍に車輪をとられそうになりながら、
急な段差に笑い声を上げる。

そして
緑のトンネルを潜り抜けたその瞬間に
飛び込んだように開けた視界。


一面の
菜の花の海。


『すげぇ・・。』

『すごいね。』


歩いて通うときには気付かなかったのに、
こんなにも、
ありありと、

広がる黄色



なだらかになっていく下り坂のせいで、
スピードは段々と落ちていた。

そんなこと
ちっとも気付かずに

口を開けることもなく


眺めいった。



ハンドルを握っていた手を
すこしゆるめる。


弛緩した体がらくになると、

急に
背中に触れる体に気付いた。

汗臭い自分のシャツと接するやわらかさに、

突然顔が火照る感覚に囚われた。

わからないようによじって逃げようとしても、
うまく動かない。

気恥ずかしさに
逃げ出したくなった。


『綺麗だね・・・・、   ゾロ・・・』


ああ、ともうんともつかぬ答えで
ごまかす。



『本当に、 綺麗・・。』


耳にしみこんでくるようなその声に
今、顔を見られたら死にそうだと
ハンドルからはなした片手で汗をぬぐった。





どんな顔して言ってんだろう。




振り返る勇気はなかった。






                                         *



どこまでいくのよ、と乗っているだけの航海士が呼ぶ。
暇つぶしだからどこでもいいんだよ。
久しぶりにペダルを漕ぐ感触がたのしくて
ただ足を進めた。

あの頃よりずっと大きくなった体。

女一人後ろに乗せていても
上り坂さえのぼっていける。

幼くて、小さかった自分は


はるか遠い。



随分遠くまでいくのね。

乗りなれて余裕さえでてきたのか、
くるくると周囲を見回す。

かわってやろうか?

冗談じゃないわよ、こんな上り坂。


丘はもう終わりに近づいていた。

あとすぐそこに
頂。


なんなくそれを越えた。





うわぁ。





航海士の口から声が漏れた。



光り輝く目の前の光景は



それは、

あの黄金の海。









しんじられねぇ。









ゆるい下り坂の両脇を彩る

満面の金色の渦。




綺麗ね。




吐き出される感嘆の吐息。




なんど瞬きしてもなくならない



あの輝き。





迷い込んだのではなく



そこに佇む。





本当に、綺麗・・・。




胴にまわった腕に、
すこし強い力が込められている。



間違いそうな熱さで

感じられるこの瞬間。




ハンドルを握っていた片手を離して、

それに触れる。



そして、肩越しに

背中に抱きつく航海士の顔をのぞきこんだ。







ああ、






こんな顔してたんだなぁ。









白い頬をやわらかくかたどる微笑みに








初めて出会えた。









前見てないところんじゃうわよ。





視線に気付いたその唇に


キスがおとせたならと









アイツが笑って見ているような錯覚。









できれば見てんなよと、








さわぐ花の海に投げかけた。




end


これを受け取ったとき私小説版の「幕末純情伝」を思い出しました。
菜の花畑に連れて行くと約束した歳三の約束が果たされぬ儘死んでいくシーンな・・・・
でも映像はちゃんと映画版なんだよね。おんぶして菜の花畑を横切って行くの。
ところでこのお話なんか私凄く好きなんですけど、なんかね、セピアっぽい感じ。
図書館とか放送室にある日に灼けた本の匂いとかそんな・・・・
ナンカ字書きなのに上手く言えないんですがね、
もう笑って喋れる思い出って言うところがステキvv
とうこさーん、こんなステキなのかくしてたんですねvv

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