惚れるに加減が出来ようか









岡 惚 同 士


「済まんが」

火をけしとうせ、斜交いに座っていた女がそう静かに言った。
形は小さく、鋭い眼をした女であった。

薄化粧の顔は煌びやかな夜のこの街には似遣わぬ。
照明が暗い所為で少々顔色が悪く見えるのもあってか、頗る美人というほどではない。
整っていないわけでもない。
ただ眼光が鋭すぎて、美醜よりも其方に目が行く。

「あぁ、すまん」

普段なら指図など受けぬと言うように喫煙権を誇示するのだが、
とても穏やかに言われた所為か、素直に願いに順じた。

「いや、此方こそ」

此処は禁煙ではない。
静かに目を閉じ会釈した女はにこりとも笑わず再び視線を少し下げたまま座っている。
ちらとその女を横目で見ると、小作りの口元はぶれることなく引き結ばれていた。

ウェイティングバーと呼ぶには少々下品なカウンターである。

自分は或る人の迎えである。
テーブルに案内されかけたが断って、其の人の用が済むのを待っている。
女も恐らくそうなのだろう。
彼女の前には汗を掻いたグラスが一つ用意されていたが、手をつけた様子は無かった。

「あんた、見たことの在る顔だな」

女は椅子に浅く腰掛け、此方を見た。

「坂本とか言う御仁のお連れさん、だよなぁ」

煙草が無いので口寂しいというわけではないが、
無表情とも取れる女に話しかけた。

「不本意ながら」

女にしては低い声だ。
地球の人間にしては珍しい洋装で、立襟の外套を着ていた。
何が不本意なのかは知らぬが、ちらと眩しいフロアを見て此方に視線を寄越した。

「うちの頭が、近藤さんには仲ようして貰うて、いや世話をかけちゅう」

独特のイントネーションで、最後におおきにと付け加えた。
どこの国の言葉だろうか。
東言葉ではないから西国か。
柔らかな物言いは耳を擽り、女は小さく頭を下げた。

「いや、此方こそ」

坂本と言うスナックの常連が居る。
近藤さんとはウマが合うらしくて、時々話を聞く。
貿易商と言うが非常に胡散臭い身形で、軽薄な真っ赤なコートに下駄履きという不思議なスタイル。
聞いたことの無い訛りがあって、近藤さんと意思の疎通が出来ているのかどうかは知らない。
噛み合っていない会話はお手の物で、子供が遊ぶ約束を取り付けるが如き幼いやり取りを見かける。

時折この女も見かける。

件の坂本と言う男の隣に時々居るのを見かけた程度で、話すのはこれが初めてだ。
大男の隣に居るから小さく見えるのかと思ったが、実物も随分小柄だ。
男と女の骨格は違う。
あとは雰囲気と匂いで見分けられる。
分厚い外套の所為で遮断されていたのか、
遠目でしか見たことが無かった所為でてっきり男だと思っていたが、

女とは。

「宇宙で商いか、随分骨の折れる仕事だな」

坂本と言う男が貿易商ならこの女もそうなのだろう。
このご時勢、天人相手に商売する連中は掃いて捨てるほどいるが、
艦隊率いて宇宙を回って貿易するような酔狂な奴はいない。
半ば植民地化されているような地球人の地位はこの星でも宇宙でも低いままだ。

「大変なことをするきに、給金が貰えるがやき」

それが仕事ろう、にこりともせずに言う。
尤もだ。
煙草でもあれば一口吸う間に繋ぎになるが、消した手前そうも行かず。
女は会話を続ける気が無いのか、合理的で的確、かつ簡潔な回答を寄越した。

「おまさんらも、同じじゃぁ無いがか」

女は笑いはしなかったが、微かに首を傾げ、
答えを待つように語尾を上げた。
微かに笑ったようにも見えたが、目の錯覚だろう。

「その仕事に大将のお迎えも入ってんのかい」

そう尋ねれば微かに険のある目つき。
冷静そうな鋭い眼が、僅かに歪む。
それが女の表情らしい表情だった。

愛想の無ェ、そう眼前の女の人物評を仕掛けた刹那。



「ほれがあしの役目やき」



独り言のように口唇に載せられた言葉。
いやそれに驚いたのではない。

目が。



「あれ、なんでトシ居んの」

聞き慣れた声が不意にした。
フロアから上ってきた男は雑音を引き連れて親しげに手を上げた。
随分気持ちよく酔っているじゃねぇか。

「あんたが来いって言ったんだろうがよ」

迎えに来いと携帯に何度も連絡を入れたのは酔った上の戯れだったのか。
それに応じる俺も俺だが、忘れるあんたもどうかしてる。
盛大な溜息を吐きながら、相も変わらず例の暴力女に入れあげている上司を見た。
また盛大にやられたらしく、目の周りに殴られた痕がある。
飼育員さん、早く檻に入れて連れ帰ってもらえますぅ、涼しい顔をした笑顔の女がその後ろで見送っている。

