そのくだらネェ約束が欲しいんだ
アンタの口から出る言葉がほしい
まやかしでも一時の御座なりな言葉でもいい

精彩を欠く けれどあんたが確かに言う言葉が欲しい



くだらネェ約束が欲しいんだ

ここにきなよと指されたのはすぐ傍。
少し目を細めて手を伸ばした指先には火の点いてない煙草。
手を取ると、すぐさま腕に絡め捕られた。

「ここ」って言うのは隣じゃなかったのと問えば、見間違いだよと笑って口を塞ぐ。
キスの巧い人は得をしてる。
そうナミは思った。
一度その味を知ってしまうとだめだ。
柔らかく動く舌。入ってくる人のもの。
イヤじゃないから困る。


私の身体は別の人の物。
所有される覚えはないけど、逆に所有される快感だってあるのだ。
きっとそれは女の本能。



外で跫音がする。堅い靴底が床を叩く音だ。
蝶番が軋んでドアが開く。
その手を離すつもりもないらしい男は入ってきた人間に対して邪魔するなと言った。


所有者だ。
ナミは慌てることなく、最期までそのくちづけに付き合った。
離されたそれを惜しむようにコックは何か言いたげだなと持っていた煙草に火を点けた。
別にと寝酒にでもするのか安物のジンを取って出ていく。

女に続きをする理由はなく、コックもまた同様だった。
銜え煙草を燻らしながら、追いかけないのかと問う。

「何故?弁解なんてする必要があるの?」

枠外にいる男にはその理由が判る。
恐らく自分を含めて所有されているのは船長だけであって、それはあの男も同じだった。
彼女は二者からの拘束を受けていることになる。
あの男と、彼奴。
所有されている部分が違うのだと以前聞いた。
だからあなたにあげられる物など無いと、笑って。

だから時折こうやって内側に入らねば自分の居場所など確保できないことも判っていた。
確信犯だ。
それを知られて彼女が受けるであろう罰。
それだけに心が痛んだ。






        *






西の空に赤い三日月が浮かんでいる。
此処を照らす程の力もないのに、じっとしている。
変に目が馴れてしまってそんな暗闇でもはっきりと遠くまで見渡せるのが辛い。
明かりの消えないキッチン。
そこで何をしているかなんて、見たくもないのに。

見たくなかったから寝転がった。
暗い空。
目を凝らさねば見えない、屑星。



「寝ないんですか?」



可愛らしい声がしてふと目を遣ると、にこにこと笑っている女が居た。
「お前は?」
先刻持ってきたジンは半分かた無くなっている。
ペース早いですよと甲板に吹く突風に髪を躍らせ蜜柑畑に続く階段を上り、
すぐ傍に座った。

つい二、三日前にこの船にのった王女様。
船長が全面信用するなら仕方がネェが、どうにも割にあわねェ。
風呂上がりで男の前に来るなよと言ったら、顔を真っ赤にして俯く。
なかなか最近お目にかからない状況だ。
何て言うんだっけか。
自分には似つかわしくない単語が浮かぶ。そう“初々しい”だ。


悪い女じゃネェだろう。
女?
イヤ娘と言おうか。

多分俺は今までお目に掛かったこともネェ類の女だ。

彼奴とは全く違う。
慌てて会話の糸口を探している。


「コレどうしたんですか?」

人差し指で俺の頚を指す。
勢い余った爪先。
丁度髪の生え際、右耳後ろ。
よく見えたなとそこを隠した。
それは故意に。
指先で触ったが自分では判らない。
それは意図的につけられた印。


だってMr.ブシドー背が高いから



丁度私の目線なんですと笑った。


「虫にでも刺されたんですか?」





王女様は知らないらしい。
Mr.ブシドーを刺す虫って凄いですね、どんな虫なんでしょうね。


ホントに気がついていないのかね?
純粋な衝動。
混じりけがないから剥き出しの悪意に変わる。

「こりゃぁな」


「刺された跡じゃぁネェんだよ」



上半身が強いバネのように跳ねた。
すぐ傍にあるビビの手を掴んで、首を引き寄せる。
躍る長い髪の毛。
それを避けるようにうっすら口唇を開いてそこに噛みついた。
丁度、昨日自分がつけられた所と同じ。


一体今何をされているのかビビには判らなかった。
突如迫ってきた男に驚き身を固くした。
除ける閑もなくあっと思うまま、目を開く。
強い腕に腰を抱かれ、片腕はその手にもぎ取られた。
抵抗しようにも己の細腕一本ではどうにもならぬ。

「痛い、痛いですってば!!」

尚もそうする男を止めてと引き剥がそうとしたけれど重い男の身体は微動だにしない。
恐ろしく強い力。初めてこの船の男を怖いと思った。
吸われているところからだんだんと痛みがのぼる。
男の匂い。
体温。
こんなにすぐ傍にある。
怖い。


目を一瞬開いた。
視界の隅に人影。

 見られた?

