「相思片愛」


閉ざされた空間の中で、思い出すのは過ぎ去った日々。
俺に仕え、最も近くにいたはずなのに、
最後まで一番遠くにいた女。

自分で傷つけておきながら、殺すことはできなかった。
あの怪我で、崩れ落ちる葬祭殿から逃げおおせたのだろうか?
倒しても、倒しても刃向かってきた、
あの麦藁の小僧なら、どうにかしてくれてはいないだろうか?
俺だったら・・・自分の敵を救ったりはしない。
でも、あの小僧なら、きっと生き延びて、
そして、敵である筈の女さえも、救ってくれてはいないかと。
俺の野望を砕いた男に期待する。

どうか願わくば・・・・生きていて欲しいと。





あの女を初めて見たとき、その瞳に宿る絶望的な孤独を見た。
自分と同類なのだと感じた。
その若さで、その華奢な身体で、どうやって今まで耐えてきたのだろう。
痛々しいくらいまでの美しさ。
考えるより先に、言葉が出ていた。
「俺と、手を組まねぇか?」

女は、博識で、聡明で、有能だった。
手を組むと誓った夜に女を抱いた。
無理矢理に、後ろから抱きしめた。
「どういうこと?」
「そういうことだ。」
「夜のお供もしろってことなの?」
「パートナーとは、そういうものだ。」

何もかもを諦めたような、その冷たい潔さで、
女は無言で身体を開いた。

俺は、女が全てを自分に捧げることを望み・・・
女は全てを、俺に捧げた。
唯一・・・俺が望んだその心以外の全てを・・・

女は俺の野望を叶える為に、必要なパートナーだった。
俺が、俺でありつづけるために。
何故、野望を叶えたいのかと
野望を叶えたその先の理由を確認するために。

その身体を抱き、胸に顔を埋め、物理的に繋がる時だけが、
染み付いた孤独を忘れられた。

例え離れた瞬間に、更なる孤独を感じても、
何度抱いても埋まらないその距離に、苛立つことがあっても、
いつか孤独を共有できる日がくると。
いつ裏切られる日がくるのかと、恐れつつ、
信じることをできずに、信じられることも無いままに、
そのいつかが来ることだけを、滑稽にも信じた。

・・・・あいつは、どんな想いで俺に抱かれていたのだろうか・・・・ 

体力の限界までその身体を貪った後、
疲れ果て、俺の腕の中で眠る時でさえ、
彫像のような、冷たい表情を崩さなかった女。

唯一見せたその素顔・・・
そう、あれは俺に与えられた生涯一度の神からの祝福。
それは、天使の足払い。

塵一つ落ちていない部屋で、俺は見事に転んだ。
未だに、何故転んだのかは判らないが、
その時、あいつが笑った。
プッっと声を吹き出して、
堪えきれないように、クスクスと肩を震わせて・・・
その姿は、花が零れ咲くように。
いや、例えるものが無いほどに・・・綺麗だった。

「動けないほど、痛かった?」
動けなかったのは、お前に見惚れていたからだ・・・
「ごめんなさい。あなたが転ぶなんて、思わなかったから・・・」
そう言いながらも、まだ表情に微笑みを残して、
手を差し伸べてきた。

あの時、その手を払いのけ、笑うなと言ったから。
もしもその手に我が手を重ね、俺も一緒に笑っていたら、
違う未来があったのだろうか・・・

たった一度だけ見た、あの少女のような笑顔だけが
今の俺に残った、誰にも奪われない。
奪うことのできない、最後の宝。

どうか願わくば・・・・生きていて欲しい・・・・
そして、どこかで笑っていてくれたなら、
もう思い残すことは何も無い。







こんな風に、安心しきって、女2人で枕を並べて眠る夜。
こんな夜には・・・・

「ロビン、眠れないの?」
「あなたは、思い出す時がある?」
「何を?」
「憎んで、憎んで、殺したいほど憎んだ男のことを。」
「それは、忘れられないけど・・・」
「忘れないんじゃないの。思い出すの。懐かしい気持ちで。」
「懐かしい?!」
「それって変かしら?」
「・・・変じゃないわ。時々、そんなこともある。」
「あなたも?」
「許せない気持ちに変わりはないけど。思い出すこともあるわ。」
「あのね、クロコダイルがね、転んだのよ。」
「?・・・・」
「な〜〜んにもない所でね、それは見事にvv」
「あの、ワニが?」
「そうなの。カエルみたいに、ビタ〜ンってvv」
「ワニなのに、カエルみたいに?」
「可笑しいでしょvv」
「かなり、笑えるわね。」
「あまりにも可笑しくてね、我慢できなかったわ。
悪いとは思ったんだけどね、笑っちゃったの。」
「別に、悪くないわよ。可笑しかったんでしょ。」
「そう。可笑しかったの。」
「そんなこと思い出してたの?」
「変でしょ。」

「また、ワニに会いたいと思う?」
「さぁ・・・わからないわ。でも・・・」
「でも、なぁに?」
「今は、感謝しているわ。」
「感謝??だって、憎んでたんでしょ!」
「今も憎んでるわよ。でも、感謝もしてるの。」
「どうして・・・?」
「ん〜〜・・・悔しいけど、今の私があるのは、
あの男のお陰でもあるから。」
「ロビンは大人ね。」
「あなたほど、失うものが大きくなかっただけよ。」
「感謝なんて、考えたこともなかったわ。」
「今だとね、こうやってこの船にいることも。あの男がいたからだって。
そう思えるの。」
「じゃぁ、今度会ったら、『ありがとう』とでも言う?」
「言わないわ。でも願わくば・・・・」
「願わくば?」
「最後の瞬間まで、あの男はあのままで・・・」
「あのままで?」
「横柄で、自信家で、プライド高く、孤独のままでいてほしい。
そう思うわ。」
「一生忘れられない男ね。」
「多分・・・死ぬまで憶えているわ。」

眠れぬ夜に、枕語りで話したことは、いつかは忘れてしまうだろうけど、
そうね・・・あの男のことは、忘れない。きっと憶えているわ・・・

end

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