roki様
夜明け遠くで波の音が聞こえている・・・と感じた時にはすでに目を覚ましていたのかもしれない。 いつもより間近で聞こえてくる音と、自分の体勢の悪さにいつもの自室じゃないと思い出した。 喉が乾く。 身体を起こそうとしたら、首がゴリッと鳴った。何か非常に固い物にもたれているようだ。 やっとで目を開けて見回して、メインマストの下の甲板だと気づく。 辺りはまだ暗い。と思う。まだ目が慣れてない。膜がかかったような目を手でこすった。 私は船縁と酒樽の間に背中を預けているらしい。手で探ると木の堅い感じがした。 変な体勢で寝ていたからか、背中と足が痛くてしびれている。手にさらっと毛布の感触を感じた。 だんだん目が慣れてくると、少し離れた所で誰かが転がっているのが見える。 そこら辺には酒瓶も転がっている。 それで、やっとで思い出した。 昨晩は私の誕生日で夜から宴会になったのだった。 最初は食堂でやっていたのだが、収まりきれなくなって皆で甲板に出て大騒ぎになった。 自分がいつ寝たのか覚えてない。相当飲んだのは確かで、頭の芯がいまいちはっきりしてない。 痛む背中を無理矢理起こすと、べりべりと剥がれるような感覚がした。 でもそれ以上動けない。膝が異様に重い。 「?」 と思って見ると、私の膝にかけられている毛布が奇妙な形に盛り上がっている。 凹凸がやたら激しい。 毛布を捲ってみると、チョッパーが私の膝に頭を預けてスヤスヤ寝ていた。 「・・・あのね・・・」 さて、どうしようか。転がそうかしらとか思っていると、何かがガサゴソと動いてる気配がしたので顔を上げた。 闇に慣れ始めた目で見ると、甲板には3人ほどがそれぞれに転がって寝ている。 その中で蠢いている影が見える。こっちに背中を向けているけどシルエットですぐわかった。 頭に帽子をかぶっているのは1人しかいない。 「ルフィ・・」 呼ぶと、彼はくるりと振り返って私を認めた。 「なんだナミ。起きたのか」 「まーだ食べてるの?」 「いやさっき起きたんだ。腹が減って。ナミも食うか?」 そうね・・・と膝の上のチョッパーを見下ろした。 どうにも膝から下の感覚がなくなっている。あんまり安心しきって寝ているので起こすのがもったいないような気になった。寝こけている馴鹿の頭の下に手を差し込み持ち上げようとしたら、うーんと嫌がって頭を横に振ったので角が飛んできて私の頭を直撃した。 「イタッ!」 「ぷっ」 ゲラゲラとルフィは遠慮なく笑っている。 変な所を見られた私は少し恥ずかしくて、チョッパーをこづいたけど爆睡しているのかちっとも起きない。 「ナミ来ないのか?これ全部食べるぞ?」 からかうようにヒラヒラとハム(たぶん)を持ち上げて笑っている。 私はわざと怒ったように腰に手を当ててみせたが、目がそうじゃない事は自分でもわかった。 「持ってきてよ船長。動けないわ」 「よし」 ルフィはひょっこり立ち上がると、皿と何か酒瓶らしき物を持って、寝ている鼻を足でまたぎ、私の所へ来るとどっかりと座った。 小さな鼾をかいているチョッパーの顔を覗き込む。 「よく寝てるなー」 「酔っぱらってるんじゃない?」 これでも起きないかなとか言いながらチョッパーのお腹に皿を置こうとするので、よしなさいと言って私は笑った。 「これ残ったモンだ。上手いぞ」 「よくこれだけ残っていたわね」 「かき集めたんだ」 そうして出されると何だかお腹が空いているような気分になった。 空を見ると、ちょうど船が進む前方からが徐々に蒼みがかっている 夜明けが近いのだ。 「もうこんな時間なのね」 「そうだな」 皿の残り物は冷めていたけど、十分に美味しかった。 それでルフィと2人で向かい合ってもぐもぐと食べ、1本のラム酒を交互に飲み合っていると、なんだか遭難者になった気がしておかしくなる。 ルフィは間で寝ているチョッパーが面白いらしく、魚の切り身をチョッパーの鼻の上に置いて囓ろうとしたり、酒瓶をわざと角の間に置こうとしたりして1人でウケていた。 「止めなさいよねー。それひっくり返ったら私にかかるんだから」 「だってこんなにしても起きねェよコイツ」 それどころか鼻ちょうちんまで出し始めた。いくらなんでも緊張感がなさすぎじゃないかしら。 もう一度チョッパーの頭をそっと持ち上げて足の位置を変えた。