-霧の中で-
amor fati Original ver.
村  正
閉じこめて
封鎖して
切り取って
たたみかけて

他のことなんか 暫く忘れて
今より他に大事なことは
ねぇ、ないデショ?
昼寝をしていたら横っ腹を突かれて起こされた。
帰還したウソップが船番だろお前、と大きな紙袋を持ち直しながら苦笑する。
もう朝かというと夕方だって空をさす。
陽は落ちかけて、少し冷たい風が甲板を流れた。
寒くなかったのはすぐ傍で船医も寝ていたからだ。
もこもこした毛皮に頬を埋めて寝ていたらしい。
俺の縋っていたあとが毛並みについていた。

「サンジは何処行ったんだよ。」

見渡すとその姿はどこにもない。
煙草買いに行ってくるって言われたような気がするが、遣いにしてはえらく遅い。
「迷子になってんじゃネェのか」
お前とルフィじゃあるまいし、さんざんな言われようだが自覚はない。
船長は鉄砲玉だしなぁ、溜め息を吐きながらまだ鼻提灯をぶら下げているチョッパーを起こす。

「ところでゾロ、お前刀どうした??」

研ぎに出してるというともう上がってるだろ、と代刀を指す。
じゃぁちょっと行って来るかと立ち上がる。
それを見ながら一抹の不安がウソップの口から零れた。

「迷うなよ。」







*





ぞろぞろと街の灯りがつき始めて、酔いどれ達の歓声が少しずつだが彼方此方でしている。
研ぎに出したはいいが、肝心の鍛冶屋がどの辺だったかもうさっぱり判らない。

こんな上物扱わせていただくのは久しぶりで

厭に嬉しそうな店主にお時間頂きますよと言われて船に戻ったのが拙かったか。
暇だからと軒先で昼寝でもさせて貰えばよかった。
昼と夜の光の感じは街を変貌させていて、今来た道も既に怪しい。
迷ったかなと考えてももう遅い。
振り返れば人の波。
呑まれて浚われて行き着く先を尋ねることも出来ない。
そのまま逆らわず任せて暫く歩いた。
しかし鍛冶屋らしき店は見つからない。

参ったぜと一人ごちるもと頼るべきナヴィゲイターは此処にはいない。


「一緒に連れてくりゃよかったな」


「誰を?」



雑踏の中で聞き慣れた声が後方すぐ傍にあった。
振り返る前に何やってんのと背中を叩かれた。
手には小さな紙袋が一つ。

「どっから湧いたんだよ」

そのタイミングの良さに驚きたじろぎ辺りを見回した。
「頭一つでかい男が居るからさ、見たらアンタだっただけ。」
どうせ迷子にでもなってるんじゃないかと思って跡つけたのよと笑った。
朝一緒に出たロビンは傍には居なかった。
どうしたときいたら船に戻ったと言う。

 アンタと交代してきてあげるって帰ったの。

何で俺と交代しようなんて考えたかは察しがついた。
こいつ等きっと俺が居ないところで色々喋ってるんだろう。
策を抗じたのがナミかアイツだかしらネェが、
船に戻った後あの含み笑いに堪えねばならないのかと思うと頭痛がする。
ただでさえ苦手なのに。

「ところで何処行きたいの?」

コレ、といまいち頼りない代刀を指す。
アァそう言えばと言いながらこっちよと今来た道を戻り始めた。
鍛冶屋なんて向こう側にあったじゃない。
アンタのその目、節穴?
一瞬血管切れそうになったが研ぎ代ちょっと都合してくれと道中頼まねばならない。
利子は高いわよと算盤弾く真似をした。





今し方通ったところと思われる道に店は在った。
なんで気がつかないの?
そう言われるのにはもう慣れた。
きかないふりをして店主に代刀を渡すと、はいはいと奥からご丁寧に持ってきた。
鬼徹を取る。
ご確認をどうぞと一枚の有珠紙を渡された。
それを一枚、宙に放る。

抜刀するときの鞘走る音の心地よさ。
刃を天に向けて、待つ。
靜かに。

閑。

その有珠紙は刃に触れると音もなく二片に分かたれ、
ひとひら、蝶のように舞って音もなく地に沈む。


如何かと厭に誇らしげな声。
申し分ないと納刀の狭間に応えた。
傍にいたナミに声を掛け支払いを頼んだ。
すぐには返事をしなかった。
変に放心していて、オイと腕を叩くとあぁと財布を取り出す。
どこも一緒だネェと店主はキセルに葉煙草を詰めながら笑った。





*






ちょっと歩いて帰ろうか。
暖簾を潜り外に出る。
雑踏に揉まれながら腰につけた戻ってきたばかりの愛刀を触った。
丁度好い重みを感じながら先刻の切れ味を思い出す。
アァと頷いたのはたまたま気分がよかったからだろう。
人混みを擦り抜けながらその後をついていく。
手を繋がないとはぐれそうだがこんなところでそんなことが出来る筈もなく。
もとより方向感覚など何処かへ置いてきたから行こうと言われたら従う外無い。

一歩先を行く橙色の頭。
振り返りもしない。
犇めきあった人々、何の苦もなく先へ進むその背中は少し遠くなる。
足を速めると逆流する人にぶつかり儘ならぬ。
この世界のどこにも繋がっていない錯覚。
目前、その女との糸も切れそうだ。

