そちら側は命のあるほう   
脈打つ鼓動が近い位置

そちら側は命のあるほう   
冷めぬ血潮が巡る場所

そちら側は命のあるほう   
だれかの命を奪う左手

そちら側は命のあるほう   
命を削る 神に背く手
左側に立つなと言われたことがある。
何故かと聞いたら剣を抜くからだと。
抜刀するときに邪魔になると。
いざというとき後れをとると。

それからもう一つ。


だからあたしは彼の左に立つ。
剣を抜かなくていいように。
君が命を奪わなくともいいように。









「字を書くときは?」
「右」



「歯を磨くときは」
「右、だな」


「はさみは?」
「右、だと思う」



「髭を剃るとき」
「あー、右だ」



「背中を掻くときは?」




なんだよそりゃと言いながら、分からなかったようで背中を掻く真似をして見せた後、
両手だと答えた。よくよく考えれば片手で届くような広さでもないのに真剣だった。

 馬鹿。




「フォークは?」
「左」


だけど俺は箸だぞと手を何度か握っては開く。
俯したまま顎を枕に乗せて面倒くさそうだ。
実は眠いのかもしれない。
それもその筈で夜更け前からベッドで二人して勤しんでいたからこっちだって眠りたい。

質問を続ける。


「蜜柑を剥くとき」
「なんだそりゃおまえのことか?」


酔いどれオヤジのような言い方で、かけてたケットをひょいと捲る。
一晩で匂いが染みこんでしまった気もするその下は、
ふたつのからだが何もつけないままで仲良く並んでいる。
今し方まで左隣でうつらうつらしていた顔が、捲ったとたん妙に嬉しそうに歪んでいる。
さっきまで上っ面だけじゃなく内側の方までさんざん見た癖に、今更何が嬉しいのか。
ぎゅうとほっぺたを抓る。

「あたしは蜜柑は左で剥くの」

あぁそうでスかと気のない返事で以て、ごろりと転がりあたしを横抱きにして脚を絡めた。
背中から覆い被さるように窮屈な抱き方。
頭の座りがいいように、枕とあたしの頭の位置を調整しながら自分の置き場所を探している。

本気で寝る体制だ。


「じゃぁ最後」

何だよとあたしの髪の毛に鼻を埋めて眠そうな声。





「女、抱くときは?」






                             *







初めに気がついたのは確かサンジ君だったかと思う。

「おまえ、レフティ?」

食事の最後に出されたフルーツの、皮を剥いているときだった。

あたしのためにオレンジを剥いていたサンジ君が不意にそう言った。
テーブルを挟んで差し向かい。
同じようにナイフを持つゾロを見たとき違和感を感じたらしい。
鏡手だったんだよと、そう気がついて口から出た。

「へぇ」

あぁそれでかと思い当たる事もあった。
船の食事の席は割り振りが自然と決まって、ゾロの左隣は何故かあたしになった。
そこが定位置となってもはや誰が決めたわけでもないけれどそこが指定席になっている。
食事の合間に時々肘がぶつかるので、窮屈だなぁと思ったことが何度かあった。
そのたびに悪いと言ってはくれるのだが、残念ながらチェストの幅は決まっている。
窮屈なままで食事を採るのだ。時々肘をぶつけながら。

「両利きだ」

何をムキになって言い返しているのか知らないけど、
この二人はいつでもどこでも張り合っているので然したる理由などないのかもしれない。
ゾロはいつもは皮のまま齧るのに、今日はサンジ君を真似るようにオレンジの皮を剥いている。
サンジ君は皮を煮てママレードを作るそうだ。美味しそう。
ゾロは盗み飲みがばれて手伝いをさせられている。

「左利きは天才肌が多いんですって」

あたしはオレンジが切られるのを待ちながら対照的な二人を見比べる。
別にゾロが天才肌といった訳じゃない。
けどサンジ君はちょっとだけむっとして鼻で笑った後ゾロをじっと見た。
視線を感じたのかその主を見るわけでもなく何だよとぼそりと言った。

「の、割に不器用そうだけどなぁ」

オレンジはとても熟れていて、切れた果肉から滴り落ちる。
サンジ君は薄皮一枚残して素早く剥く。
その端からからルフィに取られているから本当に余すところ無くという体だ。

ゾロは本職で無いにしたってまぁ上手の部類。
時間は少し掛かるけれど、、皮は切れる事もなく剥かれてゆく。

 けれど熟れたオレンジはそんな時間を待ってはくれない。

皮を切られたオレンジは、刻まれた身から甘く香りを漂わせる。
ゾロの右手は甘い露でべたりと濡れていた。
肘の方まで垂れてくるのか、薄い刃のナイフをオレンジにあてたまま
時折舌で甘い汁を舐めとっている。

