海の向こうには何がある 海の向こうにはあしたがある
太陽があしたを連れてくる

夕暮れ向こうへ鴎が消えて 子烏母を求めて鳴いた
夜の緞帳おりる頃 波打ち際の誰かの影が
残した足跡 ひとつふたつと 宵待ち草が花開く


海の向こうには何がある 海の向こうにはあしたがある
太陽があしたを連れてくる

君が待つのは 美しい 夜明けに消える星屑かい
今宵数えた星の数 続きは明日数えよう

君にも 僕にも 誰にでも 等しく それはやってくる
海の向こうにはあしたがあって 太陽がそれを連れてくる

グッナイベイビーよい夢を 

明日が来るから今日はおやすみ
夜明けの金星輝く頃に 明日は静かにやってくる






グッナイベイビーよい夢を ベイビーおやすみ、よい夢を












「グッナイベイビーよい夢を」












「ねぇ、何が見えんの」






夜だというのに少し暖かい風が吹く日であった。

月の無い夜は水平線の縁まで星が見える。辛うじて肉眼で見える星は六等星。
数多ある星々が重なり合って河を作る。ミルキーウェイ、乳の河、天の川。
淡い真珠色の帯が夜空に掛かる。見上げれば今日はよく見える。
けれども、その河はいつでもそこにあるのに、観得る日と視得ぬ日がある。

星の名前はよく知っている。
誰に話す機会も無かったけれど、それに纏わる神話もよく覚えている。

でも、海の向こうに何があるかなどは知らない。
ありきたりな答しか知らない。





「さぁ、何が見えるかしら」







氷漬けにされた後の事はよく覚えていない。




今しがた目が覚めて、周りは暗く時刻はもう夜を示していた。
いつものハンモックではなく、どこから引っ張り出してきたのかマットレスが引かれた上に寝かされていた。
場所も彼女と二人で使って居る部屋ではなく、キッチン。
慣れない寝心地と見慣れない場所で目が覚めた。
とても不思議な気持ちで見渡すと、クルー全員が周りに居た。
床に椅子に、私と船長さんの周りにそれぞれのスタイルで眠っていた。



床板の上は固いだろうに。



剣士さんはいつものスタイル。慣れているから大丈夫なのだろうか。
テーブルに突っ伏した長鼻君とコックさんの二人、明日中きっと背中が痛むだろう。
船医さんを抱きかかえたまま眠る航海士さん。
彼の頭に頬を埋めて、窮屈な姿勢のままゆっくりと舟を漕ぐ。

カチコチと時計の音が聞こえた。両舷に当たる細波は風の甘い夜の証。

キッチン特有の食べ物の残り香。
揮発したアルコール残臭。
何かを作り置いているのか、果実の匂い。



私は生きている。





最後に耳にしたのは船長さんの絶叫に似たわたしの名。
それから金属が高く澄んだ音を立て、鎌鼬の突風を感じた。
意識はそこで黒く塗りつぶされた。
擦り切れた映写フィルムのように雑音交じりに繰り広げられた曖昧な場面を経てから、
突然新たに場面は切り替わり今に至る。
背後で流れるのは複数の人間が奏でる寝息だ。




私は生きている。




途切れた記憶の断片から此処まで繋ぎ合わせるのは容易だったが、
それは信じがたいことでもあった。

なぜ。

その問いに答えてくれるものは誰も居なかった。
皆はただ静かに眠って居るだけ。




廻りを見渡したあと仮の臥所から抜け出る。
歩けるかどうか、試してみたかった。

誰が着せてくれたのか、乾いた洋服はまだ太陽の香り。
靴は足元を探しても見つからず、構うものかとそのまま木の床に両足をつけた。
足の裏にざらついた砂粒、それから床板の感じ。
体重を掛けると張り合わせた床板がかすかに音を立てた。


ゆっくりと立ち上がる。
血が下がり、すぅとよろめく幻は暫く俯くとその眩暈も治まってくる。
余り長い時間は動けないだろうと本能的にわかった。
身体は休息を必要としている。