途端に血が音を立てて足に流れ出す。その感触が気持ち悪くてホッとした。 チョッパーは、もしかしたら酔っぱらっているというより、昨晩あまりにも騒ぎすぎて疲れているのかもしれない。子供みたいだ。 「昨日はすんげえ楽しかったなー」 「そうねー」 「誕生日っていいよな。騒げるから」 「そうじゃなくたって、いっつでも騒いでいるじゃない」 「でも誕生日だとゴーホー的に騒げるじゃないか。」 「合法的に」 「そうそう。そうじゃない時ってお前やサンジがうるせぇもん」 「言ったわね」 うるさく言わないとこの船はとっくに破産だ。 「次って誰が誕生日なんだ?」 「ゾロでしょ。でも11月よ。まだまだ先よ」 「えーー!?まだそんな先なのか。つまんねーな」 「いいじゃない。楽しみは先に取っておくものよ」 「でも3ヶ月も先じゃないか」 「4ヶ月よ」 「なんだよ、延ばすなよ」 「そーじゃなくて、アンタの計算が間違ってるの!」 「じゃあゾロに頼んで今日という事にしてもらおう」 「なるか!」 流石にここまでくるとあきれて笑うしかない。 しょうがないわね。と言っているとルフィは、あーあと言って空を見上げた。 「そうか・・・8月が誕生日の奴を捜せばいいんだよな…。そうだ。それならあと4人見つければいいんだな。そしたら毎月、誰かのパーティだ・・・」 別にその4人がそれぞれの月に収まると限った訳じゃないけど・・・とは思ったけど、ルフィが嬉しそうだったので口をはさむのを止めた。 「ルフィは要するにみんなと大騒ぎがしたいのね」 「だって楽しいだろ?」 「・・・まあね」 私は甲板を見渡しながら、昨晩の馬鹿みたいな騒ぎを思い出した。 嫌な事とか溜まっていたストレスとかが、一気に吹っ飛んでしまうような楽しい晩だった。 笑いすぎた後の熱が、まだ筋肉の隅々に残って軽く火照っている。 「そういえば」 「ん?」 「久しぶりだわ。誕生日をこれだけ祝ってもらったの」 「そうなのか?」 「うん」 「もったいないなー」 「そう?」 「そうだろ?せっかく騒げる日だったのに」 「・・・そうね。でも去年まではそれどころじゃなかったし」 「・・・ふーん」 「私の家はね、どっちかっていうと貧乏だったのね。でも誕生日だけは、わりと豪勢にお祝いしてもらったの。だからいつも楽しみだったな…」 思い出す。 前の日からベルメールさんは材料を仕込み、ノジコはその前から何かを隠れて用意して、私が覗こうとすると慌てて隠していた。せっかちな私は何がもらえるか知りたくて、ノジコがお風呂に入っている隙にこっそり探したけど、敵もさるものでしっかり風呂場に持っていったりしていた。 その日が来ると近所の人が食べ物や何かを持って家にやってくる。ドクターは私が欲しがっていた本を買ってきて、くしゃりと笑って私の頭を撫でた。 ビックリしたのはゲンさんが両手に抱えるぐらいの花束を用意してやってきた事だった。 ベルメールさんが凄い笑顔で「やるじゃない」と言った後、「次は私ね」としっかり釘を刺していた。 その花束を私はノジコ手作りのビーズのネックレスとベルメールさんが縫ったワンピースで受け取った。あのネックレスは実はまだ持っている。無くすのが怖くて滅多につけないけど。 思い出は遠い篝火のようだ。 その周りをぼんやりと明るく照らしているのが見えるだけで、その火にあたることはもうない。 ただ遠くから、その火の暖かさや明るさを想うだけだ。 例えば、いい匂いの花束やグラスをぶつけた音なんかを。 「どうしたんだ?」 声がして顔を上げたら、いまだぼんやりと暗い甲板の上でルフィが私を見ていた。 「ぼーっとしちゃってさ」 「あ、ごめん」 「んー。いいけど」 「ちょっと、思い出にひたっていたわ」 「いい思い出か?」 「もちろん」 私は笑うと、チョッパーのお腹をゆっくりと撫でた。少し硬めの毛が掌に心地よかった 「蜜柑畑の前にテーブル出してね。立食パーティみたいにして。村の人もたくさん来てくれたし、美味しい料理もたくさん出たしね。 それにやっぱり子供心に嬉しかったのよ。ほら、自分が中心のパーティじゃない。『今日は私が主役!』みたいな」 「うんうん」 「・・・うちの母親が祝ってくれた最後の誕生日だったのよね。だからよけい思い出深いわ」 「ふぅん・・・」 ルフィがポリポリと膝頭を掻いた。 