深爪
背中の傷は剣士の恥だって言うけど
向こう傷の数で競って頂戴

背中の傷は男の勲章じゃないかしら
逃げ傷ではないでしょ
アタシガつけた、傷痕
後生大事にして頂戴

「いた!!」

持っていた時雨を思わず床に落として、たしぎは肩を竦めて指を噛んでいる。

「どうした」

コーヒーのブラックを啜りながら日課の新聞を読んでいたスモーカーはその突然の様子に目を遣る。

「折れました。」

言外に‘痛い’と言わせて、その目の前に手を遣る。
見事に人差し指と親指の爪が割れていた。
誤って時雨の柄にでも引っかけたんだろう。
他の指先には淡いマニキュアが塗ってあって、形よく整えられている。
無惨に折れた二つの爪。


「そんなにしてっからだ。」
むくれるたしぎを呆れたように見ながら、傍の引き出しを漁った。


「どれ、切ってやろう。」


どこに何が入っているのか解らないような雑多なその中から、いとも容易く爪切りを見つけだす。
珍しいですね、と心底嬉しそうな顔をしながらその脚の間に座る。
切りにくいだろと、不平を言ったがおねがいしまーすと上目遣いで見上げられた。
その手を取って折れた爪に刃を当てる。

ぱちん、ぱちんと乾いた音を立てながらゴミ箱の中に堕ちていく残骸。

「スモーカーさん、凄い深爪ですね。」
痛くないですか?と、不思議そうに聞く。
別にと、素っ気なく。


終わりだと宣言し、そのままの体勢で手を伸ばして
また乱雑な引き出しの中にそれを放り込む。
戻ってみると、まだむくれている。

「なんだ。」

「凄い深爪になっちゃったじゃないですか。」
もうスモーカーさんの馬鹿。
そういって、ずっと手を見ている。正確には切られた爪を。


「アタシ手、小さいからいやなんですよね。」

「女の手としてはそんなに大差はないと思うが」
興味もなくまた読みかけだった記事に目を遣る。
それに不満の抗議を。
ばさばさと音を立てて、手から新聞をもぎ取った。


「爪長いと少し大きく見えるし、綺麗じゃないですか。」

こっちとこっち、どっちが好いですかと両の手を開いて問う。

辟易するな、女の業には。





「オレァ短い方が好きだがな。」

手持ち無沙汰の儘が厭で、コーヒーを啜る。
もう冷めていた。

「なんでですか?」

少し頂戴というように、そのカップまでをも取られた。
苦いと言って、それを返す。






「俺の背中はお前が引っ掻く所為で傷だらけだ。」






馬鹿みたいに目を大きくした後、うつむいて照れたように笑う。

「じゃ、今度から短く切りますね。」
「そうしてくれ。」

end


フリーsss(special short short)スモたし版。
凄く書きたかったスモたしの可愛い大佐と可愛いたしぎ。
と、言うわけで大差は深爪です。何たってたしぎに怪我させない為よう。
私生活で彼が凄く深爪なので、もう少し長く切らないとダメよと言ったら
とあるAV男優さんの日課が「爪を切ること」という話を教えてくれたのでした。
それを聞いて思いついたsss。
愛の為せる業ね。大佐。

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