「或る女性快援隊隊士の肖像」

快援隊女性隊士生活向上委員会













「あり、陸奥はどがぁしたがか」


先ほど坂本は内線で報告書に対する些細な疑問点と資料を頼んだ。
自ら進んで真面目に仕事をする日もあるのだ、と言うアピールでは決してない。
大抵総務の誰かが電話に出て、それを持ってくるのは陸奥だ。
資料と一緒に小言も一緒に持ってくる。
小言も言われる内が花。
顔を出してくれるのもやれ嬉やと思うことにしている。
しかしながら、社長室兼執務室に入ってきた女性は陸奥と違ってすらりと背の高い人物だった。

「副官殿は出張に出られてますよ、残念でした」

涼やかな声でそう言うと、資料を机の上にひらりと置き、
私が報告申し上げますと先ほどの疑問に対する回答を簡潔に述べた。
快援隊女子部の実質的な委員長の番匠谷滝子であり、
柔らかな物言いをするが女子部メンバーの中では一の急進派フェミニストで罷り通っている。

頼んだ資料はそれに付随する類のものだったので、それも口頭で説明が必要かと尋ねられたが坂本は首を振る。
資料の表紙を一枚捲り遮った。

「いんやえぇ、ワシ見るきに」

坂本は思いがけない人物の来訪に一瞬考えてそれより、コーヒー飲みにいんかとにこりと笑った。
資料を頼んだのは実はついでである。
陸奥が来れば御の字と言う思惑が無いでもなかったが、話し相手が欲しかったのだ。
判子を一人で押していると非常に虚しくなってくるものだ。

「飲みたいんですね、淹れてきます」

いや気分転換に食堂にでも飲みに行きたいんですけど言う言葉を遮るように、
大股の急ぎ足でドアから出て、物の数分で戻ってきた。
手には坂本愛用のカップと自分のものを載せて入ってきた。
ソファにあるテーブルにそれを載せた。
お茶請けは鎌倉銘菓のサブレ。
取引先の大番頭がお土産にと持たせてくれたものである。
陸奥不在の間、誰かが監視役として自分を見張るよう言い付かっているのではないかと思うほどに周到である。
勘繰り過ぎか。
淹れたてと思しきコーヒーは随分いい匂いだった。
用心しながら一口啜った。熱い。

「番匠谷さん、うちに来て何年じゃたかの」

サブレの袋を開けながら陸奥よりも更に妙齢の番匠谷に坂本は尋ねた。
確かかなりの古株である。

「あの写真には私居ますよ」

坂本の部屋には写真が飾ってある。
部屋の壁面にずらりとフォトフレームが並ぶ。
歴代の艦の進水式、或いは集合写真、数名で撮った写真、数多並ぶその大小の枠の中心は一枚の集合写真だ。
快援隊旗揚げのときのメンバー十数名が、今は無い初代旗艦の前で写っている。
今や幹部として名を連ねる十数名が、今より少し若い顔で映っている。
大して変わっていないものも居るが、中心は坂本である。

その翌年は人間が倍に増えた。
その翌々年は艦が二隻になった。

年を経るごとに人は増え、今では艦も四隻に増え商売の規模はますます拡大して、
扱う金額もそれに従い大きくなっている。
しかし、基本理念は変わらぬままだ。

今では毎年、社員全員で集合写真を撮る。
正月明け新年会前に一枚写真の得意な者が撮るのだ。
皆そのために矢鱈と神妙な顔をして映る。

ちなみに、新年会の宴、
その最後に撮らぬのはほぼ酔いつぶれてしまう為の用心のほかならぬ。

だがただ増えるばかりではない。
事故や病気で亡くなったもの、袂を違えて去った者、あるいは別の事業をやりたいと抜けたもの、
ヘッドハンティングされたり異国で才覚を見出したものも居る。
今でも付き合いがある者も居れば、音信不通になったものも居る。

彼女は三枚目の写真の中に初めて姿を見せている。
黒い長羽織の辰巳芸者のような出で立ちであった。

「ワシが、面接したんじゃった」
「忘れたのかと思いました」


忘れんちや、と坂本は笑う。
忘れるわけが無いのだ。







 *




快援隊創設二年目の秋。
初めは創始者坂本が仲間内に声を掛け始まった貿易商社快援隊であったが、
扱う貿易品や規模を拡大していく内それだけでは人手が足りなくなった。
人に声を掛けるだけではなく公募してみてはどうかと言う案もあがりそれを採用した。
言い出したのは誰だったかはしかとは思い出せない。

