けもの道
吹き溜まり。
足を捕られて夜明け前。


背中に当たる柔らかな胸。
肌は粟立つ。
一瞬迷った。
この鼓動は筒抜けなんじゃないかと焦った。
ナミはもう一度言う。

 「抱いてよ。」

命令?懇願?欲望?
それともオレは消耗品?
計算、コンマ2秒で答えが出る。

「タタねぇよ。」
自分の胴に巻き付く腕をわざと乱暴に払った。

「お前じゃタタねぇよ。」

嘘吐き。
どうせなら、憎んでくれ。
もう二度とその名を呼ぶのも躊躇われるくらいの絶望を味わってくれ。
そうすれば、その声に惑うことはもう無い。
その、視線に迷うこともない。

「早くしまえよ。みたくねぇ。」
脱いだ上着を投げて寄越した。
白いその身体を視界に入れないように。
 とてつもなくこの安宿が狭く感じた。
嵐で島に閉じこめられてる苛立ちなのか、それとも発情期?

 どっちでもいい。

船は外海へと出た。
港に繋いでおくと、岸壁に当たって沈む、指示を出したのは航海士。
この島には船に乗り遅れた俺と、アノ女と、クソコックの3人。
ずぶ濡れになって、宿を取り、風呂から上がったらこの様だ。
自制心には自信があった。
だが、それも今は揺れ動いて、まるで嵐の中の船のよう。
 沈黙に押し出されるように、部屋を出た。
行くところ?
忌々しいが、アノクソコックの部屋くらいしか、思いつかない。
「てめぇ、”船を下りてまでわざわざ野郎なんかと顔合わせてられっか!”
 っていったのはどこのどいつだ。」
「そっくり返すぜ。」
イイからそれよこせ、と強引に煙草を奪った。
マッチは湿っていて、なかなか火が点かない。
「部屋にいたくねぇんだよ。」
 お前寂しいのか?
バカ言えと一蹴する。
 何の因果で、と呆れ果てた顔でサンジはシャワーに向かった。

また一人、一人になるとさっきの残像がちらつく。
生々しく残る感触。
そこが熱い。
斬られたときに皮膚の上に残る熱のよう。
「忌々しい。」
何が?自分が?アノ女が?
それとも、この欲望が?
煙と共に吐き出す。
 目に滲みた。

「なあ」
「ああ」
風呂から上がったばっかりのサンジに言う。
傍らには愛用の煙草、それから、安物の寝酒が置いてある。
それを「上品」にもグラスに注ぎながら生返事。
「手が出せない状況ってあるよな。」
「は、」
間抜けな声。
「お前が、口べたなのはオレだって判るが、もうちょっと補足説明を入れろ。」
何が言いたい、タオルを取りに席を立つ。その背中に向かって言う。

「大事にしたいから手が出せない、ってことあるか?」

ウソくせぇ、詭弁だな。

一蹴される。
「大体、そりゃどういう状況でそういう例えを出したんだ。」
濡れた髪を拭きながら言う。
「誘われた。」
「誘われただと!!」
コンマ2秒の返答。さっきまで生返事だったのに声が変わる。
「で、どうしたんだよ。」
こういうときの男ってのは馬鹿だ。
「もしもの話だって言ってんだろ。」
ふうん、と笑った後、ライターで新しい煙草に火をつけた。
「まぁ、据え膳喰わぬは男の恥、っていうしな。」
「喰えンのか?」
まぁ、概ね、と一息吐いた。

「まぁ、でも大事すぎて駄目なときもないこともないんじゃねぇの?」
否定の否定、肯定されてるのか。
ま、情けねぇけど、と付け加えられた。
煙と酒を同時に呷りながら、コックは嘯く。
「けどな、」
どこか勝ち誇った顔で付け加えられた。
「レディーには恥かかすもんじゃないぜ。
 男は騙されてナンボの生きもんだからよ。」
馬鹿馬鹿しい。

オレは黙った。
どうしようかと、サンジの前のボトルを奪った。
「まぁ、いろいろあるがよ。それはそうと、出てけ。」
「は?」
「今からちょっとイイ事すっから、出てけ。」
イイ事?
ノックの音。ああ、そういうことか。
ようやく察しがついた。
「自腹?」
ドアに視線を投げた。
よくまぁげんきだよ。
「つうか、来るって言うんだからエスコートするまでよ。」
くらくらする話だ。
どうしようもないな、この女好き、言い捨てたがサンジは、それを誉め言葉と受け取ったらしい。
明日の朝には足腰立たなくなってるんじゃないかと、
下世話な想像をした。

「腰抜かすなよ。」
「餓鬼じゃあるめぇし。」

どうしたもんか、と早々にそこを出た。

しかたなく二つ向こうの部屋へ戻る。
逡巡。迷ったあげくドアのノブに手を掛けた。

 開いてる?

