the sweetest condition
白玉様





ふたりきりの逢瀬は、意外に早く実現した。
「何処でもいいから陸にあがりたい」
というナミさんのひと言で。
いつになく長い航海が続いていて、他のクルーも同感だった。
タイムリミットは明日の朝。


籤引きで留守番に決まったウソップは
「また俺かよ〜!?不正だろ、不正!!」
と騒いでナミさんにぶっ飛ばされた。
「なんか欲しいモンがあったら買ってくるぞ」
久々の上陸に浮かれるクルーたちのなかで、
チョッパーだけが気の毒そうにウソップに声を掛けていた。

「アイツ等みんな鬼。俺の仲間はお前だけだぜ」
ウソップは芝居じみた仕草で、チョッパーの肩に手を置いた。
「チョッパー、早くしないと置いていくわよ」
「待ってくれよ」
後ろを気にしながらも、慌てて小走りについてくる。
「俺も行きてェ〜〜〜!!」
ウソップの叫びが夕空に響いた。



先ずは腹ごしらえ、ということで、雑踏を歩きながら、適当な店を捜す。
「肉喰いてェな、にく〜〜〜」
そう云うルフィの手には既に屋台で手に入れた串が握られている。
「じゃァ手に持ってる其れは何だよ」
「ん?コレか?こんなのは喰ったウチに入んねェだろ」
そう答える奴は本当に真顔で、何でそんなことを聞くのかとでも云いたげだった。
聞いた俺が莫迦だったぜ。

「もっとちゃんとしたヤツが喰いてェ!!」
「ああ、もう解ったから、もっと静かにしてよ。
 恥しいんだから」
ナミさんの横には当り前の様にヤツが居て、癪に障った。
だが、其れを容認している自分もまた真実。
どうしたいんだろうな、本当は。
繰り返し見せつけられる現実の前に、
自分でもどうすればいいのか、だんだんと解らなくなってきている気がする。


目の前に現れた巨大な肉の絵の看板に、ルフィの目が輝いた。
「あそこにしよう!!」
「なんだか胡散臭そうな店だな」
「如何にも怪しい感じだぜ」
「でもルフィがその気になってるし…」
「まあ能いんじゃない?お値段にもよるけど」
「取り敢えず入ってみましょうか」
そんな感じで、結局其処に入ることになっちまった。


外観の怪しさとは裏腹に、料理自体は悪くなかった。
店員の愛想の無さも、常連客らしき集団の柄の悪さも気にならなかった。
そんなのはいい加減慣れてるしな。
「はァ〜喰った、喰った。もう喰えねェ」
そう云いながら、まだ肉を齧っているルフィを除いて、
ほかの奴等は満足そうにしている。
そろそろ潮時だな。

ヤツと消えるナミさんを見たくなくて、先手を打った。
「悪ィ、俺ちょっと行くトコあるから」
「そっか。まあ間に合う様に戻れよな」
「あァ」
ルフィの素っ気無さが有難かった。
何時だって本人が云わないことは詮索しない。
無関心とは違う心遣い。
能天気に見えても人間の器の大きい奴なのだと思う。


外は未だ宵の口で、活気に溢れた町並みを冷やかしながら歩いた。
さて、どうやって時間を潰そうか。
あても無くのろのろと歩いていると、
薄物を纏った女のコたちが熱い視線を送ってくる。
ついつられて手を振ってしまう。
手っ取り早いのは、そんな優しい夜のお姉ちゃんとしっぽり…
ってところだが、今更そんな気にもなれねェし。
何かイイ方法は無いもんかね。

なんとなく視線を感じて振り返ると、見覚えのある黒髪が目に入った。
角を曲がったところで壁に凭れ、腕組みをして待つ。
「どうして解ったのかしら」
現れたのは、予想通りの人物だった。
「イヤ、なんとなく」
黙って手を差し出すと、そっと握り返してきた。
其れだけで充分だった。



