快援隊女性隊士生活向上委員会二拠ル社内施設及ビ諸事改善要求案



「どうやったか女子部は」

社長室のソファでコーヒーを飲みながら坂本は社長室へ入ってきた陸奥へ声を掛けた。
就業時間外に行われる組合の会合に、月一で陸奥は出席する。
会議は各部署から一名ないし二名ずつ出席している。

必ず奇数のメンバーになるよう事前に調整され、
一人一票の票を持ち議題への投票権ならびに発言権を持つ。

陸奥は票は持たず内容に口は出さぬが、
現場の生の声を聞くために参加するようにしている。

以前は自分が議長兼委員会構成員兼報告者であったのだが、
(というよりもメンバーが一人二人の時期も存在した)
権力の集中と管理職という立場から後進に席を譲った。
以来、会議に出席したあとその報告と要求書を持って坂本の許へ来るのが常である。

ちなみに。

『女子部』という名称は俗称である。

というよりも、坂本が言い出した名称であり、
正確には女性隊士生活向上委員会という馬鹿馬鹿しく長い名前で、
あまり明瞭な活動方向が見えない名称である。

これは先に語ったように多岐に渡るであろう要求に異議を申し立たせぬ様にしただけのことで、
大仰なと言いながら坂本は女子部でえぇじゃろと初めから此の名称を覚える気は無い様であった。


名称などは然程の問題ではない。

要は活動内容とその実行力にあるのであるから。
組織というものは空論よりも実践力が物を言うと常日頃陸奥が考える持論であった。


「報告するきに、聞きとおせ」

手に持った分厚い書面を捲り、陸奥は一声を発した。
ちなみに半分は組合員全員から事前調査と称して取ったアンケートである。
無論匿名であるが坂本はこれにも目を通す。


「まず一つ」


 『各艦の手洗いにウォームレット並びにウォシュレットを希望』


「理由は一つ、尻が冷やい」

女性用手洗所数改善要求は以前提出したことがある。
何しろ此の艦を購入したときは完全な男所帯であった為、
男性用手洗ばかりであり女性用は来客用しかなかったのである。

せめてワンフロアに一つ作れという要求はすぐに通った。
設備課がそれまで一つであった手洗いに女性用の入り口を作り、
各艦、各フロアを改装した。

しかしながら、すべて洋式であったため、
座って用を足そうとすると飛び上がりそうになる程なのは言う迄もない。
坂本はそれを想像したのか手を叩いて喜んだ。
別段おかしな話ではないが話が少々下になるとどういうわけか喜ぶ。
子供である。

「あっはっは、そうじゃの。みなの可愛い尻が風邪を引いては可哀想やき。
 よかろ、予算は出るかの」
「メーカに見積もりを頼む、一斉に付け替えりゃ割引も効くにかぁらん」

そうしとおせと肯き、次、と促す。



「二つ目」


 『売店の品揃えが悪い。菓子、飲み物、化粧品、生理用品や医薬品の取り揃えが特に悪い。
  女子部の意見を入れてください、というか入れろ』




「こぉりゃぁ困ったの」


『特に雑誌がいまいち!』


「との事じゃ」


同じように談話室にある雑誌棚と書棚への不満もあるという。
何故か競馬と麻雀、それから囲碁、グラビアまで載る男性週刊誌の取り扱いは充実しているのに、
女性誌は二冊しかない。
しかも何故か需要のなさそうなティーン向けの雑誌がそのうちの一冊である。

「談話室のぉ、ありゃぁ総務がやっちゅうんやったか。おなごは居らんかったがか」
「居ることは居るが意見がなかなか通らんらしいちや。
 雑誌は年間購読の問題もあるが、来年度は何故か『月刊鬼平●科帳の世界』を揃えるようになったらしいきに」

