仰向くは悪党 うつむくは花盗人
何処で間違えた
何処で見失った
何処で

答え合わせをはじめましょう
誰も正しい答えを持っているとは限らないけど

どこかでなくしたものの代わり
それくらいなら 見つけることができるでしょう
あたしは知らなかった。
優しい物言いをするあの人を。
あたしは知らなかった。
ゆっくりと喋る声が時折とてつもなく甘美にきこえることを。

あたしは知らなかった。




いつだったか忘れた。
ふと目が覚めて時計を見るとまだ夜明けまでは時間があった。
もう一眠りと思ったけれど体内時計は起床時間を知らせていて一向に目蓋が降りない。
昨日寝酒にと少し開けた所為で、喉が渇いて仕方がない。

まぁ序でだと思ってキッチンへと上がる。
誰もいないはずの甲板に一人、いる。
上だけ脱いで、片手指立て伏せ。
船の床に小さなシミが出来ている。
その額からはゆっくりと汗が流れ落ちていた。

おはようと少し掠れた声で挨拶すると、早いなとこっちを見て少し笑った。
喉が渇いてと言うとじゃぁついでに俺のもとこっちも見ないで頼まれた。
少し不満だったが、まぁいい。
薬缶を火をかけ、暫くキッチンスツールに腰掛け開け放ったドアから見える空を見ていた。


間もなく来る夜明け前の空は、うっすらと紫色で遠くの方まで薄い雲が流れている。
鼻に滲みる空気と、朝の匂い。
これをいつも見ているのだと思うと、少し羨ましい気がした。


薬缶がしゅんしゅんと音を立て、それを見ながら缶に入っているコーヒーをフィルターに移す。
カップをセットしてお湯を注ぎながら、来いと呼んだらすぐに来た。
サービスよと、笑ったら一口啜ってありがとうと言ったのが妙に印象的だった。

熱いのか、少し眉間に皺を寄せ口唇に残った滴をその指先で拭った。
それを見たとき、妙に緊張したことを覚えている。





此は何ていうモノ?




誰にきかなくっても、すぐに判った。
知っていた。

私は期待していた。
がむしゃらに所望するのではなく、密やかな物だったけれど確かに私は期待していた。
此処に来れば彼に会えるのだと。

 普段見せない少し緊張した顔つき。
 普段よりゆっくり喋る、低い声。

いつもとは違う顔をしていると言うことに私は微かな優越感を持っていた。
誰に対して、と言うのではない。
そういう顔をすることを知っているのが私一人と言うことが只、嬉しかった。




会いたいと、いつか思うようになった。
毎日顔を合わせているのに、何故そう思うのか。
夜明け前のあの男に会いたいのだ。
この船のクルーになる昼間の男ではなく、
孤独に近い空気纏って、遠くを見るとき少し眩しそうに目を細めるあの男に。



毎日ではない。
決まったサイクルをもたぬまま、私はあの男に会いに行く。
けれど、いつしかその時間になると目が覚めるようになっていた。
私は寝ころんだままカレンダーを見て指を折って計算する。
前に言った日にちから開きすぎず、遠すぎず。


行くまいと決めた日は横たわったままその跫音を待っていた。
何の気遣いも感じられぬような跫音がすぐ上のバスルームに入っていくのをじっと待つ。
朝の静かな中に水音が微かに聞こえ、それが止んだかと思うと途端静かになる。


行こうと決めた日はいつもより念入りにブラシを入れる。
そしてトワレを一吹き。
けれども不自然さを気取られぬよう化粧はしない。
恐らく、そんなことすら気が付かないだろうが。

細心の注意を払って、誰も来ないことを祈り。
普段通りの、クルーの私を装って。

いつものように聞くのだ。
自分のついでのように、コーヒーを淹れる。
それをどうぞと差し出す。
ありがとうと言ってそれを受け取る。

たったそれだけ。




期待してはいけない。






何故此処に来るのかと。




そう問われる。目が覚めた所為だとこいつでも見抜けそうな嘘を重ねた。
迷惑かと顔を覗き込み、尋ねる。僅かに曇った顔色が見ていられなくて船の欄干に腰を掛ける。
側に置いたカップの水面が揺れた。




迷惑ではないが気が散ると。




美しい目で残酷なことをいう物だ。
もう来るなと言外に顕れて、私は少し俯き直ぐさま昇り書ける太陽を仰いだ。
鳥さえ飛ぶことを許されぬ完璧な空。
風呂へ行くというので私は此処に残ることを告げた。
いつも遠ざかるその背中を見たくないが為、先に部屋に戻ることにしていた。
残される気持ちなど、アンタには分かりはしないでしょう。

