Heartbreaker

りょうさま
肉体に宿る情熱。
それを隠そうとするプライド。
隠しきれない若さ。
私に向けてその言葉を口にしては駄目。
光を見失わずに走り続けたければ。



バスル−ムの曇った鏡が、少し前まで人がいたことを主張している。
見張りのルフィ以外、野郎共はまだ寝ていた。
ということは…。
密かな期待を込めて手を伸ばしたラウンジの扉。
それは俺の手が届く前に静かに開いた。
「おはよう。ロビンちゃんv」
「いつも早いのね。寝起き、見られると思ったのに残念だわ。」
「朝まで一緒にいてくれたら、いくらでも。」
たわいのない会話に託けて、髪に口付ける。
濡れた感触と潮風に晒されていない香り。
何とかそれを手放して冷蔵庫を漁った。
「もう朝食の支度?」
「見張り、あいつだったろ?俺が起きたのに気付きやがったら、
メシメシってうるせェんだ。」
甘く抗議めいた声に、あるはずのない余裕をちらつかせてみる。
ジャケットをテ−ブルに投げ、煙草に火を点けて
食材を片手にキッチンへ。
忙しなく動く自分をこれが余裕か?と笑いながら
知らずに浮かれていた俺は、背後に迫る気配に気付くのが遅れた。
脇腹を撫でて回される腕とシャツの上を滑る掌。
肩の辺りに感じる息と背中に当たる感触で
それが咲かせた腕ではないと判って手にしていた包丁を置いた。
「クソゴムが来るよ。」
「まだ来ないわ。」
「…ロビンちゃん?」
「やっぱり…明るいと駄目なのかしら。」
笑うような軽い響きとは裏腹に、彼女の指先が微かな力を伝える。
そして吐かれた捨て台詞。
「船長さん、格納庫よ。眠ったばかりだから、まだ当分起きてこないわ。」
その言葉の意味に一瞬で突き当たる。
俺は笑い方を必死になって思い出そうとした。


彼女を拾った男。
その絶対的な存在感。彼女のいちばん近くにいるのは俺だと思っていた。
秘密の共有なんていう薄っぺらい根拠すら失った今、
俺が頼れるモノは、縋るように俺のシャツを歪めた彼女の指先しかない。



誰も何もなかったかのような1日が終わる。
考える時間があるってのは辛いことだと俺は人生の始まりで経験した。
その何もない時間が狂気じみた感情しか生み出さないことも知っている。
案の定、1日俺を苛んだのは反吐が出そうなものばかり。
ナミさんだけにと砂漠のワインの在処を指さして
すれ違うクソ野郎に毒を吐いてラウンジを出る。
俺は鬱屈したものをすべて抱え込んだまま、倉庫の扉を開けた。

昨夜のこともあってか、もう寝ていたらしい彼女は
それでも少し乱れた髪を抑えながら俺を迎え入れてくれた。
何かあった?といつもの微笑み。
その疲れの見え隠れする物憂い仕草が
彼女をいつもより艶やかに見せて俺の胸を掻き毟る。
いいかげん俺も嫌な野郎だ。
今朝は笑えなかったくせに、こんなとこでは笑っていられる。
判ったような顔で見つめて、判ったような顔で見つめられて。
結果、質問も答えも何もないまま次に進む。
「偽物でも良いから知りたいって言われたのよ。」
ねだられた玩具を買ってあげたとでも言うような口調。
それは理由?言い訳??
あなたもそうだと言われているような不安感に襲われながらも
強引なヤツだからと物分かりのいい台詞を吐く。
自分で自分を追い込んで、納得できない熱さだけを溜め込んで、
俺は彼女に手を伸ばした。
「…駄目よ。」
「どうして?」
「ここは、彼女の場所だから。」
抱き寄せる腕を掴むのは、今朝の指先に似た力。
それは俺の想いを肯定してくる唯一のモノ。
「好きなんだ。」
言葉は感情の副産物か?それとも核なのか?
その疑問の根本すら否定するようにゆっくりと左右に振られる細い首。
甘く俺を制していた笑顔が急にその悲しみの色を増した。
「誤解してはいけないわ。これは恋じゃない。熱病みたいなものよ。」
静かで深くて、残酷な言葉。
残酷なのはお互い様。
この感情が彼女の言うとおり熱病だとしても、
偽物だとしても、
今夜が最後になっても、
俺は自分の想いに狂い、縋りたかった。



突き上げてくる欲望のままに重ねる体。
倒れ込む衝撃に鋭く吐かれる息を唇で押し戻し、
乱れた服を剥ぎ取る。
性急な接触に繰り返される不規則な反応。
俺の髪をまさぐる手も首に絡み付く腕も
うるさいとばかりに一纏めに押さえ付けて、
技巧も何もあったもんじゃないことも承知で
それでも手を、唇を這わせ続けた。
仰け反り明け渡される喉元。
行き場のない感情をぶつけるだけの俺を
受け入れようと濡れる彼女が憎い。
苛立ちとも焦りともつかないものに背中を押されて
引っ掛かるシャツの袖ごと迷いを振り払う。
背中に直に感じる彼女の腕に強く抱かれて
俺は体を深く進めた。
真実だけを追い求めている目が俺を見ている。
俺だけを…。
最後の堰を越えたところで見た、彼女の瞳に映る自分の顔。
それで満足できるほど、俺は大人じゃなかった。








「好きなんだ。」
そう言われて
「私も。」
そう答えられる素直な女になりたかった。

彼の言葉には嘘も打算も見当たらない。
でもそれが永遠に揺るがない真実であると思えるほど
その期待に応え続けられるほど
私は…若くない。









行き過ぎた欲望を抑える手段を
服を着るという行為にしか見出せなかった俺は、
それさえも役不足だということにすぐに気付かされた。
座る彼女の腿に頭を預けても、
微睡むどころか未だに残る匂いと湿り気に翻弄される。
その情欲をかき乱さないように、彼女はゆっくりと俺の髪を梳き続けた。
「近くにあるものは移ろって見えるの。そうでしょう?」
窘めるようなその声色に抵抗したくて手を取ると、
その指先が震えていた。
起き上がり、正面から見つめて真意を問えば、
返ってくるのは微笑みと硝子玉のような瞳。
自分を晒した途端に彼女の偽りが許せなくなる。
「私はここにいるわ。あなたの傍に。」

螺旋にも似た感情の歪み。
絡み合えば1つになったと言えるのだろうか?
「…嘘つき。」
俺の吐いたその言葉に、抱き締めた腕の中で彼女が震えた。







孤独をツライなんて感じたことはなかった。
それなのに、今。
彼の腕の中にいる今。
この淋しさが堪らなくツライ。

これが私の…私たちのリミット。
私は震えるほど彼を欲している自分を消さなくてはいけない。
何もない…ただ互いに孤独であるという真実だけを残して。








−end−






           
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