position postscript -temptation-
何とも思わない?
どうとも思わない?
どうにかしたいって思ったりしない?
それとも罠にかかるのは許せない?
でも私は見てみたい。
あなたのその口唇はなにを語るのか。
あなたのその手はどんな風に触れるのか。
あなたのその腕はいかに狂おしく抱いてくれるのか。
あなたのその閉じた目の向こうに、私はいる?
見てみたい。
見てみたい。
あなたをじりじりと焦がすその炎。
それにふれて、指先を焦がしたい。
どうか見せて。
自分では酔ってる自覚なんて更々なかった。
でも自分のペースではなかった。
確かに気に掛かる人が横にいて、しかも飲めと言わんばかりに注がれて。
お酒はあんまり強くない。
ここに来てからだんだんと耐性が出来ていって、今では人並み以下だがまぁ酔わなくなった。
だんだんと、隣で話す上司の言うことが聞こえなくなっていった。
おいビール、と言う声を聞いたきり私のスウィッチは切れた。
夜の、
春の夜の匂いがする。
私はなんでか揺られている。
誰かに背負って貰って、外にいる。
その背中は酷く心地よくって、安心する。
あぁ、きっとコレはあの人だ。
名前を呼んだ。
少し煙たいけれど、コレがあの人の匂い。
ジャケットにも染み付いて、目を閉じていても解る。
きっと、あの人だ。
着いたぞ、そういう声を聞いた気がした。
目を開けたくなくって、閉じたまま。もう少しこのままでいたかった。
おい、と何度も呼ばれて、私を支える手を離す。
背中につめたい廊下の壁、それに縋りながら立とうとするけれど、上手く力が入らない。
そのまま床に座り込んでしまった。
みっともないなぁと思いながら、鍵を出せと言われたのでポケットを探る。
何故かどこにもない。
上手く頭が回らない。
どこに置いたっけ。
「アレ、無いですね。」
溜め息を一つ、それから舌打ちを。
どうするのかなぁと、まるで他人事だった。
暫くして、諦めたように私を軽々と肩に担いだ。
ドアの開く音、シリンダーの戻る音。
歪んだドアの不愉快な軋み。
乾いた音を立てて、ドアが閉まった。
それからソファに投げられたよう。
痛くはなかったけど、身体がバウンズした。
酷く眠い。
きっと飲み過ぎた所為。
それより緊張してたから、それを紛らわそうとして、ペースを早めた所為もきっとある。
瞼の裏に何故かオレンジ色の模様が見えた。
何だろう、手を振れたい、もっと手を伸ばそう。
そうしたとき、誰かが私のお腹を支える。
まるでひっくり返されるように、ソファの背もたれ側に引き寄せられた。
気配。
そうか、まだ。
仕事中。
眼鏡を外されるのが解った。
誰って、それはこの部屋の匂いで解る。
妙に甘いオイルの匂い。
それから葉巻の匂い。
「おい。」
イヤ、名前を呼んで。
「たしぎ。」
イヤ、一度ではいや。
「起きねぇと。」
起きなかったら。
あぁ、やっぱり目を開ければ良かった。
初めに呼ばれたとき、ハイと。
いつもの調子で。
でも、もう目が開かない。
瞼が重い。
口唇に微かに感じた漏れた息。甘いような、苦いような。
載せられた重みは甘美。
微かに乾いた、口唇。
あの人の、匂い。
僅かに触れ合ったそこは直ぐに離れた。
行かないで、もう一度。
あんなに重かった瞼が開いた。
いい、仕事だって思われても、それでもいい。
体を起こした。
声も出さずに、酷く顔色を失うその人。
口唇が動く前に、言う。
「大佐」
「灯り、消しませんか?」
耳の奥で、鼓動が鳴り響き、自分の言葉さえ聞こえないほどだった。
背中を蠢く皮膚の下の脈拍。
息を呑みながら、呼吸を読みながら。
ふと伏せた目蓋は了承の合図か。
半身を起こした。それに抗うかのように手を離す。
緩慢な動きで、腕を伸ばして頚に廻す。
仄暗い灯りの中で見たその顔は確かに私の焦がれた人だった。
けれど、纏った匂いはまるで違った。
ソファ越しに交わす口唇の味は微かに煙の匂いで苦い。
それがいい。
それに吸い寄せられるような。
だんだんと、口唇から、肩へ、胸へ、わたしは体重を預けながら、
それを受け止めてくれることを願った。
何時しか、私はソファの上に膝立ちになって、
ふらつく自分を支えられる始末。
口唇を離し、どちらからとも無く離れた。
ソファの肘掛けを跨ぎ、床に降り立つ。
なんで、こんなに冷静を装おうとしているんだろう。
そういう自分が滑稽だった。
