露のなさけを ただ身にうけて










  眠 れ る 虎








蜂蜜色の長い髪がシーツの上にたゆたう。

左手を滑らせるように、髪の毛とシーツの隙間に潜り込ませる。
手の甲に当たる蜂蜜色の髪の毛が縺れるように指の股を擽る。

眠っているのか、それともふりなのか。

どちらでもいい。


うつ伏せて目を閉じるうなじは酷く無防備。
そこに掛かる髪の毛、渦を幾重にも巻くそれを右手で払いのけ、くちびるをつけた。

温かく、微かに湿った肌。
甘く鼻をくすぐる香りは香水などではない。

振る舞いは男のようだが、身体から滲む香りは違う。


頭は眩む。


たったそれだけ。くちびるを項につけただけ。
たったそれだけ。鼻先をその髪の毛に潜り込ませただけ。

だが思春期の少年のように心は逸り、
理性的な思考は紙の様な軽さで何処かへ吹き飛んだ。

後ろから覆いかぶさるように、うつ伏せた身体とシーツの間に右手を入れる。
同時に左手で頭を抱くようにして耳朶を噛む。




黙ったまま、為されるがまま。





寝間着の衿の合わせ目から覗く鎖骨。
微かな胸のふくらみ。
前で結んだ帯を解く。
絹の帯は微かな衣擦れがしてすぐに解けた。

そのまま右手を身体と寝間着の間に忍ばせる。
すぐに温かく、微かに湿った肌に触れた。
肋骨を覆う、女の柔らかい肌。
薄い皮下脂肪。

男には無い、継ぎ目の無い滑らかさ。

くちびるで探す。
女の声を。

どうしたら啼くのか教えて欲しい。



寝息は静かだ。
声も上げない。



肋骨を這い上がる右手。
胴と胸との境。
頂点のスウィッチ、自分の堅い指先がそれを押す。
灯りをつけるように。

 オン。

呼吸が微かに乱れる。
喉の奥がひゅうという。


「起きちゅうんろう」


女はまだ黙っている。
狡い。

自分はただ流されただけだというつもりだ。
求めているのはお前だけだと、責めるつもりで。

「のう」

右膝で膝裏からゆっくりと脚と脚の付け根を刺激する。
裾を捲りあげて、じかに触れるにはまだ早い。


蒲団の中に隠れている、肌を妄想する。
温かく微かな湿り気、吸い付く肌を、その色を。
青白い肌色、二つだけ色の変わる場所。
環を描く様に一度、二度。

三度目で息が漏れる。
声ではない。


右手を滑らせる。
肌を覆うモスリンの寝間着、そこから肩を出す。
拒否はない。
ただ冷えた空気に触れた鎖骨が微かに震えただけ。
くちびるで触れる。




「起きては呉れんがか」







 貴方は眠りの縁に座っている。








「のう」




焦がれ、欲しがり、掻き毟る。
それはお前だけだというつもりなら。




「起きとうせ」





それなら、そういうのなら。





「でないと」






end


WRITE / 2007 .11.21
短い話、短い話となるとどうしてもこっち方向へ話が進むんですけど、
抑圧されている所為ですか。
どんな抑圧だろう。
しかしこれはなんだか夢小説のようですね。
欲をひた隠しにするのはストイックで美しいけど、
なりふり構わぬ人も同じように美しいような気がします。

何が「眠れる虎」なのかは読み手にお任せで。



因みに冒頭のんは都都逸の一説です。

「露のなさけを ただ身にうけて 恋の闇路を とぶ蛍」

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