嘘じゃない


見破らなければ 真であると






嘯いた









引 力 と 重 量









痛ァ、と云った。
さっきしたたか座卓に頭をぶつけたに違いない。
人を庇う暇はあっても自分の軽い頭を庇う暇はなかったらしい。
いたたと云いながら、そこを摩る事もせずただそう云った。



「どうしよう」

そう云った。
確かに云った。



「どうしようて、おんし」

天井に吊るされている灯りの傘がさっきの振動でゆっくりとゆれている。
橙色の灯りがふらりふらりと部屋に置かれた家具の影を悪戯に揺らす。
視界が一瞬で九十度回転したあと、見慣れぬ景色が視界に映る。
天井と自分との間に辰馬の顔がある。



「押し倒しておいてその台詞か」



両手は辰馬の片手で拘束されている。
脚の間には辰馬の片膝が着いている。
背中は畳に直に着いている。
顔と顔とが近い。


此の状況下、怯えるなというほうがおかしい。
だが、どういうわけか恐くなかった。


相手が相手だからだろうか。
こういう場合、怯えた素振でも見せればいいのだろうか。
普通の女なら、怯えるだろうか。
では怖ろしくない自分は普通ではないのか。

では普通とは何だ。
自分は怖ろしくないものを畏れる真似などできぬ。
だからいつも辰馬を見るように見た。


どうしたらえいかわからん、辰馬は言った。


拘束しておいてよくその口からその台詞が出るものだ。
女遊びで散々面倒ごとを起こしているくせに。

じゃぁ放せと言ったが、それじゃぁおんしゃぁは逃げがやないかとのたもうた。当たり前だ。
こんな体勢、胸糞悪い。

辰馬が自分の膝を割る、という事は辰馬の最大の弱点を自分の膝は蹴り上げることが出来る。
しかしそれは上手くしたもので足首を自分の脛で抑えると器用さ。

だからどうしたって身動き一つ取れぬ。

自由が効くのは目と口くらいである。
慣れちゅうの、おんし、そういってやったが辰馬はそれに答えなかった。


答えろと睨みつけた。


視線だけの押し問答。
暫く押し黙った後、漏れるような弱気な声。


「押し倒したはいいが嫌われとうもないでも欲しい、ゆうジレンマぜよ」


拘束を解く素振もない。
身を捩っても無駄であるからそんな事はしない。
多分私は噛み付きそうな獅子の貌をしている。
隙あらば自由な此の口でその喉笛を喰い千切ってやろうと思っている。

冗談ではない。

力で押し通そうとするその態度は男の身勝手そのものだが、しかし。
弱り果てた声は随分と女々しい。
灯りに透ける辰馬のレンズ越しの目はどういわけか怯えた犬のようだ。

いかん、これは。
思わず口の中で舌打ちした。

こういう目にゃぁ、滅法弱い。
そいつをまともに見た所為で、どうにも強く出れぬ自分が出た。



「身勝手な」

「身勝手は承知じゃ」



自分は辰馬に弱い。

普段はなにか頼むといわれれても厭だと言える。
自分の仕事を全うしろと尻を叩ける。

しかし。

此の目には弱い。
断られるのが判っていながらそれでもと願う目。
事の大小は違えど、此の目で頼まれた事に嫌と言えた験しが無い。



「そんなにか」



心底願う真摯なその目に、私が敵うわけがないのだ。



「そんなに、あしが欲しいがか」


うん、という。
餓鬼じゃあるまいし、もっと上手く言葉を選べばいいものを。
かすかな期待、膨張する不安、それから表裏一体の欲望がめくられる。


それじゃぁもう一つ、信じていいのか。
これはアレだ、絶対。
何とかの弱みという奴だ。
その弱み附け込まれている、確かに思う。

だが。




世界には重力がある。
地に足を着けていられるための力。
だからまっすぐ歩けるし、身体が浮かび上がらない。

海には潮の満ち干きがある。
月の引力が引き起こす。


じゃぁ、私は何だ。
気まぐれな満ち欠けに翻弄される、浪とでも。


今日は、月の力が強すぎる。



重力と引力の逆転。

地から足が浮き、姿勢を保っていられない。









視線を逸らした。





いかれているのだ。
私は。


もともと。


初めから。





この世紀の大法螺吹きと、
此の宙にに来ると決めたときから。







「あしは」




辰馬の視線が痛い。
首を射る。

死に恥だ。
こんな事を、まさか自分が言うとは。


「経験がないきに」



どんな辱めよりも、名誉を汚す。




「やさしゅうしてくれんと困るぜよ」



辰馬の息が微かに笑う。

両手の拘束が緩んだ。

代わりに、左手には右手を。
右手には左手を、それぞれ重ねた。
指が絡まる。
さっきよりも強い力で、掴まえられている気さえした。



「やさしゅうできるかの」


左手をゆっくりと持ち上げられた。
人差し指が、辰馬の口唇の粘膜に触れる。
生温かい、人間の熱。

恐る恐る見上げたその貌に、
乾いた口唇を舐めた、赤い舌を見た。











嗚呼。






騙された。


























「ぶっこわしそうじゃ」










end


WRITE / 2007 .11.20

世間様には黒い坂本が居ると聞き、散々探し回って
「ほほ〜お!」といたく世の女子達の妄想力に感服した次第。
いや!寧ろ!いいよ!萌える!みたいな感じで自分でも書きたくて、書いた。
もっとねちねち書けばよかった。

書きたかったのは最後の台詞。

題して「こんな初めてはどうだろうシリーズ」です。
あともう5〜6個ストックがあるんですがね(笑)
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