リターン
まだ始まってもいない内に終わらせられた
運命と片づける?
イヤ納得できる理由の呈示
喩えされても理解は出来まい
いっそ知らねばよかったと ただ嘆いてしまい込む
「戻れるなら」
一度だけくちづけを交わして消えた女の軌跡を辿る。
先刻斬りつけられた胸の疵。
ライターで炙った針で縫いながら、刺す針がくぐる皮膚の下。
在るのは。
夕闇に紛れ。
喧噪に潜り。
密やかに交わされた。
傾けた顔に交差。
触れた口唇。
感触は鮮烈。
ここから始まるのだと思った。
けれどお前はそうではなくて。
俺がそんなことに気がつきもしなかった。
口唇だけでは足らぬとざわつく本能。
止まらぬ、囂々と言う泥流の如きうねり。
流れに任せてシャツの下の膚に思い寄せた。
触れようとしたらこの先はしたことがないと。
俺の胸の上にはまだ疵など無かった。
預けられた重みは奔流をせせらぎに変えた。
そう、ここから始まるのだと思った。
*
目が合うのが怖かった。
だから業と目を逸らしていた。
私の背後に立つ時、
その存在を全身で感じるとき、
此の思惑が此の若い剣士に筒抜けなのではないかと危惧しながら。
彼の持つ刃で切ったような鋭い目。
しかし笑うと年相応になる幼い笑顔。
大きな手。
私を覆ったその大きな影。
初めて見たときから、見ていられないほどだ。
どれもが私を圧倒して、甘い甘い陶酔へ導いた。
寝静まった海上。
黒い海。
月の明るい夜。
此の海域に来ると胸騒ぎがして、寝付けない。
もう、私の村はすぐそこ。
嗚呼。何処かへ行ってしまいたい。
でも駄目よ。帰らなければ、あたしの帰るところは、あそこしかないのだから。
風に当たっていると、亡霊の如く背後にいた。
何?と気配に向かって放った冷たい一矢。
まだ仕事かと低く問う。
そうだと有りもしない仕事に嘘を吐く。
いつ終わると訊かれ、後少しと返した。
何を待ってるの?
アタシを?
まさかね。
丁度コンパスを持っていてよかった。
星の位置を確認する振りをして、私はノートに下らなくもいい加減なことを書き綴った。
何か用かと背中越しに尋ねた。
否と低い声が帰ってきただけ。
独特な苦みのある声は何処か落ち着かせた。
私は暫く観測を続ける真似をした。
何が用が在れば話しかけるだろうし、取るに足らなければ明日になるだろう。
この男は怖い。
私を何処か落ち着かなくさせる。
次が読めぬ人間というのは確かにいて、それが彼の複雑さを示しているようだった。
けれど、普段接していると飯、風呂、寝る、それだけしかやっていない。
後は夜中のトレーニング。
一見すると単純。
そんなに賢そうにも見えない。
でも、私を何処か落ち着かせてくれない。
時折感じる視線が絡みついては解ける。
一瞬程度のことに私は怯えた。
この男は怖い。
でも、私は彼の何に畏れているの?
時間が流れるのが酷く遅く感じた。
不意に指の背で、撫でられた腕の側面。
驚きを持って、見上げると慈しむような目が帰ってくる。
けれど、何処か危うい熱を持ってた。
生身の男の、熱。
私が知らぬ類のものだ。
呑まれるな。
堕ちるな。
指先はアタシの首筋を撫でて。
目はやっぱり細められたまま、微かに口唇が動く。
声には出さなかったが、確かに私の名前の形に動いた。
動悸が治まらない、どうしよう。
声を出そうと息を吸い込んだ。
了承など無く、塞がれた口唇。
呼吸を止めて、それを受け入れた。
怖いくらい、真摯な目。
哮った獣のそれではないことが一双恐ろしく、
しかしひたすらに見入るほど、美しい。
しっかりと腰を抱いた片腕、もう一方はアタシの顎を掴んで何度も首筋を往復していた。
アタシは手に持ってたコンパスとノートを落とした。
鉛筆が足許に転がる。
口唇が気持ちがいい。
誰かとこんな風にキスしたのなんて初めてだ。
絡まる舌、何度も柔らかく重ねられる口唇。
目が眩みそうだ。
案外、私は冷静でいられた。
確かに不意をつかれたが、これからどうかしようという類のくちづけではなかった。
衝動に突かれ、動かし難い気持ちが堰を切って溢れたような。
でも恐ろしい。
アタシの弱い所を突くようなくちづけだった。
此の儘、抱かれて忘れてしまえばどうせならいい、と。
囁くのは逆転の月。
何するのと、漸く身体を押しのけた。
しかし、今し方迄酔いしれていた感触は生々しく。
自分の口から出た言葉は弱々しい。
「俺は」
上等な弦が弾かれるような音色だった。
松脂の匂いがする弓でゆっくり引かれる時に弾かれる音色。
頭の奥に響き、お腹の奥底に残り。
「我慢など、しない」
渇いた喉を潤すために唾を飲み込もうとしたがそれは敵わなかった。
全く容赦がないほど私は酔った。
この男が作る声に。
そして、その眼が。
