りょう様
梟雄


口唇に錠前を 鍵は投げ捨てた
誰にも 言ってはならぬ
例えば後悔 する事になっても
口唇には 錠前を
投げ棄てた鍵を探すような 真似はできない

目を閉じて抱かれるあいつには、俺の衝動が見えない。
敗北感を味合わせたいなら、目を開けてみればいい。
俺がどんなにくるしんでいるか…わかるから。

入るぞと声を掛けると同時に女部屋の戸を持ち上げ、階段を下りる。
錠がかかってないっとことは、入っていい証拠だとたかをくくっていた。
光源の何もない空間。
入り口から漏れる光が照らし出すのは一部分。
ほんの数十秒前まで明るい陽と潮風の中にいた俺は、
薄暗さに慣れるまで時間がかかった。
先に反応したのは臭覚。
何かが混じり合ったような…とにかく俺には吐き気のするような匂いだった。
次に感じたのは視線。
…男。
階段と対角線上の奥から俺を見ている。
目が慣れて、見えてくる輪郭。表情。
そいつは俺の存在をわかっていて、
それでも動く気はさらさらないという顔をしていた。
床に腰を下ろし、壁に寄り掛かったまま右膝を立て煙草を吸ってやがる。
シャツのボタンはすべて外れていて、左腕には…
白い…もの?
浮かび上がるように目に入る、白い物。
女の背中。

…ナミ。

ぐったりと垂れ下がった腕。
野郎の肩の辺りに凭れ掛かっている顔は見えない。
剥き出しの肌。
背骨と平行して残る、微かな赤い擦り傷。
俺が見ているのを知ってか、ヤツは自分のジャケットで白い躰を隠した。
ナミには一瞥もくれず、唇の端に笑みを浮かべて俺を見ながら…。

わかりたくもない現実に、精神より先に体が反応する。
…耳鳴りだ。
頭が情報を拒否しやがる。
その後…俺はどうやって女部屋を出たのかも覚えちゃいない。


煌々とすべてを照らしていたはずの太陽が水平線に近付いて
その姿を海中に沈め始めても、ラウンジに行く気になれなかった。
惚けていたわけじゃない。
思考が戻ってからは、ずっと考えていた。
あの時の衝撃は怒りなのかと思ったが、そうではないらしい。
俺は苛立っているのか?
それじゃ、この苛立ちの元凶は何だ?
ナミがクソコックと寝たことか?
それでも何も変わらない日常か?
違う。
これは苛立ちなんかじゃねぇ。
…後悔だ。
俺の中途半端さが、あいつを追い詰めた。
そのことへの罪悪感。
俺の誤算。
自分を押し殺して本心も求めず、
ただ誘われるままに抱けば、あいつは満足なのだと、そう思っていた。

俺は未来に期待していた。
だから現実に、今に拘らずにいられた。
けれど、未来が閉ざされようとしている今、
俺はあいつの現実に、拘らずにはいられない。

ここまでれば、結論は迷うことなく出た。
俺は残された良心すべてを賭けて、あいつとの関係を変えなくちゃならない。

まだ…間に合うか?

ナミは今夜も待っているはず。
何食わぬ顔をして。
俺は船尾から女部屋へと向かった。




*

君を 待ってる
黙視しながら 距離を測って
君を 待ってる
それでも 待ってる

*

私みたいな女には、触れてはいけない場所。
触れてはいけないモノ。

言い訳がましく抵抗をして、彼との距離を測る。
拒みはしなかった。
ゾロの存在は拒む理由にならなかった。
冷静な口調。
巧みな誘導。
覚悟をより確かなモものにするためなら、
体の自由を許すくらい安いもの。
そう思った。

いつもはあいつが抱いている体。
始めての時からずっと、私はゾロを誘い続けた。
ストイックなあいつを籠絡したつもりになって、
私は私のプライドと信念を保とうとしていた。
まるで日課みたいなSEXは、ゾロにとってトレ−ニングと同じ。
排泄感しか残らないなら、それ以下。
お互いに不毛な行為だとわかっていたはずなのに、
あいつは熱い息の隙間を縫って、必ず私の名前を呼んだ。
その時、いつも思う。
疼いて、苦しくて…ゾロが欲しくてたまらない、と。
だから私はいつも目を閉じる。

強がり?
上等じゃない。
誰かが踏み止まればよかったなんて言ってみても、そんなの後の祭り。
約束なんてした覚えはないし。
特にゾロとは絶対にしないし。
私がどういう女なのかは、あいつがいちばんよくわかっているはずだから。
きっと、何も変わらない。

ご褒美をあげたのよ。
あんたにもあげたじゃない?
まだ欲しければ、もっと乱暴に突き放して。
サンジ君がそうしたように、あんたも手を離してよ。
渋々、挑発に乗るのは得意でしょ?
その足で私との距離を詰めて
その手で私の胸ぐらを掴んで
すべて曝け出して
私になんて影響されないと
私のことなんて信じてないと
そう言って、絶望させて。
私を、安心させて。

夕食の席に、ゾロの姿はなかった。
それでも私は、あいつが目の前に現れることを確信している。
そして私たちはいつもと同じようにSEXをして、
何も変わらない朝を迎える。



