deep puddle
白玉様






誘ったのは私

でも溺れたのはふたり








恋の仕方なんて知らない

愛しかたも愛されかたも何ひとつ識らない

誰もそんなことを教えて呉れはしなかった

そして私も希みはしなかった








私たちの間には、いつも彼女の影があった
ふたりの関係は
彼女を抜きにして語ることは出来ない

何処までも不毛な関係
しかし其れは心地よく
抜け出せない甘い罠にも似て
囚われの小鳥は逃げ出そうともせず
只、密やかな夜を迎える


なんとなくそわそわしている彼女の態度
風にあたってくるわ、暫く戻らないから
そう云い残して部屋を出る
夜更けというにはまだ早い


どしたー、ロビン
少し涼みにきただけよ
見張り台の上から声を掛けてきた船長に
返して甲板を彷徨う


能く見ないと解らない程度に浮き足立っている彼の姿
暫くは此処に居るつもり、ゆっくりして居て能いのよ
何のつもりだ
別に
まだ警戒を崩さない彼の視線を避けて船首に赴く








子どもの恋は足早で

触れると火傷しそう








甲板から彼の姿が消えたのを見届けて
キッチンのドアをノックした


お邪魔だった?
いいえ、全然、美人はいつでも大歓迎ですよ
相変わらずの料理人
でも腕は確か


華奢に見えても男の躰で
思いのほか広い背中は
抱き締めるのに丁度好い


背後から躰を預けると
もう少し待って、と頸だけ向けて
無理な体勢で唇を重ねた


能いわその侭で
絡めた腕を滑らせて、ベルトに手を掛ける
危ねェよ
大丈夫、貴方の腕なら
其れは買いかぶり過ぎだぜ
構わずジッパーを下ろした


イヤラシイね、お姉さま
そういうのは嫌い?
イイヤ大歓迎さ、
でも、もう少し待って呉れるともっと有難いね


手の内で少しずつカタチを変えてゆく
感触を確かめながら包み込む
押し殺した溜息が洩れる唇
もう降参
手を洗って振り返り、今度は深く唇を重ねた
ゆっくりと廻された腕


引き寄せられる力勁さに
浮遊する精神もまた
現実に還るが如き幻想に捉われる


でも其れはすべて、虚構の上に成り立つ
ひとときの夢に過ぎず
あとに残るのは只、虚しさのみ








其れでも

縋る腕の在る嬉しさ








濡れた舌は唇から顎、顎から頸、頸から胸部へと
静かに移行する
そして布越しに一点を捉え、執拗な迄に舐った
大きな掌が乳房を緩やかに這う
綺麗に切り揃えられた爪が、如何にも料理人らしい


なァ、ロビンちゃん
お願いが有るんだけど
…何かしら
今度からもっと脱がせやすい服にして呉れ
そう云う彼の表情は、あまりにも真剣で


でも貴方
今度から、なんて云ってしまって能いの?
其の想いは唇に留まり、代わりに差し出したのは
そうね、考えておくわ
という言葉
思わずそう答えてしまう程、愛おしく思えた


でも、私は
恋の仕方なんて知らない
愛しかたも愛されかたも何ひとつ識らない
誰もそんなことを教えて呉れはしなかった
そして私も希みはしなかった、今までは


不思議ね、こんな気持ちになるなんて


手を伸ばそうとして、彼の口づけに阻まれた
今日は、俺の好きな様にさせてよ
ええ、貴方の能い様にして
上げ掛けた手を下ろした


彼の手で、ひとつひとつシャツの釦が外される
裸の胸に頬を寄せ、鼓動に聴き入る
毀れものでも扱う様にそっと触れた掌
すべてが愛おしくて苦しくなった


もどかしく引き摺り下ろされた布地を
足から引き抜いて床に放る
凭れていたテーブルに担ぎ上げられる

巧みな舌は内部まで入り込み
的確に弱い部分を探りあてて嬲った
私の躰は彼を受け入れる為の器と為り
拓かれた泉は滔滔と湧き上がる蜜で満たされる
和毛を弄りながら、静かに差し入れられた指
其の往きつく先
ビクリと躰が震えたのが自分でも解った

ココ、イイんだ?
ようやく開いた眼に映ったのは悪戯に光る瞳
更に増やされた指が煽る様に蠢く

大きな快楽のうねりが襲い
ひとり高みへと攫われる
堪らず力の籠もる指
意識を手放し掛ける程の心地良さ


…ロビン、ちゃん?
駄目よ、私の名前を呼ばないで
どうして?
訳の解らぬ彼は不満気

初めて肌を重ねた夜
其の瞬間に、小さく彼女の名を呼んだ貴方の唇
本人すらも気づかぬ程、微かに



此れは、嫉妬?



世界の真実を知りたいと云いながら
私は何も理解っていなかった
自分のことすら理解っていなかった


こんな感情が、自分の中に在るなんて
少しも思いはしなかった


世界の広さを、肌で感じる
澄みわたる空の美しさ
流れる風の涼やかさ
生命の煌き
何もかもが、初めて現実として私と共に在る


沙漠の砂に水が染み入るが如く
急速に開かれた世界への扉
船は何処までも私を乗せて








ああっ…

深く分け入ってくる感触に
堪えきれず、洩らした喘ぎ
イイ声、もっと聴かせて
駄目、外に聞こえるわ
誰も来やしねェよ
嗤って更に深く腰を進める

躰を繋いだ侭
そっと落とされる、穏やかな口づけ
緩やかに繰り返される律動
其の動きは次第に速く勁く

やがてぐったりと崩れ落ちる躰
其の重みに、背にあたるテーブルの硬さを思い出す
荒い吐息に上下する胸の動きが直に伝わる
滴る汗が混じりあう


激しい嵐は行き過ぎて、静かなる吐息
もう行かないと
…離れたくねェ
殊更勁く抱き寄せる腕
その想いは私も同じ
でも、もう戻らなくてはならない
本来の在るべき場所へ

離した躰の頼りなさ
まだ情事の余韻は、其処彼処に残って居るのに


後ろからきつく抱き締められる
さあ、もう離して
言葉も無く只、首を振る彼
イイコだから、聞き分けて頂戴
冷たいね、ロビンちゃん
諦念に解き放たれた腕

汗ばんだ首すじにそっと唇を寄せて囁く
世界の終わりは、今日ではないわ
まだ戻れねェよ、多分
ええ、解ってる
其れでも行くんだね
貪る様な口づけを交わして
後ろ髪ひかれる想いでキッチンを後にした


小鳥は自ら翼を畳み、地上に縛られることを希んだ
囚われたのは躰だけで無く…


夜風は火照った躰に心地よく吹きつける
昏い水面にたつ水飛沫の様に
泡立つ気持ちも、何時かは収まる


只、その日迄





−了−
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