眠らなければとしっている。


脚を動かしてみる。
いつもの一歩に及ばず、どこかぎこちない。
関節が不自然に軋んで、筋肉が少し捻れている錯覚。



感覚を取り戻さなければいけない。
自分の足で立たなければいけない。



食堂のドアを開ける。暖かな夜風が隙間から滑り込む。

なんて今日は暖かい夜だろう。




音を立てないようにドアを閉め、彼らの眠りを妨げないようにした。
彼らの明日に、支障をきたさ無い様に。

怖々手すりに掴まりながら後方デッキへの階段を上った。
帆も畳まれ風も殆ど無い。
行けども、景色は変わらない。
星の世界はどこまで続いているのだろう。

足元は起きた時よりはふらつかなくなっていた。
けれど雲の上を歩いているような心地がして、酷く怖い。
恐ろしいのは光が無いからだろうか。
暗い海の上をずっと一人で歩く、月も太陽も無い星だけの世界だからだろうか。



航海士嬢自慢の蜜柑の葉がかすかに揺れている。
少し風が出てきた。


海は墨を流したように暗く、星は四方、世界全てをぐるり囲んでいる。
つま先から頭の先まで絶望を暗喩する「夜」に埋もれているのに、
今そこにある星空は本当にきれいでまるで初めて見るような気持ちがした。
星空を見るのは何年ぶりだろう。
いつも頭上にあったのに。

これは「わたし」の始まりの風景。
それにとてもよく似ていた。

だから。




少し、恐ろしいのだ。









「ね、そっから何が見えんの」




煙。



煙草の匂いだ。
この匂いは最近知った。


「さぁ、なにが見えるかしら」


はぐらかすのは得手で、口をついて自然と出た。
何を誤魔化す事も無いのに、習性と言う名で以って私の言葉は形造られる。
然したる理由など無いのに、こう言う語尾を選ぶ。真意を見透かされないように。

 厭な癖だ。


煙は此方に近付いてくる。
愛煙家の彼は目が覚めて居るときはこれが無いと腑抜けるのだと冗談めいて以前話した。
剣士さんに“おしゃぶりだ”と揶揄されて、ケンカを始めてそれを航海士嬢がいつものように拳骨で止めた。

キッチンからすぐ上のデッキは余り広くないので、彼の吸う煙が纏わりつく。
鼻孔を刺す、すこしきつめのフレーヴァ。
料理人の癖にねと自虐的な台詞と、ちっともやめる気なんか無い顔。
その二つと煙に、馴れた。

煙たいかなと風下に行こうとしたけれど、そのままでいいと告げまた取り巻く世界を見渡した。
夜の海はとても凪いでいて、風もとても温かだ。
陸に近いのか湿った潮風の中にかすかに含む花のような匂いは夜を塗り替える。

今日は暖かいね、そう前置きした。

「被るといい」

思いだしたように彼が差し出したのは恐らく航海士嬢が使っているであろう白いケープで、
縁に素朴な刺繍の或るものだった。
少し子供っぽく、恐らく彼女が未だ小さかった頃に用意されたものではないだろうか。
有り難うと受け取りそれを羽織った。
縁取りから伸びた房のついたリボンが胸の前に垂れ下がり、海風に棚引く。
片手で両端を抓み、風に持ってゆかれないよう押さえたが
突然吹いた強風の所為ですぐに片端が手から逃げた。

彼は“ちょっと”と火を点けた煙草を咥え、いつも猫背気味の背中を少しだけ伸ばした。
私の手からケープを奪うと、ふわり、拡げる。
白いその陰は大きな鳥の翼の様にも似ていて私の肩をゆっくりと包む。
羽織ると彼女の匂いがした。多分、洗濯石鹸の匂いだ。

冬島は久しい。

洗濯した後、しまいっぱなしになっていたクロゼットから引っ張り出してきたものだろうか。
樟脳の香りが遠い日常を思い起こさせた。
彼は煙草の煙に目を眇めながら房のついた毛糸のリボンを首の前で結ぶ。
しようがないなぁとまるで私の兄であるかのように笑った。