「へったくそ」
「うるせぇよ」

お互い負けず嫌い。
その応酬。
いつものことだ。


あたしはそのやりとりを見ている。
飽きもせず。


赤ワイン鮮やかな、スミレのパンチを飲みながら。
少しの苦みのある後味。
きっと甘いオレンジとよく合うだろう。



私はじっと見ている。


彼の左手が握る白い刃。
彼の右手に支えられ、切られてゆくオレンジ。
手のひらの中で温められていく果実。
肘まで伝い落ちる甘い露。
それを舐め取る舌。
白い歯の隙間から覗いたその動き。




あたしはそれをじっと見ていた。
自分の左隣。


 彼の剥くオレンジ、きっと甘いであろうその果実。





                                   *





「甘い匂いがする」

投げ出されるように目の前に在る大きな手の、指先が黄色くなっていた。
さっきオレンジを剥いた所為。堅い指先を触るとくすぐったいのか握り返す。
返事もろくすっぽしないでで、あぁうん、なんて面倒そうな返事。
いつもの低い声じゃない。
鼻に掛かって濁った寝言紛いの声。

「おまえも寝ろって」

大きな手が目の前にくる。
暖まった手から立ち上った香気。
残り香なのに強く香って、甘い癖に覚醒を促した。
寝転けたままの本人は気がついていないのか、それとももう麻痺しているのか。

左手はおなかのあたりをもって、自分とさらに密着させようと引き寄せる。
右手は喋り出そうとする私の口をやんわりと塞ぐ。




 あんまり甘くて

 舌が乾く




口を開いた。

喋るためじゃない。

塞ぐ指を歯で噛んだ。
噛んだついでに舌先で指を舐める。
匂いほどじゃないけど甘いような気がする。匂いに麻痺しているのかも。
くすぐってぇよと言いながら厭がらないまままだ夢の中。

大人しくしていてよとそのまま指を味わう。咬える。

堅くて節くれ立った長い指だ。喉の奥まで含むとやっぱり甘い。
オレンジの蜜が染みこんだ男の指が、私の舌の上。唾液と熱で柔らかくなる。


こうしていると、先刻こいつが剥いていたオレンジを思い出す。

彼の手の中で温められていくオレンジ。
零れる露に往生しながら一滴残さず口に含む。

薄い舌が歯の間からちろりと姿を現してはすぐに隠れた。
長い腕を伝って滴り落ちるオレンジの蜜。






 果実は命を包むもの

 そこから落ちるのは命の欠片

 私たちは命を頗む

 匂いを吸い込み 歯で磨り潰す




右隣で賢明にオレンジを剥いている、不器用と賞されたその一挙一動。
秘め事の一幕を連想させた。

真剣な目、舐るように湿り気を帯びて対象を見つめた。
緩く曲げられた腕の中で行う所作、彼の手を濡らした甘い露。

淫らな熟れた果実は焦げ付くスピードでは待ち切れぬ。



 ぽたりぽたり

 命を零す




指を、口に含んだまま先刻のゾロの姿を妄想する。
軽く伏せられた目、薄い口唇はじっと閉じられて何も喋らぬ。

利き腕ではない右手は私の頭の下に回っている。
皮膚の薄い指の股、手のひらに近い指の節。
舌を伸ばしてずっと上の方まで舐りあげる。
繰り返せば繰り返すほど、ふしだらな妄想の中ですり替わる。





「おねだりか」



覚醒間近の夢の入り口 彷徨いながら どっちへ行こうかと迷い



「寝てていいよう」



あたしはおしゃぶりを離そうと口をあける。
眠りにおちる間際の男、その腕のなか。
朦朧とした二つの眼はこっちを見ているだろうか、それとも閉じられたままだろうか。


「ふうん」

鼻の奥で吐息のような声、返事はいらない。
なのに、笑った様な気がする。
否定でも肯定でもなく、了解というようなテイスト。

口の中は飴玉を舐めているようにとても甘いにおいで充満している。
爪の間の濃い匂い、骨の尖り、皮膚の撓り。

寝ていていいようと言った暖かい左手は、乳房に触れる。
真っ白な脂肪の固まり、皮膚の上、甘いと言うその嘴に似た軟らかい尖。

此処から続かんとする行動の先端へ促そうとしているのかそうで無いのか、
小難しいことを言ったら馬鹿だと否定されそうだ。
あたしはそうされて特に動揺は無い筈なのに、
けれど焦げ付く鍋底から更に鋭くなる感触を忘れることができない。
反射のようにもどかしく思う。

私の脚を割って入る、男の脚に擦り付ける。

同じことをさっきから何度繰り返しているのか忘れたけれど、
合図を得たというように左手が動いた。

「なに想像してんだよ、おまえ」

真夏の隙間風、生温かく通り過ぎようとする声は首の辺りを掠めて耳庭へとたどり着く。
嘲りのようにも聞こえたけれど僅かに上昇している温度差。
彼の剥いたオレンジのように、じわりと濡らした奥。