一体どこがいいんだか。

その背後からからんころんと暢気な音がした。
下駄の歯が愉快そうに床を蹴る。

「待たせたのぉ、陸奥」

暢気そうな声が女の名らしきものを呼んだ。
女はするりと席を立ち、あの低い声で行くぜよと扉へ向かった。
その後ろでホステスらしき女が、さよならァ、永久に、と笑顔で言った。


そう言われた客は、満面の笑みでまた来るきにと意にも介さず笑った。
ホステスもホステスだが、通う客も客だ。
客の男二人は盛大に投げキッスを二人のホステスにしていたが、
二人の女は犬でも追い払うような手つきで見送った。

なんて店だ。

坂本の連れの女が一番初めに外へ出て、殿に俺が出た。
酔っ払い二人は何故か往来で抱き、いやアレは円陣を組んでいるつもりなのか。
兎も角、一緒に呑みに行こうねだの、ゴリラさんもお妙ちゃんを頑張って口説きやだの、
意思の疎通が図れているのかそうでないのか、互いに健闘を祈ると言うような挨拶を交わしている。
酔っ払いに付き合うつもりは無いのか、連れの女は携帯電話でどこかに連絡を入れている。
出向時間がどうのと言う声がする。

袂から煙草を出して火を点けた。

「さかもっちゃん、じゃぁまたねぇ」
「おォ、ゴリラさんもまたの〜」

両者はご機嫌な様子でお互い音がするくらい大きく手を振りながら別れた。
待ちやーと女の背を追う赤いコートを着た大男の背中を見て、
近藤さんははァと溜息をつき、いいなァと恨めしそうに此方を見た。

「さかもっちゃんのお迎え、可愛い女の子でさァ〜」
酔った戯れに仕事から上がったばかりの俺を呼び出してこの台詞。

「じゃぁ別嬪の副長でも雇うんだな」

一人で帰れぬ距離でもあるまいし、タクシーでも拾って帰れと屯所へと向かって歩き始めた。
美人の副長かァ、近藤さんは厭味と気がついていないのか、
そんなことを言いながら帰路を同じくした。


まァ確かに、美人で無いとは言えない。

人混みを掻き分けるように進めば、やだトシ、お前ヤキモチ?等と馬鹿なことを言う。
ウチのむさっ苦しい連中の面倒をみれんのはお前しかいねぇよォ、
隣に並びながら肩を何度も叩いた。
親愛の情を示しているのだろうが、酔っ払いの制御の利かぬ力の所為で痛いじゃねぇか畜生。

「なんか話したか」

そう聞かれ、一言二言と気の無い相槌を打つ。

「別嬪さんだろ、彼女。アレで宇宙を股にかける社長の片腕だぜ」

それを意にも介さず近藤さんはすげぇよなぁいやぁすげぇすげぇと言った。
他に飾る言葉を知らないのか、赤い顔をしながらうんうんと何度も頷いた。

「好みじゃぁねぇな」

咥え煙草のまま先の発言を無視した感想を述べた。
右腕だかなんだか知らないが、礼儀正しいことは認めるがあんな仏頂面の女は初めて見た。
女は可愛げのあるタイプに限る。
近藤さんは何故かそれに大笑いしながら、笑わないところがいいんだってさと付け加えた。

「さかもっちゃん、どMなんだからァ」

どMか。
坂本と言う男がエムだかエスだか知らない。
副官と言うからにはその傍らに常に居るのであろうが、あの仏頂面が常に傍に在るのは少々頂けぬ。
そう思ったとき、女が最後に口にした言葉を思い出す。
顔は笑っていなかった。
諦念、恭順、信仰。

あの目はどれだったのだろう。
役目、か。

「何、トシ、お気に入り?連絡先聞いてやろっかぁ?」

勘弁しろよ、あんな目をして。




「アァ言う手合いに惚れられたら、男は息が詰まるだろうなと思った」


揺ぎ無い鋭い眼をしたまま、役目と一言漏らしたその一瞬だけ、
諦念とも優越とも取れる色がその眦に乗った。
それは本当に瞬きをすれば見逃してしまうような。

「いざとなりゃぁ自分できくさ」

いざってなんだよと近藤さんは笑った。
そんなこと、自分でも分かりやしねぇ。
興味は無いわけではない。
あぁ言う目をした奴は嫌いではない。
似たような立場の、異職種交流会とでも言うのか。
喋ってみたい気はする。