「おまえの母ちゃんって、死んだんだっけ」 全く普通に聞いてきたので、かえって衝撃を感じなかった。 いや感じたのだが、言葉が胸を一気に貫いてしまったので、うろたえる暇がなかったのだ。 「そうよ」 私は真っ直ぐにルフィを見つめた。 ルフィもまた私の視線を正面から受け止めた。 「よかったな。いい思い出があって」 にいっと笑った歯が、夜目でもわかるほど白くこぼれた。 「そうね」 私もほろりと笑ってそれに頷く。 「いい1日だったわ」 「そうか」 「それに自慢の母親だった」 「ふぅん。会いたかったな」 「会わせたかったわ」 ああ、でも。と私は言葉を続ける。 「・・・アーロンとの事がなかったら、アンタ達とは、会えなかったのよね・・・」 自分で言っていて、口が僅かに強張った。 道はどちらか1本しか選べなかったかと思うと、運命の頑固さを呪いたくなる。 あの時の私にどちらかを選べと言ったら、迷わずベルメールさんを選ぶだろう。 今になって「どうする」と聞かれても------ やはりベルメールさんを選ぶ。 それが例え半身をもぎ取られるような事だとしても。 でもしょうがない。これが現実なのだから。 「そんな事はねぇよ」 ルフィがきっぱりと言い切ったので、私は顔をあげた。 「鮫との事がなくても、お前と俺達はちゃんと会っていたよ」 「何でそんな事、言い切るのよ」 声が高くなっていた。 別にそんな事を言って欲しい訳じゃないのに。 「だって、そうだよ。早いか遅いか知らねぇけど、どっちにしても一緒に旅をしていたさ」 「止めてよ。それ以上は聞きたくないわ」 「なんでだ?」 「言わないで!」 うなじから髪の毛までが、一気に全部逆立ってしまった。 「そんなに甘い物じゃないわよ! そんな事は私は解っているのよ。でももうしょうがないわ。 いいの。私は今アンタ達と出会って幸せだから。だからお願い。それ以上は止めて!言わないで!」 私は耳こそ塞がなかったけど、知らずに自分の肩を抱きしめるように身を固くしていた。 それ以上、そんな無邪気に言われたら、きっと目の前の男を殺したくなる。 でもルフィはふいににじり寄ると、私の肩をぐいっと掴んだ。 「会っていたに決まっているだろう。ナミ」 ギリリと噛みしめた奥歯がきしんだ。 「だってお前はどっちにしても、海に出るつもりだったんだろう?」 ルフィの瞳は夜の海のように、深く黒々と光っていた。 「・・・・・・・・・そうよ・・・・・・」 「じゃあ会えたに決まっている」 真っ直ぐにのぞき込んでくると、こぼれるように笑った。 「だってそうだろう?世界地図を作ろうなんて思う奴じゃなきゃ、海賊王の航海士はつとまらねぇもん。 だから鮫がいてもいなくても俺達は会っていたよ。絶対だ」 ストンと 背骨から何かが滑り落ちた気がした。 「そういうことなの?」 「そういうことだろ?」 「だって。 それじゃ」 口がもつれそうになりながら、私は訴えた。 「ベルメールさんは死ぬ必要なかったんじゃない」 「ん?」 ああ、伝えたい言葉がこんがらがる。 「・・・私・・・そう思っていたの・・・。道はいつも1本道で、どっちかを選ぶしかなくて、ベルメールさんとの事がなかったら私はアンタ達に会ってなかったって。 ずっとずっと、そうだと思っていた」 「・・・それってつらくねぇ?」 「・・・・・うん・・・・・」 ぽつりと言葉がこぼれた。 「・・・・つらいわ・・・・」 「・・・お前、傷つきすぎんなよ」 よしよしとルフィが私の頭を撫でたので、うっかり涙がこぼれそうになった。 「お前の母ちゃんが死んじゃったの残念だったな。悲しかったんだろう?でも悲しむのはその分だけにしておけよ。 変な納得の仕方するな。よけい苦しくなるぞ」 「・・・・・・」 「お前が一番苦しい時に助けにいけなくてゴメンな」 「・・・・そんな・・・」 「お前の母ちゃんは助けてあげられなかったけど、これから何があってもお前の事を助けるから。それで勘弁してくれよ」 そんな事は当たり前よと言いたかったけど、言えなかった。 私は泣き声を殺すのに必死で、顔を覆うしかなかった。 「ごめん・・・もう大丈夫・・・」 「そっか」 どれぐらいたったのか・・・。 私はやっと泣くのを止めて、深く嘆息をついた。 まだ薄暗くてよかった。涙と鼻水ですっかりブスになっていただろうから。 