只、こんな浅ましい思いを見透かされたくなかった。
顔を見られたくなかった。
私を、女とかどうとか言うことよりも評価してくれた人。
尊敬しているのに、同時に女の私がいることを、知られたくなかった。
おぼつかない足取りで、ドアノブに手を掛けたとき、身体が宙に浮く。
転ぶ時とは違う。
気が付いたらその力強い腕の中に納められていた。
それが酷く恥ずかしく、思わずうつむく。
どこか窓が開いているのか、
春の夜の匂いがしていた。
さっき感じたよりも夜が濃くなったような。
眩暈。
続き部屋のドアを開け放し、ダウンライトのスウィッチが入る。
暗闇が一瞬のうちに渋橙色に燃える。
一瞬身をよじった。
いや、だ、あかるい。
ドアから数歩のベットの縁にゆっくりと降ろされる。
壊れ物を扱うようにゆっくりと。
頼りない光源の所為と、逆光で、顔が見えない。
ジャケットをスツールに投げる音。
一瞬、視線が私から剥がれる。
乱れた前髪を、手袋を外した指がなぞった。
今更、やめておけば良かったなんて、通るはずもないけど。
でも、垣間見える真摯な目が恐かった。
手に触れた。
その手をやんわりと凌いでベットに留め置かれる。
掌があわさった瞬間、目を閉じる。
恐い。
緩慢な思考が一瞬走り出す。
「大佐、あの。」
「なんだ。」
口唇が触れる間際、漏れた言葉。
「灯り、消してもらえませんか。」
恐い。
踏み込むのには勇気が必要。
「私」
「これでも、初めてなので。」
一瞬手が止まった。
驚いたような、困ったような、そういう顔。
どう、したんだろう。
私から手を引き、ベットの縁に座り直す。
スツールに投げたジャケットのポケットを探る。
一瞬手元が赤く燃えた。
それから、流れた煙。
葉巻を銜えたまま、ジャケットに袖を通す。
「あの、大佐。」
何か、気に入らなかったんだろうか。
「別に
副官と言ったって、通常職務を果たせば好いんだぞ。」
「はい。」
そう返事をしながら、通常業務というのは、コレも含むという風に聞いている。
それとも、見透かされたんだろうか。
私の用意した、ものが、気に入らなかったなら。
「お前、好きな男とか、いないのか?」
突然、別方向の話を持ち出された。
好きな男。
好きな・・・・
一瞬、頬が燃えた。動転して、いつもの自分に戻っている。
「え、ぇぇえ!い、います、けど。」
馬鹿正直に答えなくっても良かっただろうか。
けれど、けれど。
こちらをちらりとも見ず、そうかと気も無く言う。
顔を見る事が出来ない。
「そいつと上手く行って飽きるほどしてからそっちの仕事はやれ。
それからで好い。」
俺だってな、獣じゃないんだから、なんだ。
そう付け加えて、ちらりとこちらを振り向く。。
その顔を見た。何だろう、優しそうな声と、少し残念そうな。
でも、上手く、行くことなんてあるんだろうか。
「そ、それは、難しいんですけど。」
少し照れた。こういう、状況に困りながら言う。
「何だ、自信がないのか。」
自信、あるわけがない。
「いえ、まぁ、はい。」
言葉を濁した。
大佐は意外ともてる。
顔つきは恐いけど、それがいいのよと言う人も結構いる。
よく酒場なんかで私なんかお呼びじゃないほどの人とよく飲んでたりする。
それに、噂。
「ところで、好きな男ってのは誰なんだ。」
こんな事を、聞いてくるのが悲しい。
お前には興味がないよという風で。
「そ、それは答えなくてはならない質問でしょうか?」
「イヤ、興味本位。」
興味だけ。
「海軍の奴らか?」
「はい。」
「どの支部、まさか、うちの奴らか?」
「えぇ。まぁ」
だんだんと、悲しさ、と言うより虚しさが込み上げてくる。
こういうことを聞き出して、どうするつもりなんだろう。
これっぽっちも興味がないとしか思えない。
「知ってるヤツか、もしかして。」
「あー。・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」
濁した言葉の先は宙に消える。
そう、よく知ってる人です。
毎日鏡に映ってる人です。
「どいつなんだ。」
まさかこんなにストレートに訊かれるとは思わなかった。
思わず叫んでしまう。
「えぇ、そんなこと聞いたりして、ど、どうなさるんですか。」
「別に贔屓目で見たりはしねぇ。」
意地悪な顔。
そうやってすぐからかう。
「只、お前ほどの腕の女が惚れるのはどんなヤツなんだろうなって思ってな。」
私ほどの、腕?