触れた指先から焦げつきそうで、思わず早足になった。
一刻も早く二人きりになりたくて、最初に目についた其れらしき宿屋に飛び込む。
部屋に入るのももどかしく、扉に鍵を掛けた途端、お互いを貪りあう。
一頻りイチャついたあと、漸く躰を離して笑いあった。
「発情期が来たみたいだわ」
「イヤ、寧ろ俺は年中そうだね」
「元気がいいこと」
「だってお年頃だし」
もう疾うにその気になってる。手を触れた瞬間から。


ひとりベッドで煙草を吸う。
狭い部屋の中、さほど距離の無いシャワールームから水音が響いている。
「キャッ…」
突然あがった悲鳴に、慌てて駆けつける。
「どうかしたのか?」
「嫌だわ、このシャワー、水しか出ないみたい」
「そりゃァまた大変な」
そう云いつつ、顕わになった侭の、なだらかな丸みを帯びた躰を堪能する。

「少しは遠慮なさい」
予告も無く向けられたシャワーのノズル。
避けることも出来ず、冷たい水はしたたかにシャツを濡らした。
「濡れたままじゃ帰れねェ」
「乾くまでお附きあいするわよ」
「魅惑的な殺シ文句だね」

じゃァ遠慮なく。
濡れたシャツを脱いで、一気に全部脱ぎ捨てる。
背後から柔らかな乳房に手を這わす。
水気を帯びてしっとりと手に吸いつく様な手触り。
手の内で少しずつ硬くなってゆく感触を愉しみながら、項に唇を這わした。


派手な音をたてて、ノズルが床に転がる。
「水、とめないと…」
伸ばそうをする手をそっと掴む。
「イイよあとで」
上気した躰を壁に押しつけて、深く口づけを交わす。
唇から漏れる吐息が、だんだんと悩ましい艶気を帯びてくる。

「これ以上はマズイよな」
「能いわ、この侭で。大丈夫だから」
「でも…」
躊躇した俺を其処に導く。
「お願いよ、ねぇ」
そんな風に云われてしまっては、我慢がきかねェ。

背後から彼女の狭間に滑り込ませる。
隔てるものが無く、密着する熱い壁が、容赦なく俺を締め上げる。
直ぐにでも達していましそうになるのを辛うじて堪えながら、ゆっくりと腰を進めた。
深く分け入ったところで、ふうっと漏れる彼女の吐息。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ。優しいのね」

性急な行為で傷つけてしまわない様に、そっと動きを繰り返す。
其れでもじわじわと効いてくる、快楽のうねり。
高波はもう直ぐ其処迄きている。
「そろそろヤベェよ」
「駄目、其の侭で」
引き抜こうとしたのを押し留められて。


…初めて彼女の中に欲望を吐き出した。


震えが収まるまで後ろから抱きかかえていた躰を離す。
彼女の内から溢れ出て、内腿を伝う白濁に激しく興奮した。
なんだか凄く…。
呆然としている俺に、優しく口づけを呉れて微笑む。
「ベッドで良いコにしててね。直ぐに行くわ。
 …解るでしょう?」
只かくかくと頷いて、ひとり部屋に戻った。


「うわ」
初めての経験に、心臓がバクバクしている。
なんだかロビンちゃんとは初めてが多いよなァ。
相手がお姉さまだからか?
落ちつこうと煙草に手を伸ばすが、上手く火が点けられない。
相当動揺してるな、俺。


「ご免なさい、お待たせして」
彼女はバスタオルを巻いただけの姿で現れた。
心臓がまた一段、飛び上がった様な気がした。
「イヤ待ったの待たないのって、もう元気で堪んねェつーかさ」
嗚呼、もう何を云ってんだか解らねェよ。

「本当に能かったの?」
真直ぐに覗き込む彼女の眼差し。
「何が」
「本当に私で能かったのかしら」
「…いま其れを云うかなァ」
暗にナミさんのことを指摘されて、少し怯んだ。
後ろめたさが無い訳じゃない。
そんな風に云わせているのは、ハッキリしない俺の態度。

