「まるで昨日のことのよう」


「どがぁした、それ」

珍しく陸奥が笑った。
自分に笑いかけることなど殆ど無い副官が、半ば噴出すように笑ったのには理由がある。

煩いのぉ、と坂本は頭を掻いた。

坂本のトレードマークと言えば鳥の巣のような頭であるが、様子が少々変わっている。
癖っ毛はそのままだが今は随分と規模を縮小していた。
こざっぱりしていると言えば聞こえはいいのだが、どうにも本人は落ち着かない。
普段は出てない耳が出てるし、いつも以上に頭が軽い。

「鳥にでもつつかれたがか」

陸奥は持っていた書類を坂本の前に出しながら、散髪帰りと思しき上司を見た。
厭味か、辰馬は頭を触った。

どうにも気になるんだろう。

辰馬の髪は癖毛であるから普段こそくるんとカールしているが濡らすと長い。
けれども今はその長さの分重みも無くなっているから、落ち着かないのだろう。
しきりに髪の毛の長さを指で玩んでいる。
こうやって見ると意外と顔が小さい。
本人はどうにも失敗したと思っているようでこっちを見ようともしない。

「随分こざっぱりしたがやないか」

変化の生じた髪型も見慣れぬと言う点で笑ってしまったのだが、別段おかしなものではない。
だが、失敗したなと内心思っていることが、手に取る様に分かる坂本の態度に込み上げる可笑しさ。
坂本は溜息を吐いた。

髪なぞ放っておけば伸びるからそんなに気にすることもあるまいに。
どうにも妙なところで打たれ弱くて困る。

仕様が無いのと陸奥は懐に手を入れ、先ほど部署で回ってきた江戸土産の饅頭を辰馬の机に置いた。
後で食べようと思ったのだがまァいい。

好物のはずのそれを目にしても更なる溜息。
溜息ついでに気分もロー。

手に負えぬと陸奥は匙を投げて、
そのうち見慣れれば治るだろうと、目ェ通しやと分厚い書類を指差して踵を返す。
背中に吐かれた溜息。

ちらと陸奥は振り返る。
辰馬はまだ髪を指先で玩んでいる。


「辰」


あぁん、と気の無い返事。
せめてこっちの目を見て返事をせんか。


「ちくと男前になったがやないか」



辰馬が顔を上げた。
陸奥は笑ってやった。

マジでかと辰馬は言う。
嘘ともホントとも言わなかった。
ただ笑っただけだった。


陸奥はドアを閉めてさっきの辰馬の顔を思い出す。

そうだ、どこかで見たことがあると思ったのだ。
出会った頃の辰馬のようだ。
だからなんだか懐かしい気がした。


すこしだけ幼くみえた。
私達が出会った頃のように。
まるで昨日のことのように思い出す。

これからどうぞよろしゅうと手を差し伸べた、
今より少し幼くて、まるで変らぬあの人懐っこい男の顔を。


end


WRITE / 2008.11.21
WJ41号ショックで何か記念をと言う、まるで
「観光地を訪れたけどめぼしい土産がないから、あぁもうこれでいいやぁ!」
と適当な土産を買ってしまうような気持ちで書きました

アレ、髪切った?
公式カラーが発表荒れた記念すべき号でしたよ

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