わたくしたちは  あはれな虜









い と し い あ な た






「えぇ、おりょうちゃん休みなが!?」

真っ赤な薔薇の花束を両手に抱えて、坂本は思わず素っ頓狂な声を上げた。

相も変わらず艦を抜け出し、すなっくすまいるに足繁く通うのはおりょうのためである。
彼女の笑顔が見たいためであるといっても過言でもない。

遥々宇宙の彼方から、彼女の笑顔に会うためだけに来た。

しかしながら、抜け出すのに今回は苦労した。
何しろ此度は陸奥が相手であった。

鼻が利くのか何なのか。
普段は顔も見たくないというように傍には寄って来ないのに、
こんな時だけ日に何度も電話が来たり、或いは直接の打ち合わせだの報告だのが重なった。

他の奴なら簡単にあしらい、抜け出すのに小一時間もあれば作戦立案即実行となるのに、
陸奥相手では隙すら窺えず三日掛かった。
今頃きっと烈火のごとく怒って追っ手を差し向けているはずだ。


 あァ、帰りたくない。


しかし漸くここに辿り着けた今日が、何故休み。
なんと間の悪い。

営業メールが来ないなぁなどとは思っていたのだが、いやぁまさか。

どうなさいます坂本さん、他の娘も可愛いですよ、黒服はそう言うが坂本はうーんと唸り、
じゃぁと思いついた名を言おうと口を開きかけた瞬間、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。


「えぇ、お妙さん休みなのォ!?」


ちらり振り返ると馴染みの顔がそこにある。
老竹色の袷に黒い羽織。
同じく真っ白い百合の花束を抱えた大男。
思わず声を掛けた。


「ありゃァ、ゴリラさん」
「さかもっちゃん」



二人は馴染みである。

以前おりょうのヘルプで妙が坂本の席に居た時、いつもの如く来店した近藤は妙を指名した。
しかしながらその日は盛況で、席は満席。
入口でその旨を告げられごねる近藤を見遣りながらお妙は舌打ちした。

「ありゃァお妙ちゃんの馴染みのゴリラさんかの」
「馴染みじゃありません、でもゴリラです」

なにやらそんな遣り取りをした。

妙とおりょうを両脇に侍らせた坂本に近藤は苦い虫でも噛んだ様な顔になり、
あの兄さんずるいようと子供のような言い分が聞こえた。
そのあと近藤はお妙に手を振り、妙は「死ね」というジェスチャを席から真っ直ぐ近藤に投げた。
投げられた近藤はショックの余り涙目になったが、
その顔が噂の真選組の局長という肩書きには相応しからぬ子供っぽい顔であった。

銀時とも付き合いがあるらしいその男に少々興味もあり、
さらには噂のゴリラぶりでも拝もうかと、ここで呑んだらえぇとおりょうに言って一緒に呑んだ事がある。
妙が毛虫の如く忌み嫌い、あの悪名高い武装警察の親玉という割に酔うと面白い人好きのする好漢であった。
あれ以来、来店の時期が合えば、ゴリラさん、さかもっちゃんと挨拶するようになり、
いずれ一緒に呑もう等と言う口約束を交わしていた。


妙とおりょうの居らぬ店など用なしとばかりに、じゃぁあの約束を今宵果たさんと、
花束を店に預けてかぶき町へと繰り出したのはそれからすぐの事。
さてどこへ行こうと、生憎週末のかぶき町である。
どこも彼処も満席で、結局ガード下の脂染みた赤提灯のカウンタに座れたのは三十分も歩いた頃だろうか。
お銚子が二つ三つと空になり漸く酔いも回ってきたころ、外見に似合わず酒に弱い近藤が惚気た。


「お妙さんってどうしてあァも乱暴なんだろうなぁ、やっぱり新八君をずっと一人で守ってきたからなのかなぁ」


坂本はお妙が此のゴリラを殴るところを散々目撃している。
しかしながらそれでも立ち上がって口説く姿などはある意味拍手喝采ものである。
おりょうはそれを止めに入ったりもするのだが、
必ずそろそろ諦めればいいのにと独り言のように漏らすのが通例である。
恐らく近藤はそれを知らぬ。

「何じゃァ真一君ゆうのは」

坂本の言い間違いなど意にも介さず、近藤は肴のシシャモの天麩羅を齧った。

「新八君はねぇ、お妙さんの弟君なんだよ」

まぁ行く行くはオレの義弟になるはず、なんちゃって〜、
照れ隠しなのかそんな風に茶化しながら近藤は頭を掻いた。

「ご両親が早くに亡くなられたらしくて、姉一人、弟一人の生活ですよ。
 武家の娘が慣れないスナックで働いてさ、弟を食わせて。泣かせるじゃないですか。
 ウチにもそういうのが居て、なんかそういうのと被ったりして」

