離れていても    繋がりあえる





サテライトフォン

T

- I   a m   c a l l i n g   y o u -






船内がずいぶん静かだ。
さっきからペンを走らせる音と、机の上においた懐中時計の音だけが部屋に響いている。

もう代行サインは飽き飽きだと陸奥は思う。

何もかんもあん馬鹿の所為やき、そう毒づいて小さく舌打ちした。

少々放浪癖があるのかもともと風来坊気質なのか、
よく行方知れずになる。

あがなもじゃもじゃ、一人消えたくらいじゃ世界は消滅なぞせん。

が、

この会社は消滅するかもしれん。


ため息と共にお茶を飲み込む。
さっき入れた筈なのにもうぬるい。

この艦が潰れたらどうなるだろう。
乗っている人間殆どが失業者になってしまう。
その中には家族を持つものもいる。彼らの生活すべてが掛かっているというに。



その為、坂本不在の間も潰さぬようにこうやって決済代行をしているわけだが、
全く、勘弁してもらいたい。
此の三日、サインばっかり書かされて他の仕事が一切進まない。

そう思った矢先、執務室のドアが開き「認証の追加です」と
申し訳なさそうに営業事務担当が机の端にある未処理の箱の中に書類を潜り込ませた。
スイマセンと小さく言って足早に自分たちのオフィスに戻る。

やれやれ、また今日も残業じゃ。

お茶を淹れなおそうと立ち上がった時、艦内電話交換手から内線が入る。
ワンコールで受話器を持ち上げた。

「陸奥さん、お電話です」

オペレータが軽やかに言う。

「どこのセクションなが」

もっていた湯飲みに残っていた苦いお茶を飲み干した。
不味い。

「いいえ、衛星回線です。音声のみ」

他の星からの通信か。
一瞬壁にかけてある無数のデジタルの時計盤を見た。



艦内は三交代制になっている為、どうしても業務の区切りとしての標準時間を設定する必要がある。
ただ太陽を基点として計算していないので実質経過時間だけをカウントするものだ。
二十四時間回れば次の日、と言うわけだ。
また商談などで別の星に着いた時、そこの標準時刻の時計を持ち歩くようにしている。
多少の時差ボケはあるがそれは致し方ない。
星間商社の宿命だ。

時差があるものだからこうやって執務室には主だった他星の標準時間を示すデジタル時計をずらりと並べている。
さて、どこの星からか。


今はこの艦内の時間は二十時過ぎである。
ただ坂本不在の今実質現時点で一日と14時間勤務している。
完全なオーバーワークだ。
仮眠を三時間とってまた仕事と言うのは流石にちと辛い。

「つないでくれるか?」

凝った首を鳴らし受話器を持った。
お待ちくださいといった後、小さな電子音が響きすぐに相手が出た。


「陸奥かぁ?わしじゃ」



独特のノイズが声にざらりとした音を被せた。
だが暢気さまでは隠せ遂せぬ。
今一番聞きたくない声だ。


「拙者拙者詐欺には引っかからんぜよ」

「なぁにを冗談を言うちゅうなが」

冗談ではない。
ただでさえ寝不足でイライラしているのにこがなアホにゃ付き合ってられん。

「何の用じゃ、忙しいがやき切るで」

「いやぁ待て待て」

すまんすまんゆうばっかりで髪結いの如し。
全く性根が入らん。



「今ターミナルじゃき」

「江戸か」

「そうじゃ」

「まァた江戸か。キャバクラなんぞに行っておったんろー」


フラフラとしおってと吐き棄てる様に言えば取り繕うように、
いやいや仕事じゃ仕事、ビジネスビジネスと嘯きおった。
どこまで本気か、どこまで嘘か。

きっと本気でもなければ嘘でもないのだ。



「悪いんじゃが陸奥、近くまで迎えにきてくれやーせんか」

「自力で帰って来いや」


タクシー代わりにされてはかぁなわんと溜息を吐く。


「つれんのう」


いやちくと飲みすぎたがやき、流石にこりゃァ飲酒でまた捕まるがで、
坂本はあっはっはと笑いながら先日友人宅へ船ごと突っ込んだことを笑い飛ばした。

友人というのはあの銀髪頭の男である。坂本と張る位の天然パーマだ。
江戸まで送る際に少し話をしたが、
あの二人の会話が全く噛みあわないので本当に友人かと疑ったものだ。