こんな嬉しいことを言ってくれる人なんていない。
この世界でどんなに私が苦しかったなんて、誰にも解って欲しいとは思わない。
けれど、それを認めてくれる人。
初めての、たった一人の。
「いいえ、あの、それは、無理だと、思います。」
もういい。
「どういう意味だ。」
いい。
「あー、あの、説明するのは難しいんですけど。あの」
先のことは明日考えよう。
そう考えた。
けれど明日があるんだろうか。
また明日はこの人の副官に着かなくちゃならないんだ。
本当に、言っていいんだろうか。
「えぇと、ところで、私じゃ何か、お気に召しませんか。」
妙な沈黙に耐えかねて別の水を向けた。
「何がだ。」
「いえ、容姿ですとか、大佐の好みというのもありますし。
ヒナさんのように長い髪がお好きだとか。」
「なんで、そこにヒナが出てくるんだよ。」
今まで背を向けていたのに、彼女の名前が出たら直ぐさま振り返る。
ほら、やっぱり。
やめよう。
「え!?違うんですか。」
「何がだ。」
「いえ、隊内噂で持ちきりで、あ。」
しまった。
軍曹さんから聞いた話。しかも、本人に言っちゃダメですよ、と念を押されたって言うのに。
目線を逸らしたが遅かった。。
余所を向こうとしてる顔を捕えられ、無理矢理正面に向かされる。
「どんな噂だ。」
嗤った、恐い。
「あの」
踊る瞳。
「吐け。」
いつもより一段と低い声。
この声が好きで、しようがない。
「本部に入られる前、一度こちらにいらっしゃったじゃないですか。
お二人の様子を見た隊員の一人が”只ならぬ雰囲気だった”と」
「誰が流してんだよ。」
ありゃ同期だっつーだけだろ。だいたいアレはな若い男が好きなんだよ。
「す、スモーカー大佐はダメなんですか。」
あ、暗に若くないと言うようで拙いかなと思ったが、立ち上がられた。
「どこ行くんですか。」
「街」
立ち上がり、ジャケットの襟を正す。
「私もお供を。」
「女が来るトコじゃネェぞ。」
女が、
来るところじゃ、
ない。
これから、そこへ?
ドアに向かって歩き出そうとした刹那。
「ダメです。」
思わず裾を捕まえる。
下から睨みながら行かないでと願った。
「そんなの、絶対ダメです。」
ダメ、許せない。
「なんで、お前、そういうの潔癖性か?」
そんなんじゃない。
それは許せない。
なら、それなら。
「いいえ、ダメなんです、絶対。」
行かせたり、しない。
明確な理由を。
「笑いませんか?」
明日のことは、もう明日考えよう。
「何だ、言って見なきゃわからネェだろう。」
そう、言わなきゃ、きっと解らない。
「いいえ、約束が先です。」
わかった。
そう、頷く。
「大佐、自身です。」
「何が。」
え、伝わって、無い。
もう、何回いうのも、もうおんなじ。
「ですから、あの、私の。」
「ぁあ。」
「で、ですから、私を、大佐が、私に飽きられるほど、その。」
偶然に縁取られた、これが運命というもの。
そのときの顔を、私は一生忘れることが出来まい。
驚愕、呆然、納得、それから。少し困ったような顔。
やっぱり、言うんじゃなかった。
呆れられる。
唾棄すべきモノの一つに映るだろう。
でも、それでも良かった。
何もしないより、ずっといい。
「たしぎ。」
手始めに、この声から好きになった。
それから、背中。
時々黙りがちになる、その癖も。
「なぁ。」
渋橙色の部屋に響く声。
「さっきの、続き。どうする。」
どうかしてしまいそう。
next
スモたしとうとう裏デビュー!!!
でもまだしてないけどね。
この続きかかんと。
長くなるから此処でいったん切りますね。
スクロールする方も大変だっちゅーの。
しかし、スモたし書いて思ったのは、クレユキ男の人の純情が大好きだと言うこと。
相変わらず・・・・
久しぶりにUPしたのがスモたしって、皆様怒るかな、
裏、UP久しぶり
済みませんが少しお待ちくださいよ。
しかし、これ、「4」のたしぎ視点だからこんなに長いんだね。
でもまぁかきたかったし、イイや。