歳 月

花      冷     え

春 の 雨









春 の 雨


二日酔い、ついでに炬燵で転寝した所為で肩が痛い。
腕と肩を回しながら、やれやれと自然と口に出そうな声を飲み込んだ。
二十代の頃には無かったこの疲れの溜まり具合。
此れが歳を取ると言うことなのか、坂本は自然と口に出してしまった。

「やれやれ」

言ってしまった、と思ったと同時に、怠け心が湧く。
何かしようと言う気が失せて、こんなに疲れているならもう一寝入りしてもよかろうかと目を閉じた。





時計の発条が響いている。
気配がする、人が動く気配がする。
台所か、何処からか炭の匂い、炎が吹き出る音がする。
薬缶を火鉢に掛けた音。
また足音、板の間を歩き回っている。
時折立ち止まる。何かを探しているのか。
がさり、紙袋が歪んだ。
舌打ち、衣擦れ、畳を歩く音、扉が開けられ静かに閉まる。

時計の秒針がまた聞こえ始める。



すぅと足元から冷えが来た。
炬燵の布団が少し上がっているな。
幾つになったと思ってる無作法者め、炬燵の中にもう少し深く潜って捲れた炬燵布団を蹴った。
冷気の流れが遮断された。温度が緩やかに上昇する。よしよし。



江戸に置いている快援隊の宿舎は此方での出先機関であり、若い隊士の寝床であり事務所である。
昔は地球に寄った際にはそこに寝泊りしていた時期もあるのだが、
組織が大所帯になるに連れて坂本は個人的に一つ家を借りた。
部屋が二間、台所とささやかながら風呂がついている。
ご一新前から建っている様な言ってみれば襤褸屋だが、幸い留守役の掃除が行き届いているだけに不便はない。
一月、或いは二ヶ月に一度泊まるこの家は思いの外居心地がよくて、昨日も酒を過ごしてしまった。
旨い酒の手酌もいいが、誰かと飲む酒はまた格別だ。

炬燵で寝るのがいつになっても止められぬ。
朝寝も止められぬ。








 雨の音がしている。春だというのに炬燵に潜っているのはその所為だ。
時折屋根から大きな水滴が塗炭の覆いか何かを穿つ。
ぼたん、ぼらんと音を立てた。
春雨と言うのに、風雅も無い。静かだ。

八畳敷きの部屋を温めるには火鉢は少し小さい。
炭をもっと掻けばいいのにと起き上がりもしないくせに思った。
肩が冷える。どこかに綿入れがあった筈。
枕元に手を伸ばし、昨日脱いだと思しき場所を探るが見つからぬ。
指先に触れた布。ふわりとした綿の感触。あったあったと、そのまま肩に羽織る。

いい加減手枕が痺れて座布団を探した。
昨日尻に敷いていた筈。
何処へ行ったか、また目を閉じたまま探す。
あったあった、いい塩梅の薄い座布団。
半分に折ってついでに身体の向きを変えてまた眠りの入り口を探す。

そのとき。

ふうわりと、何か匂った。石鹸の匂い。
裸足の人が枕元を歩いた。
畳と湿った足の裏が馴染んで離れる、じわ、じわと独特な音。
衣擦れ、傍に座った。
炬燵の上掛けを微かに捲る。僅かな温度変化。
天板に何か置いた。硬い物を。
タオルで、髪の毛を拭いている。冷たい飛沫が時々飛んだ。
その冷たさにうっすらと目を開けた。
斜交いに化粧を落した女が座っていた。
最近目の下の雀斑を気にしていて、誰か別の男前に会うわけでも無いのに、
そう言ったら好みの男が他所に居ると抜かした、クソ女。

色白であるから雀斑が目立つ。今は風呂を上がったばかりなのか頬が上気している。
こうしていると余り変わった様には見えない。だが、確実に時間は過ぎている。
つい先だって大台に登ってしまったと、嘗て快援隊最年少隊士であった頃を皆で笑いながら思い出していた。
いまや譲る者すら居ない最古参であり大幹部である。

