嘘 を つ く よ

僕 を 責 め て






共 犯 者







世界が横転している。


それは自分の目線が床と同線上にある所為だとぼんやりとした頭で理解した。
蒲団の上に横たわり、まばたきすら面倒だと思える倦怠感。
昂揚したあとに必ず来る此のけだるさは、最近ようやく好きになれた。

心を明け渡し、身体を開き、予知すら出来ぬ声を上げさせられて。
手で、くちびるで、つま先まで舐られ。
揺さぶられ、名を呼ばれて、呼び返すことしか出来ず。
端無く脚を開いているのに、それを可愛らしいと云われる。

恥ずかしさとみっともなさと浅ましさ。
同時にふるえが来るような激情の波。

自己嫌悪と悦び。
相対する感情を翻弄しながら、最期には理解などもうどうでもいいと目を瞑る。





世界は横転している。





積載の限度を見誤り、荷崩れを起こした。
背負う何もかもを放り出したあとの、静けさと清清しさ。

横たわるのは職務を全うしなければならぬ副官でなく、
胴と頭、腕と脚が二本づつある、ただの肉体。
すべてを剥ぎ取られ、ひたすらな呼吸をしている。

ただの私。


薄暗い部屋の中、唯一の光源を見つめた。



それを覆うように大きな裸の背が自分のすぐ目の前にある。
背にはうっすら汗が滲んでいる。
細身ながら筋肉質の腕が動いている。


いつもの『始末』だ。


赤の他人との皮膚の接触、前後運動、その摩擦だけで、
どうしてあぁも人間は心乱れるのだろうか。
それは自分とて例外ではない。

 すべての行動を始めて一時間足らず。

私の名を呼び、頭を抱き、腹の奥深くに入り込み。
腰を強くこすりつけた後、膨れたものが破裂する。
上に乗った男は普段よりも二度上がった自分の体温を、
私の口唇に移すように口付ける。

私もその熱を貰う。

それは交歓の最期のイニシエーション。
口付けを名残惜しく終えると、男は破裂した成れの果てを引き抜く。
優しく私の接合部を見えぬように懐紙で拭い、「目を絶っとおせ」と背を向ける。

サックを引き抜き、自分の接合部を拭う。
体温に温められた粘液を拭き取り、避妊具の口を縛り屑篭に捨てる。

目を閉じよという気持ちが分からぬではない。
その仕草は妙に生々しい。
現実味を帯びた危うさが、交歓後の余韻には似つかわしくはないから。

だが。

その生々しさこそ、此の一連の行為の在り様の一部始終を示しているのではと思う。


汗ばんだ背。
かすかに湿った黒い髪の毛。
二人の体臭と粘液の混じった匂い。

橙色の灯りの部屋に同時に存在するそれら。
酷く、なまめかしく映えた。



「辰」



うん、と男は云った。

始末はまだ済んでいないのか、男は声だけで返事をした。



此の男との付き合いは長い。

何年もつるんで様々な仕事や付き合いをやったが、これだけは最近始まった。
自分は不慣れでどうしたらいいか判らぬことも沢山あって、
それが歯痒いがそれを云うと此の男は妙に嬉しそうな顔で ほりゃァ光栄やかと云う。

自分すら知らぬ私の浅ましさに触れられた。
男が示すそれらに触れられたくないのかと問われれば、厭と答えるしかない。

ひとたび触れられたが最後だった。

渦巻く波に頭から放り投げられたようだった。
理解するという事の不可能な世界。
絶望と昂揚、極限まで薄められた苦痛。

それらが間断なく襲い、止めてくれと言ったとてほりゃぁ無理な相談ちやと嗤った。
冷静沈着な自分を作ることなど叶わない。


男は手馴れていた。
そう見えた。

国に居た頃から遊び癖は酷かった。
それは無論女にかまける意味も含んでいたが、
遊び方が上手いのかそれとも玄人衆とばかりだったのか。
女とこじれたと言う話はそういえば聞かなかった。

ただ単に振られる方が多いのかも知れぬ。

そこは知らぬ。
知らなくていい事である。

ただ、そうやって遊んでいるからこその知恵なのか、習慣なのか。
避妊具を用意するのはいつも向こうである。


「おんし、そういうところだけはしっかりするんじゃのう」


なんのことなが、相変わらず背を向けたまま云った。
云ったはいいが直接口にすることは憚られ、枕元にあった小箱を振った。
カタカタと音が鳴る。
あァと察したようで、ほりゃぁと首を傾げた。