「お前を欲しいと思うことも」
複雑だなんて誰が思ったの。
えぇそれはアタシ。
極近い、そうまだ此は向こうの間合いだ。
私は一歩でも踏み込まれれば陥落する砂の城。
「海賊だからな」
笑ったつもりだったのか。
私の唾液で濡れた口唇が嘯く。
「お前は何に耐えてる」
教えてくれと男は言った。
そのまま再び口唇を求めた。
アタシは拒否しなかった。
何故だろう。
闇に紛れ、繰り返されるくちづけはアタシの過去と今とこの後とを混乱させて切り離した。
潜り沈んだ先は酷く流れの遅い時の澱。
密やかに交わされたくちづけの手段は狡猾であったが、その罠に判っていて乗ったのもアタシ。
傾けた顔に交差しながら、何度だって舌を絡ませて繰り返す。
触れた口唇は柔らかく熱く、そして甘く優しかった。
感触は鮮烈な迄に残ってその夜は眠れなかった。
ざわついたのは心だけじゃなく、身体も。
*
見ているこっちが痛テェと言うからじゃぁ見るなと唸った。
皮膚の下を潜る針は、時折引っかかりながら何度もそこを往復した。
裂け目から覗く真皮は血にまみれて、幾ら拭っても治まらず此の儘死ぬのかと朦朧としながら考えていた。
大きく裂かれた傷痕を息を継ぎながら、全て縫い合わせた。
気の毒な狙撃手はご苦労さんと、俺に声を掛け生ぬるい水を差しだした。
酷く喉が渇いていたのでそれを少しずつ呑む。
仰向けになったままで、見上げた先。
空はよく晴れている。
どんな思いで出ていったかしらネェが、もうこっちこそたくさんだ。
関わりたくもネェ。
お前なんか知らネェよ。
付ける薬もなければ完治法もない。
そんなお荷物は要らぬ。
「戻れるなら」
*
どうか今更だと笑って言って。
運命に尻尾を振ることも知らなかったあたしをどうか笑って見逃して。
*
消えてくれとお前は言った。
お望み通りそうしてやるよ、お前にそれが堪えられるかな?
信じたことを嘲笑うなら丁度好い。
仮染めの嘘には飽き飽きしている。
お前が語らぬのなら俺がその胸割捌いて膿を出してやる。
仰け反って飛び込む間際、視界には一面の青空。
畜生、どこまでも晴れていやがって忌々しい。
「戻れるなら」
あのくちづけを交わす一瞬前に。
焼く痛みを知る前に。戻れるなら、戻れるなら
嘆いてしまい込めるならばこんな真似はできネェだろうよ。
戻れはしないからこそ、そう、お前が握る運命の輪。
そのカードを引いてめくったらどうだ。
お前が望むのならば、俺は崖の縁を爪先で歩いて見せよう。
*
恋が、私を別の形で救ってくれるかと浅ましく思った。
苦しい息の下で、アタシは今何を考えてた?
何もかも此処で止まってしまえばだとか、そんなことを一分も考えなかったとでも?
けれど、恋はあたしを救っては呉れなかった。
ただ雁字搦めにされただけ。
解くことも出来ない。
絡まる糸に繋がれた先を持つアナタ。
どうかその手を放してよ。
*
もしも、あの男が勝って、俺がもしも次に目覚めたなら。
或いは、目覚めたときどこまでも広がったこの青空を忌々しく思わなければ。
「あの続きをもう一度しないか?」
そう言うことにしよう。
もしお前が逃げるならば、またあの男は追うだろう。
俺はそれに渋々従う振りをして躍起になって約束を果たそうとするだろう。
奪えるものなら奪うがいい。
俺の内側にあるお前の残像をその手でもぎ取って見ろ。
何度でも終わればいい。
何度でも消えればいい。
捕まえて、また始めればいいだけ。
どちらかが諦めなければ済む話だ。
俺は運命など信じてはいない。
けれど、お前との糸は確かに此の身体に繋がっていることだけは確かに感じる。
手放したりはしネェよ、安心しな。
此の糸手繰って、どこまでも。
また初めッから、始めれば済むことだ。
繰り返し、繰り返し。
また初めから。
end
船を追いかけてるときにロロさんがこんな事を思ってくれたらいいなぁと思いつつ。
しかし、バラティエでショック受けたゾロの顔が今でも忘れられません。
「やっぱり」って顔をするかとも思ったんだよね当時は
でも物凄く驚いていたから
「あぁこの人の中にもナミさんの場所というのはあったのだ」
と嬉しかった覚えがあります。
その当時から温めていました・・・・・・・
その当時というのは1999年。
テメェで書いたるろ剣本の中で触れていた(笑)
そうか、ゾロナミか・・・当時からそうですか。ゾロナミ歴コレで確定。
4年目だ・・・・・・
基ネタはそれだけど、口説きゾロの大ネタはぷーちゃんとの御茶場での会話。
因みに構想のモデルはSWU。アナキンが黒いのでよかった。
このゾロはアナキンがモデル。(笑)
エロエロしいな。
コレにて初めて祭は終了!!
お付き合いありがとうございました!!