「そんまま手錠をかけてもろうて、二三日臭い飯でも食うて性根を入れてもろうたらえい」

悪態を吐けば、ほん、こんくそ女、と言い、もじゃもじゃよりましじゃきと返す。
成長しない遣り取り。
何度こう言いあっただろう。

向こうもきっとそう思っているに違いない。
挨拶代わりのように言うから尾も引かなければ効果も無い。
すぐに違う話が出来る。

「ゆうたち、こん間渋っていたあのおっさん。口銭三パーセントは譲らんゆうとったろー
 あれ、7パーセントまで引き上げさせたぜよ」


それにはちと興味がある。
冷えた湯呑みを置き、電話の本体を持ち上げ行儀悪く机に寄りかかった。


「どがな魔法を使こうたがかぇ」

「いやぁ接待よ、接待。もう此の二日おおごとやったき」

褒めろと言わんばかりに言葉尻が喜びに踊る。
しかしそれにしては疲れが見えない。

「どうせ、石鹸の匂いのする接待ろう」

暫くの沈黙のあと、男ゆうのんはホンマあほやきと白々しく哀しげな声を出す。

「おんしも含めてろー」

どんな接待じゃと思ったがもう済んだことは仕方がない。
まぁでもあんクソセクハラオヤジと毒づきそうになった先だっての商談を思い出す。
頑固でこっちの足元を見て提示した条件を見るなりそりゃァできんの一点張り。
妥協案を出しても条件を一切折らなかった。

あのもじゃもじゃの粘り強さのお蔭か。
流石、と言うところだろうか。

此方の思惑なぞ知りもしないで辰馬はあーと唸って誤解しなと取り繕う。

「ゆうたちワシ行きやーせんやったが」

褒めとおせ、と子供がまるで些細な事を自慢するように言う。
なんであしが褒めねばならんと思えど。

「おぉ、そうなが。よう我慢しちゅうな」

あぁえらいえらいと投遣りに褒めた。
電話口でふふんと一瞬の鼻歌。
褒めておらんというに。


「いやあれ以来、ちくと恐ろしゅうなったがやか。
完治もしたがで、まぁそろそろわしも一人に決めた方が、のう、じゃき陸奥、そろそろワシと」



「忙しい言っちゅーろう、切るがでよ」



まぁまてまてまて、と慌てながら何かを捲る音。
ぐだぐだとつまらんことで電話をしてきおってと思いながら、顔はその姿を想像して笑った。



「あぁほいでのう、知り合いの貨物船の船長ば捕まえたがやき、
近くまで船ごと積んでってくれるとゆうちゅう。船の現在位置の座標を教ええとうせ」

聞けばよく知る船の名だった。

「あァ、携帯に送る」

「無理じゃ。電池切れちゅう」

「なんじゃ、じゃーおんし公衆電話なが」

だから充電器を持ち歩けとあれほどゆうちゅうがやき。
大抵身一つで出張じゃぁと飛び出していく。
無計画にも程があり、遊びに行くのと大差が無い。
奴の中では仕事も遊びも同じ枠の中にあるのやも知れぬ。