お妙ちゃんはお武家さんの出かえと相槌を打つ。

道場のお嬢さんでさらには腕利きの門下の一人なのだと、
近藤はまるで自分のことのようにうれしそうに言った。
そういえば以前おしりを触ろうとして指を決められたこともある。
ゴリラさんに見舞う右のストレートも確かに見事だ。

「でもなぁ、そういう気丈なところがいいんだよなぁ〜」

あれだけ殴られても蹴られても罵られても、
気丈の一言で済ませる近藤は確かにお妙に惚れているのだろう。
どうしてと聞かれても本人はもう分かんなくなっちゃったと笑う。
だが、好いた惚れたの始まりは結局些細な事で、
次第にその人を目で追う様にそのひとの何もかもに懸想してしまうものなのだ。

「あァ、オレがあの人に降りかかる厭な事は全部引き受けてあげたい」

昼夜を問わず恋焦がれて、
愛しいあの人の肩に降り積もる重い何かを残らず払いのけてあげたい。

それは多分男の誰しもが持つ、
愛するひとを護りたいという庇護欲が見せている幻想なのだ。



「ほがぁなモンは要らんと言うがやろ」



坂本は手酌で猪口に注ぎ飲み干す。

「そう!そうなんだよさかもっちゃん!」

近藤は坂本の背を音がするほど叩きながら、
首がもげるのではというほど頷いた。

「でもさ〜そうやって突っ張らかってんのもいいんだよね〜凛としててさぁ」

うっとりと夢を見るような声で呟く。
恐らく脂染みた店の中に渦巻く煙草の煙の中に、
菩薩のような微笑を向ける妙の幻でも見ているのだろう。






「まぁ、はちきんなのがえぇゆうのはわかるちや」





はちきん、という言葉が判らなかったのか近藤はうんと首を傾げる。
じゃじゃ馬娘じゃと笑いながら同病の隣に座る男の猪口に酌をする。
近藤は酔っているのか手元が疎かで、猪口を持つ手が危なげだ。


「そういう尖んがったり突っ張りゆうおなごが、時々優しかったり弱っとったりするのにぐっと来るぜよ」


女はずるい。

儚げな姿に似合わず、男には無い強かさと決して折れぬ強靭な心を持っている。
男などに頼らずとも二本の足で立てるのだ。

あいつ等女は。




「判る?さかもっちゃん!?」
「おーわかるぞーゴリラさん」

あいつ等女は。




「アレものー、時々やさしゅうてもえぇんじゃが」




やわらかくてしなやかで、笑顔と涙で我等、男を虜にして。
時折よろめきつまづく時に、その手をさぁ出せと無言の内に言うのだ。




だが差し伸べた手を確認するなり、もう要らぬと突っぱねる。
まるで差し伸べられた手を確かめたいだけのように。

護られている事を時折確認したい為だけに。
よろめき、躓き。
伏せた目で、その肚の内で。
哀れな虜の心を弄ぶ。


「年に一遍あるか無いかやき」



嗚呼、ずるい。
なんてしたたか。

そしてなんて可愛らしいのだろう。





心を占めてやまぬ。

いとしいあのひと。





「アレって、あれ?」



近藤は首を傾げた。
坂本が「アレ」などと言うからには随分近い者を呼ぶ言い方ではないか。
酔った頭ですら、それはおやというに値する。


「それおりょうちゃんじゃないよね?」


坂本は何か痛いところを突かれたように、猪口を勢い空にしてお銚子を振った。
しかし中身は空だ。

「イイ人が居たりするわけ?」
「あっはっは、ゴリラさんもう一本行くがか」

誤魔化すようにそう言って、お銚子を振る。

「そだね、オヤジ熱燗もう一本」










end


write / 2008.2.1
近藤さんと坂本は飲み仲間だったらいいのに、という妄想の産物
銀時くんと近藤さんの組み合わせも好きですが、
男惚ればっかり身に受ける、女にはてんでモテ無い人たちがぐだぐだ言ってるのは結構好きです
というか野郎が女の事でぐだぐだ女々しく話してるのがたまらん
ちなみに、此の話は時系列の中に入れてもよかったんですが、
まぁ、拍手で放出したしと思って…

また書きたいなァ…需要がなさそうですが
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