「ちゃんと結んでおかないと」

料理は無論の事だがその外でも器用そうな指が蝶々結びを施す。
片方を緩く引いて環を作りもう片方の紐をその環に通す。
私はその手元をじっと見ていた。

小さな子供になったような気持ちになる。
このケープの所為かもしれない。
これは誰かの手編みだろうか。
少し歪な編みこみ模様。
毛糸の房が野兎の尻尾のようで可愛らしすぎて、私には似合わないような気がした。



「女の子は体冷やしちゃ駄目だよ」



固く結んだあとケープの下に隠れている私の腕を両掌で二、三度摩った。


女の子。

私は彼より九つ年上で、そんな私に対して彼はちゃん付けで呼んで憚らない。
しかも“女の子”扱い。
彼にとって私はどんな風に映っているのだろう。
それとも彼なりの美意識とかそう言うものが関係しているのかもしれない。
その呼ばれ方に平静を装いながら呼ばれるたびに黙って驚いている。

彼に妹や弟が居たらこんな風にして貰えるのかもしれない。

彼より少し年下の船医さんや長鼻くん、船長さんの三人は彼の跡をついて回っている。
食べ物をくれる人に懐くのは常だからだろうか。
邪魔だ邪魔だと邪険に扱いながら何やかやと世話を焼いては面倒を見ている。
それはとても微笑ましいと思う。

そして少し羨ましい。



もしも私が小さな女の子だったら。
私も彼に時折邪険にされながらも、懲りずに後をついて回っただろうか。
コックさんではなくおにいちゃんなんて呼びながら。

けれど。


そんな事は決してありえない。
時間を巻き戻す事は不可能だ。
もしも私が幼くてもそんなことは出来ないに決まっている。
この海にはありえない事は無いと言ってもいい。けれど、不可能なことくらい分かる。 
この海のどこへ行こうと、最果てまで進もうと。


「“海の向こうには何がある”」

不意に彼は口を開いた。

「え」

「海の向こうには何があるか、知ってるかい」

会話は不自然な始まり方で私は答えを用意していなかった。
だから今しがた考えていたくだらない感傷的な事項を仕舞いこむ為に1秒ほどかかった。
私は振り返るように彼の顔をじっとみた。

「さぁ、なにかしら」


「“海の向こうには明日があるのさ”」

気に障ると書いて「キザ」と読ませる。
ならば彼の言葉はなんだろう。
芝居がかった臭い台詞を堂々と言ってのけて、
それでも少し照れたのかかすかに口唇がやさしく歪んだ。

「なあに、それ?」

「歌だよ、知らない?」


「子供のとき聴かなかった?子守歌」



憶えていないわ。
子守歌なんて私には誰も歌ってくれなかった。
誰が教えてくれるの。

「じぃっと海を見てるからさぁ」

わたしの事を何も知らない彼は。

「心配しなくっても、明日は来るさ」

とても優しく微笑んでいる。




不思議な言葉で歌われたその一節は、聞いた事のない旋律で、
どこかの民族の歌の様でもあった。
いつもなら素敵な歌ねと言えるのだろうが、なぜか巧く言えない。
わたしの為に歌われた子守歌。

「ホントは子守歌じゃないんだけどね」


「ジジイが厨房でよく歌っててさ、よく鼻歌で真似してた。


「何しろ随分古いらしいから」



「よくは知らないんだけど」

彼がジジイと称する人物の事はよくは知らない。育ての親は元海賊と言うことくらいしか。
けれど彼はこの歌を聴いて育ったのだ。少し物憂げな優しいメロディをきいて。
そしてそれを、誰かに歌っている。

「上手ね」
少し照れくさそうにどうもと笑った。
付け加えるように、歌詞は違うかも。ジジイ、歌うたびに違ってたから、そう笑った。
短くなった煙草を海に投げ捨てると、橙色の火が弧を描いて水面に消えた。

