だって
なんにも、いわないから


だって
なんにも、きかないから










ウ  ラ  ハ  ラ





「何をしゆうが」

坂本の家に居候して早二月。
仕事が休みの日は出来るだけ家の仕事をさせてもらうように心がけている。
昼を挟んで朝からの掃除も終わり、最後に庭を掃き清めたあとのお楽しみ中である。

庭の縁側に座った陸奥を見つけて声を掛けたのは、
今は悠々自適の隠居生活をしている辰馬の父であった。

「ご隠居さん」

芋を焼いておるがです、陸奥は焚火を示した。
おなごは好きやきのうと笑いながら、すっかりきれいになった庭を眺めた。
ふいと陸奥は立ち上がり焚火の中を棒切れでつつき、黒い塊を外に弾き出した。

「ご隠居さんもおひとついかがなが」

灰をきれいに落とし、新聞紙に包んで差し出す。
それじゃご相伴に預かろうかのうと、
あちあちと言いながら今まで火の中に居た芋を半分に割る。
蒸気がふわりと出て黄金色の中身が目に眩しい。
甘そうじゃと言いながら一口食べた。
大げさなほどに旨い旨いという。

血筋だなとよく似た親子の仕草を微笑ましく思った。

「ご隠居、お客様ぜよ。碁を打つんじゃぁないなが」

不意に手伝いの婆さんが表から声を投げた。
その後ろには近所に住む碁仲間の翁が居た。
ご隠居は泡を食い、忘れておったといいながら芋を食い食い立ち上がる。

「ほいたら陸奥。ご馳走様やった」

失念の来客にすまんすまんと手を上げて奥の部屋へ消えた。







庭には相変わらず陸奥一人である。

坂本の家の庭には楓に紅葉、楢木、と落葉樹が多いせいで落ち葉は掃いても掃いても限が無い。
こうしている間にも時折吹く風にはらはらと落ちる具合である。
陸奥はとなりに置いていた本を取り上げ、読書に没頭し始めた。

休みの日とてどこかへ遊びに行くわけではない。
家で大人しく読書でもしている方がいい。

居候と言う身なれど、坂本の家の人々があれやこれや言うわけではない。
しかしそれでも自分の家ではない。

だらだらと過ごせる様な性分でもなく、
休みの日はいつもより早く起きて掃除やらを忙しくしてしまう。
乙女は何も言わない。いっても無駄だと知っているのである。
だが、唯一の休憩として陸奥が自分に許しているのは、
火の番という名目で悠々と読書をする時間である。

これが掃除のあとのお楽しみ、である。


今読んでいるのは株価取引に関する本である。
将来必要になるかも知れんと思い最近読み始めた。
そう思い始めたのはあのほら吹きの所為だが、そういえば今日は姿を見ていない。
と言うより昨日の夜から姿が見えなかったが、どこへ行ったのやら。




「何をしゆうがかよ」




不意に後ろから影が刺し、振り返る間に隣に座られた。


辰馬である。
朝帰り、いや昼帰り。
白粉の匂いがした。

どこの女に入れ込んでいるのかは知らないが、時折白粉の匂いをさせて帰ってくる。
こういうときの辰馬は余り好きではない。
傍目には何も変わらないが、露骨に男の顔をしているようで、
どうしていいか判らぬときがある。

風呂に入ってその匂いを落として来いなどとは口が裂けてもいえぬ。
成人の男子が何をしようとも、少なくとも私が口を出す筋合いではない。


だからあえて無視する。



「芋を焼きゆう」

それだけ云った。
ほうと云いそのまま胡坐を掻いて座った。
居座るつもりらしい。

ちらと辰馬の着物を見た。見慣れぬ色である。
まだ仕付け糸の跡がありそうなおろしたての袖が硬そうだ。

「いい色じゃな」

これかと、肘をちょっと上げて見せた。
海松茶のウールである。朝晩と言わず冷える季節には暖かいだろう。
それにいつもの赤い襟巻きを巻いている。
無論足元はいつも裸足の下駄履きであった。