試験などはほぼしない。
履歴書を見ての面接のみである。
一応社長面接の前に一人挟むかと言う案が隊内でも一の知恵者、長岡の口から上がったが、
坂本はかまんかまんと三十数名を一人で面接すると言う。

「頭がえぇ言うきィ、かまんろう」

長岡は声を上げた者を見た。
先だって酔いに任せて同僚から「猛獣使い」と言う渾名をつけられそうになった陸奥である。
陸奥は隊内で一番若いが坂本が一番頼りにしている副官である。
無論猛獣が誰であるかは想像に難くない。
むろん猛獣は彼女の上司であり、猛獣と言うより珍獣だろうと反論もあったが、
そのどちらにとっても不名誉な仇名はそのまま消えた。

ずばりずばりと物を言い、少々棘のある物言いをするが若さ故。
それにこれと認めたものには非常に細やかな礼を尽くす。
陸奥、と長岡が呼ぶ。
呼ばれた陸奥は坂本と長岡の顔をちらと見て、
音を上げたり飽きて逃げ出すようなことをせんように、面接希望者の案内役兼坂本社長の監視役をつけるならと言った。
坂本は不満そうに、信用ないのうと笑ったが、生来飽きっぽいのである。
責任感の強い長岡あたりに後は任したぜよと言って別の仕事を始められては困るのだ。

普段会議室に使用している艦の一室を面接会場としてセッティングし、
坂本はその中で三十数名の面接を二日間かけて行う。
一人当たり大体三十分掛けられぬ計算だ。

陸奥は人事の方は長岡に任せ別の人間を率いて新しい艦を買う交渉に向かった。
同時進行で新しい艦を増やす計画である。
ようよう金が回り始めて利益も定期的に入るような地金の商談がついてきている。
幸い地金の商売相手がお堅い或る星の政府で、銀行もその利益を見込み、それならと首を縦に振った。
ヤクザな貿易商社がまた借金かと陸奥は時期尚早ではと言ったが、

「借財も財産ゆうてのォ」

坂本は笑い先だってから懇意にしている人物へ手紙を書いた。
自分を長崎の顔、造船所はおろか、
長崎のすべての商いごとに顔の利く女傑の下へと送り込む算段をつけて、
さっさと陸奥以下五名を送り出した。



陸奥の懸念は当たっていたともいえるしはずれたともいえる。
一日目の昼休み早々に坂本はやはり間に一人挟むべきだったかと思わず後悔した。
見込みの有りそうなものも居るのだが、即座に帰れと言いたくなる連中のなんと多いことか。
と言うよりも、流石にドアを開けた瞬間帰れとは言わないが、母親同伴で来られたのには参った。
通常面接時間三十分のところを五分でお引き取り願ったが。
一日目がそういう風であったから二日目はさてどうだろうかと思いながら、
夕方長崎に発った陸奥に愚痴がてらメールを書き送ってみた。
彼女が目を通したのが遅かったせいなのか、日付の変わる頃長岡から明日の面接はどうするかと尋ねられた。
こちらに直接返信すればいいものをわざわざ人を介すなど可愛いげのない。

こうなれば最後まで同じスタイルでやりとおすべきであろう。
いやいいと寝床で履歴書に目を通そうと思えどもそういう気にもなれず、その日は寝た。

翌日、やはり玉石混合の志願者を次々とこなしながら、長岡が午前中最後ですぜよと扉を開けた。
坂本は顔を上げて、おやと思う。
失礼しますと言った声が酷く耳に心地よい響きであった。

「おまさんどっかで見たことの或る顔じゃな」

婀娜っぽい立ち姿だが髪を総髪に結った女が目の前に立った。
面接会場と言うのにその身なりは目立った。
群衆の中に咲く一輪の牡丹といおうか。
女は言った、こんにちわと。


「番匠谷、滝子」

坂本は目元に泣きほくろのあるその人を見つめてどこで会ったか思い出そうとした。

「以前お座敷で」

女はにこりと笑った。
そうだ。
島田に結っていたから分からないのだ。泣きぼくろには見覚えがあった。
「鶴次さんかぇ」

はい、女は立ったまま静かにお辞儀をした。
鶴次というのは彼女の源氏名ならぬ権兵衛名で、辰巳芸者ならではの名である。

「陣中見舞いかえ、まっこと嬉しいのぉ」

むさっくるしい男ばかりをここ数日相手にしてきたので、女性のしかも別嬪さんの来訪は本当に嬉しかった。
坂本はおもむろに立ち上がり椅子を勧めようとしたが、先ほど扉を開けた長岡の言葉を思い出す。