バスルームに行く前に愛刀を預けられた。
キッチンにでも置いて於いてくれと、何の気無しに言われた
その言葉がまるで命を預けてくれているようにも感じた。

こんな事で悦ぶ私が惨めだ。



目で追いながらバスルームに消えたその背中を見送って姿が消えたことを確認してからそこから降りた。
海に覚めたコーヒーを撒き、キッチンへ入った。
預かり物はすぐ傍のスツールに立てかける。
殆ど口も付けられていないコーヒーは既に冷めて、私が飲み干したカップをすぐ傍に置いた。





殆ど間髪入れず跫音が此方に近づいてくる。
おはようといつも通りの笑顔で別の男に挨拶された。
私がこの時間にこの人と顔を合わせるのは初めて。

 故意に逃げていたのかも知れない。

あの男が気が付かぬ深い心の奥に眠るそれを
恐らくこの人は敏感に嗅ぎ取ってしまうだろうと言うことを、畏れていたのかも知れない。




おはようといつも通りに笑顔を作ったつもりだった。
早いね、つき合ってるの???仲良くて結構だねと少し含んだあと昏く嗤った。
それがどういう意味なのかは曖昧にさせたまま、私は違うよと否定する。





「俺が起きる前にわざわざ起きて??」





一瞬にして刺された言葉は動揺させるのに十分。
恐らく私の一挙一動、この男にはその細部まで筒抜け。
見抜いて居るんだろう。
ちらりとスツールに立てかけられた、刀を忌々しそうに眇しめて。





「もう寝た?」






頭上から降る言葉。
真逆、彼にこういうことを言われるとは思っても見なかった
詰っと睨み返そうとした。しかしそれでは惨めな私を曝すことになる。
罵倒の言葉を無理に呑み込んだ。
憮然とした態度とその顔は雄の匂いが漂っていて、少し怖い。




「朝から何言ってるのよ。」



私は怯えた。
けれどもその顔をこの男だけには見せてはならなかった。

 何故。

常にこの男は私を揺さぶる。
私の欲しいモノをダイレクトに差し出す。今も。
悪党。






「欲しいモノなら奪ってしまえよ。」






何言ってるの、別に欲しくなんて無いわよ。
 失策だった。
僅かに上滑りする声にはもう何の反論の余地もなく、怯えた顔をしているのが自分でも解った。
男の顔を盗み見ると、こっちをじっと見て微かに嗤っている。
悦んだりしないで。




「嘘ばっかり、目で追う癖に。」




そうね、何もかもお見通し。
君はそうやって私のことを何もかも見透かしてそれでも尚かつ手を差し伸べる。
私はそれを振り払うだけ。




テーブルの上に載せられた手に彼の手が載せられる。一瞬、肩が震えた。
初めて、触れられた場所。
敏感に反応した。
 怖い、と。




「神経鋭がらせて、いつも見てるくせに。」




ゆっくりと背後に回る。退路を塞ぐように。
もう逃げ道はない。
重ねられた手は縫われたように動かない。
逃げたい、でも逃げられない。
イヤ、逃げたくないのかも知れない。




浅く腰掛けた私の背後に、被さるよう腰掛ける。
背中に当たる薄っぺらい胸。



「手、離して」





イヤだねと、銜え煙草は不明瞭な語尾を更に曖昧にさせた。
火のついた煙草を銜えたまま、頬に自分の頬を寄せた。
目に滲みるような、彼の匂い。
男の力、或いは、彼の魔力だ。
逃れることが出来ない。



載せられた右手はそのままに、空いた手が髪の毛を梳く。
愛おしむように、そんなことは今まで一度もされたことが無く、私は別の男にスライドさせていた。
悪いと思いながら、あの大きな堅い手を想像した。



「何で彼奴にいわないの?」



問いつめる風でもなく、されど、絶対に答えねばならないような。
懐柔されながらの尋問。
何をよ、と分かり切ったことを問うた。。



「毎晩アンタのことを考えて、眠れなくって夜中起き出していますとか」



鼻先で嘲笑うような、、俺は何でも知ってるよと見透かされたような。
優しく響くその声は飢えた身体に染み渡る。
もっと喋って。




「ちょっと触らせてよ。」



髪の毛を弄んでいた手が首筋に触れる。
指先がゆっくりと生え際を撫で、そこから伝って鎖骨に降りる。
背中にざわざわとした不愉快な感触。
知らなかった、甘美な接触。
知ることも叶わぬ儘であった、あの男の手に置き換えることも能わぬ。