昔に比べて表情は確かに丸くなったやも知れぬ。
誰彼構わず噛み付くこともなくなった。
劫火のような性格が多少鎮火されただけかも知れぬが、辛辣なのは変わらない。
いや、変わっているのだろう。緩やかに、ゆるやかに。
きっと近くに居るから見えないだけだ。
炎と、炭と、甘い石鹸の香りが交じり合う中で眠りの入り口を探す。

不意に石鹸の馨りが濃くなった。
じわりと肌の触れる湿り気と温度。
口唇の粘膜の上で、温かい息を感じた。

足の爪先に、僅かに湿った何かが触れた。
脛を這う重みは器用に内腿を這い上がり、脚を割る。
悪戯されます、おまわりさん助けて。
膝頭が腰骨を這い、同じ足の爪先が硬直し始めた脚と脚の間を僅かに掠めた。
起きていることが、多分バレたな。
そう思えど目は開けない。
何しろ随分眠いから。

あんまり脚を上げると天板を引っ繰り返すぞ、そんな風にも思ったが癖の悪い脚は巧く脛と脚を絡めてくる。
つるりとした脚は男ではなく、風呂上りの水を含んだ肌は滑らかで昨日の晩を思い出させた。
正確には、日付を越えていたけれど。

僅かに開けられていた口唇がぬるりと舌で開けられて、小さな手が頭を引き寄せる。
しょうがない、協力しよう。
枕をずらす様に其方を向いてやりながら、口唇の粘膜を滑らせるように吸いあう。
上唇の端、真ん中、下唇の内側、外側。
薄くて小さな舌が柔らかく動く。声も発さず。
ぬるりとして温かい舌は、彼女が持つ柔らかなもう一つの粘膜を想起させた。

柔らかく滑らかで驚くほど狭く熱く、そして彼女の何処よりも情熱的で狂おしい。
絡みつけてきた脚線を辿りながら、寝巻きの隙間を縫いながら、
足の甲でその付け根を掻いてやろうとした。
滅多な姿勢で指が吊りそうだ。
下着の上から掻いてやろうかと伸ばす。

おや。

くちづけの最中、思わずこぼれた笑みの所為で口が歪んでしまった。
愉快だというように思わず目も開けた。

「パンツくらい履いてきや」

寝巻きを捲りくぐりながら辿りついたそこ、足の爪先に触れたのは、猫の体毛を思わせるような柔毛だった。
やる気満々みたいやき、
口唇の直ぐ上で笑ってやった。
忌々しそうな顔をしていた。
ぽってりとした眺めのいい丘の様な場所を覆う、
ふわりとした毛並みに爪先を入れたまま坂本は笑っている。

「無くした、おんしゃ、昨日何処へ投げた」

さぁ、忘れた、と首を振る。
夢中で憶えていない。
その辺りに転がっているだろうといえば、探したけれど見つからないと言う。

「やき蒲団敷こう言うたがろう」

陸奥は知らぬといわんばかりに音を立てて口唇を吸う。
さくらんぼでも食べるみたいに、乱暴に。
あんまり乱暴だから舌を返してやらんとばかりに吸ってやる。
ついでにつま先を押し込めた。足の甲が温かくぬめった。

「後で、買うてきとうせ」

なんだ照れ隠しか。
凄いの、こうてきちゃるきにと言う。
また目を閉じた。

眠りの扉を掴むのではなく、今度は別の糸を掴まなければ。


「蒲団敷くかェ」


そう尋ねた。
濡れた眼。
腫れあがった口唇が歪む。


「ここで、えぇ」





end


2009.3.22
言い訳のようですけどね、倉敷に行った折に
8畳くらいのお部屋で炬燵があって火鉢があって時計がかちこち言っててお庭があって
そう言う同じ舞台で其々坂陸奥書こうぜといってたんですけど
今更此れをその宿題ですって公言しちゃお
USBぶっ壊れ事件から立ち直る為に書いた坂陸奥エロ小説です
私には何が書けるだろう。
よし、また今日から頑張ろう。




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