Private eyes
れーな・K様



ぎりぎりまで灯りを落とした、仄昏いキッチンで。



年上の女から誘われるのは良くあることだ。
彼の許容範囲はかなり広く下は犯罪にならない程度、
上は見てくれにはよるものの彼の倍以上の年齢でもOK。
海上レストランの副料理長の肩書きを持っていた頃は
閑を持て余した上流階級の美人マダムの相手を
多少なりともこなしたものだったし、そのへんから比べても
目の前にいる黒髪の女はかなりの上玉だった。

昼間着ていた白いシャツではなく、これも航海士からの借り物か、
やけに身体にぴったりした黒いキャミソールドレスが
薄闇の中にも彼女の白い肌を際立たせる。


奈落の闇を映したような、紫めいたボルツダイヤの黒い瞳。
艶やかな濡れた唇が、アルカイックに形を変える。


誘っている。

誘われている。

冷えた指先が、ゆっくりとネクタイの結び目を解いた。
手馴れたような仕種は、何を意味するのか。


サンジは少し掠れた声で問いかける。

「どうしてここへ?」

「追い出されたの」

「・・・・なんて野郎だ」

憮然として云い捨てると、ロビンはクスリ、と笑った。

「彼女のことは悪く云わないのね」

それについてはまだ触れられたくない。
そんな気持があったから、強く引き寄せて腕の中に納めてみる。

華奢な背に指を滑らせる。

当然のことだが抵抗のかけらもない。
むしろ女のほうから、解かれて男の首に掛かったままになっている
ネクタイをするりと床に落としてYシャツのボタンを外し始める。
すべて外し終わると、サンジの細いくせに引き締まった筋肉の手触りを
楽しむかのように、ロビンはシャツの中に手を忍ばせた。


細い指は、彼の熱を奪うかのように冷たい。


ぞくり、とする震えを悟られないように、少し強引にその頤を捉え、
開きかけた朱い唇を包み込むようなキスで塞いだ。


技巧テクニックならば、経験がものを云う。
色恋沙汰に関しては百戦錬磨の自信さえある。
・・・どうしても墜せない、オレンジ以外は。


蕩かせるようにやんわりと舌を絡めれば、
まるで別の生き物のように纏わりつき、応えてくる。


ついこの前まで敵の最高幹部だった美しい女の唇は、
やはり闇の味がした。


「・・・上手」

「それは光栄ですね」


唇を離すと、耳元に艶めいた声色で囁かれた。
ロビンの手はそのままサンジの肩に移り、
ブルーのYシャツを滑り落とした。



状況は、紛れもなくロビンの攻勢。
それもまた醍醐味。
掌で転がされるように見せかけながら、
主導権を握るのはお手のもの。

・・・だった筈だ。


サンジは薄く笑うともう一度唇を重ねる。
今度は触れ合うような軽いキスを二度三度繰り返してから
キツく舌を吸い上げ歯列をなぞりその口内を犯す。

ロビンの躰が小さく震えた。

思う存分柔らかな舌の感触を味わうと、
透きとおるような首筋に口づけを落とした。
反り返る咽喉。弓なりになる背中を強く支える。


女の吐息は甘かった。


「ここで、いいんですか?」

「今更聞くの?」

耳朶を甘噛みしつつ尋ねれば、笑いを含んだような声が返る。
それ以上の言葉を連ねるのは馬鹿のすることだ。

腕の中の女の向きをくるりと変えさせ、背後から抱きしめる。
指先でじりじりと焦らすように、鎖骨から華奢な頤までを
ゆっくりと撫で上げた。羽が触れるような軽さで。
彼女の頬に手をあてて振り返らせ、またも口づける。
ロビンを抱きかかえたまま彼女を膝の上に
乗せる形でサンジは椅子に腰を降ろした。
黒髪から見え隠れする項を舌でなぞりながら
開いた袖ぐりから手を滑り込ませて、豊かな膨らみを包み込む。
起立した先端を指先で捏ね回してやると、
ロビンは唇を噛みしめて喘ぎを抑えている。




サンジは不可思議な感覚に捕らわれていた。

彼の腕の中で、白皙を上気させ乱れ始めているのは、
死力を尽くして戦った、その敵側にいた女。
何のつもりでこうしているのか、理由などどうでもよかったが、
彼女の瞳には紛れもなく魔力が秘められているのだけは確かだった。