「おぉ、そうじゃ、やっぱり有線は音がいいやき」

声のトーンが柔らかい。
いつもはもっと尖った危ういノイズが勝る。


「陸奥の声がよう聞こえるぜよ」


受話器の向こうからターミナルのアナウンス。
ざわつく音。

そういえば今日は向こうが一瞬だけ笑った声も聞こえた。
では此方の発さぬ声も聞こえていたのだろうか。



「お、入場が始まったがか」

あ、違うかと独り言。前の便かと続けた。


「何時なが」

 地球の音が辰馬の声に被さる。

「なにがじゃ」

 無数の音が重なり合い、音源の判別つかぬ雑音がゆっくりと波のように漂う。

「出発時刻じゃ」


宙から発する宇宙線ではなく、人の発するノイズ。


「あぁ、二十三時十六分発じゃ」

あと、三十分で出発する。
もう電話を切らなくては。

そう、思った時。





 同時を共有する、一本のライン。








 一瞬の空白。



 一瞬の沈黙。



 一瞬の。





何か、話さなくては。



電話の向こうで辰馬が笑った。
いつもの馬鹿笑いではなく、珍しく漏れるような笑い方。


「なんちゃぁ、こうやって電話で話すゆうのはなんか不思議じゃのう」


しみじみとした静かな声が耳に伝わる。
息遣いのノイズ、すぐ傍で話しているよう。


「そうやろうか?」


電話越しの辰馬は普段通りの筈で、受けている自分もそうだった筈。
隣に居れば悪態と罵声が殆どなのに、今日はちょっとそういう気分ではない。



「いつも隣に居るきに、こがーに離れておんしに電話をしちゅうのが不思議じゃ」


あほう、そう言ったけれど。
声が、上擦りそうだ。


「ほがぁにあしの毒舌を聞きたいがか」

おんしMか、調子を取り戻そうとしていつもの悪態で応酬した。

「いやどっちかゆうとSかのう、いやでもM?」


辰馬はいつもどおり。
私だけがいつもどおりではない。


「何を真剣に考えちゅうんなが?」


何にあてられたのか。
漏れるような笑い声にか。
それとも。

隣で、耳の傍で。

すぐそこで囁かれているような、息に。





陸奥は懐中時計を見た。







「おぉ、入場始まってしもうた」

慌てながら辰馬の声が何処かを振り返るように伸びた。
じゃぁ座標は直接連絡しとおせ、と頼まれたので判ったとだけ告げる。
それじゃぁと言われるのを待つ。



 どうして待ったのだろう。




「のう陸奥、格納庫まで迎えにきとおせ」


 
 そのまま切ってしまえばよかったのに。



「いやじゃ、あしはあと二時間で非番なが」


 理由を忘れて眠りたい。


「なんでじゃ、土産も買うて来たがやき」



 もう完全なオーバーワーク。



「知ったことか」



 正確な判断なんて、もうつかない。






ちぇと小さな舌打ちと不満げな声が受話器越しに伝わる。
至極残念そうに、ほんならあとでのと最後に溜息。



「辰」


あぁ、とちょっと乱暴に。
何をすねているんだか。



「気ィつけての」



一言そう伝えると、おぉと小さく聞こえて回線が切断された。






陸奥は懐中時計を見る。
長針と短針がかちりと動いて丁度二十三時を示した。
辰馬がゲートを潜った時間だ。











会話の切断を知らせる電子音を鳴らす受話器を乱暴に戻した。
内線でブリッジに現在位置を先ほどの商船に伝えるように指示し、坂本が戻る事を手短に伝える。

さぁ、あと二時間。
二時間で暖かい布団の中で眠れる。
机に寄りかかっていたから背中が痛い。うんと伸びをする。





「迎えにらぁて、誰が行くか」



 あのしょんぼりした声。
 


「だぁれが行くか」




 可笑しくなって少し笑った。




「逢いたきゃおんしが来ればえぇ」



end



WRITE / 2007.9.18

テーマは電話。

離れた場所にいる人と繋がることの出来るツール。
タイトルにサテライトという言葉を使いたかったのかも。

あと陸奥の懐中時計は地球時間です。
その理由はきっと今度書くはず。
しかしさしたる話ではない。

BGM代わりのテーマ曲は 「Calling you」

バグダット・カフェのテーマソング。
誰しも聞けば「あ、この曲なんだ」と分かるはず。
曲も美しいのですが、歌の内容も素敵

「ささやかな変化がすぐそこまできている」

変化は自分がそうする為なのか、誰かの為なのか、
それとも両方に作用してるのか。

そういうわけで続きます。
次はR-12程度で。


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