ボードウォーク
カメイさま

襲ってきた賞金稼ぎからふんだくった現金で、今日はささやかな贅沢をする。
全員揃ってぶらつくなんて久しぶりだ。
傾きかけた太陽に照らされて、私たちの影が前に長く伸びている。
低い丘を越えた先に、素朴ながらも賑やかな村が広がっていた。

酒場の扉から、布切れ一枚を巻いた女がテーブルを拭いているのが見えた。
道端にしゃがんだ老人たちは、細長いパイプから煙を吐いて歯のない口で笑っている。
松明に火が灯され爆ぜながら薄闇を照らし、ここは今から本番を迎えようとしていた。

背後から背の低いおじさんが、すすっと近寄ってきた。
目当てはゾロとサンジくんで、しきりに連れていこうとしている。
視線の先には簡素な宿の入り口と、おいでおいでと手を振る肉付きのいいおばさんがいた。
サンジくんは苦笑して、ゾロはげんなりとおじさんを追い払う。
「さっさとどこか入っちまおうぜ、腹へった〜」とルフィが云った。
まったく同感だった。


私たちが適当に選んだのは、がらんと空いた妙な雰囲気の店だった。
店の壁のあちこちに、植物のような魚のような、得体の知れない乾物が吊られている。
カウンターの奥のお品書きは達筆すぎるし、漂う臭いも説明がつかない。
ロビンが私の肩を軽く突ついた。
指差す先の手書きの張り紙に、思わず「げっ」と声が出た。

これなら確実に分かる。
誇張された勢いのいい男の―――つまりまあそれ―――が、微妙な色彩で私たちを
歓迎していたのだ。
ここはちょっとと云いかけた私の横をルフィがあっさり通り過ぎて、
「貸し切りだぞ、早く来いよ〜!」と ど真ん中の席につく。
ひとの気配に、奥から店の主人が姿を現した。
見た目が既に決定打の、剥げ頭をてかてか光らせた太ったおじさんだった。

「いらっしゃい!あんた方若いのに大変だよ、うちの料理食べたら。ほんとにいいの〜?」

男連中はニヤニヤと肘で突つき合いながら着席した。
誰かの云った「サンジ!今夜は船に戻らなくていいぞ!」にどっと笑う。
サンジくんは失礼なと怒ったが、げらげら笑ってどっちなんだか分からない。
腕を組んだロビンが口を押さえた。
「これはもう、やる気まんまんってところかしら」
「う〜…」
入り口でこそこそ囁きあう私たちに気づき、サンジくんがテーブルから駆け寄った。
「レディにはちっとばかり辛いか。他の店にする?」
「うーん」
不穏な空気を感じた主人が慌てて「うち安いよ、料理最高よ」と背中を押した。
ロビンがはい決まり、と呟く。

「今の言葉忘れないでねご主人!もうどんどん持ってきて!」

やったあナミサイコー!とルフィがテーブルを叩く。
ひとつしか埋まっていないテーブルが、満席のざわめきにも負けない大騒ぎになった。
早速主人がトレイを運ぶ。
人数分の小さなグラスに、とろりと濁った真っ赤な液体が入っている。
私たちは仰け反った。
なんたら亀の生き血だよと爽やかに説明されたが、最早名前も素通りだ。
これがまた効くんだ〜と云う主人の夜なんてどうでもいい。
舌なめずりをしたゾロに、「怖いくらい似合うからそれやめて」と云うのが精一杯だった。

「よし、用意はいいか!」

ウソップがグラスを持って立ち上がり、声高らかにのたまった。
「オレたちのタフネスのために!」
「お〜〜!精力上等、かんぱーい!」
「かんぱ、ってやめんかばかたれ!」
危うく復唱しかけた私は仕切り直す。
「体力はいいから少しでもあんたたちの頭がよくなりますように、乾杯!
ロビン、一気にいくわよ」
「承知」
二人でかっと飲み干した。ここまできてやだ〜なんてのは海賊の名がすたる。
サンジくんが目を丸くして、それからくしゃっと笑った。
咽喉越しの悪さに歪めた顔で、私も笑った。

一品目はおかしな色の甲殻類が、素朴に姿焼きとなっていた。
生殖器を温めるそうだ。
回された取り皿にごそっとよそい、これならいけそうと踏んだ私は軽く平らげた。
が、直後にやってきた二品目の皿と、ゾロが頼んだ「おっさん、適当に酒!」で
認識の甘さを思い知らされることになる。

