「群れ」
孤独な群れだ
依存と共存の違いを意識させる
傍観者 そんなモノはいねぇ。
誰をも巻き込む嵐。
それに脅えるのは、この孤独で強い群のなか

安心しなよ、どこにも行ったりしないよ


突如、ばしっ、と小気味のいい音がして、振り返るとナミが船の欄干に立っていた。
入水自殺でもするのか。
髪の毛が海風に弄ばれ、スカートが脚の形に張り付いている。
オイと叫び損なって、駆けつける。
ひらりと一葉の如く、音もなく無事桟橋に着地した姿が見えた。



寄港の準備に追われている、夕方間近の出来事。



女は太陽を睨んだ。

いや、その中にいる男を。



振り返る。

その視線の先にはゾロがいる。
先刻の音はナミの右手がその頬に飛んだんだろう。
ここからでははっきりとは見えないが、指の跡がついているようだ。


両者は不遜な目をお互いにして、剣呑な空気が俺の回りを一瞬にして包んだ。



「オイ、ナミ。」

呼び止めようと身を乗り出したが、サンジが後ろの男に掴みかかり、怒鳴っている。
その喧噪に巻き込まれて、俺の声は掻き消えた。







一体どういう理由か、それに踏み込んでもいい物か。


その姿はどんどん小さくなっていき終いには人混みに紛れようとしている。
逡巡する間もなく俺は欄干を乗り越えた。

「テメェ抜け駆けしやがって。」


サンジの声が飛んできた。

抜け駆けねぇ、お前が行ったらまたややこしいことになるだろ。
とばっちりは御免だ。
軽い音を立てながら桟橋を靴が叩く。

まだ見える、そのよく目立つ髪の色。
女の足になら負ける筈がねぇ。


呼んだら、駆け足で逃げられるかも知れない。
ひたすらに走った。人混みをかき分け、見失いそうになりながら。
揺れるオレンジ色の髪の毛はもうすぐだ。

名前を呼んでその肩を掴む。振り返ったその顔は泣き出しそうな顔だった。


「俺で悪いな。」



落胆するところなんて見たくないから、その顔を見て笑ってやった。
一瞬鼻を啜った。
泣き出す兆し。ハンカチを出しかけたとき、向こうからにぎやかな音楽が聞こえてきた。
何かのパレードか??



「移動遊園地だわ。」



ナミの目を一瞬奪ったのは、点滅する照明達。
大道芸人が廻すループ。
色とりどりの風船。
甘い飴の匂い。
それから。

ゆっくりとまわる、メリーゴーラウンド。






折しも夕闇の迫る街道。
日常から一線引かれた現実味の無い、別世界。


「行こう。」



繋いだ手を引っ張られる。
その顔にはもう涙の片鱗すら無かった。


*



「今日はきっとこの辺のお祭りなのね。」

先刻ねだられ買ってやった綿菓子を嘗めながらナミはほらと指さす。
イーストブルーでは馴染みのないリースがドアの前に飾られてる。

「感謝祭かな??」
「さぁ。」



ナミが持ってる綿菓子の反対かわを掴み、千切って嘗めた。


もう俺は体力の限界。
先刻からあっちこっちつれ廻されて、確かにゾロがお供を厭がるのも解る。
もう一回もう一回と、何度強請られ木製のコースターにつきあったことか。
アレは速度が怖いんじゃない。なんだか壊れそうなのが怖いんだ。
でも、嬉しそうに無理してはしゃいでるようにも見えるナミは可愛かったし、
なんでかずっと俺と手を繋いでる。どうしてなんだろう。
聞いてみたい気もしたけど、きっと迷子になるからよ、とでも言われるのがオチだ。



そういう理由じゃないのは解ってる。


ごめんなサンジ・・・。



辺りはもう真っ暗だったが、店の灯りや電飾のお陰で昼間のように明るかった。


「疲れた??」

俺の顔をのぞき込みながら、猫のように甘える。
こうやって、アイツにも甘えりゃいいんだよ。
そういう気がない俺でさえなんだか許してやりたくなるじゃネェか。


「いィや。」

なんで喧嘩してたんだろうな。

「ご飯食べようよ。」

なんであんな風に殴ったんだろう。

「何だよ。おごってくれんのか??」

何処まで踏み込んでも許されるのか。

「しょうがないなぁ。貸しとくわ。」

或いは何処まで踏み込んではいけないのか。

「マージン幾ら取るつもりだよ。」

俺に笑いかけるとき見たいに笑って見ろよ。

「バカねぇ、おごってあげるわよ。」





妙な気分だ。
二人で飯を食うのも初めてだし、こうやって長い時間二人で居るのも初めてだ。
ゆっくりと食事をとりながら、甘い酒を流し込み、
俺の話にゆっくりと相槌をうちながら、楽しそうに笑ってるナミは初めて見た。