午前中最後の一人だと言った
「いいえ」


女はにこりと笑った。
まだ椅子には座らない。

「面接に参りました」






「面接ゆうてウチにかぇ」

はい、きちんと揃えて座った足下は白足袋に鼠色の草履だった。
地味だが趣味がいい。
着物は同じく鼠色の江戸小紋で、羽織は脱いでいた。

またなんで、坂本はそう言わざるを得ない。
正直、自分の私設貿易団快援隊は、規格外の人間が集まっていると言わざるを得ない。
元々商人だったもの、棒振りも居ればお店で商いをしていたものもいる。
船乗り、先の戦争から命辛々逃げ帰ってきたもの、博打打ちに学者崩れ、浪人崩れ。

雑多な人種の集まりだった。

現在隊の根幹を為す幹部は先だって長崎の操船所に居た連中がその殆どを占めているが、その源流もそのいずれかだ。
幕政の崩壊後、仕事もなく志だけはあった連中を坂本が誘ったのが元なのだ。
だがその中でも女というのは陸奥一人だった。
紅一点でかつ社長の右腕。
有能で、怜悧で、少々性格には難有りでそのために損をしていることもあるが、
その頭の回転の速さを武器にしてその地位にふさわしい働きをし、押しも押されぬ大幹部である。
陸奥以外に女が入ることはないだろうと思っていた。
いや、考えたこともなかったというのが正しいのか。

「面白そうだから」

芸者あがりの女はそういった。
面接はもう始まっている。


「先日、中岡先生とお話になって居られましたでしょう」

中岡というのは旧知の仲で今は政府関係の仕事についている。
といっても官吏などではなく民間からのアドバイザのようなものをやっている。
同郷であり、かつて江戸で知り合った間柄だ。

先だって奴の奢りと言うから深川の料亭に行った。
そのときにいたのが少々年増だが色気のある妓で、
芸が達者なのは当たり前だがはきはきとした物言いによく気も付き博識で聞き上手。
およそ中岡が好きそうなタイプだと思ったものだ。
なるほど、これを見せたかったかと思ったが口には出さなかった。

「なぁんちゅーたかのぉ、ワシ」

坂本は笑い、同調する様に女も笑った。

「斬った張ったじゃ世界は変わらん、と」

攘夷戦争で死んだ人間はあまた居ようと志半ばに死んだとて花は咲かぬ。最後まで見届けねば。
理想は高い方がいい。
けれどもその理想は現実に裏打ちされた確固たる策をもって進められなければ法螺にしかならぬ。
しかし、志を大きく持てと言えどもそれだけではなにも出来ない。双方持ち合わせてのバランスが不可欠なのだ。
実際のところこれだけの大所帯を食わせてからの話であるがのぉ、坂本はそう言ったという。
言ったような気もするが言わなかったような気もする。ただ、それは真理だ。

女はころころと笑ってなんて地に足の着いた壮士かと思いましたの、と笑った。

「私それに感銘を受けたんです」

高い理想を掲げながらもしっかりと足元を見てる。
噴き上げる壮士たちの大声がなんと幼い理想家かと思った。彼らは砂のような脆い夢を見ている。
夢ばかりを追うのではなく、夢ではなくたどり着くための未来、そこへ向かうプロセスを描き、筋書きを持つこと。

相変わらずレジスタンスのような攘夷活動は続いている。
今は江戸から戦火は退いたがあちこちで転戦するニュースはほぼ毎日聞く。
だが仮に天人をすべて排除した後、なにをどうするかは誰も考えてはいまいと言った。

酒を飲みながらバカ話をしていた坂本が不意にそう漏らした。
酷い現実主義者だと思いながら、壮士たちの幼い理想とを比べて、驚いた。

彼らの年代で攘夷戦争に参加、あるいは感化されてない者はいないだろう。
攘夷運動など、一種の流行病の類だ。
だが、ここまで当事者としてこの戦争を現実として考えた者がどれほどいただろう。
思わず三味線を弾く手が止まりかけた。

