近くに居るのに

触れる事は叶わない







サテライトフォン

U

- I   a m   c a l l i n g   y o u -









「キャプテンの御帰還じゃ、皆に土産を買うて来ちゃったぜよ」

陸奥がブリッジに通達したお蔭で坂本が小型機の格納庫から出てきたときには、
何人かの乗組員が出迎えに来ていた。
土産は舟の中にこじゃんと積んじょると今降りた一機を指す。
すでに整備士が群がったそれに土産の搬出のために数人がご馳走様ですと歩き出す。

ところで、と集まる人間の顔を見渡しながら首を傾げた。

「一人足らんちゃーないがか」

坂本は下駄の音を鳴らしながら艦の廊下を歩く。

秘書のように付き従う青年が何もかも察したように間髪入れず、
陸奥さんはもうお休みですよと言った。
あからさまに不機嫌と言う顔をすると手に持っていた包みを振り回す。

「迎えに来いゆうたに」

まるでご褒美をお預けにされた子供のようだと思わずの失笑。
坂本はそれを咎めもせず、先にゆうちょったきにィと盛大な溜息を吐いた。

我等が艦長は何かあると陸奥はどうしたとか陸奥はどこへ行っただの聞いてくる。
その割に陸奥さんには一言も告げずにふらっと何処かへ居なくなる。

大抵は江戸に戻って遊んでいるらしいのだが、
半分、いや四分の一くらいは本当に仕事で出かけているらしく、
旨そうな話があると自分で乗り込んでいい話を持ち帰ってくる。

その所為もあるのか、艦長の右腕である陸奥さんは文句を言いながらも、
坂本さん不在の間、碌な休みも取らず働き続けている。


「イヤもう24時間以上働いてらしたんで」


今回のはなかなかに長かった。四日間の無断出張、いやもうこれは失踪の域。

陸奥さんはどういう勘が働くのか、
坂本さんが遊びに行っている時と仕事へ出かけているときの差が判るらしく、
居なくなったその日は「あん馬鹿が」と辺り憚らず機嫌が悪かった。

それが一昨日くらいになって諦めたように、
仮眠を取り々々自分の仕事と坂本さんの仕事を順繰りにこなしていた。
そのため、恐らく彼女の此の四日間の平均睡眠時間は三時間程度であろう。
自分が執務室に行くと彼女の姿が必ず同じところにあった。



「坂本さんの所為ですよ」


そういわれても坂本は返事もしない。
どこ吹く風でつまらんなぁとぼやくばかり。


居なければ居ないで気にかかり、
居れば目を盗んで逃げ出す。


(なんだかね、この人たちは…)


坂本の後ろを歩きながら、秘書代わりの青年は首を傾げる。


「つまらんなぁ」


暢気な下駄の音がからころ鳴った。
まるで帰ってきた事を知らせるように。
聞こえているわけなんか、ないのに。






*







艦内の居住スペースには各人のスペースは少ない。

一部屋に三段のベッドが二つ入った職員の居室。
ベッドは無論それぞれの艦に所属する人数分あるが、プライヴェートといえば一畳のベッドと棚ひとつだけ。
食堂、浴場、給湯室、談話室、それが男女別にそれぞれある。
それから共用スペースに大食堂、談話室と売店。

艦というのは元々空間が有限なので仕方がないことだがやはり窮屈である。
陸に上がれる日は此の艦が空になってしまうのは致し方ない。


だが、と陸奥は目を閉じつつ自分に反論した。
明日どこの星に降り立とうとも泥のように眠りたいと、湯船に浸かりながらそう思った。


 生き還る。


爪先が伸び、坐りっぱなしで浮腫み悲鳴を上げていた足に血が行き渡る。
力が入らなかった白くなった指を何度も湯の中で握り返すと、じんわりした熱で漸く生気が戻った。
共通エリアの奥にある部屋の風呂で、口をあけて蒸気を吸い込みしみじみ思う。

「権力バンザイ」

艦長の居室があるのはまぁ当たり前だが自分も持つ事を許されるのは有難かった。
どこでも仕事は出来るが資料をその度に持ち歩くのは億劫であるし面倒だ。
執務室以外で一所で思いついたときに仕事が出来る環境というのはとても有難い。

特に。

自分のように艦長代理を度々務めねばならないのならばなおさらだ。

本当はこの艦の公平感を規す為に部屋など要らぬといったのだが、
山積みになる持ち帰りの仕事を片付けるには必要だと割り切り、今はそれを思う存分甘受している。
しかも小さいユニットといえど風呂とミニキッチンまで備わっている。
お湯を沸かす事くらいしかできないがお茶を入れるには便利だ。