「さぁ、もう寝なくちゃ。身体が悲鳴を上げてるよ」

彼は手を差し出した。
私がその手を取るかどうか迷っているのを察したのか、
ほら早くとまだ煙香残る手のひらがひらり、わたしの手を掴んだ。



手を引かれる。

雲の上の一人きりの散歩。

もう一人の道行き。

いたわりながら、ケープのリボンを結んでもらう。

ベッドに戻れと、手を引かれる。



人間の手とはなんて温かいのだろう。


彼の靴底が柔らかな足音を立てる。
ゆっくりと。
振り向かずともわたしの歩調を知っている。
ドアノブに手をかける一瞬前、さっき巧く言えなかった言葉を構築しなおし問うた。




「明日が来ることは、終わりが来ると言うことじゃないのかしら?」




彼はそのとき初めて振り返って、
おかしい事をいうねとドアを開けるのを一瞬待った。





「違うよ、また始まるんだ」




蝶番が少し軋む。
ドアの向こうに同じ闇の中に沢山の寝息が聞こえた。




「またあいつらの朝飯作って昼飯作って、だよ」




彼は小さな声でそう言い少し笑った。毎日よく食うぜなんていうから、私も一緒に笑った。
どうぞと私を先に部屋の中へ入れ、ドアを閉め
マットレスに私を導き跪いて毛布を掛けその上から二度程、軽く胸の上を叩いた。


「おやすみ、いい夢を」


前髪を額から除けて頭を一度撫でた。
彼が女性に普段とる姿では無く、それはまるで。





「ネェ」



 だからこんなお願いも許されるような気がした。



「すこしだけ」



 “きっと、どこかに居る”



「手を握って」




私は今小さな女の子になっている。
自分より大きな人たちに囲まれて守られて、明日が来るのだと信じている。

「いいよ」

彼は手を差し出して私の手を握った。
枕元に座って左手を差し出しもう片方がもう一度頭を撫でた。
鼻歌で、知らないメロディを口ずさむ。




 君にも 僕にも 誰にでも 等しく それはやってくる
 海の向こうにはあしたがあって 太陽がそれを連れてくる





私はあの時一度死んだ。
埋もれ行く砂の棺の中で眠ろうとした。
でも死ねなかった。
生きていたくなんてなかったのに、命を貰った。



私は昨日もう一度死んだ。
凍りつきながらたくさんの記憶が一瞬で通り過ぎた。
でも死ななかった。
生きていたいと願ったから、命を貰った。



 ほしぞらは、初めて迎えた朝のようだ。



過去には帰る事はできない。過去を変える事もできない。

けれど明日は平等にやってくる。
夜の向こう側は明日で、それを信じ続ける事が出来る者だけが朝を迎えられる。
今日生まれた小さなこの手も、明日になれば大きくなって私が誰かの手を握る事だってできるはず。


だからあなた達が私を守ってくれたように、私もあなた達を守ろうと思う。
今夜眠ってまた大きな手を手に入れられる。
明日の為に。


優しい子守歌。
どうもありがとう。





私は眠る。
朝の為に。
私が信じた、朝の為に。







だからまだ今日は手を握っていて。


海と星しかない夜を恐れないように。



夜明けを怖がらないですむように。




end


なんというか、兄貴なサンジおにいちゃんが好きです。
チョッパーとかルフィとか嘘君といるとき、彼は非常にお兄さんに見えます。
男っぽくてさ、かっこいいんだよね。
あと知らない人に道を尋ねる時とか…どうだろう。
ゾロと居ると相応なんだけどね、歳が近いからだろうが。

とか何とか言いながらニコサン大好きvと言ってたワリにカプ色は薄め。
なんとういうか、サンジ兄ィにはロビンちゃんを妹のように扱って欲しいと思っておったり…。
なんと言うか…お花摘んできたと言って耳に飾ってあげたりとかさ…

と言うか告白するとこれ去年のニコ誕用に書いてた話なんですけどね。一年寝かせた(笑)暇がなくてさ
最近になって本誌で明らかになったところがシチュエーションがばっちりでさ、
同人女子のやる事なんかまるっとお見通しか等と思ったりしたのでした。

でも丁度いいタイミング、尾●先生ゴメンナサイ

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