SLEEPING BEAUTY




がた、ごとんごとん。
鈍間な音で自動販売機から吐き出された缶を手にして、人気の無い廊下を歩く。

三月である。

流石にこの時期は決算前に各部署から上がって来る報告書が普段より多い。
各倉庫の棚卸報告書がもう十センチの厚さで積みあがっている。
快援隊内部倉庫と、地球の貸倉庫分、
伝票を一つ一つ付き合わせた労力とそれをチェックした労力の束。
それを基にした販売不良在庫の報告及び処理案。

今期に販売を間に合わせようと滑り込ませた普段以上の書類の山が、
次々と篩に掛けられ自分の元へ届けられる。
それから幹部会での会議、来期予算の最終決定報告、
顧客との決算前報告会、さらに新規顧客開拓に伴う事前調査。

遊びに出かける暇も無い。
思わずぐったりして甘いものが飲みたくなって、
コーヒーではなく普段飲まないフルーツジュースなんかを買いに出た。

今日はここらが潮時か、冷たい缶のラベルにはよく振ってお飲みくださいとある。
表示のままに振ってプルトップを空ける。





桃のねっとりとした甘さが疲れた頭に染みる。
もうそろそろやめようかと思いながら執務室に戻る。
人も少なくなっており、コンピュータの電源は殆ど落とされている。

坂本は徹夜の効率を信じていない。

あくびは頻発するしもう書面に連なる数字を見るのも厭だ。
もともとデスクワークは嫌いな性質である。

行儀悪く歩きながら缶ジュースを飲みながらオフィスを横切ると、
総務の一人が書類を持ったままうろうろとしていた。

「坂本さん、陸奥さん見かけませんでしたか」

ちょうどいいところに行き会ったとほっとした顔でそう尋ねられた。

「仮眠中じゃ」

陸奥は半日ほど艦を留守にして客先へ出かけ先ほど戻ってきた。
何かクレームがあったらしくその処理である。
処理は滞りなく済んだらしいのだが行き来に時間の掛かる距離だったのもあり、
流石に疲れたのか一時間経ったら起こせと言って部屋に引っ込んだ。

来期に始まるシステム入れ替えの資料作成の事で相談があるらしく、
締め切り実は明後日なんですよと青い顔をしていた。
もうリテイクの嵐でと手に持った資料には付箋が山ほどついており、
陸奥の綺麗な字がびっしりとしたためられていた。

「ワシもう今日は仕舞いにするきに呼んでこようかの」

流石に社長を使いっ走りさせるのに気が引けたのか、いや自分が行きますよという。
いやいやと若造を押しとどめ缶ジュースを一息に飲み干した。

「陸奥が部屋は男子禁制じゃ」

ワシ以外は、という言葉を飲み込んで交換とばかりに分厚い資料と空き缶をトレード。
お疲れさんと手を振った。



*




エレベーターを降りていつもどおりの道筋で部屋に向かい、陸奥の部屋のドアをあけた。
無用心なことに鍵を掛けていない。
生憎鍵が掛かっていようがなかろうが自分は常にマスターを携帯しているので支障は無い。
無論艦長の特権、かつ義務である。疚しい気持ちなど毛ほども無い。




無いったら無い。




部屋は明るく明かりがついていた。
まさかソファなんかで寝ては居らんじゃろうのと思えば、案の定である。
布団で眠ると熟睡してしまうからとは言うが、こんなところで寝ていて疲れなど取れるものか。
しかしながら、椅子で寝る事もある彼女であるからソファは多少の譲歩かも知れぬが。


「こんなところで寝おって」


床に膝を着いて肩を揺する。
起きない。

「ほら、起きや陸奥」

テーブルの上にさっきの預かった資料を投げて頬を指の背で軽く叩く。
微かに寄った眉間の皺で目覚めが近いことが分かった。

「起きんとちゅーしちゃるぞォ」

ほっぺたを抓みながら、
冗談交じりに笑いながら言ってやると目が重たげに開いた。

距離は僅かに三十センチを切っている。
もうちょっと目を開けるのが遅かったらほんとにやってやろうと思っていたのに残念。

「おはようさん」

そういった坂本の顔を眠りから覚めた陸奥の目がじっと見つめた。
おや寝ぼけちゅうの、と坂本は言おうとした矢先、陸奥の左手がぐっと伸びて首を掴んだ。
坂本はバランスを崩すようによろめいて、ソファの手すりに思わず手を着く。
陸奥はソファから身を起こすように首を持ち上げ、もう一度目を閉じる。

なにを、と思ったけれども思考は急停止。

陸奥の口唇はそのまま十五センチ離れた坂本へ到達。
微かに湿ったやわらかい口唇がほんの数秒、押し付けられた。
そう、口唇に。
やわらかくて、あたたかい、口唇が。

一瞬ダウンしかけた坂本のCPUが一度の間を置いて再び演算を始めた。

いまのは、なんだ。
















 いま。



 ちゅうされた、



 のか。








事態の把握できぬまま。
坂本は流されるまま口唇を奪われたあと、陸奥が腕を放すまで目を開けたままだ。
閉じる暇も無かった。


呆然としている坂本は口も利けず、陸奥は辺りを一二度見回しあれと首を傾げた。
頭を掻きながらソファに上げていた脚を下ろし腰掛ける。

いまの、と坂本がようよう口をききかけた頃、
乱れた長い髪を手櫛で梳かして陸奥は気も無く言った。




「ああ、すまん」

























「間違えた」






end


WRITE / 2008 .3 .1
「誰と!?」

というツッコミはさておき拍手としては起承転結オチもあって巧く書けたなと思います。
自画自賛サイトでスイマセン。

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