ルフィは私が泣きやむまで黙って頭を撫でていたが、今は妙に真面目そうに考え込んでいた。 「今度はなに・・・?」 「いやあ、俺さ。風車のおっさんに殺されるかな」 「なんで?!」 「おっさんに言われたんだよ。ナミを泣かせたら殺しにいくって」 「え?」 ぐすっと鼻をすすり上げて、ブスな顔のままで私は笑った。 「そんな事、言われたの?」 「うん。だから途中からやべぇなーって思っていた」 「・・・馬鹿ね・・」 異様に真面目な顔で悩むので、目の前の麦藁のひさしを指ではじいた。 「しょうがない。特別に見逃してあげるわ」 「ホントか?よかった」 「貸しだからね。利子付きよ?」 「・・・なんだか、それも怖いな・・・」 眉間にシワを寄せる顔がおかしくて、ゲラゲラと笑い出したら止まらなくなってしまった。泣いた反動だろう。 私は笑い転げていた。笑いすぎて涙がこぼれて、その度に胸の奥にあったザラザラとしたしこりが溶けだしていくような気がした。 泣き終わった後にはきっと、それさえもなくなっているのだろう。 あんまり身体を揺すっていたので、そういえば膝の上で寝ているチョッパーがいい加減起きるんじゃないかと思って見下ろすと、まだ寝ている。 でも何か変だ。目を必至につむって一生懸命踏ん張っているように見える。 「チョッパー?」 「・・・・・・・」 「・・・起きてるでしょ?」 「・・・・・・・んー」 「いい加減に起きてよ。足を伸ばしたいのよ」 そこまで言うと、やっと起き上がってやたらゴシゴシと目を擦っている。 「い、今起きたよ」 「へー。そう」 「・・・」 「なんだ、いつ起きてたんだ」 「ち、違うよ。今だよ。今」 必死に言い張っているが、この子のウソはすぐばれる。 たぶん私が泣いていたので、起き出せなかったのだろう。 私が覗き込むと、慌てて顔をそらした。気づいてないふりを一生懸命しているので、それ以上は私も追求するのをやめた。 「・・・おーい」 上空から声がかかったので見上げると、はるか見張り台の上で誰かが顔を覗かせている。 ゾロだった。そういえば昨晩はアイツが見張りだった。 その影のバックにある空は、もうだいぶ青さがましてきている。いつのまにこんな時間になっているのだ。 「酒あるかーー?」 「少しなら残ってるぞー。降りてこいよー」 「おう」 スルスルとマストを降りてくる男をじっと見ていた。 首をこきこきと鳴らしながら、近づいてくる男はいつもと変わりなかったけど、思わず聞いてしまった。 「・・・ずいぶんタイミングよく声をかけてきたじゃない」 「何を言ってるのかわからねぇ」 ゾロは表情も変えずにそう言うと、ルフィからラム酒を受け取って美味そうに飲んだ。 「はぁ、うめぇ。喉が乾いてよ」 じゃあ、さっさと声をかければよかったのに。 ゾロの所まで私達の声が聞こえていたかどうかはわからない。 それでも雰囲気だけでも察してくれたのだろうか。この男はそういう時にズカズカと入ってくる男じゃないから。 まったく、どいつもこいつも。 ごめんね、ベルメールさん。私は幸せ者です。
たまらない気持ちになって、そろそろ夜が明けるんじゃない?と私は自分から話題を変える。 ああ、空の向こうはだいぶ明るいぞ。とゾロが頷く。 じゃあ夜明けを見よう!とルフィが立ち上がり、私も立ち上がろうとしてすっかり足がしびれていたから、へたれて座りこみチョッパーが慌てたように支えた。 人間の男2人は何やってるんだとか手伝ってやろうとか言って、わざと足をつついたり立ち上がらせようとしたりするから、私は止めてー!とわめいて大騒ぎをする。 徐々に明るくなっていく大気の中で、私達の騒ぐ声が甲板に響きわたる。 それが夜明けだった。 気持ちを1つ乗り越えた時の、新しい気持ちで私は朝を迎える。 それは確かに悲しみに似てはいたが。 それでも朝の光が心を照らす事を、私は受け入れる事ができる。 ベルメールさん、私はまた1つ歳を重ねました。 もう貴女の知っている小さな私は、何処にもいなくなってしまいました。 それでも私はあの朝の向こうに、どうしても旅立っていきたい。 彼らと共に。 せめてあの手作りのワンピースを着た女の子が、丘の上で眠る貴女のそばにいますように。 どうか。 END |
流石・・・溜め息がでますね。情景が目に浮かぶようです。 |