ただ緊急時誰でも訪れる事のできるようにと
共用スペース部分のひとつの部屋を振られた所為で、
寝間着のままで外の廊下に出るわけには行かないがそれは致し方ない。

しかしひとつ気に入らない事がある。

艦長である坂本の部屋が近いのが気に食わない。
出来るだけ離して貰えりゃァ良かった、と陸奥は風呂の中で思う。

しかし不満は言った事は無い、言ったとて詮無いことである。



あァしかし眠い。

けれども、疲れすぎて体中が緊張の余り覚醒しすぎている。
昨日仮眠したときも物音にいちいち驚いて眠った気がしなかった。

今夜は眠れるろうか、洗い髪をタオルで巻き上げる。
湯船の栓を抜き、上がろうとした瞬間バスルームにある電話が鳴った。

一応緊急時の為という名目でつけられた電話だが余り使われていない。
坂本が戻っている筈なので自分に指示など仰がずともあの馬鹿に聞けばよかろうものを。
不平不満を腹で唱えて、不承不承受話器を持ち上げる。


「もしもし」

「陸奥かぁ、わしじゃ。ただいま帰ったきに」


面倒な奴がと湯気で曇った天井を見上げる。
舌打ち交じりに切るぞと言ったが慌てた声が返ってくる。

「なぁんで迎えに来てくれんかったがかぇ」
「なぜおんしをわざわざ迎えに行かぇうてはならん」

えこじなおなごじゃ、と何が楽しいのか笑い飛ばす。
さっさと切ってくれはしないだろうか。
しかし、諦めが悪いのがこやつの持ち味でもある。

「おんし来んがでワシが来た、部屋の戸を開けとおせ」

どこに居ると聞けばドアの前と言う。
と言う事は壁を隔てた二メートルと離れて居ないところに立っていることになる。
冗談だろうと足元を見る。

排水溝へと流れる水の縺れた渦が見える。
その中に半分浸かった身体は、頭に巻きつけたタオルひとつ。


「イヤ、今は無理じゃ」


いかん。
これは、いかん。


「なんでじゃ!土産ば渡したいなが」

部屋のドアには必ず鍵をかけている。
これはもう毎日の習慣だから忘れる筈は無い。
マスターキーを取りに行けば開けられない事も無いが、
万が一そうしたとき、此処から管理室へ行く時間を稼げれば服を着られる。


「もう非番なが」


足元で大きな音を立てる大渦。
滴の垂れる身体。
出来るだけ声を細く喋る。


「おんしの所為であしはゆっくり眠れもせん」

風呂にもゆっくり入れないし、
電話のコードの長さの所為で外に掛けてあるタオルにも手を伸ばせない。


「なんじゃ寂しかったながか」

抱いて寝ちゃろー、などと間延びした声で言うからもういいからさっさと仕事に就けと思わず声を立てた。
髪を乾かして早く眠りたい。
疲れているしこんな格好で電話越しの相手に悟られぬようにしながら話したくなど。



「なん音が反響しちゃーせんか」


どきり。

狭い箱の中でこれだけ大きな声を出せば響くのも道理。
艦の壁を隔てたところに。
男が一人立っている。



辰馬が。


立っている。



「なん、どうしたなが、開けとうせ、陸奥よ」

相変わらず暢気に問われ続ける。

「土産にはおんしの好きな桜餅じゃ、塩漬けも買うて来たがで桜茶も楽しめるきに」

何故そうまでして。

「怒っちゅうかぁ」

何故そんなにまで執拗なのか。



あァもう面倒だ煩いと、ままよと腹を決めた。



「今風呂に入っちゅうき」



喋り続けていた辰馬の口が止まる。

無言。

沈黙は何の為だ。

タオルを取るのは諦めた。

もう風呂の湯は抜けている。


「じゃったら、」


至極低い声が含み笑いと共に推しだされる。
似合わぬ。
似合わぬ、いや聞き慣れぬだけ。



「素っ裸なが」


そう考えた瞬間、燃えるような羞恥心が込上げた。
こん、くそエロもじゃと罵声を浴びせたいところだが、
すぐに言葉が出ないのは思いの外狼狽していた所為。


「あぁそうなが!」


もういっそ開きなって肯定すると、そりゃァ是非とも開けとおせ、愉快そうに笑った。
こっちは不愉快。

あァ失敗した。
こんな事で引く様な男ではなかった。

もうえい、どうとでもなれと陸奥は開き直った。
受話器を構え、胸の前で腕を組む。
結局相手はドア向こうでドアは完全に施錠されているし、
マスターキーも何も持っていないのだ。
どうこうされるわけではない。


