りょう様
Femme fatale T


挫折寸前。
役を演じて、その必要もなくなって、
今はどれが本当の私なんだかわからなくなって。
隠すべき秘密をなくした人間は、こんなにも無防備。




夜、船尾でトレ−ニングをしていると必ずナミが現れる。
寝る前にみかん畑でも見に行くのか?
それとも進路の確認か?
決まって外に出てくる。
そして同じ場所で立ち止まって俺の方を向く。
俺は見ない。
気配を感じているだけだ。
用があれば声を掛けるだろう。
刃を交えている敵でもあるまいし、
あの女が何を考えているかなど、探る必要はない。
これは、ただの言い訳。

ナミの視線に答えない理由は他にある。
俺は自分でもどうにもならない感情に振り回されたくない。
昼間のものとは違って、夜のあの女の視線は
無意識の世界に俺を誘う種類のものだ。
だから俺はナミを見ない。
視線を感じながらも、無視を決め込む。


その日は珍しくナミが現れなかった。
いつもの鍛錬をこなして、汗を流しに階段を下りる。
ここまでは、いつものこと。
きっと船尾から倉庫前までの歩数ですら
いつもと変わらなかっただろう。
歩きながら服を脱ぎ、開けた視界。
そこにはいつもの風景にあるはずのないモノが存在していた。
腕を組み、扉に背を預けて立っている女。
否応なく絡む視線に、やりきれない沈黙が続く。
その女の目の色に、俺は意識が揺らぐのを感じた。

この女の目は、俺の知っている女のモノとは違う。
ふいに緩慢な動きで俺に近付いて来た。
風に晒されて落ち着き始めていた汗が、
じっとりと湧いてくる気がする。
「ゾロ…。」
操り人形みたいにぎこちなく、女の腕が上がる。
胸に触れてきた手は生暖かい。
ただ遅れてきた腕輪の冷たさが俺を覚醒させた。
「…何か、用かよ。」
答えはなく、瞬きの後、俺を見上げる。
その目にまた絡め取られて、体が動かない。
「ゾロ…。」
声まで昼間俺を呼ぶのとはまったくの別物。甘い…その声色。
「ナミ…?」
胸に置かれてた手が、ゆっくりと動き出す。
鎖骨から首筋へと上っていくザワザワとした感覚に、
俺は顔を顰めた。
「…何のつもりだ?」
身を捩る俺にナミは最後の残された一歩を踏み出して
距離をゼロに近付けた。
胸のざわめきが退かない。
目も逸らせない。
気が付けば俺たちは互いの息を唇に感じられるほど
近くで見つめ合っていた。


*



「ゾ…ロ…。」
衝動が無視できる範囲をやすやすと越えた。
刀を持っていない方の手でナミの腰を抱き、
その微かに開かれた唇に食らいつく。
初めて抱き締めた体は、細く小さい。
そのくせ反る背は強くしなやか。
力を込めるとわかる柔らかさと同時に感じる鼓動に、ふいに不安感が過ぎる。
それをかき消すほどの疼きが、合わせた部分から広がっていく。
俺はより確かな接触を求めて、服と刀を手放した。
この先に待っているものは、予想すらつかない。
自分が何をするかもわからない。
これが、無意識の怖さ。
それを凌駕する衝動が、俺を支配していた。

刀が船を叩くけたたましい音に、
まだ起きているヤツが気付かないはずはない。
吐息に意識を飛ばしそうになりながら
俺はラウンジの扉が開く音を聞いた。
その直後、一瞬緩んだ俺の腕をナミが抜け出した。
そして俺の方に振り向きもせず、階段を昇っていく。
誰にでもある二面性。
それが極端な女。
これくらいのこと、大したことじゃない。
俺もナミも、何も失っちゃいない。
女の肌の名残を感じる手で刀を拾い、
俺は倉庫の扉を開けた。




                                  *





階段を上ってくるナミさん。
倉庫の扉の開閉。
それに、さっきの音。
まぁ、大体の見当はつく。
俺の横まで来た彼女の唇と瞳が濡れているのが証拠。
「野獣に襲われた?」
「キスしただけよ。」
気紛れ?
「まさに美女と野獣ってわけだ。」
「怒らないのね。」
それとも、本気?
「怒ってるし、焦ってるよ。隠してるだけ。」
微笑みを浮かべて、彼女はラウンジの扉の前を通り過ぎる。
「で?野獣は美女のキスで王子様になった?」
「まさか。」
野獣は誰かに愛されて、救われるのを待ってるって…知ってる?
その言葉が口を出る前に、彼女は俺の視界から消えた。
行き先はみかん畑。
そこで君は今夜もあいつのことを想う。
そうだろ?ナミさん。






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サンジがサンジが切なさ担当ですね・・・・・・(笑)
ゾロ編の情景描写が上手すぎて悔しいです。くそー負けられん!!
りょう様から戴きましたゾロナミ初チュウです。

「美女と野獣」ですか、ふふ、飼い馴らすんですねナミ嬢が。
猛獣使いか・・・・
だんだん逸れてますけど、これはクレユキかなり嬉しいかも。
ゾロの感情が揺れる様が大変美しくドキドキします。
ごち!!
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