「私はね坂本さん、十にならない頃に二親をいっぺんに戦で失って、置屋のおかあさんがおいてくだすったんですよ」

この歳まで芸者一本で食べてきました、と笑みを浮かべて言った。
でもそろそろ後進に譲ろうと思いまして、と女は言う。
その若さでかえ、坂本は首を傾げる。
まだ三十路前だろうし、この間の座敷でも芸を磨くのもこれからだと、
先だっての座敷では謙遜も有ろうがそう話していた。

「えぇ、この歳まで旦那をとらず芸一筋だったんですけどね、
折りしもご一新でこの辺りいろいろ制度がかわるってぇお話じゃありませんか」

非合法の花街、岡場所に四宿などの私娼窟を一掃するという動きがある。
一掃というよりも「近代化」する江戸の町には不似合いということだろう。
区画整理という名目で、このあたりを更地にするという噂すらある。
芸を売る芸妓なども同じにみなされる可能性すらあるのだ。

ならいっそ籠から出てみようかと思ったんです、先は三味を引いた手、扇を持つ手。
白い手がふふと口元を隠す。

「どうせ出るなら誰も飛んだことの無い空を飛びたいじゃぁ無いですか」

それに、と女は笑った。

「あなたが昨日仰った、刀じゃ人は退けられぬ、けれども退けられはしないが共に歩くことは出来る。
お侍が出来なかったことを、あなたやろうとなさってるんでしょう」

侍の時代は終わった。
刀は奪われ、政も傀儡政権となり果てている。
けれども、それですべてが終わったわけではないと男は笑っていったのだ。

「あたしもそれに一つ乗せてくださいよ
侍が刀を振り回して出来なかったことをやり遂げるのが、坂本辰馬率いる快援隊。
その中には元芸者がいるなんてねぇ」

女は笑っていた。
いや、笑っているように見えただけだった。
口元が微笑んでいるだけで目が酷く真剣で面接官たる自分をしっかりと射抜いている。
あぁ、そうか。

本当に試されているのは、此の女ではないのだ。


「ねぇ、随分、気分がいいじゃないですか」


足を引き、椅子の背につけて座った姿勢をそれとなく正す。
手の中で遊んでいたペンを机に置いた。



「私はね坂本さん、この十数年、たくさんの人と話をしました。
それこそ若造や年寄りや、侍や商人、幕府のお偉いさん、攘夷志士たち。本当にたくさんの人と」

あんたは己を売り込みに来たんじゃないんだな。
売り込みに来た己を判ずる俺を試しに来たのだろう。

「ひとあしらいには自信があります。私の財産なんてこれだけ」

女は笑った。
他には何もありませんと堂々と言った。
そこにはなんの衒いもなく飾りもない、
嘗て自分が此の国を守る術を皆に説いて回ったときの情熱に似た迸りが見えた。
そんな気がした。

「私はね、あなたの夢のような志に惹かれたんです」

不埒なことをと言われたことも或るし、そんなことが出来る筈がないとも言われた。
だが一方で、よしと膝を叩いて同調した相手もいた。
その時、自分はなんと言っただろう。

「坂本さん、あなたの役に立ちます」


坂本はそんなことを思い出さなくとも自分の口角が上がるのが分かった。
ゆっくりと立ち上がり、右手を彼女の前に差し出した。








数日後、長崎出張から陸奥が戻った。
陸奥は留守中の報告会を終えた後、旅装を解いて坂本の元へと向かった。
熱い緑茶と長崎土産のカステラを土産に社長室の扉を叩く。
坂本は書類仕事に飽きが来たのか、社長室の椅子に立膝をして座っていたが、
珍しく眼鏡等掛けて書類を読んでいた。
陸奥の姿を見つけるなりすぐさま立ち上がり、再会の抱擁を要求したが、
長く艦を空けていた有能な副官殿は即座に却下し代わりに艦新調の報告を簡単に済ませた。
詳細の資料はこれから届けさせると言う陸奥の報告を聞いたあと、坂本は先だって行った履歴書の束を差し出す。

合否はもう既に坂本と人事も執り行う総務を統括する長岡とが決定して通知を出している手筈だ。
相互報告と言う形で齎された結果に、陸奥は無言でそれを見つめた。
履歴書の束とそれに書かれた総評などに目を通し捲りながら、意外に少ないのぉと一人言ちた。
途中、おやという調子で手が止まり、坂本のほうを見る。

「誰じゃこの別嬪さん」

おんしの新しい同僚、と坂本は笑った。
今回採用する人間の内たった一人の女性である。
おんなのこ同士、仲ようしやと坂本は茶化して言ったが、陸奥はその経歴をじっと眺めた。

