Parttime Lover

れーな・K様







人肌の温みが心地よいなんて感覚を、
いつから忘れてしまっていたのだろう。
陽のあたる世界に背を向けてから、なんて長い年月。

不思議な船。

一番年長でも、私とは十年近い開きのある、若すぎる海賊たち。
まだ警戒する仲間たちを尻目に、私をあっさりと受け入れた船長は、
「不思議」の中でも最も「不思議」な少年。

彼らが若いだけではない。
多分私の魂は、実際の年齢よりも遥かに年老いている。
私が真に求めたものは「過去」だったのだから。

最初に、敵としてではなく改めてクルーを見回したときに
すぐに理解した。この船の相関図。


なんて、若いのかしら、と思う。


不思議と云えば・・・能力者でもないのに、料理人だというのに
凄まじいまでの足技における戦闘能力を持つ「彼」だ。
どうも多分彼なりの美意識と基準があるとは思う。
でも女と見ればその口から出てくるのは徹底した賛美。
こんな男は、見たことがない。


だから。


多分、他におそらくは半ばでも真剣に想いを抱く相手もいるのだと。
でもそれが報われないものだということに、私が気づいてしまった所為か、
それだからこそなのか、私の方から水を向けてみた、あの夜。
あれから、時折彼が1人で残るキッチンに足を運ぶ。


そして今日も。


私と彼との逢瀬には、部屋の同居人は感づいている。

「あいつが見張りのときは部屋空けるわよ」

そうは云ってくれても、彼女と彼女の相手が使うベッドに
私と寝るなんてことは彼にはきっと出来ないはずだから
軽く首を横に振った。
彼女はそれ以上何も云わない。

そういう子。なんて気が楽。

気を楽に持てるのは、彼女だけではなかったけれど
唯一の同性がこんな子だったことは私は幸運なのかもしれない。



僅かにきしむドアを開けると、薄暗がりに小さな赫い灯。
細身の影が少し身動きした。
判っているくせにこう声をかける。


「いたの」
「貴女が来ると思って」
「一本いただける?」
「どうぞ。でもこれキツくない?」
「ええ。大丈夫」


キッチンの冷蔵庫にもたれて立っている彼の前に滑り寄って、
男性にしては綺麗な細い指から煙草を一本受け取った。
彼の唇に咥えられた煙草から、私の唇の先にあるそれに灯が移る。


シガレット・キス。


彼の空いた手が私の腰に回される。
滑るようにそっと優しく。
荒っぽいことなどけしてしない。
それが彼の流儀だと云う。


―――そうね、よく似合っているわ。貴方にはとても。


薄紫の、少しばかり薫りの高い煙を深く吸い込み、
言葉に出さずに瞳でだけ話し掛ける。

紫煙を燻らし、沈黙が流れる。


殆ど同時に、二人して流しの脇に置いた灰皿に、
短くなった煙草を押し付け火を消した。

思わず顔を見合わせて、クスリと笑う私に
彼は優しく・・・ほんとうに優しいキスをくれた。

同じ煙草の薫りの混じる、合わせるだけのくちづけが
私の心をざわめかせる。



この不思議な感覚に酔いしれたくて、私は彼に会いに来るのだ。


「俺、これから見張りなんですよ」
「あら、そうなの?」
「一緒に来ませんか。星も見えますよ今日は。・・・貴女さえ良ければ」
「素敵ね。星を見るのは好きよ」
「じゃあ決まりだ」


私の腰を抱いたまま、頬に軽く彼の唇が触れる。
まるで心を許しあった恋人同士のように。


遊戯。


でなければ、なんなのだろう。
十近くも年下の男。
物憂げな少し低めの声と、金髪。
細身だけれど、広い肩幅とバランスの取れた四肢。
見た目の印象よりもずっと強い腕。
惹かれているのは、確かだと自分でも解っている。


けれど。



本気になるわけがない。
私も、彼も。


この上なく甘美な、心地よい、遊戯。
それでいいのだと。







*******







外の空気はややひんやりとして、夜の匂いが漂う。
彼に手を引かれて後部甲板への階段を上る。

「あの上・・・大丈夫?」
「ええ、平気」

頷いてみせる。
彼は微笑むと先にするすると横静策シュラウドを上り、
私はそのあとに続いた。
やや不安定な見張り台の手すりに手をかけて膝で乗り越えると、
腕が伸びてきて、私の躰ごと抱え込んで中に下ろしてくれた。
そのまま離そうとしない彼に小首を傾げて瞳を覗き込む。


深海のブルーに私を求める色を見出して、つい揶揄いたくなるのは
まだ上位にいたいから。

「星を見るんじゃなかったの」
「見てますよ。俺の目の前だ」
「歯が浮きそうよ」
「もう慣れたでしょう?」
「・・・揺れるわ」
「支えててあげますよ」

離す気はないらしい。
なんだか酷く可笑しくなって、彼の腕の中でくすくす笑い出すと
彼は少しばかり腑に落ちない顔で私に問い掛ける。

「なにか可笑しいこと云った?俺」
「いいえ。何も」

急に幼げな表情に見えて、可愛い、とさえ思ってしまう。
だからその頬に手を添えて、今度は私から唇を合わせた。
すぐに反応は返り、軽く開いた隙間から侵入してくる彼の舌。


酔わされる。


そして。


おそらく彼も私の唇に酔っている。


思う存分お互いの舌技に没頭したあと、
ようやく解放されて、見つめ合う瞳には情欲の色。
求めるのは、それだけでいい。
それでも意地悪な私は、私の躰を弄り始めようとする彼の掌と指を
脇から咲かせた私の手の華で、押し留めた。