「開けて何をするが」


辰馬は然も嬉しそうにこりゃぁ参ったのうと言う。
何が参ったか知らないが、参ってるのはこっちだ。


「そりゃぁいやらしい事にきまっちゅうが」


そんな大声でそんな事を声高に叫ばんでも良かろうに。
まるで年始の抱負でも叫ぶかのように凛とした吃とした声だ。
馬鹿だ馬鹿、ホンマもんのアホじゃき。

「おんしはまたそん、」



「風呂上り、か」



鼻先で随分楽しそうに笑う。
耳の近くで、息が擦れた雑音を出す。






「着物を引ん剥いて」

 後ろから長い両腕が伸びる。

「後ろ向きで四つんばいにさせて」

 帯を解かれ突き飛ばされて

「おんしが逃げられんようにして」

 腕を押さえられ、身体ごと圧し掛かられ

「いやじゃゆうたちありとあらゆるところを触り倒して」

 膝頭をこじ開けられて

「ワシの身体で脚を割って」

 振り乱した髪を分け入り頚の匂いをかいで

「脚の間がべたべたになったところに」

 大きな手は有無を言わさず目を、口を塞ぎ








「突っ込むようなことを考えちゅうが」







「あほ、死ねい」




最後の台詞が鼓膜に届いた瞬間、受話器を思い切り叩き付けた。






      *






「ちくと刺激的過ぎたかの」

断線を教えるデジタル音を耳から離し、
携帯電話のフラップを閉じて愉快そうに笑う。

手に持っていた土産は部屋の前に置き、
そのまま部屋にも戻らず仕事が山積みであろう執務室に下駄を鳴らして戻る。
常時スタッフのいる其処は煌々と灯りがついていて、
今しがた坂本が持って帰った土産の分配をしていた。

頂いていますといわれてそれに応えたあと、自分のデスクのある部屋へと入った。
案の定未決と書かれた箱の中に、鬼のように書類が山積みだ。
だが、山積みでもきちんと分類されており、それをやったであろう本人の字でメッセージが残されていた。

綺麗な字だ。


「まっこと几帳面じゃの、ありゃぁ」


見慣れた、陸奥の字を見ながら先ほどの事を思い出す。



あの狼狽した姿は声だけじゃなく見てみたかったのうと妄想する。
素っ裸で電話に出るなんてどうかしちゅう。
他の男が出たらどがぁするが。

あぁ、わしでよかった、と確信犯と言う事を自分で判りながらもよかったよかったと反芻する。



 きっと今頃顔を赤くして悶々としてる。

 だってもう何も知らない子供じゃぁない。


 


初心じゃのと辰馬は笑う。



「坂本さん、何か楽しそうですね。いいことでもありましたか」


丁度お茶を持って入ってきたさっきの秘書代わりの青年が尋ねた。




そんなに楽しそうに見えただろうか、
そう尋ねるとえぇもうそりゃぁもうと机に湯飲みを置きながら二度も言われた。

そうか、そう見えたか。
だが教えない、こんな愉快なことを、教えてなるものか。


「いいやなぁんも」


そうとだけ答えると、坐り心地のいい回転椅子を回して背を向けた。
壁には嵌め殺しの分厚い窓があり、其処から宙が切り取られて見える。
真っ暗で、底の無い、暗い宙。
その中にまるで塵芥のような星が浮かんでは時折流れた。


愉快そうな坂本を残し青年はドアから出て行く。
一人になってさらに愉快になって辰馬は下駄の鼻緒を足指で弄びながら椅子を回した。




そう、あの星が流れるまでだろう。
ひときわ美しく光る淡いオパールのような星に決めた。



いつだって奪えるということを知っているから。
もう少し焦れて焦れて焦れて。









  この腕を、身体を。

  口唇求め、閨に忍び込まれるその日まで。



「八年も待ったが」



  






「そう長い事がやないろー」

end


WRITE / 2007.9.21

サテライトフォンの続きです
テーマは電話プチエロ
表サイトでこんな事を書いていいのか知りませんが
もうここは自分の城と思って書いてもいいか

テレフォンなんとかと言うほどではないですが
電話で何かあんな事をSっぽく坂本に言われたらさぞ(私が)楽しいと思い…。
陸奥は自分が言う下ネタは然程気にならないが
自分をダシにした下ネタはダメだとか、実は初心だったらいいのにと思って妄想しております
あと坂本はあんな事を言ってますがSになりきれないとかだったらいいのに…
と思って妄想した今後の展開ものがネタ帖に書いてありました

暴走していますね。

あと辰馬と陸奥は結構歳が離れているといいのにと思います。
今一番妄想の中で熱いのは八歳差くらいだったらいいのにとか
日々計算しながら年表なんかを書く始末です。手に負えません。オタです。



↓気に入ってくださったら 押していただけると嬉しい

inserted by FC2 system