「姉上様が祝いにと誂えてくれたきに」


姉の乙女は今日は出かけている。
付き合いのある商家の結婚式らしく、昼には屋敷を出た。
式は明日であるが遠方なので前泊するらしい。

「そうか、誕生日やったの」

そういえば去年そんなことを本人の口から聞いたことがあった。
と言うより触れ回っていたと言うのが正解か。
今年は今年でもう三月も前から吹き込まれたのでさすがに覚えている。

「陸奥は何かワシにゃくれんなが」
「おんしにやるようなものは、無い」

こう来たらこう返そうと決めていた。だから即座に返事が出来た。
と言うより、もうこれは予定調和ではないかとさえ最近思いはじめた。
答えが判っているのに聞くという愚かさ。
その馬鹿馬鹿しいやり取りなのに、どういうわけか陸奥は嫌いではない。

「物じゃのうてもえいがぜよ。行動で示してくれればのう」

行動とは何なが、辰馬の人との距離は近くすぐそこに顔があった。
心もち逃げるように肩を縮めたが辰馬はそんな事には頓着せずにこにこと愛嬌のある笑顔で陸奥を見ている。
何をしろというのかと問えばにやにやと笑った。

「じゃぁ きっす でもいいぜよ」

あきれる。
頬に指を当て、ここ、此処と示す。
”じゃぁ”の意味が解らぬと思わず眉を顰めた。

「そういうことはおんしが追いかけちゅう尻の主にでもして貰うたらえいろう」

吐き棄てる様に言えば、あっはっはといつものように笑いながら、つれんのお、おんしと言った。

何を釣るのか知らないが酷く迷惑な話である。
耳元できっすきっすと言い張るので面倒くささと、
辰馬の空気の読めないその居た堪れなさの為に陸奥は立ち上がり焚き火へ近寄った。
徐に火鋏を取り、焚き火の中をつつく。
ごろりと出てきたのは随分大きな黒い塊である。

「ほいたらこれをやる」

火鋏みで灰を落とすようにしてやり、さっきと同じように新聞紙で包んで辰馬の目の前に置いた。


「芋?」


焼き芋である。
ぽかんとする辰馬を尻目に陸奥は庭に散る落ち葉をまた掃き始めた。
掃いても掃いても限がないが、此の季節しか味わえぬ煩わしさだと思うことにする。

「嫌いなが」

口が開いたままの辰馬に尋ねれば、いや、好きやかと答えた。
じゃぁ食えと促す。

辰馬は一瞬それを一瞥したあと、あちちと云いながら皮を剥こうとしたが不可能であった。
何しろ先ほどまで火の中に居たのである。
古新聞の中に居るその芋を見ながらうぅんと唸った。

「誕生日のプレゼントが芋一つ、かえ」

陸奥はしれと、文句があるなら返しやとそのまま箒を動かした。
辰馬は明らかに不満、という具合に恨めしそうに陸奥を見た。
がしかし、生来の楽天家はいやいやと首を振る。

「しかしこりゃあー進歩とゆうものにかぁーらん」

陸奥はそう云った辰馬を振り返った。
どういうことながと問えばにこりと笑ってこう云った。

「去年は覚えてすら貰えやあせんやったきに」

どうだというように笑ったが陸奥はつられて笑いはしなかった。
ただ、めでたい男じゃと口の中で唱えただけである。
辰馬は新聞紙の上で鎮座する芋を転がして冷ますが、触れることも出来ぬほど熱い。
陸奥を見れば相変わらず箒を動かしている。