「こんなときに能力使うなんて、ずるくない?」

両手を封じられて困ったように云う彼から
ほんの少し身を離して私は云った。

「ひとつだけ、訊いてもよくて」
「何なりと」


それは酷く意地悪な質問。
今日、抱かれるかどうかは、彼の答え次第。
誘うようにその胸に手を這わせて。


「私は貴方の何なのかしら?」


戸惑うような彼の表情。
そう。一番困った質問。
解っているのだけれど。
訊かずにはいられない。


「定義付けなんて必要ないでしょう」
「そう思うの?貴方は」
「必要なら貴女はここに来ない」
「・・・合格点をあげるわ」
「光栄ですよ」



そう。これでいいの。この答えで。
だから彼は私を抱くだけの価値のある男。
柵しがらみもなければ、鬱陶しい枷もない。
さりとてSEX FRIENDというだけでもない。
理想の男。




この時間だけの、恋人。



「もう手の華は咲かせないでくれますよね?」
「ごめんなさいね。もうしないわ」

彼を束縛から解放する。
ちょっとだけ苦笑いをして、今度こそその腕で私を抱きしめた。








*******







満天の星空の下。
冷ややかな月の光の下に、裸身を晒す。
床に敷かれた彼の黒い上着の上に横たえられる。

狭い見張り台の上。

膝は自然と曲げられて、彼はその間に入り込む。
ネクタイを緩め取り、ブルーストライプのYシャツのボタンを外す。
溶け合うようなキスを繰り返せば否応無しに上がってゆく、熱。
肌を滑る掌に、漏れる吐息。
首筋から鎖骨に落ちる口づけ。
蕩けはじめた私を掻き回し、溢れさせる長い指。
肌を重ねてまだ数度目。
こんなにも馴染み、愉悦の声を上げさせる彼の手管。
耳元で囁く声は酷く官能的にさえ思えた。





ロビン&サンジ






「いい・・・よね?」
「今更・・訊くなんて可笑しいわ・・・」


切れ切れに答えれば、目元に口づけられたあとに
脚を大きく押し開かれる。


そのあと。

ふいに引き離された躰。かと思うと、ふわり、と彼の金髪が舞った。
その直後。
溢れだし滑る襞に、差し入れられる舌。




「・・・あ・・・いや・・・っ・・!・・・・ああ・・・・」




こんなことはされたことがなかった。誰にも。
仰け反る背。思わず上がる声は抑えきれずに咽喉から流れ出してゆく。

震える指で彼の髪を掴んだ。
けれどそれ以上何も出来ず、彼が満足するまで
なされるがままに唇と舌で犯されていた。

そのときの私の顔はどんなだったろう。
彼は嬲っていた私の脚の間から顔を上げて、
愛液に濡れた唇を手の甲で拭う。


「感度・・・良すぎない?」
「そんなこと・・・」


あとの言葉はもう続かない。
今度は胸に顔を埋めてきた彼が、楽しむように標的を変えてきたから。

指先で、掌で、舌で、唇で弄ばれる度に背は反り返り、
自分のものとも思えないような喘ぎは止まらない。
半分溶けかけた私の耳に、ベルトを緩める音が聞こえた。
今まで口にしたことのないような言葉を彼に投げかける。


「・・・来て」


耳元に吐息混じりの答えが返る。


「お望みどおりに」


求める質感が押し入ってくる。
それだけでもう達してしまいそうな自分が悔しい。
あとどのくらい、優位に立っていられるだろうか。
そんなことを考えていられる猶予はすぐに無くなってゆく。
快感に弾け飛びそうな意識の中で、今まで冷静に見つめていたはずの何かが、
熱く溶け出していくのを自分自身の躰で思い知らされながら
私は彼の腕にきつく抱きしめられて、絶頂を迎え。


・・・・・墜ちていった。








暫く抱き合ったまま、夜風に熱を奪われてゆく。
彼が身動きして、ようやく躰を離した。
心地よい彼の重みと温みが、自分の肌の上から消える。
それがほんの少し心残りだなんて、まだ彼には知られたくない。
彼は、仰向けに横たわって動かない私の顔の両脇に手をついた。
優しげな深海の瞳が投げかける、その眼差しの意味を考えるのは、
・・・・・・・・止めにした。

そのかわりゆるやかに彼の首に手を回して引き寄せて。
何か云いたげな唇を軽いキスで塞いだ。
ほんの数秒押し当てて離す。


「・・・どうしたの?」
「なにも。今度は本当に、星が見たいわ」
「貴女のお望みどおりだと云いましたよ」
「・・・そうかしら」
「信用してない?」
「それも、判らないわね」
「酷いな。こんなふうに貴女を抱いてても?」


それ以上答えずに身を起こして、剥ぎ取られた衣服を身に纏い始めると
背中に彼の大仰な溜め息を受けて、クスリと笑う。

「また笑ってる」
「貴方、楽しいわ」
「こんなあとでそんなこと云う?」
「素敵だって云ったのよ」
「・・・そう云うことにしておきましょうか」



そう云いながら、すっかり冷えてしまった躰を
自分で抱きしめた私の肩にジャケットを掛けてくれる男。
その上からまたまるで壊れ物を扱うように繊細さで、抱き寄せる。


認めたくないのだけれど。




このときだけの「恋人」から、何か別の存在に
関係が移り行くのは。

墜ちてしまうのは、きっと。



・・・・時間の問題に違いない。




end

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