「ロビンちゃん、ご免な」
「謝らなくて能いのよ。
 だって貴方、困った表情がとても素敵よ」
そう云ってフフ、と笑う。
辛いのは自分の筈なのに、包み込む様に、慈しむ様に。

逃げ道を用意して呉れてるのは年上の余裕?
其れとも、生い立ちからくる諦めのよさか。
でも、急には変われねェんだ。
ナミさんのことも嫌いになった訳じゃねェし。


「俺の愛は世界中の女のひとのモノだからさ」
「…航海士さんじゃなくて?」
核心をつく問い掛けに動揺したのは俺の方。
「…ご免なさい、云い過ぎたわ」
儚げな微笑み。女性にこんな表情をさせちゃ不可ねェ。

「ロビンちゃん、好きだー」
肩を引寄せ、勁く抱き締める。
濡れた黒髪からたちのぼる芳香に眩暈がしそうだ。
「もっと貪欲になってよ。
 そしたら俺も腹ァ括るから」
「また、選択権は私に有るの?」
「俺ァ諦めが悪いし、優柔不断だからさ。
 決められねェんだ」


でも出任せなんかじゃねェよ。
ナミさんよりも好きになり掛けてるんだよ、
ロビンちゃんのコト。


…自分でも驚いているんだけどさ。


彼女の手がゆっくりと俺の頭を撫でる。
「有難う、イイコね、貴方」
近づいてきた唇が、勁く押しつけられた。
緩くひらいた隙間から舌を差し入れると、応える様に絡みついてくる。
背中に廻された腕が、狂おしく俺の躰を掻き抱く。


嗚呼、そうだ。


愛に飢えていたのは俺だけじゃねェ。


「貴方とはもっと親密になりたいわ」
「どんな風に?」
「そうね、」
少し首を傾げて、続けた。
「さっきみたいに手を繋いで歩いたり、いろいろなことを話したり…。
 そういうところから始めたいの」

「子どもの恋愛みてェだ」

そう云うと彼女は嬉しそうに笑った。
「だってそんな経験が無いんですもの。
 少しくらい憧れてもいいじゃない」
可愛いよ、ロビンちゃん。年上なのにな。


「それでもヤることたァヤるぜ!」
勢いよく彼女のバスタオルを剥がして、押し倒す。
直に触れ合う肌と肌。廻した腕と絡めた脚。
「もう少しこの侭で居て」
全てを赦す天使の様な微笑みで、悪魔の様なコトを云う。
触れ合った胸から伝わる鼓動。
なんだかドキドキしてる。初めてのときよりもずっと。
嗚呼、やっぱり堪んねェな。


「…もう限界。襲ってもイイ?」
「どうぞ、ご存分に」
耳朶に生暖かい舌が触れた。
ぞくりと背中を走る衝撃。
夢中で口づけを仕掛ける、息もつけない程激しく。


シーツの上で乱れる黒髪に縁取られた、彫りの深い輪郭を唇で辿る。
すべてがナミさんとは違うのに。
こんなにも違うのに。

「どうしよう…思っていたよりもずっと
 ロビンちゃんのコト、好きみたいだ」
漆黒の瞳が射抜く様に見ている。
「私もよ」
だから困っているの、と囁かれたけれど、その理由を聞くことは出来なかった。

「朝まで離したくねェんだけど…イイ?」
「いちいち確認しなくても能いのよ。
 貴方の好きな様にして」
「なんか癖になっちまってるんだよなァ…。
 じゃァ、朝まで寝かせないぜ」
「喜んで」



窓の外に見える月は随分と傾いていた。
でも夜明け迄にはまだ十分時間は有る。


嗚呼、この月はナミさんにも照らしてるんだなァ…。


此処には居ないふたりのことを思い出して、少し心が痛んだ。
でも其れも一瞬のことで、直ぐに忘れた。
あとは只、快楽の波に攫われてしまえば能い。



−了−
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