「番匠谷滝子さん、か」

坂本は頷いた。
坂本が唯一立ち上がってそのまま採用を決めた唯一の人物であった。

「辰巳芸者は芸は売っても身は売らぬゆうての、まァ今の面子も胸を張れた様な出自の者はおらんちや」

辰馬は社長室のソファに座りながら、陸奥が持ってきたカステラを齧り、
こんお人の気風と度胸を買おうと思うてと付け加える。

「女はえぇぞ、力は無いがよう働くし、粘り強い。物事を広く見わたす力がもともとあるちや」

陸奥を見上げて辰馬はしれと言った。
無言の内に、お前もだと云われている様で陸奥は少々こそばゆかったがわざと分からぬふりをした。
辰馬はそれもお見通しのようで、こん人ならモノの言い方も知りゆうろうと少し落とすことを忘れなかった。

「随分、肩入れするのぉ」

辰馬は自分が気に入れば、元政治犯だろうがコソ泥だろうが百姓だろうが商人だろうが浪人だろうが頓着しない。
主義主張が違えども、辰馬はすぐに相手を懐に入れてしまう。
相手も自分をわざとらしく変えることなく、辰馬の領域に入れられてしまう。
辰馬は、よく言えば相対した相手のペースを乱す人間だともう。
そしてその乱された事を、相手にしようがねェなァと相手に思わせる天性の稀有な「才能」を持っている。

快援隊はそう言う辰馬にペースを乱された人間の集まりだ。
そしてなんだかんだと憎まれ口を叩かれながらも、皆が彼の吹く理念という大法螺に付き従っているのである。

「褒めごろされたちや」

辰馬はカステラを一つ食べ終えお茶を飲み、もう一切れとカステラに齧りついた。
じょりじょりと粗目を噛む音がした。




「私、野心家の男の方ってだいきらいなの」

政を司っているのは表向きは徳川将軍家だが傀儡政権にほかならぬ。
接待名目で芸者を上げて騒ぐ席にも呼ばれることがあるという。
犬のように尻尾を振りながら、影では自らの保身と利益のみに捕らわれて工作する、
そういう人間の浅ましきことをと彼女は嘆いた。

「欲とお金で雁字搦めで、なんだかお金に手足が生えたみたいじゃないですか」

わしは違うとでも、坂本は首を傾げたが彼女は笑った。
人を動かすのは利益と言うのは坂本の持論である。
そのパワーバランスの調和を上げてはいるが、同じ穴の狢ぜよと問いかける。
女はいいえと首を振った。
あなたにはあんなに同志が居るじゃないですか、と穏やかに言う。


「志を持つ人にはそれを受け継ぐ人が必ず、大勢現れるものですもの」




ほりゃァなんとも、と陸奥は思わず呟いた。
辰馬は参ったとぜよと頭を掻く。
陸奥は持ってきたカステラがあと一切れというところでソファに座った。
お茶に手を伸ばしてカステラを一口齧る。

志か、いい言葉だ。
理想という高尚な目的は神の名を冠すれば腐敗する。
坂本の理念は言ってしまえば生臭い。
相互利益とその調和、地に足が着いていると言えば聞こえはいいが、
その実、快援隊は財政難で今度の艦は借金で買う。

だが、と陸奥は思う。

金貸しは酷く嫌われる仕事だが、その実経済は金の流れで人の懐を豊かにする。
金貸しは金を貸す。
しかし、その金は実際利益を生む商売に使われれば貸した金の万倍以上の価値の仕事をする。
借金で買った艦で商売をして、動く金は此の艦を買う以上の利益を様々な方面に齎す。
金は流れないと腐る一方、水物だ。

我々はそう言う仕事を請け負うものではないだろうか。
売国奴と罵られようが、その名に泥を被ろうが、いずれは此の大事業の理解者も現れよう。
そしてそれを理解してくれるものが居る。同志が集まる。

その志を受け継ぐものが。
恐らく、私もその一人なのだと陸奥はそっと飲み込んだ。口に出してなど言うものか。



「気が抜けんのォ、頭ァ」



お茶の湯気越しに辰馬を見る。
快援隊隊長坂本辰馬は、おぉと酷く嬉しそうに笑った。


end


WRITE / 2009.1.23
リクエストの「快援隊女子部」の続編です。
此のシリーズは妄想なのであの、あんまりつっこまないでいただけるとありがたい…
史実坂本さんがすごくかっこいいので、辰馬妄想が史実の恩恵でつきませぬ
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