大皿には、ころころと小さな玉がたくさん盛られていた。
そしてお酒は、色が抜けた―――だからつまりそれ―――が三本沈む、蒸留酒だ。
料理も酒も、子供をたくさん産ませる海生哺乳類のものらしい。
フォークの先から玉がつるっと逃げるので、ムキになって追いかけた。
早くもいい塩梅のルフィが、へらへらと股間を押さえて私に云った。
「ああナミ〜そんなに突くなよぅ、痛ぇじゃねえか〜!」
野郎共があひゃひゃと膝を打つ。
はいはいそれはようござんしたと思いきり突き立てた。
うぐっと皆の体が硬直する。

おいしいおいしくない、というのは最早関係ない。
目新しさに喜ぶ野郎共の騒ぎに、私もすっかり慣れた。
蒸留酒を傍らに私はピッチをあげていく。
向かいに座るのはサンジくんだ。
誰かの下品な冗談に爆笑して暑い暑いと喘ぎ、ネクタイをゆるめてボタンを外す。
ウソップの背中をばんばん叩き鼻を指して笑い、真顔のゾロになにか云われて
むせて咳込む。
上気した頬に大きな笑い声、これは男部屋にいるような素のサンジくんに違いない。

「しかしお前ら、平気で食うなぁ。大したタマだぜ」

据わらせた目できっと睨んで、ウソップが云った。
「タマだけにこりゃ参っタマーなんちて!!」
足を踏み鳴らして笑うこいつらがとてつもなくやかましい。
「いっそ爽快だわ」と噴き出すロビンの声も、かき消される。
たくさんの乾杯と、たくさんの言葉と、たくさんの笑顔で時計の針が進む。
皆、主人が閉店を告げにくるまで、久しぶりの外食を心ゆくまで楽しんだ。



町は一層賑わい、雑多な底力を見せている。
名残惜しい気分で私たちは来た道をふらふらと戻った。
「おいナミ、盗んだのかそれ」
「違うってば、いらないって云うのに持たされたの」
「じゃあくれ」
「いやよ」
私は飲み残しの蒸留酒を胸に抱え、ゾロからかばう。
いつもならすぐサンジくんの脚が唸る場面なのに、彼がいない。
「サンジくんは?」
「後から戻るって云ってたような」
「おおっ早速効力を試しに行ったか!さすがラブコック」
はやし立てる連中の声が癇に障る。
大股でがんがん歩き、いちばんに船に乗り込んだ。

内側からの熱が引かない。
皆思い思いの場所で月を見上げて、夜風に当たっている。
私はみかんの木にもたれて、コルクに手をかけた。
あの主人、どうやら思いきり栓をしたようでとっかかりが短すぎる。
むきむきと歯を立てていたら横から奪われ、サンジくんがあっさり抜いた。

「ほどほどにしとけよナミさん」

な?と笑う。
ついでに髪をくしゃっとされた。
「…びっくりした。どこ行ってたの?」
サンジくんが辺りを見渡し、これ、と小ぶりの紙箱を出した。
「腹ん中珍味まみれだろ。口直しに何かねえかなと思って、ナミさんとロビンちゃんだけ」
「タフネスを発揮してたんじゃ」
「誰が」
苦笑を浮かべて隣に腰を下ろした。
はだけたシャツに、ネクタイがぶら下がっている。
煙草を口の端にひっかけて、「ロビンちゃんは?」と訊いた。
「シャワー。もう寝るって」
「そっか、それは残念。探すのに時間かかっちまったんだ、飲み客相手の甘味屋」
酒瓶を傾けてらっぱ飲みしながら、サンジくんの横顔を見つめた。
煙草の煙を遠くに吐いて、のんびり喋っている。
ふと「それもらっていい?」と訊かれた。

サンジくんの咽喉仏が上下に動く。
うええと舌を出すが、私が飲めば手を伸ばしてくる。
交互に傾けて月を見ていた。
やがて船尾から、風に乗ったゾロのいびきが聞こえてきた。
年少組は部屋に戻ったらしく、扉の開閉の音の後はしんとしている。

「サンジくん、お茶淹れてほしいな」
「おっ、嬉しいこと云ってくれる」

すがすがしい伸びをして、サンジくんが立ち上がった。
差し伸べた手の平にも、月の光が柔らかく降り注ぐ。
私はぶっと噴き出した。
店でのサンジくんを思い出したからだ。
下品な冗談にげらげら笑って「よ、よだれが」と口を拭っていた。

「いいところなのになんで笑うんだよ」
口をとがらせて、サンジくんは強引に手を掴んだ。
引っ張り上げられながら遠慮なく笑う。
「素のサンジくんを思い出して」
「素?」
とん、と肩を押されて、サンジくんの胸にぶつかった。
鎖骨がおでこに直接あたる。
「ちょ…っ」
掴まれた手首を離そうとして、上回る強い力でぐいっと引かれた。
微苦笑の溜息でサンジくんが云った。