しかし俺の方はゆっくりと呑んでるつもりだったのに、こっちのグラスが空く前にナミは二杯は飲んでいる。
笊だ。
しかし呂律一つ狂わない。
このペース、サンジには辛いだろうな。
アイツああ見えて、結構弱いしやっぱり釣り合いってものが大事だよなぁ。

つきあえるのアイツしか居ないとわかってて、こんな事するのがまた女つうかなんつうか。

ちらりと時計に目を遣る。

船をでてからもう四時間近くたってる。
きっと今頃帰りが遅いだの何だのサンジが喚き、
ルフィは「そんなことより飯作れ」と放任してるんだろう。
もう一人は無関心な振りしながら、今か今かと帰りを待ってる。

誰も彼もがこの航海士を大事に思ってる。
俺だって例外ではない。
恐らく。


いつもいつもこいつ等にははらはらさせられっぱなしで、
なんで俺が気を遣ってやらなきゃいけないんだと思ってしまう。
とばっちりは御免だと思いながら、ナミ翌朝目を腫らしていると可哀想で何かしてやりたくなる。

好きだとか、ではないんだ。
只、大事にしたい気持ち。

なんていうんだろうな。



「何よ、黙っちゃって。」

ちょっと酔ってきたのか、目が潤んでる。
それでもペースを緩めていないところを見るとこれは憂さ晴らしらしい。

「なぁに、アタシに見とれてたわけ??」
「バーカ。」



ふふふ、と柔らかく笑いながら新しいグラスに口を付けようとするのを止めた。
「おい、そんなに呑むと足が立たなくなるぜ??」
「大丈夫よ、これっくらい。」

俺の手を制止して、それを半分啜る。
「俺じゃ運べねぇぞ。」
箱入りだもんねぇ、仰け反りながら笑ったあとテーブルに突っ伏す。

「おい、ナミ!」

椅子をならしながら、立ち上がる。何だ、急性アルコール中毒か??
あんなにハイペースでとばすから。
揺すると肩が震えている。
くつくつと、喉の奥で嗤う声。



「心配した??」


ゆっくりと顔を覗かせながら、顔が緩んで肩を振るわせ笑っている。



無邪気で、悪意のない、魔女の笑みだ。


一瞬で褪めた。

「帰るぞ。」


ナミの上着を取って、促す。
その足取りも確かめず俺は店を出た。

「ネェ、待って。」



きっとこういうところだ。
ゾロがナミを怒る理由。
人を試すようにする仕草、確かめたいからするんだろうけど、
本当に心配するからやめて欲しい。

女っていう物は、こういうモンかね。



何だよ、信じるに足りないかよ。
じゃぁなんてったらいいんだ。



「ネェ待って。」


左手を掴まれ、縋るような目がすぐそこにあった。
「怒らないでよ。」


恐らく、ナミは俺に対しては素直。
そして恐らくアイツにはこういう風には謝らないんだろう。

お互いが、意地の張り合いをしてるだけだ。


「怒っちゃいネェよ。」


もうすんなよ、と手を離す。
ごめんねとと萎れながら、離れた指を結んだ。




だんだんと人気が消えていき、海風が強くなる。
外はいつ出たのか満月の明かりで足許に淡い影が出来ていた。
つかず離れず繋がった俺達の影がいくつもの方向に伸びている。