「ナミ」

堪らなくなり声を上げた。
女だけが振り返る。俺は立ち止まり女は振り返る。
その顔は人混みが邪魔して見えなくて、代わりに腕を掴まれる。
ぐいと引っ張られて距離が縮まる。
はぐれないでと小さく言った声が自棄に確り聞き取れた。
其儘歩き続けた。

段々と疎らになる人の群れ。明らかに方向は違う。
見たことがない道だ。

「帰るんじゃないのか」

応えない。
こっちよと手を引かれた。

悪意と言うほどに険はなくさりとて回答はなく。
向かい側から過ぎ去る人が先刻から殆ど居ない。
陽は落ち、空は闇色と青のマーブル模様。
道脇に靡く竹林を渡る夜風。
暗くしげったその奥に一つ二つと赤い灯りが幾つも見えた。

アァ、そう言うことか。







*







したいんなら初めっからそういえよ。
ドアが閉まった直後三振の刀を降ろしながら言いかけた。
先刻からまともに顔を見ていない。
妙に暗い室内には古びた真鍮のランプが一つ。
光源が限定されているので、影は大きく。
振り返った女の顔。
陰影は無言に、されど多くを語る。

腕が伸びた。
人差し指が自分の持っている一振の柄尻に触った。

「此が、件の妖刀?」

ゆっくりと見上げた目。赤い眦に生えた睫毛が俺の視線を受けた。
アァと応えると、それを掴んだ。
「重いね」
どうしたとその手を制止して視線を合わせるように屈み込む。



 お前、先刻も此を見てただろう。

 気がついた?



有珠紙を宙に放った。
真っ二つに音もなく分かたれた。
ひらひらと蝶のように舞う。




かたかたと鍔鳴が聞こえた。
事実は、柄を支えるナミの手が震えている所為だ。
その頬は厭に紅潮して、一瞬だが乾いた口唇を舌で湿らせる素振りをした。

確かにその切れ味に膚が粟立った。
いつぞや百人賞金稼ぎを斬った折、初めて見せた妖刀たる所以。
先刻もそうだ。
血糊でナマクラになったこいつ等は精彩を欠く。
武器というのは殺しの道具だからこそ男の闘争本能を満足させる。



使われないように、しなさいよ。



どうしたよ、お前。
何が?
いつもと

「ちょっと違う。」


どう違うのと、柄尻を持ったまま俺に体重を預けた。
屈み込んだ姿勢を直すと、女は背伸びして口唇に触れてきた。
いつもなら舌なんか此奴は入れてこない。
慣れていないようなぎこちなさを残していてそれが俺は少し嬉しかった。

けれど今日は違う。
柔らかい口唇は湿っていた。
先刻舐めた所為だろう。
軽く口唇を開けたそこから覗く舌先が俺の舌に絡まる。

遊ぶように舌下を潜り、時には強く吸い上げて。
指先が耳に掛かってピアスを時折揺らす。
それに応じて細いそれは音を成し、鼓膜の裏にもどかしいような残像を残す。

 この腕をどうしようか。

愛刀を持ったままの片腕では満足に抱きしめることも出来ない。
不自由な姿勢が恨めしく、妖刀の柄尻を持った手を離せば好いとも気がつきもしない。
何だよ、どうした。
口唇が塞がれているから質問も出来ない。

頭の中には先刻研ぎ師の前で見せたデモンストレーションが何度もフラッシュバックする。

ふたつに分かたれた有珠紙。
羽根を奪われた蝶のように無惨に地に堕ちて。
音もなく、羽根は静かに。
粟立つ膚。
沸騰しそうな血液。
闘争本能が沸き立つ一瞬の快感。

そして、ナミが見せたあの高揚した顔。



今の此奴はあの時と同じ。
見たこともないような色っぽい顔をしていた。
生唾呑み込んだ後のような。
目を奪われた。





前後左右上下共に見分けがつかない。
命を預けるはずの愛刀が音を立てて、床に倒れる。
背骨が弓形に撓るほど強く抱いて口唇を奪い返した。

そうだ、陶酔だ。

あの時感じたのはまさに。
妖刀の切れ味、アレはきっと魔術。
見た物を魅了する、恐ろしい呪い。
魔性の虜、堕ちていくのは見えない穴の中。

急速に視界が狭まる。

to be continued


ずっと書きたかったエピソードが一つ。
何って試し切りって言うのかな??
出典がなにか判った人きっと多いだろう。
そのくらい有名な話っすよ
タイトルの村正は妖刀の代名詞だから
そう言う意味でつけました。
しかし「ようとう」と打つと「羊頭」と変換されてしまって
途端に気持ちが何度も萎えました(笑)
思いついたのは電気屋でSHARPのムラマサっていうPCが出た当時。
語感が聞いてみると好いなと思って閃きで・・・
彼氏といたのでメモが取れなかったけど
頭の中では猛スピードで話作ってました(笑)

因みにコレはニコサンssとコラボレーションしております
babymoon3のゾロナミ編とでももうしましょうか。
サンジとロビンが好い事してたとき二人はこんなコトしてました(笑)
この続編が表の「霧の中で」でございます
ご賞味いただければ幸い。因みに裏に続きます

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