じいさんたちの趣味じゃな、と坂本はお茶請けの落雁を口に放り込んだ。
ぼりぼりと音を立てながら、はぁんと唸る。

「ワシの希望の『月刊宇宙怪物百科』は三年も前から希望を出しちゅうが未だに入らんのぉ」
「ほりゃぁ三号で廃刊じゃ」

えぇ、マジでとソファから身を乗り出す。
あぁはよう買うときゃぁよかったちやと鳥の巣のような頭を掻いた。


「あしは鬼平はえぇ思うが。お頭、かっこえぇしの」


陸奥は時代劇ファンである。
当代の仲村吉衛門が特に好きで、
船外に出られぬ暇な休日には時折自前のDVDプレイヤで鑑賞していることを坂本は知っていた。
普段は笑わぬ陸奥がDVDを観ながら、時折にやりと笑うことも。

むっちゃん、渋すぎ、と他の男、しかもおっさんに心惹かれる陸奥に対して不満を言ったが、
ウチの頭とはまっこと似ても似つかんかっこよさぜよとぴしゃりと言った。
坂本は少々不満げな顔であと二十年後にならんと陸奥好みにならんかと独り言ちたが、
ほがな日は一生来んぜよと陸奥はそのぼやきすら漏らさずもう一度ぴしゃりと遣った。

口を尖らせながらむぅとうなる。
陸奥は無視した。

「やったら談話室に希望雑誌を年間購読して置いちゃぁどうかの。
 各人で年間購読できるのは申し込めばえぇが、同じものが二冊も三冊も合ってもの。
 合理性というもんが無いきに。
 希望誌は女子部で話し合って決めとおせ。冊数はまぁおんしの裁量に任せるきに」

「あとのぉ、生理用品じゃがのォ」

少々言い難そうに坂本は頬杖をつきながら人差し指で自分の頬を叩く。

「アレはむっちゃんの差し金じゃろ
 メーカのモニタ取ってきて、安う売りゆうのわしは知りゆうぞ。
 アレ、女子部のOKもうろうたがか?」

バインダに挟まれた書類を捲る動きが一瞬止まる。
陸奥の顔は冷たいまま、視線ひとつも泳がせぬ。


「次」
「無視か!?」









『男性には理容院があるのに美容院が無い。どうしてくれる。髪が切りたい!!』





「陸に降りたときに切りゃぁえいろう」

坂本は漏れなく船内で髪を切る。

洒落っ気のある社員は、陸に降りたとき流行ってる美容室やらにも行くらしいが、
坂本はもともと此の手のことには不精者な上、
天然パーマなので梳いたところですぐに鳥の巣のようになってしまう。
切ったのか切っていないのか分からず、切り時が分からんとこぼすのが常である。

放って置くと収拾がつかなくなるので陸奥の命令で月一で切りに行く。
快援隊の大看板がみっともない格好などするなという理由である。
髭をついでにあたって貰って居眠りするのが通例になっており、
唯一公認のサボタージュが出来る時間でもあった。

「女は我慢できんときがあるぜよ、失恋は待ってくれんちや」
「ほうか、ワシでよけりゃぁ慰めてやるきにと伝えとうせ」

どの子じゃと尋ねたが陸奥は無視した。
坂本はその仕打ちに、頼むきに無視は止めてと言いながらもうんと唸る。

「何か妙案はあるかえ?」

陸奥はペンでこめかみを掻き、
月一で美容師に来てもらうか、あるいは割引扶助がえぇとこじゃろうと言う。

何しろ女は気に入った美容師に女の命を預けたいと願う筈だ。
男が髪を切るのは「体裁を整える」あるいは「元の状態へ戻す」である。
だが女が髪を切るのは「別の自分になるため」、あるいは「気分を変えに行く」場所である。