「浜にでちまったな。」

妙な沈黙が息苦しい。
夜の海は銀色に光っていて、人魚でも出そうだ。
ふとナミは手を離し、波打ち際に業と近づいた。

潮が満ち始めているのか、時折強い波がこちらに来る。
きゃぁとかわぁとか楽しそうにおっかけっこしてるみたいに、
足が濡れないように見計らいながら。


一瞬目を離して、船を探す。
何処に止めておくという約束はなかった。
あの桟橋の傍に多分繋いでいるはず。
どの辺だったかと月夜に目を凝らす。


「きゃ」




短い悲鳴に振り返ると、どうしたものかナミがへたり込んでいた。。

「なぁにやってんだよ。」
波とおっかけっこをやってたとき、砂に足を取られたという。

「足、捻った。」
砂と、潮水に浸かった己を呪うようにぶすったれる。
立てよと、手を引っ張るがやだと解かれた。
そのうちにもゆっくりと潮は満ち、ナミの足許を濡らした。


「足痛いよう、歩けないー!!」



嘘泣きだろうが、何だろうがこうなると男ッてのはダメだな。

「はい、立って立って。」

幸い傍には誰もいなかった。
傍にあった流木に座らせ、サンダルを脱がせそれを片手に持つ。
そうなんだよ、結局俺はこいつに弱いんだ。
ハイよ、と背を向けた。




耳に当たるナミの頬が熱い。
後ろ手に持ったサンダルから滴る潮水が足に当たる。

「重い??」

「重い。」

「おりよっか」

「嘘だって。知れてるよ女の体重なんて。」



相変わらず満月は煌々と浜辺を照らしてる。
砂地を一歩一歩歩くたびに足許が鳴るような気がした。



「ウソップになら、甘えられるのになぁ。」


不意にナミがいう。
俺の背中に声が響く。


「アタシって、かわいげないよね。」


萎れた声は同情と恋愛を錯覚させようとする。


「そうか?可愛いぞ。」


なるべく冗談っぽく言えるように努めた。
だって、本当に可愛いと思ったんだ。


「アンタにいわれてどうすんの。」







じゃぁ、誰に言われたいんだ。








少し、今此処に不在の男が羨ましかった。


涙して目を腫らすのも、
憂さ晴らしといって俺を連れ廻すのも、
太陽を睨んだあの眼も、
後先省みない無謀な賭も、


全部あの男の為だ。



幾らサンジが好きだ愛してると叫んでも、それを軽く流すだけ。
幾ら言っても届かないのは俺もアイツもこいつも同じ。

船上での嵐は誰も傍観者を作ってはくれない。
全ての者が当事者で、大なり小なり巻き込まれる。

きっと、俺も、その中の一人だ。




遠くの方で、黒い影が見えた。
見覚えのある影の形。
俺にだって解ったんだ。


「ホレ、お迎えだ。」


ナミを背負い直した。返事はなく、オイと呼びかけると寝息を立てていた。
寝たふりだろうか、まさかな。



まぁ、あんたらお互い様ってヤツじゃネェの??




影の主はばつの悪そうな顔をして、何も言わず女を受け取る。



「足捻ったんだってよ。」
「バカだな。」


俺と同じようにお前もバカの顔をしてるよ。



船はもう鼻の先。
俺はもう御役御免だ。


「おい、ありがとな。」


俺の後ろからそういう声が聞けるとは思わなかった。


「二つ貸しだ。」


二つと怪訝そうな顔をする。


「見張り、代わってやるよ。」




俺がちょうどタラップを昇りはじめたとき、満月は雲に隠れた。


丁度。
目隠しになって、彼奴等には好いだろ。

end


表3333を踏まれたそらちさんに捧げます。
「ウソップ視点の或る日のゾロナミ」 アタシ的には結構楽なお題と言いますか、
実は書きたかったネタがあったのでそれをスライドさせていただきました。
書きたかったシーン、それはどれでしょう(笑)正解は、勿論おんぶだよ。

しかもゾロがおんぶじゃなくってウソップがおんぶなんだよ。
わかる??これ??
本誌でゾロナミおんぶがでる前からやりたかったって言っても信じちゃもらえないだろう。

つまりウソナミが書きたかったんだよ。この程度の・・・・
ゾロナミでウソナミ・・・かなりツボらしいです、私には。
(でも「ごめんなサンジ」の意味はどう取ればいいのクレユキよ・・・)

ごめんなさいね、広報部長。
ゾロナミテイスト今回は結構控えめです。でも前提はそこですから、赦して下さい。
愛を込めて。受け取りのサインは投げキッスで御願いします。(バカか・・・・)
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