Joint
りょうさま
扉からロビンの手が生えて
そいつが手招きした。
夜で、きっとそこは真っ暗で、
けど人がいんのはわかる。
内緒話みてぇな声もする。
壁がドンと音を立てて鳴った。
入っちゃいけねぇ気がした。
けど手は相変わらずゆっくり動いてて。
だから、俺は。
船を襲った突然の大波に
倉庫のドアノブを握る手だけでは体を支えきれず膝を付いた。
方々で上がる声。
途端に開くラウンジの扉。
現れた人物は真下からの私の視界に入るくらい
手摺りから身を乗り出し
何かを…誰かを必死に探していた。
煙草を噛み。真っ直ぐ。
其処にいるはずの誰かを。
普段は綺麗に片付けられているモノが
波に揺さ振られて目の前に散らばる。
羊の頭によじ登る船長さんを認めた彼は
少し苛立ったように頭を掻いて、漸く私の視線に気付いた。
甲板に飛び降り差し出されたその手に自分のものを重ねる。
「心配性なのね 」
そう云って見つめるとばつが悪そうに口を歪めた。
突然湧き起こったソレは
悪戯心とは云えないような切羽詰まった感覚。
我慢するにはあまりにも魅惑的すぎて
夜を迎えても治まらない。
クル−が各々の場所に引き上げた後、
残った私をかまう、そのそつのなさに
昼間のあの顔がもう一度見たくなる。
その日の夜はシャツが背に貼り付くような湿った暑さで。
ふしだらな夢を見るには手頃すぎて。
私はいつもの軽口に落ちたふりをして誘いの言葉を返した。
甲板に出て、己が内の誘惑に身を任せる私は月を仰ぎ
己が言葉に後を無くした彼は見張り台を仰ぐ。
罠に嵌った屈辱と快楽の抱き合わせに
どこまで耐えてくれるかと独り笑む顔を格納庫の暗闇に隠して
潮風に曝された時間を埋めるように抱き合って服の隙間を探る。
その手を制して着ている物すべてを自分で剥いだ。
彼は、動かない。
「どうかして?」
「いや… 。ここぁ、船の上だからさ 」
だから?
「いつ何がっつ−か、誰がっつ−か… 」
全裸は無防備すぎると云うその言葉の端々が戸惑っているのも
彼が何を怖れ誰に見られたくないかなんてことも承知。
「何があってもあなたが守ってくれるんでしょう?」
あの口癖は嘘なのかしら?と逃げ道を塞ぐ。
元より苦痛から目を逸らすような人ではないようだけれど
この言葉は保険のようなもの。
ジャケットとタイを投げた帰り道に私の腕を掴んだその流れに
引き寄せられて、肌を刺す月光と湿った闇の境界線を跨ぐ。
掠めるような距離を保って触れようとしない唇とは裏腹に
指は焦らしもせずに私の女の部分を這い始める。
膝頭に割り込まれて開かされた脚の間を合わせ目が綻ぶまで
撫で解されて、肩を掴む手に知らず力が籠もる。
そのまま体を預けると彼の背がすぐ後の壁にぶつかり
音を立てた。
間を隔てるシャツの釦を外しはだけた胸元に強く抱かれれば
合わさる汗が体温差を埋めてくれる。
頬を伝って近付く唇が私のそれに着く直前、
私の指先を風ではない何かが掠めた。
「待って 」
ここまでしといてそりゃねぇよと抗議の声を上げながら
私の制止を振り切ろうとする吐息を躱した、その時。
開かれていく扉。
飢えた空間が核を迎え満たされる。
彼の胸に置いた手が伝えてきたのは一瞬の絶句。
それから止めていた息が苦しくなって吐いたとでもいうような
長い長い溜息。
大きく波打ち乱れた胸の内を隠すように
私をその腕に抱き込んだまま侵入者に背を向ける。
肩越しに見えるのは素直な驚愕の表情。
震える私を見咎めた彼が覗き込み目にしたのは
企てが結実する予感に出た私の笑み。
彼はその意味を探るように一度俯き、
次に上げた顔は私に攣られたとでもいうように微笑んでいた。
見つめる瞳は笑ってはいない。
責めてもくれない。
隠されたもう片方の目が私を責めてくれはしないかと
手を伸ばしたけれど、それは前髪に届く前に捕まり
そのまま下ろされる。
頬の辺りを辿り始めたもう片方の手に顎を柔らかく拘束されて