「おんしは食わんなが」

尋ねると、あーと妙に云い辛そうに首を傾げた。

「ご隠居さんに取られてしもうたがやき」


辰馬はおやと思う。
どういうわけか普段笑わぬ陸奥が微かに笑う。

「坂本の男衆はおねだりが上手ながで、つい気前よお差し上げてしまっちゅう」

辰馬は勢いよく膝を立て身を乗り出した。

「じゃぁワシにきっすを

小気味のいい音がして、辰馬はぎゃぁと声を上げた。



「やかましい」

一本。

辰馬が陸奥の間合いに入ると同時に、彼女の持っていた竹箒の柄が辰馬の面を取る。
陸奥は鷺のような所作で蹲る辰馬の隣を通り過ぎ、沓脱石に下駄を脱いで縁に上がる。
茶を淹れてくるきにと、頭を抱えて蹲る辰馬を尻目に台所の方へと消えた。





やれやれ、乱暴なのは直らんぜよと辰馬は頭を撫でた。
しかし、と今しがた見せた陸奥の表情をふと反芻した。


陸奥は時折酷くしとやかに笑う。
微笑む程度だ。
ただそれが普段見慣れぬ所為なのか、酷く新鮮でいじらしく思える。

「芋は焼いてもやきもちは焼いてくれんか」

わざわざ白粉の匂いまでさせて帰ってきたというのに。
他人の気持ちがわからん朴念仁はどちらだろう。

きっと互いにお前だというに違いない。

此の芋がプレゼントだと言うのもどうかと思う。
もっと娘らしい気遣いは無いのか、と思かけたがいやと自分でその考えを打ち消した。


 そんなもの陸奥には必要ない。


つい先日、一緒に宙へ行くと首を縦に振ってくれた。
あんな決断、そんじょそこいらの小娘、いや男にだって軽々とは出来ない。
そうだ、陸奥は娘らしい気遣いなどできずとも良い。
それより、なにより、自分の左側へ立ち。
これより討ち来る困難を撃ち落としてもらえれば。


「何をにやにやしちゅう」


丁度陸奥が手に盆を持って背後に立った。
その顔はいつもの仏頂面であった。
冷たく表情らしいものすらない冷静な顔。

「なぁんも」

おかしな奴じゃのと陸奥はその隣に腰掛け、急須からお茶を注ぎ辰馬と自分の分を淹れた。
熱いお茶をゆっくりと飲む陸奥を見て辰馬は漸く冷めかけた芋を半分に折る。

「じゃぁ、ほれ」

赤みを帯びた黄金色の金時芋が湯気を立てて目の前に差し出される。
半分こ、と辰馬は陸奥の手にそれを握らせた。

「あ、りがとう」

辰馬は庭に向き直りそれを一口齧る。
甘い甘いと笑った。
陸奥は大げさなと言っただけである。









「秋深し、か」

はらはらと落ち葉が風と共に散る。
赤や黄色の葉がまた庭を埋める。

「紅葉狩りでも行きゆうか」

陸奥はいや、と首を振る。

「それならあしは温泉がいいやか」

年寄りのようなことを、と辰馬が言えば、
おんしの相手に疲れ果てとるんじゃと陸奥が遣り返す。

「温泉か、混浴なら行きたいやか」
「ばあさんばかりぜよ」
「え、美人OLぶらり旅らぁでハプニングが起こったりはしやーせんなが」

「せんせん」




やきもちなぞ焼かなくても、隣に居る。

「まぁ、初めはこのくらいが丁度いいのかもしれんの」

不意に辰馬が言う。
陸奥は首を傾げた。



「何を云うちゅうなが」

「なあんも」




end


WRITE/ 2007.11.15

辰馬誕のためにと一日で書き下ろし
因みに俺様設定上等で当サイトの「永訣の朝」の番外編っぽい感じで。
拍手のお礼でした。
アップする前に改題と少々の手直し。

この二人はある意味、木曽義仲と巴御前というか…
なんとなくそんな感じ
程ほどに昔から知ってて、自分が何になれるかどうかも解らない頃から、
どういうわけか一緒にいた。そんな感じで。
幼馴染でもいいんだけど、辰馬の昔を知らないというのになんとなくぐっとくるぜよ(?)

あと芋を焼いているのは、他所のイラストサイトさんで見た
近藤さんたちが芋を焼いてるイラストを見てインスパイアされて…。
暢気さの象徴ですよ。

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