けれども、傍に置くには御免蒙る。
傍らにいる女に求めるものは、男の数だけ違うのだろう。
近藤さんと俺が違うように。
あの坂本と言う御仁とも、違うのだろう。

鋭い眼をした、笑わぬ女。
微かな優越を眦に載せた、あの女を。






    *







「男前やったのォ」

陸奥は坂本の少し後ろを歩きながら珍しく話し掛けた。
坂本は肩越しに陸奥を振り返り、誰が、ワシかと間髪いれずに尋ねた。

「ほがなわけ無いちや。真選組の副長さんぜよ」

よくもそんなことを真顔で言える、
陸奥は溜息を吐いたが坂本は頓着せずあぁと頷く。

「ゴリラさんも男前じゃが、あの副長さんは、まっこと男前やき。
 女衆がきゃぁきゃぁゆうのが男の自分にも分かるがで」

面は役者然とした苦み走った色男。
話したことは無いが、涼しげな眼はニヒルと言うか、クールと言うか、
雄と言う野性味を持っているにも拘らず、綺麗に覆い隠している。

「陸奥はああいうのがタイプなが」

ちょうど横に並んだ陸奥に尋ねた。

「あぁ」
「ウッソ!マジでか」

こんな問答に陸奥が乗ってくるのは珍しい、しかも即答。
男は寡黙なほうがぐっと来るぜよ、微かに眦が歪んだ。
ははぁと坂本は大袈裟に頷き立ち止まる。
陸奥が一歩遅れた坂本に振り返れば、片手を顎にあて、うぅんと唸っていた。

「どがぁした」

坂本は酷く神妙な顔で陸奥を見つめ、
陸奥はそれを見つめ返すことで答えた。


「もしかして、陸奥はわしんこと結構タイプじゃぁ無いがか」


陸奥は一呼吸置いて、なんちゅうたと首をかしげた。
いや寡黙な男が好きと言うきに、辰馬は至極真面目に陸奥の目を見る。
どうやら本気らしい。
陸奥はさも馬鹿にした様子で、ふんと鼻を鳴らす。

「口から生まれてきたような男が何を言うがよ」

寡黙な男に商いが出来るかと陸奥は思う。
数々の鉄火場をその口八丁手八丁で潜り抜けた。
にこにこ笑いながら相手の警戒を解いてするりと懐へ潜り込む。
寡黙な男ではそうも行くまい。
男の優劣はさておき、寡黙で此の仕事が務まるものかとあしらえば、
辰馬はどう取ったものかいやいやと首を振る。

「やきど喋らんかったら伝わらんろう」

だが女を口説くには役に立ってはいないようだ。
相変わらずりょう殿には嫌われているらしいし、いい話も聞かぬ。
己を冗談で口説くときもその技が役に立っているとは思えぬ。

「おんしゃぁ、喋っちょっても伝わっちゃーせん」

無駄撃ちじゃぁ無駄撃ち、と陸奥は吐き捨てるように言う。
闇雲に撃っても当たらぬ無駄弾なら撃たぬほうが賢明というもの。
ぷいと顔を背けて歩き出す。

「あしは無駄が大嫌いじゃ」

坂本の声は陸奥を追いかけすぐに隣に並んだ。
その彼女らしすぎる回答に坂本は陽気に笑った。

「無駄こそ人生の花とも言うぜよ」

おなごはそこに居るだけで花、酔いの戯れに陸奥の長い髪を一房抓んだ。陸奥はその手を振り払う。
おんしゃぁ頭の中がお花畑じゃ、と陸奥は言う。
冷たい顔はいつものまま、侮蔑、蔑み、軽蔑、呆れたような、或いは諦念。




「照れるのう」

「褒めてないちや」

















end


WRITE / 2008 .6.13
他所で見たトシ陸奥に非常にきゅんと来て、そうかNO2同士って言うのもいいかなァと思ったのでした。
だけど、此の二人がもしも飲みにいったとしたら、
初めは愚痴の言い合いで、だんだんウチの頭はどんなところに優れておりどれだけ自分は惚れてるかを延々と語りそう。
んで最終的にはなんでかしらないけど河原とかで決闘とかしたらいい。
なんか上手く消化できて無いなぁ、まァ突貫工事だしなァ


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