*

君が主犯 俺は震える蛇
林檎を食べさせるのは 俺の役目
イイかい 信じては駄目だ
この手を 取っては駄目だ
俺は震える蛇 君を縛る者

早く逃げろ

*

「離して。」
「あいつは君のこと好きなんだよ。」
「ただの処理よ。」
「違う。」
「暇つぶしだって言ってるでしょ。」
「逃げるの?らしくないなぁ。」
「逃げてなんかないわ!」
「じゃぁ、証拠…見せてよ。」
「証拠?」
「君が、処理ってだけでSEXできる証拠。」

自分の言った言葉に反吐が出る。
これは恋なんかじゃねェ。
計画的な犯罪だ。
理解を示すフリをして
弱みに付け込んで
手ェまわして
獲物を狩るみたいに追い込んで
貪り食って、
その味に酔った。

自分の欲望を満たして
今の関係がどんなに滑稽か思い知らせて
2人を突き落とす。
汚れ役を演じて、その実俺だけが汚れねェ。
計画されたのは完全犯罪。
コトは至極順調に進んだ。
第一段階は成功。
彼女はその脚を俺に開いた。
第二段階も成功。
クソ野郎は何も言わずに部屋を出ていった。
最終段階。
あいつに見られたことを彼女に告げて、誠心誠意面で謝って、
それで俺だけが救われるはずだった。
それなのに、土壇場で口から出たのは呆れるくらい馬鹿げた台詞。
『許してくれなんて言わない。憎んでくれてもいい。』
もうこんなこたァしねェからと、嫌わないでと言わんばかり。
自分から手ェ出しといて、この様。
これで、終わり。

笑えば笑うほど救われねェ。
理由はわかってる。
俺は彼女を女神のように崇めながら、
裏でどうすれば捕獲できるかばかり考えていた。
クソ剣士は彼女とぶつかり合いながら、
すげェスピ−ドで神秘化してたに違いねェ。
そして俺はどす黒い感情に雁字搦めになって、
あいつァ湧き出る未知の感情に振り回されてやがる。
どちらが救われるかなんて、わかりきったこと。
野郎は彼女を救って、自分も救われる。

罪人とも呼べねェ半端者に与えられた罰は
ただの傍観者に成り下がること。
俺はこの代償を受け入れ、ラウンジを出ていく彼女を笑顔で見送った。

*

ネェ言って 此処に来て言って
あたしがこじ開けるんじゃ意味がないでしょ
ネェ言って ちゃんと言って
そうしたら 何か変わるかも知れないじゃない
あたしを押さえつけて 此処に来て

*

「おまえとは、もう…やらねぇ。」
「冗談。笑わせないで。」
「冗談なんかじゃねぇ。」
「何が不満なのよ?サンジ君と寝たこと?
あんた、私がこんな女だってわかっててやってたんでしょ?」
ほら…無言。
「何とか言いなさいよ!」
捲し立てる挑発の言葉に、返ってくるはずなのは燃えるような瞳。
そして私は確認する。
この男は絶対に道を踏み外したりしない。
どんなに望んでも、私を想ったりしない。
純粋な怒りに輝く目を見て、私は強い私でいられる。
いられる…はずだった。
それなのに…
私の手首を掴み見下ろすゾロの瞳は、
澄んだ色をそのままに、哀しげに揺れていた。

こんなはずじゃ、なかったのに。

俺を見上げるナミの表情が一変した。
笑みを浮かべていた唇が、瞬く間に凍り付き震え出す。
次の瞬間、俺の手を叩き付けるように振り払って身を翻した。

これがおまえの本心。そうだろ?

逃げたかった。この場所から。ゾロの前から。
それなのに、あいつはいとも簡単に私の腕を掴み、腰を抱く。
「触らないで!」
「ナミ。」
「はっ離してよ!!」
「ナミ…俺は…」
「やめて!何も聞きたくない!!」
何も聞きたくない。何も見たくない。
あんたのことなんか、何も知りたくない。

めちゃくちゃに暴れまくる体を押さえ付けて床に組み敷くと、
ナミの目はいつもより堅い意志を持ったように閉じられた。
「ナミ…目ぇ開けろ。」
「いやよ。」
「恐いのか?」
「恐くなんてないわ。やりたいようにやってるだけよ。」
「俺の目ぇ見て言ってみろ。」
重ねた俺の手の下で、あいつが震えていた。

耳元で心臓がドクドクと音を立てる。
息づかいだけが聞こえる沈黙の中、
ふいに絡められた指に私は思わず目を開けてしまった。
引き返せなくなることを知っていたのに、私は…。
「ゾ…ロ…。」
私が渇望していた、この熱情。もう…駄目なのね。

離れられないことは、最初っからわかっていた。
求めていることも。
逃げていることも。
解放してやることすらできないことも、わかっていた。
それなら…。

心が、体に溺れる。
体が、心を求める。
堕ちていく場所。
そこは自分すら見えなくなる地の底の楽園。
楔を打ち付けられる私は、毎夜ここを彷徨う。
冥府へ向かう死者のように。

私はあいつに貫かれたまま、かろうじて掴んでいた光を手放した。

end


もうこれ続きがきになってしょうがないクレユキなんですが、ネェさーん。書いてくださいよう・・・・・・
サンジと初めてのナミ嬢と言うことで、祭に出品でございます。
あたしは一番はじめのゾロ編が好きかなぁ。なんかね、情景が美しくて、思わず想像してしまうほどです。
サンジがナンか妙に格好いいカンジ。
ゾロを見てナミの姿を隠すところとか、勝ち誇ったように笑うところとか。
サンジ君が好きだー!!ってカンジ。
おっと、ゾロナミ祭でした。
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