小鳥とKISSに・・・
森アキラ様



「食べられない物、ありますか?」

キッチンに呼ばれ、薦めらた椅子に腰掛けた後に、 不意にそう尋ねられた。
その唐突な質問にニコ・ロビンは首をかしげた。

「どういう意味かしら?苦手なものとは違うの?」
ロビンは、どうやらコーヒーを煎れてくれているらしい金髪の男に、思わず質問を返した。
「体質的に受けつかない物の事ですよ。コックなんでこれだけは確認しておかないと」
「ああ・・・そういうこと」

ロビンは納得がいったという風に呟いて、「ないわ」と返事をした。
それから、連想的に浮かんだ疑問を続けた。
「嫌いな物とか苦手な物は訊かないの?」
「あれば参考にはしますよ、けれどだからといって食事に出さないわけじゃないですけど」
「あら?そうなの?」
「ええ、絶対に美味しく食べれるように料理しますから」

自信たっぷりにそういうと、男は「どうぞ」とコーヒーカップをロビンの目の前に置いた。
よく見れば、テーブルはキチンとセッテングされている。
多分あれば花でも飾ってあったに違いない。
さすがに、いかな元BW副社長でも、男から此れほど甲斐甲斐しくもてなされた事はない。

「チェリーソースはお好きですか?」
「ええ、大丈夫、あまり食べたことないけど」
「どうぞ、自慢の一品です」

差し出された白い皿には、焼きたてのワッフルにクリームチーズ。
そしてそこに、たっぷりのチェリーソースが目にも鮮やかにかけられていた。
ロビンはコーヒーの後に一口小さく切って、そのソースをつけたワッフルを口に運んだ。

「あら、素敵」
ついでた言葉に、ロビン自身が驚いた。
男はその言葉に満足そうに微笑むと、手際よく次のコーヒーを煎れる準備をはじめた。

「いつも、そうやって1杯づつ煎れるの?」
「朝はドリップで沢山つくるんですけどね。出来れば煎れたてを飲んで欲しいから、
時間が取れるときはこのサイフォンで煎れるんですよ」

男はそういいながら、新しいコーヒーの粉を準備して、アルコールランプの火を強めた。

ポコリっとサイフォンの中の水が沸き立ち、熱湯へと変化し始める。

ポコ、ポコ・・・

その音は気分を和ませる効果があるようだ。
多分、今自分は微笑んでいるのだろう。
和まされているのだ。
この男に。

最初から、妙に慣れなれしくて、無条件で自分を賛辞し続ける「軟派」な男。
細身で、少し猫背、職業がコックだという優男なのに、「Mr,2」に勝ったという。

面白い。
素直に興味が湧く。
でもそれも嫌じゃない。

「面白いわね、見ていると」
「そうですか?サイフォン、珍しいですか?」
「あなたのことよ。こんなに丁寧に御持て成しを受けたことないから・・・楽しいわ」
「それは良かった。美しい方にそう言われるのは光栄だな」

軽口を叩きながらも、男はサイフォンの中に浮かび上がったコーヒーの粉をタイミングよく攪拌し、
懐中時計で時間を確認してから、ランプの火を弱めた。
熱湯は濃く深い色と薫り高い匂いを放つ液体となって、球体のガラスの中に戻っていった。

コーヒーを煎れる、その行為が水をこんなにも美しい変化をさせる事だと初めて気づいた。

「あなた、今まで恋人を一人に決めたことないでしょ?」
「え?」

ロビンの言葉に男は驚いて、今まで優雅ともいえるほど見事に動いていた一連の動作をとめた。

「この子一人、って決めた恋人いなかったんじゃない?」
「そ、そんなことないですよ。恋する時は何時もただ一人の女性に、この気持ちを捧げています。
心外だな、そんなに不実にみえますかね、俺?」

問い直された言葉に、少しドモリながらも男はどうにか言葉を綴った。
ロビンは「そうかしら」と言いながら、上目遣いにわざとらしく疑いの眼差しを男に向けた。

「参ったな・・・。信じてくださいよ、今はあなただけしか目に入ってません」
「そうでしょうね、ここには私しかいないし」
「あ、いやそういう意味じゃなくてですね」

男は、言い訳をしようと思わず身を乗り出し、運悪くチェリーソースの入った器を指に引っ掛けた。

「うわっ!」

ソースが、男の指を赤く染め、飛び散った鮮やかなソースは、
白いテーブルクロスとロビンのシャツ、そして頬にチェリーの色を映した。

「す、すいません!」

慌てて布巾を取りに行こうとする男をロビンがテーブルに咲かせた腕で引き止めた。
腕は、男をロビンに引き寄せた。

「大丈夫よ、拭いてしまっては美味しいソースが惜しいわ」

ロビンはそう言いながら、男の指に付いている色を舐め取った。
男は惚けた表情でロビンを見たが、それはつかの間で次の瞬間にはロビンの漆黒の髪に唇を寄せていた。
それから遠慮なく、まだ自分の指を咥えているロビンの頬の朱色を舌で拭い、そのまま指を抜き取って唇を重ねた。


「やっぱり、嘘吐きね」
唇に残っていた全ての色を拭い去り、ゆっくりと男との距離をとるとロビンは苦笑しながらそう言った。

「何か、気に障りましたか?」

「こんな優しいキスじゃ、女は本気にしないわよ。自分だけだなんてね」

「なるほど・・・一つ勉強しました」
男は2杯目のコーヒーをサーブしながら、ロビンにいった。

「何を?」
「小鳥(ロビン)とキスに嘘はつけないって事をですよ」

その様子があんまりがっかりしていて、大げさなため息混じりに男がそういうので、
ロビンはクスクスと囀るように笑った。


一日にこんなに楽しいことが沢山起きるのは初めてかもしれないと思いながら。
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