「おんしが困るろー」



そう云うと少し離れたところにあった飲みかけの洋杯に入っていた液体を飲み干した。
氷が融け切った舶来の酒である。
琥珀色の液体は、最早色などついておらず殆ど水である。
喉を鳴らし飲み干した後、背を向けたまま云う。

「ほれに、女はいたわるもんじゃき」




笑っているように聞こえる。
普段から笑っているように聞こえる声は、やはり同じように聞こえた。
陸奥がかまんのじゃったらええがの、そう、冗談めかした。






「欲しいがかえ」







困る、間髪いれずに返した。
何が欲しいのかはいわなくとも解る。

そう答えることを知っていたようで、
いつものように笑っただけだ。





「気持ち悪うないがか」





放出されたあとに一瞬で充満する粘液は、
肌の上にべたべたと纏わりつき不愉快ではないかのと思った。
触れたことが無いので正確にはわからないが。

面白いことを言うのぉ、と男は笑う。
そんなことを言った女は、過去居ないのだろうか。


「いやぁ、自分のもんじゃき」


男は何故か噴出したあと、こちらを見もしないで頭を撫でた。
大きな手が髪の毛を混ぜ、頬に触れる。
手のひらがくちびるの上に来た。
それを取って左手の中指、口をすぼめてかすかに口付けた。





「温泉にでも行きたいのう」




男は体を捻り、指先のくちづけを受けて私の下唇を撫でた。
見下ろされながら気恥ずかしさ、と言うよりもあと数時間後には服を着て、
お互い「一人」にならねばならないと言うことの心寂しさが先に立つ。
さっきまで境目がどこであるか判らないほど融けていたというのに。



始まる前には考え付きもしなかった。
一人で寝ていたときには感じなかった。
自分がそうなるとは思わなかった。

もっとドライに、そして冷静に対応できるのだと。


そしてこれからそう想う夜は幾夜も来るのだと理解するたびに悔やみもする。
埒の無いことなのに。



「せわしないきに」



昼夜を問わず想い患う事だとそういえば何年も前にこの男は言った。
何を馬鹿な、とあの時は思えども。

男は髪を撫でる。
私はそれに目を瞑る。

女のようになりたくないと願いながら、
辰馬に髪を梳かれているときには女でよかったと思う。

浅ましい、ずるい、みっともない、小賢しい。




そうだ。
そのとおり。




けれど、もう構わない。






「辰、風呂に入らんか」



手が離れていくのが惜しくて、
柄にも無くその手を取ったまま尋ねた。




「んー、一緒になが」



屑篭に手を伸ばす。
上半身を伸ばすようにすれば脇腹に古疵が浮き、白く光った。



男は必ず云う。
風呂に入ると言えば一緒に入ろうと。

それはこういう関係になる前からであった。
一種のセクシャルハラスメントの一環である。

無論、こうなってしまった今も言い続ける。
この男にはそういうものなど関係が無い。

しかし、部屋の風呂は狭い。
一人で浴びるのも窮屈なのにこんな大男となどは入れやしない。
ましてや明るいところでなど、言語道断。

たぶんそれを知っている。
答えを知って質問したんだ。
私もそれを知っている。








「うん、洗ろうちゃるきに」







「まじでか!」

繋いでいたままの手を握り返し、噛み付くように振り返る。
そんなに喰いつかなんでも良かろうに、
そう溢す前にひょいと抱き上げられた。

陸奥の気が変わらんうちじゃと蒲団を跳ね除ける。





「どこを洗ろうて貰おうかのー」

辰馬は陽気に笑う。
私はやめろと云った。





予定調和、答えを知っていてもなお。





私はずるい。

 流されたふりをしている。



私はずるい。

 騙されたふりをしてくれるのを知ってる。



あなたはずるい。

 それを赦すから。








あなたは。

わたしは。







互いを庇い続ける。






お互いがお互いの場所から動かなくて済むように。
不在証明を頼む、



そう、共犯者のように。

end


WRITE / 2007.11.14

拍手用のお話でした。
終わった後、いや陸奥が寝入っていて辰馬がちゅーでもするような
薄ら寒そうな青い話でも書きたかったのですが
思いついた冒頭の「世界は横転している」から書き始めたら
妙に色っぽい話になったのでもうどうしていいのか…

というより薄ら寒いそんな青い話が書けるようなタイプではないのですが。

多分此の時期は漸くそういう関係になって半年くらいではないかと思って書きました。

陸奥が柔らかすぎる…

結局拍手で放出してしまいました。
うちには十五歳以下のお嬢様方は来ていらっしゃいませんように(祈)
というか、これは15禁ですかね??

↑気に入ってくださったら
押していただけると嬉しい

inserted by FC2 system