Position
左側は開けておいて。
そこは私がおさまるから。
左側は開けておいて
利き腕とは逆の。

あなたの左側、守らせてくださいな。
初めの印象は、重く深い海の色。なんでそう思ったのか、さっぱりわからない。
彼の髪の色が波飛沫を連想させたんだろうか。

私の手の中には動詞が「任命する」しかない辞令書。
本日付けでこのエリアのボスが代わった。
私は曹長になり、ようやく個室を貰った。
早すぎるような気もしたけど、まぁ役得かな?そんな風に思った。
同時に、そのボスの副官という役職を貰った。

「言ってみればお守り役って事よ」

この辞令書を手渡されたとき、側にいたヒナ中佐。

 いえ、彼女も今回の辞令で大佐になったはず。

こっちを見て笑った。

「あなたの今度の上官、イロイロ覚悟しといた方がいいわよ。」

きれいに紅を塗った口元に見とれながら、どう言うことですか?と聞き返したが、それ以上は答えてはくれなかった。
お互い大出世ね、と独り言のように呟いていたから
きっと同期なんだろうと予測は付いたけれど、「覚悟」って言うのは何だろう。



何の、覚悟。




何日か前のそんな出来事を思い出しながら初めてこのドアの前に立った。
大佐というこれも役得だろうか。オフィスとは別に専用の休息室、とでも言うんだろうかプライベートルームまで付いてる。イイご身分。
私の部屋の隣。

初めて会う人には緊張する、しかも自分の直属の上官。これから何時までになるかわからないが副官というポジションに付くのだ。気に入られなきゃ、後が苦しそう。
覚悟を決めてドアをノックした。


返事はない。


留守ということはないだろう。
さっき呼び出しをかけたのはこのドアの向こうにいる筈の人なんだから。
ドアノブに手をかけた。回る。
失礼しますと、声を張って一歩前に出る。


誰か居る気配。すぐに居場所は知れた。ドアに背を向けるようにソファに座っている。
部屋の中は煙で一杯。愛煙家なんだと一目で知れた。
「あの」


「ブラックで、持ってきたか?」


おなかのそこに響くような低い、かすれた声。
脳髄に響くような。

「え」

ゆっくりとソファの背中越しにこちらを振り向く。初めて顔を見た。
そう、30代半ば、くらいかと勝手に思った。

「コーヒーを頼んだんだが。」


私が手に何も持ってないことに不信感。
「あ、私は。」

「何せ、今日来たばっかりでな。勝手が分からん。
 普通赴任する前に何日か休暇をくれるモンだろ。」
気が気かネェよ、と吐き捨てる。


彼の声に圧倒されながらこのまま給湯室に行きコーヒーを持ってこようか、
それとも挨拶を初めにするべきか迷った。
「早くな。」
悩んで決断を下す前に命令。
はいと、すぐさま返事をして、回れ右。給湯室へと走った。







こういう焦ったときにはすぐどじをやらかしては、イヤになる。
入れたコーヒーを持ったまますっころんだ。自分には掛からなかったけど、タイルの廊下にぶちまけてしまった。あぁ、また。

しかも、私の方が殆どの隊員よりは上官だから、それを笑いもしないで手伝ってくれる。
いっそ笑いモノになった方がいいのに。

恥ずかしい。

すっころんでちょっと打った膝をさすり、それでもめいっぱい急いだ。
遅くなりました、と戻ってドアを開けると、彼の前には誰が淹れたのかコーヒーカップが置かれている。

あれ、と思いながら、手に持ったトレイをどうしようかとまた迷ってるうちにその置かれたコーヒーを啜りながら一言。



「お前」


「誰なんだ。」



今更こんな風に辞令後初対面の自己紹介をするのも恥ずかしい。
しかも私は間抜けにも手にトレイを持ったまま。
仕方ない、腹をくくろう。


「私、本日付けで大佐の副官に任命されました、たしぎと申します。
 階級は曹長です」


そういったのは良い物の敬礼すらできない。
格好悪くッて死にそう。


「・・・本当にお前なのか?」

「お前じゃありません。たしぎです。」


言い返したものの、何故そうきかれたか解らない。
わたしがたしぎと証明するモノがないからだろうか。しかし、IDカードをぶら下げてるわけでもない。
或いは、私が、副官と言うことに何らかの不満があるんだろうか。
初対面の私のボスは手袋を嵌めた手で、頻りに頭を掻いてる。
人間、困ったときによくする仕草。