耳元でじゅ、と何か焼ける匂い。
鼓動が著しくはやまる。



「暴れると怪我するよ、ほら、髪、焦げた。」



愉しむように優しく笑う声。
指先で縮れてしまった髪を払う。
2センチほどの灰が私のスカートに舞いおちた。



「彼奴が触ったところ。」



「触らせてよ。」



触れられたことなど一度もない。
焦がれているだけだ。
そんなところはないと強く言ったが、嘘吐かないでよと
手で頬を撫でながら優しく言った。


怖い。


「何で逃げネェの?」


直ぐに答えられなかった。

 誰かの腕に抱いて欲しかった。

代用品でも構わないと君は笑って言うでしょう。
少し哀しげな顔で私を傷つけないように、その身を擲ってくれるでしょう。

 私を好きだと言って欲しかった。

いつも言われ馴れていると思ったら大間違いよ。
揺れないはずがないでしょう。

 私の内側にある空洞を埋めて欲しいと願った。

吹き抜ける風は酷く冷たくって吐く息すら儘ならぬほど。
君はそれを見透かして付け込んでアタシもそれに縋りきって。


逃げることは可能だ。
逃げ道はある。
突破口もある。
只それは出来ないのではなくしたくないから。





「・・・・火・・・・・・」





情けない嘘を塗り、繰り返し。
火を畏れるとは私らしくない。

ネェ、早く、私を、もっと、挑発して。



そういうことにしとくよ、右手を離して銜えていた煙草を灰皿に置く。
吸い込む者がいない火種は、静かに紫煙を天井に向かって昇らせている。
風も入らない、閉め切った密室。






口唇が髪の毛をかき分け、耳朶を噛む。
煙草の匂いと彼の匂いが混ざって私の中に入り込む。
見えない顔。
震える身体。
もっと思い切り抱きしめて頂戴。


喫煙車独特の舌の感触。その産毛に絡ませながら舐る。
重なる右手が熱い。


宙ぶらりの左手には行き場がない。
彼に触れることも叶わない。



大きく息を吐きながら、
声を噛み殺しながら、
目を閉じた向こうに二人の男を見る。

 どっちでも、もういい。



ゆっくりとした仕草でシャツの裾から手が入ってくる。
膚に触れ、指先は滑る。
冷たい湿った彼の手が痕を残すように滑った。
下着の上から乳房を弄ばれ、膨らみを触る。



 テーブルの上に載せられた両者の手が動く。
 私の爪はその表面を引っ掻き、男はそれを労りながら手首を掴ませる。



 千切れそうだ。
 痛くて痛くて、目が開けられない。






「何で逃げネェの?」


何度も同じこと聞かないで。
逃げたり出来ないのよ。
もうあなたでも良いと思ってしまったから。
君だろうが、アイツだろうが、さして代わりはないと思ったから。

早くして




沈黙は肯定の証だと感じたのか、男はスカートの裾をゆっくり捲り上げ、
脚の側面を辿りながら、その下着の中に指先を侵入させる。
脚に付け根にその手が掛かったときは流石に震えと恐怖が立ち上って。


一瞬蛇口から一滴シンクに落ちたのかと。
喉の奥でははと笑って、潜り込む男の指先。
谷間に沿って人差し指を這わせると、その爪先に触れた、水。




 誰か、来たら、





背徳は興奮にすり替わり、私たちをますます火照らせるばかりで。


仰け反りそうになりながらその背をしっかりと押さえつける身体に阻まれる。
爪先に力が入って反射のようにだんだんと浮く腰を押さえつけるように、
それでも下からは執拗にそこを真探りより奥へと侵入してくるモノがある。
波のような満ち引きのある快感をもっと欲しいと啼いている。

力強い腕に持ち上げられて、いつしか私はその膝に座っていた。
既に脚から下着を引き抜かれたあとで、
片手で乳房を弄ばれたまま早くと喚くように鬩ぎ合っていた。




膝を割られてご覧と下方に視線を仕向ける。
そこにはグロテスクに入り込む男の指が私の中から生えているように見えた。
只それは恐ろしく、自分から乳房を這っている手を探し出して繋いだ。
握り返してくれなくても、繋がっていることだけで満足。








「彼奴はいつも、朝は長湯だよ。」




確信犯。
何の抵抗もなく私のそこは開いて、易々と彼に侵入を赦した。
さっきとは違うところを突き上げる。
呻く間もなく生暖かい日向水が脚の間から零れて、止めてと小さく懇願したがそれを赦す筈もない。