快援隊の女性陣は女傑だらけとは言えど女は女である。
一人の美容師を常駐させたところで、
艦の美容師は腕が悪いだの何だの言い結局陸に戻って切りにいくであろう。

「割引か、レシートの五パーセントとかかぇ」
「まぁよかろう」


コーヒーがそろそろ冷めた。
新しいのが欲しいが取りに行くのも面倒なので温くなったそれを飲む。

不味いと思う。
口直しの落雁は黄粉の味がした。
のどに詰まりそうだ。

「ほいから?」




「四つ」

『足つぼマッサージに行くとおっさん臭くていやになります。
 リラックスできません。
 内装を替えるか、マッサージ機希望、35万のエアーで揉むのを』




『追伸、マッサージ師の阿部さんは変えなくていいです。むしろ個人的マッサージ希望』






「あっはっは。そりゃぁえぇの、ワシも欲しいちや」

ちなみにと陸奥は坂本に一冊のカタログを差し出す。

コレが欲しいらしいちやと見せたのは、
腕、脚、脹脛、足裏マッサージまでついた機能充実のマッサージチェアである。
メカマッサージとエアーマッサージの絶妙な刺激でコリ具合にあわせ自動プログラム機能付とある。
値段を見てははぁと唸る。そう、一台だけ買うわけには行かぬだろう。
予算はいったいどこから出すのか。結構な値段だ。
コレはいったいどういう名目の費用になるのか考える。


「行くとおっさん専用サウナみたいになっとるらしいきに。そこはかとなく加齢臭がするらしいちや」

おっさん専用サウナに入ったことがあるのかと問いただそうかとも思ったが、
あえてそこは突っ込まなかった。
しかしながらマッサージチェアを女子の居住区だけに置くわけには行かぬだろう。
不平不満が出る筈だ。
といっても共有スペースに置いたとしてもまた同じ事態に陥るのは目に見えている。

そういえばお抱えマッサージ師の阿部さんは若いが確かに腕はいい。
その上探究心旺盛で今の技術に満足せず講習会などにも行かせてくれと言うので、
公費で旅費を出し公務として許可している。
無論其の恩恵はすべての隊員に還元されるべきである。


「うーん、レディスディでも作るかぇ。
 全水曜日と土の午前中はレディスデー。加齢臭を抑えるアロマオイルでも炊きや」

あと個人的マッサージは自分で頼みとおせ、と締めくくる。
陸奥はまぁえいろうとバインダの書面にレディスディと書き加える。


「五つ」

まだあるがか、と坂本は少々うんざりした声を上げた。
まだまだあるぜよと陸奥は次の申し立てを読み上げる。



『AVルームのDVDのラインナップ改善ありがとうございます。
 電車侍泣きました。
 しかしながらDVDの棚の配列をもう少し考えてください。
 どうしてVSやくざシリーズの隣にペドロとかのアニメを置くのでしょう。
 時代劇シリーズは構いませんが、アダルトはせめて分けてください。
 またブースの中でおかしなことをする人がいます。
 ティッシュを持ち込むのはやめてください』


「勇者じゃの…」

『おかしなこと』についての言及は流石に無かったが、
いやはやそんなことをする猛者が居るとは、である。

まぁプライベートがまったくないからというのは分かるが、と陸奥は表情を崩さず言った。
確かに艦長及び副官以外のすべての隊員は、四人ないし六人の相部屋である。
居住空間が限られているから個人のプライベートのスペースは、
棚が一つとカーテンで区切られたベッド一床のみ。
無論テレビなどの持ち込みは可能だが、それにしたって、である。

「しかし」

と坂本は件のAVルームの構造をふと考えた。

「あのブースって結構オープンじゃぁ無かったがか」
「各ブース深めの仕切りはあるが扉は無いちや」

苦笑混じりに陸奥に問えば、相変わらずの無表情で個室ではないと答えた。

「いやぁまっこと肝の太いのが居るもんじゃ。ワシにゃぁ無理じゃ」

その『おかしなこと』に対する苦言はさておき、
繊細なる筈であろうそのような振る舞いをそんな公共の場でするとは、
褒めは出来ぬが実践者は大物である。
坂本は感嘆にも似た笑い声を上げ、陸奥は舌打ちをした。

「…ポータブルDVDプレイヤーでも貸し出すか」
ポツリと坂本が案を出す。

「生活防水の奴をかえ?」
「うまいむっちゃん、座布団一枚!」
馬鹿者、と言いながらもバインダにポータブルプレイヤー市価調査と書き加えてみたが、すぐに二重線で消した。

「しっかしのー、男ゆうのは溜まるがよ、しかも若い男がほとんどやき。
 アレのぉ、溜めすぎたらほんまにアレが痛とうなって、
 出したらけろっと治まるがよ、知っちょったか?」