 ベットの上に横たわるもの。
眠っているのか、静かに胸が上下している。
「自分トコで寝ろよ。」
大股で近寄る。上から見下ろした。
ベットの上に横たわる、その身体。
泣いた跡、酷いことをしたのは自分なのに、胸が痛んだ。
 大事すぎて、か。

嘘くせぇ。
それは嘘。
ホントは、怖い?
怖いんだろう。
手に入れた後、失うことに比べたら、
この本能がうみだす欲望を押さえつけている方がよっぽどましだ。
クール振りやがってと、罵られようが構わない。

額に懸かる髪を撫で上げる。
「悪いコトしたな。」
本当に眠ってる?
触るくらい、良いだろう。
 額から、髪の生え際。頬に伝う跡。
キスするくらい、許される?
覆い被さるように口唇を寄せる。

オレは狡くて小賢しい。
卑しい真似をしながら、何でこんなにも欲しいと思うのか。
 柔らかな口唇。
何度求めても足りない気がした。
寝てるから、こんな事ができる。
やめられない。
どうにも押しとどめられない。
暴走する。


そこで自制心は事切れた。

シーツの隙間に手を滑らせる。
 肌に触れて、手の中に。
 この腕の中に、その身体を収めたいと。
冷たいシーツの中に、熱を持つそれ。
肌の上を僅かに隠すだけの下着。
それを廻潜る。

どうしてやろうか。

どうにも出来ないコトなんて承知しているはずなのに。

冗談で、こんなコトしてる訳じゃねぇんだ。
オレにだってプライドがある。
でも止められない。胸の中で暴れているもう一人の俺。
何してやろうかと考えてる。
今、最低の顔をしてるだろう。

 やまぬ雨を止めることは果たして可能か。

不可能。こんなにも、求めてやまぬ。
これは本能、そう片づけるか。
エゴイズム。

 レンアイと、呼べる代物でもない。

これは病。
どんな名医にかかっても、抑制すら、進行を遅らせることも到底能わず。

  重傷だ。

まだ、止められる。
これで終わりにしよう。

頸の皮一枚、辛うじて残った自制心。
目を閉じて、もう一度口唇を寄せた。
「タタないんじゃないの?」
罠。
目を閉じていたから気づかなかったなんて、なんて不覚悟。
その声に息を呑んだ。
思わず腰を引いてしまって、形勢は逆転。
ベッドの逆側に押し倒される。

 「ねぇ、何でキスしたの?」

体重が心地いい。
身体が反応しそうだ。

「したかったから。」

なんて間抜けな台詞だろう。

「じゃ何で、あんなコト言ったの?」

ナミの指が俺の身体をまさぐる。

「大事だから。」

「誰が?」」

なかなか扇情的な眺め。
黒い下着姿の女に上に乗られて、見下ろされて。

「お前が。」

「それで、何?」

ボタンを外される。
上に着ていた代わりのシャツは腕を覆うだけの物に成り下がる。

「あいつらにとっちゃ、お前は只一人の航海士だし。」

目を見てられない。

「あんたには。」

縫い傷をなぞられる。
まだ柔らかな傷口。
痛みより、それは悦びに近く。

「あんたにとっては?」

間近にその顔がある。
答えなんて用意してるわけがない。

「あたしは大事?」

「ああ」

嘘は吐くもんじゃない。見破られるのは時間の問題。
頬に平手が飛んだ。
襟首を捕まれ引っ張り上げられて、急激に距離が狭まった。

「なにそれ 馬鹿にしないで。
  あんたからそんな優しい言葉が聞きたいんじゃないわよ。
  大事だから出来ない、ですって?
  どんな言い訳よ。
  お前じゃタタないなんて言われるあたしの気持ちがあんたに分かる?

  ねぇ。あたしを見てよ。
  こんなみっともない、あたしのこと考えて。」

また泣かせたかと思った。
撲たれた頬が熱い。
捲し立てたあと、その両手を離した。
オレは自然と、後ろに倒れる。
 どうしようかと、考えたが旨く頭が回らない。
そのうち、胸の上に均等に体重が掛かった。
自分の顎のすぐしたに柔らかい唇。

「好きな男にくらい抱いて欲しいわ。
 どこがいけないの?」
殺し文句だ。
騙されてみるのもイイかも知れない。
あのコックの言うとおりだ。騙されるために生きてるなんて。
道理で。男は莫迦なわけだ。

「どうすりゃいんだよ」
「したこと無いの?」
「馬鹿、そうじゃねぇよ。」
今泣かせたと思ったのに、「観念しなさい」と言う顔。
 負けた。
微かに意地悪な笑み。

「手が出せないなら。」

声なき声。
口唇を読んだ。
耳に囁くのではなく、俺の喉の奥に言葉を流し込むように。

「あたしが出すから。」

最初っから、こういうつもり?
魔女の奸計。
それとも女の悪巧み?
どっちでもいい。
言い訳を用意してくれてるんだとありがたく、
その罠に嵌ろう。

女ってのは、恐ろしい。
                                     

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続きました。
え、続いてどうするの?
因みにすでにアップ済み。
もちろん表なんかにゃおいとけませんよ。
門の奥に置いてます。見たいと言う人は探そう!!
地下への入り口。
ところでこの小説出来がいまいち。
ブランクが・・・
あーはじめに言っておきますが、クレユキは
「女王様なナミさん」が好きです。
後、だめなゾロも同時に好きです。
それから、ここ、15禁サイトです。

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