何度も何度も満ちるそれが私を翻弄させていく。
言葉にならぬ、けれど、漏らすわけにもいかないその声。
噛み殺すためには地団駄を踏むくらいしか私には出来ない。

仰向きながら、
背中にその身体を感じて、
何度も達しそうになる私を押さえつけて強く受け止めて。



もっと首を咬んで。
痕を残して。
アタシはもう、この人でイイから。

もう、逃げたって、どうにもならないんなら。






指を突っ込んだ儘、耳朶を噛み息がそこを擽るように嗤った。


 好きでもない男にこんな事されてもいいんだ。




違うわ、見透かすような素振りを見せないで。
アタシはもうアンタでいいって言ってるでしょう。
逃がさないように捕まえときなさい。
いつまでも未練たらしく今は此処にいない男の事考えてるアタシ。
こっちを見ろと振り向かせて。
あんな男なんかわすれっちまえって、使い古された言葉言って見せて。

 アンタなら言えるでしょう。




さっきよりも落ちつきない声が、興奮して、上擦って、血の気を帯びて、アタシ好み。


誰も来ないで。
ドア向こうのまだ見ぬ訪問者に願う。
誰も来ないで。


何を思ったか、閉じかけた脚を開かせる。
見たくなくて、早くして欲しくて、仰け反ってその頬に顔を埋めた。
触って欲しい。




 もっとそうして。
 もっとそうして。

サンジ君、と、名を呼ぶ。
うんと返事をした。



挿れてよ、逝かせてよ、と十八女のついた雌猫のように自然腰を動かし懇願する。
此では足りないかと深く射し込こまれ、足りないと啼いた。


此方を向けと、指を抜き促される。
膝に跨りながら、今まで私を蹂躙した男の顔を見る。

少し乱れた髪の毛。
微かに上気した頬。
長い睫毛。
同じ男でも全く違う。




うっすら口唇を開いて、挿し入れる舌。
絡め取って、あなたの匂いをかがせて。
髪の毛を掻き回すようにした。
激しい情念が渦巻いて後ろに倒れ込みそう。

口づけしたまま両手でズボンのベルトを緩めジッパーを下げる。
どこにあるかなんてもう私の背後に回ったときから解っていた。
易々と探し当て、ゆっくりと上下に擦る。
脈を打っている、それ。

私の空洞を、それで埋めて。



呼吸がままならなくなり、ふと口唇を離す。
突如、手も引き剥がされた。
立ち上がった背中。
唾液でべとつくそこを手の甲で拭う。


どうしたというのか、名を呼ぼうとしたけれど、上手く声が出ない。
乱されたその前を仕舞うと、俯いたまま。







「駄目だよ。」




「俺に、こんな事、赦しちゃ駄目だよ。」





何を、今更。
火を点けて、放り出して。
アンタも同じ事をするのね。
自分だけが可愛いんじゃないの、アンタもアタシもアイツも。

俺にこんな事、ではこの問いにはどう答えるつもり。





「じゃぁ。」


掠れた声。
抑揚もなく。


「誰になら、イイの。」





ただ黙ったまま。
真意など図れるはずもない。
思わせぶりな態度と挑発、乗ったあたしがバカだったとでも??
もういいわ。

それは何なの?
私は何なの?


これは怒りなのかフラストレーション。
身体の奥にある熱は疼いたまま。


私はなに?
私はあなたのなに?
私はあなたの中で、どんなモノ?



「アンタの勝手な理想や事情を押しつけないでよ。」



その薄い胸を突き飛ばしてスツールを蹴った。

土壇場で怖じ気づくくらいなら何もしなければいい。
いっそあの男のように迷惑だと言ってくれればそれでイイ。
付け込んだアタシが悪党なのか、
それとも私は。

開け放ったドアから外に出て、昇り掛けた太陽を見た。



空は燃えるような紫。
雨が降ればいい。
持て余した炎を冷ましてくれれば。



逃げ道もない、答えなんか無い。
どこかでなくした心の代わり。



そんなものはここにはない。

 end

或いは別の誰かを…


「仰向くは悪党 俯くは花盗人」のナミバージョンでございます。
うーん、長かった・・・・・・・・・・馬鹿馬鹿しいくらい長いね、こりゃ
ゾロは短いのに。(笑)サナゾの真骨頂との三角関係。
しかもゾロ殿何にも気づいてない振りかよテメェってカンジなんですが、
まぁそれも彼ならではって事で。ナミ嬢のが書きたくって書いてました。
これで終わり。どうなるんだかね、うちの三人は(笑)

ンで、これを書くにあたって色々手直ししました(笑)
解った人は笑って赦して下さい

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