中つ指が内側を抉る。
見えぬ場所、手探りの癖に同じ場所を探り当てる。

「滑るな」

もう口の中の指は私の意思では吐き出せない。
舌の自由を奪われて声が出せない。
ふと緩んだ彼の背筋の緊張、拘束を緩められたかと思った。
それは間違いで据わりの悪い腰の辺り、膨れ上がった茎を背に押し付けることでそうと知れた。
先走る粘液が恐らく糸を引いている。背骨に当る。

なにを触れば、どこを触れば、そして緩急。
教えてないのに探し当てる、自分が分からぬことをこの男だけが知っていると言うのも癪だ。
嫌がる私の手を先導して此処がお前のいいところだと教えられ、
たとえば自慰に耽るとしても同じようには逝かない。

観てりゃァ分かると自信を滾らせ、何でうまくいかネェかねェ、同じことを繰り返す。
人間と言うものは馴れる生き物だ。なのに何度同じことをしてもコレだけは慣れてくれない。
覚えた刺激を踏襲して、百の行程のたとえば初めの一、
匂わせただけでぶるりと寒気、後は傾に呑まれるだけ。

「湧いてきてら」

肩を軽く食みながら、折り重なるような形のまま中を掻き出す。
声をあげたくてもあげられない。
一瞬震えが走ってそれに気がついたのか舌をつまんでいた指を離す。
不意に自由になった口は垂れ流していた唾液でべたりと濡れていた。
咽喉は呼気に張り付いてうまく声が出なかったのは幸いだ。
乾いて声が出せない。
もう夜明け間近だ、誰かが声を聞くかもしれない。

頚へ顔を埋めそんな体制でキスしようと舌を伸ばす。
折り重なるようになるので肺に負荷がかかる。
出せない声、整わぬ呼吸、何が楽しいのか耳朶を噛みながら笑っている。




「またねェぞ」




背に貼り付けるよう体重を乗せる。
弄っていたところ目掛けて宛がう。
脚を閉じさせぬよう、膝を軽く押さえられ。
わざわざ難しげな身体のまま、もう声ははっきりとしていた。
擦れているのは息を継ぐ所為。

滑ると言った指は違う孔を探り、
其処じゃないと言うとじゃァまた今度とリザーヴ。
待たない等と言ったくせに嘘つき。
指先は捜し当てているのに、埋らぬままじれったい。



「騎乗ろっか」



僅かな負荷。
口唇を舐めた舌の音がした。



「いいや」



ゾロの右手が私の額を支える。
逃げないように抱き込む。



「まぁ」



抑えられた頭は項垂れることも出来ず、
蝦反って感触を逃がしたいのにそれを許さず、
目隠しの如く覆いかぶさる手からはオレンジの匂い。



「コレはコレでまた」



浅い差込はむずがゆく、もどかしく。
呼気で動く内膜は少し身体を攀じるだけで擦れて露を零した。
動くに動けぬ両者は睨み合うように身体を硬くしながら何かを待った。




 こちらは逃げようとした。
 あちらは追おうとした。





右手から逃れる。
重い身体の下、捻るように背を向けて逃亡を企てる。
猫のように脚を引き込む。
駄目だと名も呼ばず寝床を叩く私の両の手、右手で封じた。

そっちからだったと黙秘権など知らぬ男は開かせた脚の間に身体を割る。
先端だけが潜り込んでいた其処には、今度は楔のように深く深く打ち込まれる。
打たれたばかりの鋼斧のように、燃えている。


「ナミ、そんなに絞んな」


煩いな、好いならそう言ってくれればいいのに。
左の手は逃げた仕置きだと楔の埋め口。
花の芽を摘んだままだ。
いやだと言うのに、逃がさない。
もぎ取る左は奪う側。
誰に遣るかといつも言う。



 私を抱く手は左側。
 逃げ出す腕を捕らえる右手。



「あたしを抱く手は」




片腕を伸ばすときはいつも左。

 逃がしたものを封じる右腕。

絡め取って突き上げる、

 絞り上げるそこを掻き出す左手。




「ねぇ、どっち」




 抱いた後、横たえる右側。

 離さぬよう抱き込む右腕

 護り手のように被さる左腕。



なんの恐れも抱かず夢を見ながら君の左 眠る揺り籠







そちら側は命のあるほう

脈打つ鼓動が近い位置




そちら側は命のあるほう

冷めぬ血潮が巡る場所




そちら側は命のあるほう

誰かの命を奪う左手





君の左手 死を切り裂く
誰にやるかと もぎ取るほう


君の左手 私に触れる手
 

それは命に近いほう













リハビリって大変…
何ヶ月か振りって言うか恐らく2月末に書いた
嘘とロビンちゃんのお話が一番最近上げた原作モノかと思います

裏ものはそれより更に遡って…
なんと!おととしの さ!!三月!?
恐らく某サイトさまへの謙譲したブツ三部作をあげたのが最後かと…

うひゃぁ!放置もいいところだよ…
しかし、昔の感覚が取り戻せないな ムムム
精進します

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