反射的に笑みを濃くすると、それが合図だったように
急に彼の唇が牙を剥いた。
一瞬荒々しいと思った口付けも、
受け入れてしまえば巧妙だとわかる。
重ねられたものの狭間であいつは駄目だと諭されて
舌を絡めながらその理由を問う。
答えは、ない。
「…優しくねぇな 」
そう呟いて、次に船長さんを招いたのは彼だった。
落ちているジャケットから煙草と燐寸を抜いて
壁に寄り掛かりながら自分がいた場所を見る。
今の今までそこで彼女と絡み合ってたのは俺で、
今は違う野郎だってのは結構不思議な光景だ。
麦藁帽子を取られて見えたそいつの横顔は
見たことねぇような種類のもんで。
ただ目はいつもと同じ、熱を溜め込むような
強い意志を感じされる目で。
そういや腹括るのはこいつの得意技だったと
思い出す。
だから駄目だと云った。
本気も遊びもねぇ。
されるがまま。
最初はぎこちなかった口付けも
食うとか寝るとかそういうもんには特に
歯止めが利かねぇから
すぐに彼女の唇を追うようになる。
彼女の手に撫でられて辛そうに息を吐いた。
その様に俺まで苦しくなって
まともに息を吸おうと火を点けることも忘れていた
煙草を口から離す。
フィルタ−が薄い粘膜を一枚剥ぎ取っていく。
舐めた唇は血の味がした。
触れていた手に充分な硬直を感じて開け放って
壁を伝いズルズルと落ちていく体を追ってその前に跪いた。
それを待っていたかのように視界の端の彼が動く。
私の背後に膝立った手に腰を引かれ、暖かい胸に背を押されて
手を付くとその反動で振れた髪が細い鞭のように
船長さんの胸を打った。
見上げた先で、惚けていた全身に感覚が戻ったように
その目が大きく見開かれて、私と彼の顔を行き来する。
「サンジ… 」
「もう遅ぇんだよ 」
名前を呼ぶ声に彼は独り言のようにそう吐き捨てて
膝を滑らせ私の脚を開きその間に体を進めた。
上体が崩れたその先にあるものに自然と唇が緩む。
手を伸ばしそっと握った掌の中。
そのもどかしさに船長さんが震えた。
異物感が馴染んでいくに連れて、前後から穿つ熱が
ただ貪欲に飲み込み吐き出す私の狂態を詰り、
混ざり合った体液が唇と指と脚を淫らな音を立てながら
汚していく。
月が翳る。
このまま光が射さなければ
1つの塊のままでいられるかもしれないなどと
思っていられたのはほんの僅かな時間だけ。
抽送の激しさが幕切れを迫り、肩と腰を掴む手に力が籠もって
白濁とした雨が熟れ爛れた私を洗った。
身繕いを終えた彼は壁際に置かれた煙草を拾い
それを胸ポケットに押し込んで座ったままの私に歩み寄って来た。
昼間と同じように差し出される手に首を振る。
連れ出して欲しい訳じゃない。
私の手はもう握られている。
だから、その手は取れない。
「最初からこういうつもりだったのよ。ごめんなさいね
」
「優しくねぇな… 」
銜えた煙草に火を点けながら掛けられる言葉。
「気が付いてたって云わせてもくんねぇの?」
それは日頃の称賛と比べものにならないくらい甘く響く。
馬鹿な男をさ…可愛がんのが趣味?
だからそいつに好き勝手させんの?
口から出る矢継ぎ早な問いは溢れる感情の渦に巻き込まれて
そのまま彼に返る。
好き勝手させてるのはあなた自身。
私はただのジョイント。
「レディを困らせるような真似だけはすんな
」
起きたらそう云っておいてくれと日常への祈りを残して
彼は格納庫を出ていった。
「起きてるんでしょう?船長さん 」
行為の最中、彼が見続けたはずのその顔も
今は寝転び載せられた麦藁帽子の下。
「馬鹿だな…。おまえ 」
出口はすぐ其処にいつもある。
ただ誰も出ていけない。
手を取られたら最期。
「誰にもやらねぇ。おまえもサンジも 」
ほら。
ここからは誰も出られはしない。
だから私は待っている。
故意に忘れ置かれたジャケットの下。
強く指を握られて。
いつか誰かに訪れる感情の氾濫を。
私は、待っている。
−終−