cure edition
insommnia
「君の居所は此処ではない」

誰にも言ってはいけない
誰にも気が付かれてはいけない

赦すとか、許されるとか
そんな事どうでもいい筈なのに土壇場で臆病風
本当は違うのかも知れない

誰にも言ってはいけない
自分で気が付いてはいけない
   俺は君の手を今只ひたすらに引こうとしている。


   君は逃げた。

   明日になれば、何事もなかったように涼しい顔でアイツと喋る君が目に浮かぶ。
   何の痕跡も残さぬ。
   約束は一つ。
闇に目が慣れて部屋の輪郭までもがはっきりと見える。
目を閉じていたけれど眠れなかった。
隣で服も着ないで高鼾の男が羨ましい。
体を起こすと背中に気怠さが残っている。
ベットの足許に散らばった服を一つ一つ拾い上げては身につける。

最後に遠くに脱いだ靴を拾った。
緩くストラップを結んで、澱んだ空気の中から這い出た。



甲板には己の影が淡く伸びて、天頂には煌々と忌々しいくらい黄色い月が出ていた。
ざわざわと畳んだマストを叩く風。
もう一つの影を踏んだ。


こっちに一瞥を呉れると、銜えた煙草の灰をゆっくりとした仕草で落とす。
欄干に寄り掛かって、タイを解いている。
少しはだけた胸元に視線を。

半歩の射程距離に入って、胸ポケットに入っている煙草を一本抜き取った。
口に銜えて目で火を強請ると、ポケットを探ってライターを出してシリンダーを廻す。
その炎を静かに吸い込んで、吐き出す煙が宙に頼りなく舞った。




「バカっ正直だからさ、疲れる。」



乾いた眼球に映ったその男の姿は夜から浮いていた。
白いシャツの袖がはためいて、風に弄ばれた前髪をうざったそうしているがそれを手で押さえようともしない。

「なんで?」

銜え煙草の儘低く言う。

「嘘吐いてもしょうがないもの。」

肩に羽織ったカーディガンの袖が靡く。
前髪が風に煽られて、額が剥き出しになって気持ちがいい。
火照った体を冷ましてくれる。


「やめたら、そう言うの。不毛じゃない。」


業とあたしの目線まで降りてきて、笑う。
キスでもしそうな至近距離で見る顔は、笑ってなかった。
アタシは今更、と言って見ない振り。


ビールでも持ってくれば良かった。
酔った振りして倒れ込むことだって出来るのに。



「どっちかっていうとサンジ君の方がアタシに近いよね。」
欄干に両手をついてそこに座る。


「同じ人間はいないんだけど、性質が似てる人間てのはいると思うのよ。」


何処にも頼ることのない足を揺らすと、緩く結んだストラップが解けた。
無言で彼の前に差し出すと、その白い手がアタシの踵を持って紐を結んでくれた。

アタシは貰い煙草をしながら、その項を見ていた。


「なかなか本心は見せない」

 黄色い月が明るすぎて、雲が覆っても此処は暗くはならない。

「本当のことは隠してる」

 褪めた顔で、ポケットに手を突っ込んだまま何を考えてる?

「信用するしない以前の問題でもとからそう言う風に出来てんのよ。」

 君の声が聞きたいな。

「隠したいから、口説き文句も大盤振る舞い」

 諭すように、ゆっくりと話す、君の声が。

「アタシにすらその片鱗は見せない。」

 ゆっくりとした瞬きの後、吸い殻を海に放った。

「知ってた?」

手持ち無沙汰なのかライターの蓋を弄び、少し自嘲的に笑った。



「そう言う男は、ミステリアスで惹かれるけど。」

媚びを先に売ったのはアタシの方。
頼りない月明かりの下で見るその人は男の顔をしていて、
アタシは自分を騙さないと呑まれてしまいそうだった。



「けど?」

「自分からはのめり込みたくないわ。」




参ったなと、微かに口元を歪めて苦笑い。
柔らかそうな睫毛に縁取られた目がこっちを向く。


「惹かれる?」

「一度寝たいと思うくらい、っていうのは大袈裟かな。
 傷つかない程度に踏み込みたいわ。」



「自覚してた?」

「薄々。」



新しい煙草に火を点ける。
その仕草、一つ一つ見ていた。




ゆっくりとポケットを探って取り出す紙巻き。
水仕事で荒れてる筋張った指が、それを取り出す。
色白の肌に乗っかった口唇に銜えた。
力強い腕を折り畳んで、風を除けながら火を移す。
均衡のとれた着痩せする身体一杯にその毒を吸い込んで。



靴の踵が一つ、鳴る。
怖い顔。
男の匂いがする。
優しくない眼。




「時々弱ってると俺んトコに来るよね、どうして?」

頬の上。
火種が真近にあって火照た。

「慰めて欲しいの?」

もっと言って。
そういう風に、もっと。
怖いくらい真摯に。


「おおよそ正解かな?」


 傷つくなぁ。

嘘ばっかり。いつもそうじゃない。

  誰にも開かさない君の本心。
  覗き込んで笑ってやりたい。
  踏み込まれたときにどんな顔でアタシに狂気を迫るのか、見てみたいのよ。





「俺は君のこと一番よく見てると思うよ。」

銜え煙草の侭だから、時折不明瞭な発音が混じる。

「自分から俺んトコに来るときは饒舌だよね。」

僅かにぎこちなく擦られ切り取られた声。

「顔は笑ってる。いつも通りにね。」

ゆっくりと喋るからいつもより声が低くて、堕ちていきそう。

「でも一端会話がとぎれると少し寂しそうなんだ」





「自覚してる?」


吐く煙は突風に煽られアタシにはかからなかった。

「薄々。」



息がかかるほど近くに顔がある。
アタシはまだ長い紙巻きを指で弾いて棄てた。



「慰めてあげたいけど代わりになる?」
「ならないわ」

後半歩でも踏み込まれたら、お終いだ。



「アイツの代わりが居ないようにあなたの変わりも居ないから」




「じゃ、どうしよう?」
「言ったでしょう、踏み込みたいって」

「アタシは踏み込まれるのがいやなのよ、君と一緒」



伸ばした指先で、口唇に触れる。
煙草を取って、一口貰う。



何処まで知っているのか、何処まで知ろうとしているのか。
或いは全てお見通しなのか、或いは何も知らないのか。

息を吸い込んで、口唇と身体を渡す。


交わされた約束は一つ。


end


当サイトなんと10000hitです。まさかこんなに早く行くとは思ってもおりませんでした。
これも偏に来訪された全てのお客様のお陰でございます。
どうもありがとうございます。
と、言うわけでまぁこれも記念というわけで感謝の気持ちを込めましてサナゾをまず一つ書いてみました。
だから、ゾロナミサイトなんだってばうち・・・
とか思ったんですけどご愛敬。せつなサンジ好評なので(笑)

まぁ今月は10000hit thank you キャンペーン実施中というわけで、
いくつかこうしてお話なりなんなり書こうと思ってますが
リク小説やら、「sicks」やらもうてんこ盛りでやること一杯です。


良かったらこちらをお土産としてお持ち下さいませ。
全ての来訪者様に感謝と愛を込めて。

クレユキ    02/05/19

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