坂本はごく真面目な顔で陸奥にそう諭した。
無論知るわけが無い。

「生憎あしにはついちょらんきに」
「ほうか、じゃぁ今度見せちゃるきに」


「死ね」




陸奥の暴言を物ともせず、うぅんと唸りながら、
そう言う部屋を作るわけにもいかんしのォと問題発言をする。
しかしながらよしんば作ったとしてどんな名称の部屋にするつもりなのか。

「ほれにある程度解消してやらんと女子に見境無く悪さするやもしれんちや」

やきどあそこは公共の場じゃ、陸奥は当たり前のことを言う。
無論坂本は重々承知であるが、こっちも割引券でも配るかえと冗談めかした。
伝は…、無論あるのだろう。
じろりと睨むと子供がするように下手糞な口笛で誤魔化した。
誤魔化しきれていない。


「まぁ、男子部のほうでそれとなく訓戒するきに、堪えとうせ」


それとなくではなく厳しい訓戒をしろと思いながらも、
個室を貰う坂本には少々後ろ暗いところがあるのかも知れぬ。
何しろアレの部屋の座敷の下の収納スペースには、
絶対に開けるなと厳しく言われた引き出しがあるのだ。
何が入っているのやら。







「さて、次で仕舞いじゃ」


あぁやっとかと最後の要求となり今までだらりと座っていた坂本はひょいと起き上がり、
よし来いと言わんばかりに背を伸ばして座りなおす。



『セクハラする上司がいます。
人目を憚らず関係を迫ったり、隙あらばキスしようとしたり、布団に潜り込んだりします。
やめてくれというのに聞きません。斬ってもいいでしょうか』


「ほォれ見てみい!」


膝をぺちんと叩きああぁまっこと情けないちやと憤慨する様子を見せる。

「こういう悪さをするのが出てくるんじゃ」

困ったことだというように額に手を遣りながら心底怒った様子で眉間に皺を寄せる。
坂本は少々湾曲しているが基本的にはフェミニストである。
女はよく働くと採用を決め、社内の昇給昇格審査などはすべて覆面審査で行われる。

男女の権利が同等である快援隊の内部を統制し、このような卑劣な真似をする輩を決して許さない。
前例で甘い顔をすると他の者に示しがつかぬと、
以前形は違うが女性に悪さした職員を厳罰処分、つまり解雇した経緯がある。
解雇だけならいいが、置いておけぬ今すぐ艦から降りろと脱出ポッドに閉じ込め、
行き先を一応地球に設定してそのまま発射させたことがある。
たしか、アレは快援隊の発足当時の事ではあるまいか。

「しかしけっしからんのぉ。女子の寝込みを襲うなど」

憤慨しながら誰ながと先程とはうって変わって個人を特定せんばかりに陸奥に問うた。
陸奥は答えず、うんと小さく返事をした。

「えぇか、女子ゆうものは男が誠心誠意を込めて口説かにゃぁいかんがで。
 そのあとでようやく身体を渡してもらうがやき。
 渡してもろうたら男は借り物やき、やさしゅうやさしゅうさわらんといかん。
 触るのを他人の自分に赦してもろうたんやきにのォ」

あぁまっことみっともない、なんちゅうのがおるがよと腕組みする。
同じ男として許せんと首を振った。

「そんな見境の無い男は男の風上にも置けん。ちょんと切り落としちゃり」

一年に一度見るか見ないかの厳しい顔で陸奥を見上げた。
陸奥はわかったと小さく頷き、坂本の鋭いその眼を捉えた。

「よし、ならズボンを脱げ」

バインダにボールペンを挟んでテーブルにそれを置き懐に手を入れた。



「はい?」



右手に鈍く光る鋼鉄の拳銃が握られた。

照準を合わせる。
撃鉄が上がる。
かちりとシリンダが回った。






「あしがこいつでふっ飛ばしちゃる」




「え!ワシのことぉぉぉぉぉぉ!?」


仰け反る坂本に物騒な微笑み。
小さな舌が口唇を舐める。




「他に誰がおるなが」





end


WRITE / 2008 .3 . 7

すげぇ馬鹿馬鹿しかったけど書いてて一番楽しかったかも
オチから考えたからね
馬鹿馬鹿しいけど時々出して行こうと思います。
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