「えぇと、スモーカー大佐?何、か?」



「お前、幾つだ。」


何故年齢を聞かれるんだろう。19です、と即座に返答した。
やはり、副官がこんな小娘では心許ないとでも思っているんだろうか。



「入隊は?」



「14ですが。」


別段おかしいところなんか何もないはず。
海兵募集要項には年齢15歳以上の者は規定を越えれば入隊できるとある。
私はその年に15になるから入隊できたのだ。

何をそんなに考え込む必要性があると言うんだろう。



深い溜め息を一つ吐き
「どういう人事をしてやがる。」
と毒づく。



やはり私が副官に着くのを危ぶんでいる。
それは私たち女性海兵がこの男社会の中で常に孕んでいる不安要素。
女だからと侮られるのは好きじゃない。

でも、結局私は女。


けれど、それに甘え殉じていたのでは生き残れないと思ったからこそ
鍛錬を欠かしたことはない。
第一、私より強い男はこの部隊の中には今現在いない。
だからこそ私がこの部隊の中の曹長という任を受けた。


頭が、少し煮えた。


「大佐」


已然困ったな、と言う顔をしてる新しいボス。
これから何年、この人の下で働かなければならないんだろう。


性差を危ぶまれ、

侮られ、

見くびられ。



「私は、半端な気持ちで、海兵になったわけではありません。」


「あ?」


「私は、私の信じる正義が此処にあると思って、入隊いたしました。」



「何を?」


「弱冠19の小娘に務まる職務ではないとご不満とお思いならば、
 私自身人事に掛け合って参ります。」



奥歯を噛んで、煙の向こう側にいる上司を見つめた。
いや、向こうからすれば睨んでいると思えるに違いない。
何しろ、私はそのとき酷い顔をしていたと自覚していた。




「何を、言ってるんだ?」




済まないが、窓を開けてくれ。

そういって、自分の目の前で沈殿し拡散しようとしている煙を手で払った。
トレイをソファの前のテーブルに置き蝶番の軋む窓を開ける。
一気に澱んだ悪い空気が抜けて、海の匂いのする風が吹き込む。


座れと、手で合図した。
真向かいに座る。まるで面接を受けた時みたいだ。


まぁこれでも飲めと、さっき私が淹れたコーヒーを差し出す。



何か、勘違いしてるようだがな、そう前置きした。
「一人一人の評価って言うのはな、俺ンとこにも回ってくるんだよ。」
煙を吐き出し、脚を組み直す。
「別に男だろうが女だろうが、使えるヤツは使えるし、ダメなヤツはダメなんだ。」
はぁ、と相槌の様な、気のない返事を思わずしてしまって後悔。



「俺が言いたいのは、そういう事じゃねぇんだ。」


では、どういうことなんだろう。さっき熱弁を振るってしまった自分が恥ずかしい。
聞き返す前に、先に質問された。


「一つききたいんだが」

「お前、いや、たしぎ、副官ってのぁ何するのか。
 知ってるのか?」


何の事やら。


やっぱり、新しいボスは解らない。


                                →position2

記念すべきクレユキ、初めてのスモたしss
スモたしは実はまっさらな状態で書きました。
よその思想とかあんまり入らない方が自分のスモたしを確立できると思って。
最近になってスモたしサイトを少しずつ回るようになりました。
そこで見るものはこんなものじゃありません。ステキすぎて・・・・

玉砕だ・・・
悲しい哉此の才のなさ。

ところでうちゾロナミとスモたしやってるんですよ
自分でもすっかり忘れてたよ。

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