目が合ったら逸らして
気にもしてないふりで鼻歌でも
でも見えてるわ
さかしまに映るけど、ちゃんと見えてるのよ
欠伸を一つ。
伸びを少し。
朝は静か。


隣には誰もいない。
シーツの透き間に手を挿し込むとまだ少し温かい。
時計は夜明けを告げている。

昨日脱ぎ捨てた靴を裸足のまま探す。
探しながら足許に畳まれていたシャツに袖を通した。
ベットの下に右足、絨毯の向こうに片割れ。
編み上げのブーツの靴ひもに指を突っかける。

欠伸をもう一つ。
首を回すと、鳴った。




女部屋の階段を上って、姿を探したら案の定居た。

「オハヨウ」
銜えた歯ブラシを離さずに笑った。
髪の毛はちゃんとブラシで梳かされて、昨日の夜の気配は微塵もない。

「お早う」

眠そうと笑いながら口を漱ぐ。
そのまま洗顔を始めた。
女の支度は遅いと判っているけど、まだぼんやりする頭が働くまでには丁度好い間だ。
バスタブの縁の濡れていないところを選んで腰掛ける。
足の裏に感じるタイルの冷たさが感覚を取り戻させる。
その隙に靴を履いた。
紐を締めて見上げると、女は鏡越しにこっちを見ていた。
終わったよと言いたげに、笑う。



眠そうね、と清々しく笑顔が鏡に映った。
俺はそれを見ていた。
鏡に映ったナミの顔はさかしまで、分け目が違うから印象が違う。
歯ブラシを銜えて片方の靴紐は解けたまま手を動かすと、その横でこっちを見てる。
なんだよと判別つくか判らぬ言葉で文句言うと、「寝顔見ちゃった」と頬をつつく。
そのまま寝入った俺はナミの顔は見てない。負けたような気分。
うるせェなと、言いつつも気恥ずかしさは隠せていなくて「カワイイの」とにこにことしていた。
こんな場面あの野郎に見られたらどんな顔されるんだか。
顎の下を触りながら、今はキスしたく無いなぁと指先が耳のピアスまで上がって目の上にキスした。

朝の顔は夜とは違う。
青く澄んだ光に縁取られた化粧ッ気の無いその頬は真珠のようで、
すぐに触りたいけれどそれを容易く赦すような気配を感じさせなかった。
清々しい美わしさ。
それは見ているだけで悪くはないと思う。


タンブラーを蛇口の下に持っていく。
捻ると気泡を含みながらその口から迸る冷たい水。
その縁から溢れぬよう、寸前でもう一度逆に捻った。
水流が螺旋を描き排水口に吸い込まれる。
幾度と無く繰り返される朝の情景。

掌でシンクを洗い流す。
栓をして蛇口を捻る。
ゆっくりと嵩の増す水。
それを見ながら掌にナミ用とは別の石鹸を取る。
泡立てて首から上、頬から耳の傍まで。


 アァそろそろ替え刃を買ってこないと。

流水で剃刀を漱ぐ。
蛇口を止めた。
その刃を当てる。
ゆっくりと肌の上を滑らせる。
刃の軌道上の泡は消え去る。
その繰り返し。

俺の姿の映る鏡の隅に、ナミが大人しくバスタブの縁に座っていた。
なぁに見てるんだよと一旦剃刀を洗って鏡の中の姿を睨む。
その顔はまだ笑っていて、普段とは別人。

 見学よ。


「なんの??」

再び刃を宛てる。耳の傍に近いから‘朔々’と音が聞こえる。

 だって私、見たこと無いもの

逆しまに映るその口はよく廻る。
でもいつもより穏やか。
洗顔で濡れたのか、横に垂らした髪の毛を弄びいじっては視線を放る。


 ひげ剃り。
 だって私生えないし。


「昨日見たけど、別の所は生えるじゃネェか」

馬鹿、朝っぱらから何て事言うのと頬が赤らむ。
こいつはこんな顔をしていたか?
生娘でもあるメェしよと失笑するのを堪える。


珍しいか??と聞くと、だって私父親居ないし、女ばっかの家だったし。
アァそういえばそうだったなと思い返す。
目が思わず女の表情を追う。
鏡越しに目があった。

「痛ぇ・・・」

手が疎かになっちゃってるよ

うるせぇな。シンクにためた水で指先を濯いで手元が狂った所を触る。
女は立ち上がり腕の下でうろつきまわる。
橙色の髪の毛が、鏡面から現れては消え。


あぶネェからウロウロすんな。


剣士たるもの刃物に使われてちゃぁお終ェだよと嘯きながら続き。
一定の距離を保ち、ナミはその様を見ているようだった。
鏡にも映らぬほどすぐ傍で。
朝の気流に乗って体温が此処まで。
何もつけていないはずなのにいい匂いがする。
視線を感じるが業と目を合わせなかった。
 また手元が狂いそうだ。

終わり。


シンクの栓を抜いて蛇口を捻る。
両手で掬った冷たい水が気持ちがいい。
完全に目が覚めた。
はいと差し出されたタオルを俯いたまま取って、ごしごしと拭いた。

一息吐いて目を上げた。真正面には相変わらず逆しまに映る女の優しげな顔。
初めて見る気がする。
きっとそれが鏡の世界だからだろう。
幸も不幸もひっくり返った、世界にいるナミ。


「ネェ、キスしても、イイ??」


振り返って、笑いながら応じた。
俺はこっちの方が好い。

end


「朝っぱらからいちゃついてんじゃネェよクソマリモ野郎。」
エェコックさんならそんなカンジ。
コックにこんな事言われる筋合いはネェンですが??
まぁ好き好んで書いてるわけだからね。
しかしラブラブしてんじゃねぇ。
アタシさ、黒いからさ、苦手なんだよ
ところでコレ何が初めてかツーとひげ剃りを剃刀で剃るのを見たのが初めて
と言うネタ。
イヤねぇ、うちの家族には男は父上しかおらんのじゃが
彼は電気シェイバーなのね
でも彼氏がさぁ、剃刀なんだ。
剃ってる姿を見て感動したのよ。へーって。
未だ初々しい頃アタシの体験・・・・・・
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