おそらくは昏い世界だけを映してきた闇の瞳。


心ゆくまでしっとりした素肌の感触を楽しんだあと、
片手はそのまま胸を弄びながら、
名残惜しげにいったん離したもう一方の手を
キャミソールドレスの裾から潜り込ませた。
心地よい手触りの太腿からゆるりと脚の間まで指を滑らせると
女の躰がまたビクリ、と震えた。
下着に手を掛ける。
促すようにロビンが首を捩ってまたキスを求めてくるのに答えたあとは、
下着の上からでも判る、熱を帯びた合わせ目を撫で上げた。
彼女の背がまた反り返る。

・・・この期に及んで、サンジにはまだ躊躇う気持ちがどこかにあった。

勘のいい、年上の女はそれに気づいたのか、囁き声で

「続けて・・・」

と、云った。
そして自らサンジの膝の上で屈み込み、
するすると小さな布切れを取り去ると、
彷徨っていた彼の手の上に自分の手を添えて、
彼女自身へ導いてゆく。

指先にぬるりと濡れた感触を覚える。
やわやわと中指を上下に緩く動かすだけで溢れ出してくる泉。
感じている癖に、プライドの高さ故なのか
必死に声を押し殺している様子の女の姿に
今までの躊躇の気持ちと裏腹に、少しばかりの加虐心が沸き起こる。
ぐいっと襞に指を強く差し入れて掻き回してやると
流石に抑えきれず、その朱唇から上がる甘い声。



「・・・んっ・・・ああ・・・っ!・・・」


普段落ち着いて女にしてはやや低めのロビンの声が、まるで別人のようだ。
あまりに艶めいたその声にサンジの背筋に背徳感に似た疼きが走った。


限界。


スラックスのベルトを緩める。
ロビンは彼の意図をすかさず感じ取り、一旦立ち上がると
サンジのほうに向き直り、酷く煽情的な笑みを引いた。
堪らず腕を伸ばして細い腰を抱き寄せると
ロビンの剥き出しの腕がサンジの首に回される。
女はゆっくりと男の起立した欲望の上に腰を落とした。
ゆるゆるとサンジはロビンの纏わる熱に取り込まれてゆく。


一度視線を合わせた。


深い湖の深淵アビスを覗き込むような錯覚にさえ陥る。


どちらからともなく唇を重ね舌を絡めあう。
ロビンの腰を支えながら貪るように彼女を強く揺さぶった。
下肢から、繋がる楔から、走り抜ける快感に
サンジの唇からも熱い呻きが漏れる。
黒髪が乱れ、その白い額に滲む汗で張り付く。
名前すらも呼び合わず、繰り返す律動。


狂気じみた悦楽にも脳の一点でお互いきっと冷めている。

それでも躰だけは暴走していく。

今はただこの肉体だけの繋がりなのだ、と思いながらも。




そうして。


仰け反る女の躰に激しい痙攣を感じたとき、
彼にも急速な上昇と失墜が―――訪れた。





熱が冷めれば、キッチンに流れる空気はやけに冷ややかで。
床に落とされたままのシャツを拾い、袖を通しただけで
サンジは、煙草を一本咥えた。
ライターを手に取ろうとする前に、すっと白い指が
ぽっとダークオレンジの灯に染められ差し出される。

ジジッ・・・と音がして煙草の先が紅く燈った。

ロビンを見やれば、さきほどの乱れた面持ちなど跡形もなく
その白皙は平静に戻っている。

「もう少しここにいてもいいかしら」

「貴女がよければ」

「ありがとう。・・・素敵よ、貴方」

「みんなそう云いますよ」

「慣れてるのね」

「かもしれませんね」

テーブルの前の長椅子に二人並んで座る。
紫煙が二人の間を流れてゆく。


暫しの沈黙のあと、サンジが口を開いた。

「また、こんな時間俺にくれますか」

「・・・そうね。考えておくわ」

そう云いながら、ロビンの相変わらず冷たい指が
サンジの頬に当てられる。
サンジは短くなった煙草をぎゅっと灰皿に押し付けると、
その指を上から包み込んで彼女を抱き寄せ、幾度めかの口づけを落とした。


こんな関係もいい、かもしれない。
少なくとも今は。

お互いの瞳が、お互いの姿だけを映すような日が来るのかどうかは。



――――――神のみぞ知る。








END

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