「オレの素なんてあんた知ってるわけねえのに」

びりっと鼓膜が震えた。
驚いた。
初めてきく声だ。
静かにひたひたと、低音域が染み込んでくる。
「ほら、びっくりしてる。こんなの見せらんねえだろ、さすがにさ」
状況を判断している間に、腕を突っ張る隙間もなくなった。
背中が反ってきて、自然と顎が持ち上がる。

「き、気のいいお兄さんだとばかり思ってんだけど」
「んな奴いねえよ、どこにも」

呆れた声が、耳のすぐ近くで聞こえた。
この距離は冗談で済まない距離だ。
ばたつかせた足が空になった酒瓶を蹴飛ばした。
サンジくんの囁きは甘い。
なのにごりごりと手首の骨を締め付けてくる。
「本気で抵抗してよ、でないとやばい」
耳たぶを噛まれた。
ぞぞぞっと全身鳥肌になる。
「してるわよ!あんたが止めりゃいいだけの話でしょうが!」
「だってできねえもん」
「モンじゃない!おかしな真似したらきらいになるからね!」

中途半端な位置で腕が固まった。
押しても引いてもびくともしない。

「あ、あの…」
黙り込んだサンジくんに不穏な気配を感じる。
たっぷり一呼吸置いて、サンジくんが云った。

「そう思えなくすればいい。違う?」
「―――ッ!」
「ご丁寧にあんな飯食った日ときたもんだ…」

一瞬で腰を抱かれ、後頭部に手が回る。
迫るサンジくんの顔に向かって、思いきり背伸びして頭をぶつけた。
ぐわっと仰け反り尻餅をついたサンジくんに向かって、仁王立ちになって云った。


「あんた酔ってるでしょ!!」


鼻を押さえた手の上に、焦点のぼやけた目があった。
もみ合っている時に酒臭さは感じていたが、自分も飲んでいたので気づかなかった。
サンジくんは声をこもらせて、「今醒めた…」と云ったがもう遅い。

「醒めたなら、自分が何したか分かるわね?」
「い、いや、酔っ払いのお茶目と流していただければそれで」
「お茶目!痣つくほど握っといて、お茶目!!」

素手にしといてやろうと思っていたが、その一言で気が変わった。
仕込んだ武器を素早く組み立てる。
サンジくんは私の手元を食い入るように見つめて云った。
「ご、ごめ…でも敵はいないぜナミさん」
「さっきまではね」
足を肩幅に広げた私の下で、サンジくんがえっと目を見開いた。
素の顔だった。
「さっきまではよかったの?」
熱くなった頬を隠すように、私は思いきり腰を捻って叫んだ。

「あー手が痛いなあっと!」
「ちょ、ちょっとまっ…!!!!」

我ながら完璧な姿勢でサンジくんをなぎ払った。
「え?あれ?」という丸い目が船尾に向かって遠くなる。
後甲板から船全体へ衝撃が伝わり、押し潰されたうめき声が聞こえた。
地を這う唸り声は獣が威嚇しているようで、これはサンジくんではない。

ゾロが緩衝材になったのね。

サンジくんが「てめぇのせいだ!」といちゃもんをつけている。
当然ゾロの刀がキィンと応え、夜中の乱闘が始まった。
私はあくびをひとつ漏らして、みかん畑を後にする。
騒ぎは収まる様子もなく、船は大波を受けたように揺れている。
部屋に戻った私に、目をこすったロビンが「何事?」と尋ねた。
小さな紙箱をかかげ、笑顔で応える。

「何でもない。デザートあるのよロビン、食べない?」

開けた紙箱の中には、小ぶりのタルトが入っていた。
上にのった真っ赤な木の実が、甘酸っぱい匂いを漂わせている。
ふいに、収まりかかっていた動悸が少し復活した。
部屋が薄暗くてよかった。

「ね、教訓きいて」
「なにかしら」
「あのね、気のいいお兄さんと海生哺乳類には気をつけましょう」

ロビンがフォークを咥えたまま、首を傾けた。
私は一人で頷いて、ケーキには罪はないとちびちび食べた。

end


「いっそ爽快ね」
作中のロビンの言葉をお借りしてお礼の言葉とさせていただきます。
ク・・・・・・・・・たまんねぇ、色々あるけど色男。
昨日の御茶場でカメイさんから戴きました、このサンナミ
って言うか私はカメサンナミの大の愛好者でして
此方のサンジはうちには絶対にいない類のかっこよさ!
愛の内容の差だなぁと思います・・(笑)
モニターの前で「く!堪ンねぇサンジ!畜生!」とか一人ツッコミまくりですよ
いやーカメカメ、どうかこれからもひとつよろしく
合いの手打ってお出迎えさせていただきますよ。
どうもありがとうございます!!

inserted by FC2 system