目が合う。
橙色の髪の毛が風に躍った。
一秒にも満たない時間だったがそのときだけは痛みを忘れた。


ナミさん。


嗤いもせず、何も言わず、直ぐに背を向けた。
完全なる拒否。
音もなく船室へ消えるその背中を、声もなく見送る。

止めてとその口唇に手を掛け引き剥がす。
爪先でその皮膚を深く引っ掻く音がした。
身体が離れた。
男の両手を離され、ビビの身体が反動で後ろに蹌踉めく。



「こうやって、つけるんだ。」



少し血の滲んだ、口唇。
濡れた跡。首筋が湿っていて冷たい。
同様に先刻見た彼女の目が忘れられない。

何をしたでもないのに息が切れる。
ゾロは指先で傷口を触った。
それには何も言わず。



彼女の前にいたのは少し傷ついた様な寂しげな目をした男。
初めて見た。



「もう寝な。ンないい匂いさせてウロウロすンじゃねぇ。」


立ち上がり、ゴメンなとその側を往くとき頭を撫でられた。
靴が階段を下りる音。
振り返ることが出来ない。
胸が痛いほど鳴っていた。








*

風呂から上がると誰もいない筈のそこに女が一人立っていた。
挑むような眼で此方を睨む。触れれば指先を焦がす炎を纏って。



「あの子に変なコトしないでよ。」
あんなのした内にはいるかと嗤った。
頭から被ったタオルで態と昨日の痣を隠す。


「もう、しねェよ」

語尾を聞き終わる前に発せられた褪めた言葉。
出来ネェしなと、眼も見ないで嘲笑う。

露がつかないようにと立てかけて置いた三振りの愛刀。
それを取ろうと身を屈めれば、女の爪先が邪魔をする。

邪魔だと、それを踏み越えようとした。






「じゃぁなんでアタシにはするの?」







視界は変に遮られていた。
橙色の灯りが船の揺らぎに合わせて揺れている。
それが造る影も同様。

女の目は見えない。
声だけだ。
足の甲に昨日俺がつけた赤い痣が見えた。
サンダルの細い革ひもの透き間からそれが覗く。


刀に手を伸ばし掛けたが、止めた。

ゆっくりと身を起こす。
不遜な眼をして挑むその目が好い。
今にもその口唇が動いて弾を撃ち込まれそうだ。


「お前とは、違うんだよ。」



嗤ってやった。
何かを疑う視線が好い。



「お前みたいな阿婆擦れとは違うんだよ。」



こんな事を言ってもその顔色は変わらない。
だからどうしたとでも言いたげで、同じように嗤うだけ。
目がいい。

触れれば指先を焦がす。
飛び火したそれはこの身体に火を点けて、それは見る見る間に燃え広がる。
倒れた蝋燭の灯芯。
溶けた蝋。
そこから騰がる煤と情念。


一歩、一歩と間を詰める。
怖じ気づく様子もなく、もう、距離はゼロ。


「らしく抱かれな。」


明け渡す身体。
口唇を呉れた。







 お前の言うくだらネェ約束が欲しいんだ





抱きしめて、口唇を奪う時にいつも思う。
目を閉じてるのは俺だけではないのかと。
この虚ろう灯火の下で、音もなく繰り返されるくちづけ。





 お前の口から出た言葉が欲しい





此の手で、触れる度いつも思う。
俺だけがいつも欲しているのではないかと。
この陽炎の向こう側のように、繰り返される抱擁。





 間もなく満ちるこの一時のゆくへは何処



滴るその蜜が俺だけの物だというコトは自明だけれど。
それは永久不可侵ではないのだとも解っている。
心にもないことを平気で言える俺が居る。
それを受けて嗤うお前が居る。

その裏を知っているのか?
その裏側に隠した弱さ。

数日経てば消えてしまう跡だ。
それを夜毎つける俺と、それを赦すお前の理由。
約束にもならねぇ、その痣。



けれど まやかしに過ぎぬ その言葉が欲しい






お前はそうじゃネェのか。
此の印。
コレを残す訳。




苦しいと言うように目を細め俺を受け入れて、零す声まで。
くだらねぇと想いながらも今夜も俺は此の身体に印を刻む。
割り切って、下手な嘘を吐いて。
お前はそうじゃネェのか?
手に触れることの出来る、此の約束を残す理由。

誰にも見せたくない、お前にも見せたくない。
俺の内側。
変えることすら出来ぬ、此の関係。




 この矛盾を蹴散らす約束が欲しい


end


snz+zv+rnz・・・こんな取り合わせになってしまったことを
心より深くお詫び申し上げます
因みにタイトルはなんか不意にこういう長い物をつけたくなったので
egoを聞きながら書いてみた。
でもちっともそんなカンジではないですね
しかしまた無駄にエロイ感じだな。
また馬鹿にされっちまう。主催者様お二方にはおまけを贈らせていただいた
白状すると初書きでした。(笑)








































拒絶されたのは初めてだった。
悲しいと言うより、拒否という信号。
此の儘部屋に戻るのが怖い。
見上げると、月が天頂に掛かっていた。
その中にいるのは、見張り台にいる男。
私を呼んでいた。




なんか元気ネェなぁおまえと麦わら帽子を弄びながらこっちを見て笑う。
どうやら先刻の事は知らないらしい。
よかったと何故か思った。
見られていなかったことに、安心した。

夜ともなると、ココは寒い。
ひっきりなしに吹く風が髪の毛を攫う。
一つ身震いすると、こっちに来いと手招きされて一枚の毛布に肩を寄せた。
先刻とは全く違う高揚感。
安心させる匂い。
彼とは全く別物だ。


「コレ、どうした?」


彼の指先が首をつつく。
思わず、そこを隠して先刻と訳を言った。
大丈夫。きっと、大丈夫と視線を上げる。

そこに在ったのはつい先刻までの少年の顔ではなく。


匂いが変わった。
雄の匂い。
緩慢な動作で、片手を差しのばす。
その所作は酷くゆっくりであったけれど動けなかった。
躍る髪の毛を指に絡ませ、頚を触る。
そこに喰いつこうとする白い歯が見えた。

月が近くて目が開けていられない。
私は黙って、その背に手を回した。

end

ばれちゃったよ。
おまけのルビビでした。(笑)

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